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鏡に写った、いつもとは違う華やかなドレスに身を包んだ自分を、じっと見つめた。
背中を見ようと腰をひねれば、レースのついたスカートがひらりと揺れた。
「……気合い入れすぎ?」
レースのついたよそ行き用の可愛らしいドレスは、顔の主張が弱い自分にはあまり似合っていないように思えた。
デートのはずだけど、でもやはりこれは頑張りすぎだろうか。
アイリスの様子を心配してか、キャメロンがひょこりと顔を出す。
「あ、いいじゃないそのドレス!」
「派手すぎない?」
「そんな事ないよ!髪もやってあげるから、座って」
大人しく鏡の前に座ると、櫛を手に取ったキャメロンが器用に髪を結い上げていってくれた。
編み込み、というのだろうか。
前世で何度か挑戦したが、うまく出来ずに断念した髪型だ。この中世の世界でもあるのか。
「すごい」
きらきらして見える自分の髪をいろんな角度から見ているアイリスの背中を、櫛を手にしたまま胸を張るキャメロンがぽんと叩いた。
「さ、次はお化粧ね!」
「お化粧は大丈夫だよ、自分でやるから」
「いつもしないのに、出来るの?」
そう言われてしまえば、言葉に詰まる。
出来ない訳ではない、昔にもしていたのだから。だれどこの世界に合った化粧が出来るのかと言われれば、容易に頷く事は出来ない。
にっこりと笑ったキャメロンの手には、自分の部屋から持参したと思われる化粧道具があった。
ここは大人しく顔を差し出すしか無いだろう。
化粧が終わり、キャメロンに全体のチェックをして貰っている頃、興奮した様子の母によってイライアスの訪問が伝えられた。
「あんたの恋人だって!すごく丁寧に挨拶されたけど、いつの間に!?」と詰め寄る母の顔は、驚きと輝きに満ちていた。だがすぐに父と共ににこにこと、家族総出で見送られたのは、物陰に隠れてしまいたいほど恥ずかしかった。
「すみません、騒がしくて」
「いや、いいご家族だな」
普段の騎士服とは違って少しラフなその洋装は、とても彼に似合っていた。
では行こうか、と笑った彼だったが、いっこうに目を合わせない。
「アイリス嬢」
目を合わせないまま自分を呼ぶので「はい」と返事をするが、彼からの返答が無かった。
じっと見つめれば見つめるほど頬、耳まで真っ赤になっている彼は見ていて飽きない。だが何故呼んだ。
「今日の君はすごく、その、魅力的だ」
騎士がすごいのか、イライアスがすごいのか。
魅力的なんて、そんな事を言われたことがある人間がどれほどいるのだろうか。
いや、この世界では普通なのかもしれない。前世でもそういう事を日常的に言う国もあった。
だがそれに慣れていないアイリスは照れに照れてしまい、お礼を言いながらも視線を地面に落とすことしか出来なかった。
だが彼はそれを言えた事に満足したらしく、照れた表情で笑い、アイリスを女性が喜びそうな可愛らしい喫茶店へ誘った。
少し歩いたところにあるその喫茶店は人気のお店の様で、たくさんの女性客で賑わっている。
中に入った瞬間、イライアスは若い女性ばかりの空間に若干怖じ気づいた様子を見せたが、すぐに気を取り直してエスコートしてくれた。
差し出された手に緊張しているのは、どうやらこちらだけらしい。さすが騎士。
店内に入った瞬間から女性客から熱い視線を送られているイライアスだったが、その視線に慣れているのか気づいていないのか、彼が周りを気にすることは無かった。
カフェオレとチーズケーキを頼んだアイリスとは逆に、イライアスはブラックコーヒーのみを頼んだ。
どうやら、彼はあまり甘いものが得意では無いらしい。
目の前のケーキをフォークで小さく切り、口に運ぶと、ほどよい甘さが広がった。
これは、1ホール食べられる。女性客がここまで多い理由が分かった、ケーキが絶品だ。
「美味しいか?」
「はい、すごく!」
出来れば大きな一口で食べたいくらい。だがまさかそんながっつくような事をするわけにもいかないので、女性らしくを心がけ、また小さく切ったものを口に運んだ。
ふと視線を感じて顔を上げると、彼はにこにこと幸せそうな顔でこちらを眺めていた。
思わず詰まりそうになるケーキを、慌てて甘いカフェオレで流し込んだ。
「どうした?大丈夫か?」
なんとか飲み込み、立ち上がって背中をなでてくれる彼に大丈夫と笑みを見せると、心配そうな顔をしながらも彼は座り直した。
彼のあの顔は無意識なのだろうか。
逃げる様にもごもごと食べ始めたが、彼はまたにこにこと笑顔を浮かべながら眺めてくるので、非常に食べづらい。こんなに美味しいのに味が分からなくなってしまった。
あまりに食べ進まないので、ケーキをひとすくいして彼の方に差し出してみる。
「あ、食べます?なーんて、」
もちろん冗談だった。
だがピタリと固まり、顔を真っ赤にしたまま汗をだらだらと流す彼に、慌ててごまかすように笑った。
「すみません、冗談です」
急いで引っ込めようとした手を取られ、そのまま彼の口に消えていったそれに目を見開く。
ちらちらとイライアスを盗み見ていた店内の彼女達は、キャーと黄色い悲鳴を上げた。
フォークから口を離し、ぺろりと唇をなめた彼の色気と言ったらない。
そのままじっと見つめられ、こちらの顔もきっとさぞ赤くなっている事だろう。
「ありがとう。美味しいな」
真っ赤な顔で笑った彼に、心臓を持って行かれるかと思った。
ドキドキと鐘のように早く脈打つこれには若干だが覚えがある。自分は恐らく、いや確実に、彼に惚れてしまったのだ。
可愛い、格好いい、素敵。
元々輝くような容姿をしている彼だが、更にキラキラとして見えて眩しい。
自分は決して惚れっぽい訳ではないが、考えてみてほしい。男性経験の無い女がこんな上等な男に隠しもしない好意を見せられてみろ。そりゃ惚れるだろうと。
簡単に落とされてしまった自分が情けないとも思うが、好きになってしまったのだから仕方がない。あの花束を知らぬまま受け取ったあの時の自分によくやったとさえ思う。
「イライアス様は、甘いものが苦手でいらっしゃるのかと思いました」
「まあ、得意では無いな」
「ですよね、すみません」
「いや、ここのは甘さ控えめで美味しい。俺も今度はそれを頼もうかと思う」
つまり、甘すぎなければ食べられると。彼は優しいから、こちらに気を遣ってくれているのかもしれないが。
「じゃあ、これは?」
どこまでが食べられるのか知りたくて、そっとカフェオレを差し出せば、彼は一瞬固まったがすぐにそれを受け取り、一口飲んだ。
ちょっとの表情の変化も見逃さないように見つめていると、彼は何とも言えない表情になる。
「これは、甘すぎる」
「なるほど」
どうやらケーキの方は本当に大丈夫らしい。
戻ってきたカフェオレを一口飲み、彼を見る。
「甘いですね」
「あぁ、甘いな」
ブラックコーヒーをごくごくと飲む彼に、思わず笑ってしまう。
楽しげに笑うアイリスに目を丸くした彼だったが、すぐに照れた様な、幸せそうな顔で笑った。
そしてすぐ後にアイリスはフォークも飲み物も間接キスではないのかと言うことに気付き、フォークを持つ手をぶるぶると震わせる。
またそれを心配したイライアスだったが、すぐに何事か気付いたらしいく「フォークの交換をしてもらうよう頼んでくる」と席を立ったのだが、慌てて座らせた。
恥ずかしいのももちろんだが、さすがにいい年した男女が間接キスごときで騒ぐ事は出来ないだろう。
「だが、嫌だろう?」
「嫌だったらあんな事しませんよ」
きっぱりと返せば、彼は「そうか」とつぶやき、大人しくコーヒーを口に運んだ。
心なしか綻んだ表情をしている気がする。
お会計もスマートに済まされてしまい、後で何かお礼しようと心に誓いながらも彼に頭を下げた。
その後、店を出た二人は町中を歩いた。
この通りはファッションストリートの様になっていて、ドレスにアクセサリーやお花、髪飾りなど種類豊富にな店が並んでいた。
現代的な好みを持っているアイリスでも、いつもこの通りでは歩いているだけで心が弾んだ。
きっと彼は女性の好きそうなもの、デート場所としてこの場所を歩いていてくれているのだろうが、それ以上に隣に気になる存在がいるアイリスには、今お店を気にする余裕があまり無かった。
足の長い彼だが、アイリスに合わせてくれているらしく、普通に歩いても早いと感じる事は無い。やはり騎士様、紳士だ。
「アイリス嬢は、どんなものが好きなんだ?」
どんなもの、と首をひねったアイリスに、聞き方が悪かったとイライアスは焦った。
アイリスの事が知りたい、好きなものも好きな景色も好きな花も全てが知りたい。
それを要約すると、ああいう聞き方になってしまったのだ。
ごほんと咳払いをして、では、と続ける。
「好きな色は?」
「色は、青…それと黒も好きです」
昔から、落ち着いた色が好きだった。もちろん明るい色も好きだけど、やはり青や黒の色が好きだ。
「珍しいな、黒が好きだなんて」
この世界では、黒は縁起の良い色とはされていなかった。明るい色を好むこの国にとって黒は暗すぎるらしく、すべてを飲みこんでしまう色、魂さえも引きずる色だと言われている。
だからこの国では黒はあまり使われず、落ち着いた色を使うとしても濃い灰色くらいまでなのだ。
ましてや好きな色と聞かれてそれを答える人間はそういないだろう。
「黒って、特別な色なんですよ。黒は何を混ぜても黒にしかならないんです。自分は自分だと主張出来るんです、格好いいですよね」
「そうだな、確かにそうだ」
「でも単純に見ていて落ち着きます」
そこは元日本人のアイリスにしか分からない感覚だろう。
考え込んだ彼は、ちらりとアイリスに視線を向けた。
「では、金色は」
「金色ですか?」
「金色は、見てて落ち着かないか」
「落ち着きはしないけど、素敵な色だと思います。キラキラしてて綺麗で」
それは落ち着く色を好きだと言ったアイリスにとっては、あまり好きな色にならないのでは?
何か言いたげなイライアスに、アイリスは「え?」と困惑を示したが、すぐに合点がいった様に頷いた。
「金色はイライアス様の色ですね。とても眩しくて、私の好きな色です」
本当に?と言いたげな表情の彼に、もちろんだと頷く。
嫌いな訳がない、アイリスの大切な人たちの色なのだから。
「イライアス様の好きな色は?」
「俺は、そうだな。茶色とか、灰色かな」
「また渋い色を」
「俺も落ち着く色が好きなんだ。茶色も灰色も、落ち着くだろう?」
確かに落ち着く部類ではあるけれど。
「でも一番は茶色。赤っぽいのが好きだ。優しい色で、見ていて癒される」
「なるほど」
茶色が好きだという人間の方が珍しいと思うが、癒されるという感覚は分かる。私も綺麗な色を見てると癒されるから。
この国の人間は色に関しては敏感だ。こんな風に会話の中に色の話題が出るほど。町中にも所々に植えられた、色とりどりの花達が咲いていた。
赤っぽい茶色の髪を揺らし、アイリスは笑った。
「色は違うけど、好みが似ていますね」
涼しげな目元は、笑うと少女らしくなる。柔らかく笑う優しい栗色は、イライアスのお気に入りだった。
「あぁ、そうかもしれないな」
幸せだ、とイライアスは噛み締める様に彼女を見つめた。