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半年に一度、お城で騎士の公開演習があるらしい。
騎士の家族や恋人なら誰でも見られるとかで、今年はアイリスもイライアスに聞いてみたらどうだと情報通のキャメロンに言われ、目を輝かせた。
この中世の町並みは見慣れたけれど、お城の中を見られる機会はそうそうない。見てみたい、当然だ。……という気持ちも勿論あるが、何よりイライアスが騎士の稽古をしている所というのは興味がある、ものすごく。
彼が剣をとり、騎士を全うしている姿を想像するだけでバタバタと暴れてしまうような気持ちになった。絶対、見たい。
とにかく、公開演習を見てみたい!
というのを彼に言ってみたのだが。
「だめだ」
きっぱりと断られた。
「騎士の演習なんて、見ていて面白いものでもないぞ。やめておいた方が良い」
頑なにOKを出してくれない彼に肩を落とす。
見ても面白くないからやめておけだなんて理由、来ないでくれと言われているのと同じ事だ。いや実際言われている。
でも何故。もしかして……。
「他の騎士だってたくさんいる」
「あぁ、そういうことでしたか……」
もしかして見られながらの演習は緊張するのかな~なんて思った自分、脳内お花畑なのか。
見られると恥ずかしいのはどうやら自分の事らしい。そりゃそうだ、こんな地味女が恋人だなんて思われたら恥ずかしいですよね。知ってた。
これでもかというほどの落ち込みを見せたアイリスに、イライアスは自分の失言に気付き大きく慌てた。
「いや、来てほしくないということではなく!」
「他の騎士様に見られるの、嫌ですよね。大丈夫です、分かってますから。地味ですみません……」
ふふふとまるで病んでいるように笑えば、彼は慌てて立ち上がった。
「君は地味では無い!」
「うわっ」
お客さんがいない店内だから良いものの、なかなかの大きさの声で否定をしてくれた。
彼はぱっと自分の口をふさぎ、ゆっくりと椅子に座り直しアイリスを見上げた。
「君はとても可愛らしい、魅力的な女性だ」
こういう歯の浮くような台詞は、未だ慣れない。もぞ痒い気持ちになってしまう。
「そんな事を言うのは、イライアス様だけですよ」
「俺の他に言う奴がいたら困る」
さらっと抗議の声を上げるイライアスをちらりと見た。
可愛いと、そう思ってくれるのならば。
「では、演習に連れて行ってくださいますか?」
「………どうしてそんなに行きたいんだ?」
「イライアス様の勇姿を見たいのです。恥ずかしくないように、出来るだけ綺麗な格好をして行きますから」
お願いします、と言う前に彼はまたガタリと立ち上がった。
「着飾ってはだめだ!出来るだけ目立たない格好にしてくれ!」
確かに、神聖なる騎士の演習に着飾って行くのは良くないかもしれない。でも、ということは連れて行ってくれるということだろうか?
目を輝かせて自分を見るアイリスに、イライアスは言葉を詰まらせた。
つい言ってしまった言葉に頭を抱えたくなったが、アイリスのこの顔を見てしまったら、彼女にベタ惚れのイライアスが前言撤回など出来るはずもなかった。
はああ、と大きなため息を吐き椅子に座りこむイライアスは、観念したようにアイリスを見た。
「…次の演習日に、迎えに来る」
「宜しいのですか!?」
嬉しそうに顔を輝かせる彼女のなんと愛らしい事か。他の騎士に彼女を見せたくはないという気持ちはものすごく大きいのに、彼女が喜んでいるのならいいかとも思ってしまう自分は、心底彼女に惚れているのだろう。
目立たない格好とはいえ、お城に行くのに全くの普段着というわけにもいかないので、多少なりとも小綺麗な格好を心得た。
髪を後ろでまとめ、淡い水色のドレスに身を包んで薄めの化粧をすれば、多少は見れるようになるはずだ。当社比だけど。
迎えに来た彼に駆け寄れば、アイリスをじっと見つめた彼は何かを葛藤するように唸った。
どうやらこれはお城に行くのにふさわしい格好では無かったらしい。だがどこが変なのか、アイリスには分からなかった。
「……行こうか、アイリス嬢」
そう促した彼は、言いたい事を飲み込んでしまったらしい。
えええ…このまま行って変な目でみられやしないかと不安になり、眉を下げた。
「どこか変でしょうか。お城に行くのは初めてで、どんな格好をしていいのか分からなくて」
「いや、今日も綺麗だ」
そう賞賛してくれる彼だが、そんな渋った顔をされたらその言葉を疑ってしまう。
だがそれ以上は何も言わないイライアスに、アイリスが抗議の声を上げる事はなかった。
お城まではそれほど遠い距離では無いので、他愛のない話をしながら歩けばあっという間についた。
騎士の演習の場に入るとイライアスと同じ騎士服を着た男達がおり、こちらに視線を寄せられ身を固くしてしまう。
どうやら今回の演習に着ているのはアイリスだけらしく、一般人の姿は見あたらなかった。
つまりこれは、自分の家族だけが来ている授業参観のようなものだ。イライアスには本当に申し訳ない事をしたと思う。
わがままで連れてきてもらったけれど、彼に恥をかかせてまで居座るわけにはいかなかった。
「すみません、やっぱり私、帰ります」
「何で?見ていったらいいよ」
ひょいと顔をのぞかせたのは、初めてイライアスが店に来た日、共に店に訪れていたベルナルド・カーターだった。
あ、と声を漏らせば、彼は色気のある目元を細めて笑い、イライアスを見た。
にんまりと意味深な視線にイライアスは肩眉を上げ、余計な事は言うなよ、と視線で訴える。
「最近ずっと機嫌がいいみたいだから何かあったとは思ってたけど、こういう事だったんだね」
急に休暇届を出したり、身なりに気を遣ってみたり見回りのお昼休憩の時に一人でどこかへ行ってしまったり、明らかに彼女関連だとは思っていたが、こうも早くものにするとは。
初対面時、彼女に一目惚れしたであろうイライアスが恋愛ごとに疎いのを知っているベルナルドは、若者の花束の慣習と女性の好きそうな喫茶店を彼に教えたのだった。
「だけど、今日はずいぶんと機嫌が悪い。せっかくアイリス嬢が来てくれたのに」
「うるさいぞベルナルド」
「怖い顔だな」
怯えはしないが、やはり自分が来た事によって彼を不機嫌にさせてしまっているという事実にいたたまれなくなった。
アイリスのその様子を見て何かを言いかけたイライアスだったが、どうやら団長が来たらしく、招集の声が掛けられた。
「すまない、行ってくる」
「はい、がんばってくださいね」
せめてとその言葉を掛ければ、彼はまたいつものように嬉しそうに笑った。
見学に来たら不機嫌だが声を掛けると嬉しそうということは、やはり自分を回りに見てほしく無かったのかもしれない。
落ち込んだ気持ちになりながらも、ピリピリとした真剣な空気の中で演習を始める彼の姿を目で追った。
演習が終わり、隅の方で大人しくその様子を眺めていると、一人の騎士が声を掛けてきた。
「あなた、イライアスさんの恋人でしょ?」
そうなんだけど、それを言ったらイライアスはまた嫌な気分にならないだろうか。
声を掛けてきたのは、美少年。16,7才といったところか。
興味津々な様子でこれでもかというほど観察の目を向けられ、こんな風に男性に近寄られた経験の無いアイリスはそれでだけで後ずさってしまう。
「ちょっかいかけるとイライアスがうるさいぞ」
「だってあのイライアスさんにですよ?」
恋愛ごとに疎く、硬派のイライアスが初めて連れてきた恋人。
興味が無いわけがない。
じろじろと眺められ、ものすごく居心地を悪そうにしながらアイリスは視線を彷徨わせた。
「リーリア姫が知ったら発狂しそうだな」
そう口に出した一人の騎士に、隣にいた騎士が肘打ちを繰り出した。
腹を抱えうずくまった所をまた別の騎士に首根っこを捕まれ、後ろに下げられる。
リーリア姫は確か、この国のお姫様だ。お姿を見たことないが、たいそう綺麗な方との噂。
「何をしている」
すっと目の前に壁ができ、見上げればイライアスが騎士達とアイリスの間に入り込んだようで、キラキラと輝く金色が目に入った。
「彼女は一般人なんだ、あまり近づかないでくれ」
「何で一般人だから駄目なんですか?」
「何でもだ」
「俺の女に近づくな、って素直に言えばいいのに」
後ろからだと表情は見えないものの、ほんのりと赤くなっている耳で彼の心情はすぐに察せた。
「イライアスはアイリス嬢を他の騎士に見せたくないんだよ、独り占めしたいんだ。ね、イライアス」
「余計な事を言うなベルナルド!」
「ほらね」
彼らはとても仲がいいらしく、そして気の良い人たちなのだろう。
独り占め、本当にそう思ってくれているのだろうか。地味だから他の人に見られたくないとかじゃなくて?
疑惑の目でじっと彼を見上げていれば、その視線に気付いたのだろうイライアスがそっとこちらを見た。
真っ赤な顔の彼が意味するのは、ベルナルドの言葉の肯定。
ほっとして、思わず笑みがこぼれてしまう。その瞬間に彼の両手で隠された自分の顔にはちょっと意味が分からない。
「どこに惚れたのか一目瞭然」
「イライアスの独占欲の強さもな」
「団長!」
ひょいと顔をのぞかせたのは、先ほどまで厳しい顔で彼らに稽古をつけていた騎士団の団長だった。
そっと彼の手を外せば、凛々しい顔立ちをした壮年の男性がこちらを見て笑った。
「初めましてお嬢さん。騎士団の団長をしているルーカス・フォスターだ」
渋い顔立ちが男前に拍車をかけている。
背筋を伸ばし、ドレスの裾をつまむ。この世界での礼の仕方はやはり中世式だった。
「アイリスと申します。お邪魔してしまい申し訳ありません」
「そんな事はない、公開をしているからには見てもらったほうが騎士団としての士気もあがるのだ。それより、イライアスはどうだ?」
団長には何も言えないのか、イライアスはきゅっと口を結んで後ろで手を組む。礼は取った格好をしてはいるものの、彼の目は泳いでおり余計な事を言われやしないかと冷や冷やしているのがよく分かった。
「こいつは騎士団ではなかなかの腕前よ。俺と副団長に次ぐ実力なんだ」
どうやらイライアスはものすごく強かったらしい。
演習を見ていても負けなしだった。
キラキラとした目を向けるアイリスを見て、イライアスはでれっと表情を崩してしまい、それを見たルーカスは大きな声を上げて笑った。
「ベタ惚れじゃないか!」
ぐっと言葉に詰まった彼は、視線をそらした。
「良い事だ。アイリス嬢、こいつの事、よろしく頼むよ」
「そんな、こちらこそ」
優しそうな人たちだ。
そんな彼らに受け入れられたのが嬉しくて笑えば、またすっと彼の両手で顔を隠された。
そのことにまた笑い声を上げたルーカスに背中をばしばしと叩かれたイライアスは、とても痛そうだった。