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小学生から未来へ




「お母さんのバカ!」


「アズサ!あんたが悪いんでしょ!」


「お母さんなんてもう知らない!」



私はお母さんと喧嘩して、自室の押入れに閉じこもった。


「そーやってすぐ閉じこもって!もうその中で暮らしなさい!」


お母さんが台所から大声で怒鳴る。


「うっ…ぐすっ…。」


私は嫌なことや泣きたいことがあると、


すぐ押入れに引きこもる癖があった。


押入れの中で泣き疲れて寝て、


起きたら謝りに行くというのがパターンだった。



でも今日は違った。


お母さんが作った出来立ての熱いシチューを運んでいるとき、


ごきぶりが飛び出してきた。


それにびっくりした私はシチューをこぼしてしまい、


その場にいた妹の足に火傷を負わしてしまった。


「ごきぶりが悪い!」


「その前に謝りなさい!」


「ごきぶりに言ってよ!」


「あんた何言ってんの!」



今回は完全にごきぶりが悪いと思っていた私は、


絶対に謝るもんかと、泣きながら心に決めていた。



台所からまだ妹の泣き声が聞こえる。


小学校に入学したばかりの妹。


いくらごきぶりが悪いとはいえ、


妹に火傷を負わせてしまったことに対して、罪悪感が湧いてきた。


私は小学5年生のお姉さんなのに…。


お姉さんだからしっかりしないといけないのに…。




…やっぱり謝らなきゃ。


そう思ったけど、ごきぶりの責任を自分に擦りつけてくるお母さんが許せなかった。



妹の泣き声が遠ざかっていき、玄関の閉まる音がした。


病院に行ったのかな。


…もし治らなかったらどうしよう。


歩けなくなったらどうしよう。


そう思うと涙が止まらなくなった。


いつも以上に押入れの中でわんわん泣いた。



…気付いたら眠っていた。


妹は帰ってきたのかな。


お母さんはまだ怒ってるのかな。


まだ誰にも会いたくないから、


もう一眠りして現実逃避をしようとした瞬間。



ガラッと、勢いよく押入れの襖が開いた。


お母さんかな。


どんな顔したらいいんだろ。


取り敢えず押入れの中にあった布団に顔を埋めた。


しかし押入れを開けた人は何も言わない。


あれ?


お母さんじゃないの?


恐る恐る顔を見ると…。



知らないお姉さんがいた。


お姉さんは私の顔を見てポカンとしていた。


「誰…ですか?」


私がそう聞いても、お姉さんは答えなかった。


いや、固まって答えられなかったのかな。




1分くらい見つめあった気がする。


初めてお姉さんが口を開いた。


「…名前は?」


私の部屋にいる知らないお姉さんに名前を聞かれて、私は戸惑った。


でも悪い人じゃない気がして。


「アズサ…です…。」


名前を言ったら、お姉さんがまた固まった。



「どうやって来たの?」


お姉さんが変なこと聞いてきた。


どうやってって…。


お姉さんがどうやって私の部屋に来たの?


私は質問に答えないまま、押入れを出た。


お姉さんは無言で私を見る。



ここは私の部屋…なんだけど、なんか違う。


机の上の教科書やノート。


本棚にある漫画や小説。


並べられてる小物。


やっぱり、なんか違う。



壁には私の好きなキャラクターのカレンダーがあった。


でも私の知らないデザイン。


…ん?


2014年…?


あれ、今って2011年じゃ…。


私はお姉さんの顔を見た。


お姉さんはまだ私の顔を見つめていた。


「お姉さん…なんていう名前ですか?」


「…アズサ。」


私と同じ名前。



それからお姉さんは自分の血液型や誕生日、


お父さんやお母さん、妹の名前を教えてくれた。


全部私と同じ。


家族の名前も同じ。



「なんで押入れの中にいたの?」と聞かれたので、


お母さんが怒ったから…と言うと、


「やっぱりこの中で泣いてたかぁ。」


と、納得していた。


「私も小学生のころ、嫌なことあると押入れの中で泣いてたんだよね。」


「私と同じですね…。」


「そう、私とあなたは同じだと思う。」



私は押入れの中で、タイムスリップしたみたい。




びっくりはしたけどパニックにはならなかった。


目の前にいるのは自分だし、身の危険も感じないから。



お姉さんは3年後の私で、中学2年生だった。


壁にはセーラー服が掛けられていた。


歳が3つしか離れてないのに、お姉さんが大人に見えた。



私は未来がどうなるのか気になったけど、


一番気になった事は妹のことだった。


「コマチの火傷はどうなったんですか!?」


「コマチの火傷…?」


「…あぁ、ごきぶりにビックリして私がシチューこぼしたときのか!」


お姉さんは昔を思い出してしみじみしてた。



「確かごきぶりのせいだって、お母さんと喧嘩したなぁ。」


「あ、もしかしてそれで押入れに入って泣いたんだっけ?」


私はそうだと答えた。


「懐かしいなあ。」



私はしみじみしてるお姉さんに、もう一度妹はどうなったか聞いた。


「大丈夫だよ、今じゃ火傷の跡も残ってないし。」


「コマチ…怒ってました?」


「コマチもごきぶりが悪い!ってお母さんに言ってたよ。」


よかった、妹には嫌われてなかったみたい。


「…でも、コマチにはごめんなさいしたほうがいいよ。」


「だってあなたはコマチのお姉さんだもん。」


お姉さんに頭を撫でられた。


…よし、『帰ったら』ちゃんと謝ろう。




私はもうひとつ気になっていたことがあった。


私には仲の良いツバサという幼馴染の男の子がいるんだけど、


幼稚園の時に結婚をする約束をしていて…。



「今、ツバサとは…その、どうなってるんですか?」


「ツバサ…?あぁ。」


お姉さんは浮かない顔をした。


「知らないよ、あんな奴のこと。」


「え?」


私はびっくりした。



私は…その…ツバサのことが好きで…、


中学生になったら大人の恋とかするのかなって思ってたから。


「他にも良い男いっぱいいるって!多分…。」


私、3年後にはツバサのこと嫌いになっちゃうんだ…。


なんでだろ、喧嘩とかするのかな…。


お姉さんの顔を見ると、これ以上聞けなかった。




ツバサのことで心がモヤモヤするけど、それ以上に『自分の家』に帰れるかどうかが心配になった。


「どうしたら帰れるんだろう…。」


お姉さんはあまり心配してないようだった。


「押入れに入ってれば帰れるんじゃない?」


…そんな簡単にタイムスリップってできるものなのかな。


なんかこう、タイムマシンみたいな乗り物とか…。



「せっかく来たんだし、ゆっくりしていけば?」


お姉さんの部屋には、まだ発売されていない漫画やゲームがあった。


もちろん興味はあったけど、私は突然の睡魔に襲われた。


「お姉さん…眠くなってきちゃった。」


するとお姉さんは押入れの中に入るよう言ってきた。



「多分、帰れる合図だよ。」


「なんでわかるの?」


「なんとなく。」


私は押入れの中で横になった。


お姉さんが優しく襖を閉める。


私は真っ暗な押入れの中で目を瞑った。


まるで休日に二度寝するときのような心地良い気分になった。



押入れの外でお姉さんが私に話しかけてくる。


「私も昔…タイムスリップした夢を見たことあるんだ。」


「夢の内容は詳しく覚えてないんだけどさ。」


「なんか、未来の私に会ったような気がする。」


「…でも、夢じゃなかったんだ…。」


お姉さんの声がだんだん薄れてきて、私は深い眠りについた。




「お姉ちゃん!!!」


私はびっくりして飛び起きた。


そして押入れの中板に頭をぶつけて、悶絶した。


「…ごめん、大丈夫?」


そこにいたのは妹のコマチだった。


足には包帯が巻かれてた。


「コマチこそ大丈夫!?」


コマチは笑顔で大丈夫だと答えた。


私はコマチに謝った。


「ううん、悪いのはごきぶりだよ!!」


「病院の帰りに、コンビニでごきぶりをやっつけるスプレーを買ってもらったから!」


「お姉ちゃんと一緒に家中のごきぶりを倒すんだ!!」


…ウチってそんなにごきぶりいるの?


そんなことより、コマチが無事で本当に良かった。




「お姉ちゃん、また泣いてたんだ。」


コマチも私が押入れの中でよく泣くことを知ってる。


小学1年生の妹にそんなこと言われて、恥ずかしくなった私は無理やり話題をそらす。


「そう言えば変な夢を見たよ。」


「どんな夢?」


「えーっとねぇ…。」


あれ?


どんな夢だっけ。


なんか…不思議な…夢だったような…。


「ねー、どんな夢?」


えーと、思い出せない。


頭思い切りぶつけたから忘れちゃったのかな…。


なんか、未来に行ったような…?



「え?未来!?車とか空飛んでた!?」


「車は見てないなぁ。」


コマチはつまらなそうな顔をした。


「でも夢ってすぐ忘れちゃうよねー。」


そうなんだよね。


未来に行って…未来の私に会ったんだっけ。


忘れちゃった。




「アズサー、降りてきなさーい。」


「あ、そうだお姉ちゃん、夜ご飯食べよ。」


そうだった。


ご飯食べずにお母さんとコマチは病院に行って、私は寝てたんだ。


お母さん、まだ怒ってるかな…。


「怒ってないよ、私がごきぶりが悪いって言っといたから!」


「お姉ちゃんは悪くないって!」


…ありがとう。コマチは優しいね。




それから月日は経ち、私は押入れに閉じこもらなくなった。


だって、もうすぐ中学生のお姉さんだもん。


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