01_夜の森
初投稿です
拙い文章ですみません
『グルゥォオオオオオオオオオオオオオオオオゥクゥウウウウウウ――ッ!!』
深夜、魔物が活発に動き出す時間帯。
静寂に包まれていた樹海に、突如として地響きにも似た音が鳴り響く。
何かがおかしい、そう思った。急ぎ足で音の鳴った場所へと向う。魔物の鳴き声にしてはどこか音が籠っており、地殻変動にしては揺れがない。
原因不明の何かが、そこにある。
念のため、ふんどしのみというほぼ全裸の姿から、下半身のみ魔術礼装を起動させて簡単なズボンと靴を身に着けた。
魔術礼装――自身の魔力を用いて作り出す、魔術的要素を含んだ衣服である。様々な能力を付与することができ、大抵の使い手はもっとも簡単な防御力向上を付与している。俺もそのうちの一人だ。
『グゥォオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!!』
苦しむような、悲痛さが入り交じった甲高い悲鳴のような雄叫び。
目の前に広がる光景に、思わず身構えてしまった。
木々がなぎ倒されてできた、広大な平野。その中央には、大きな白い繭が糸で地面に固定されていた。封印文様が刻まれた大地に、白い繭。そして、周りで木の下敷きになって気絶している封印術師たち。
「まさか、あれが――世界最高峰の、封印礼装、なのか」
未だにドクンと脈を打ち続ける繭から、凄まじい魔力が放たれ、
『――ッ!!』
すでに聞き取れないような高音域が発せられる。
「試してみるか」
俺は白い繭へと走り出した。
目の前にそびえ立つ繭は、俺の三倍以上の大きさをしている。
そして、両手を繭へと押しつけた。
「封印礼装――汝の偽りなき姿をさらせ、すなわち――脱衣せよ」
術を唱え、全神経を両手に集め、張り巡らされた封印礼装の魔術路を把握する。
何重にも構築された、緻密で繊細で複雑な封印。まるで一生クリアすることができない迷路図のようにも思えた。
しかし、だからこそ。
「やりがいがあるというものだ」
一つ一つの構造を理解し、絡まり合った糸を解いていくように、ゆっくりと封印を緩めていく。しかし、やはり世界最高峰の封印礼装は、簡単には攻略させてくれない。
解いた側から、まるで生きているかのように自己修復を始める。おかげで遅々として進もうとしない。こんなにも苦戦を強いられれば、誰もが諦めるだろう。
俺は、今までに覚えたことのないような。いや、忘れていた感情を思い出した。
「楽しい、なあ!」
初めて魔術を使えた時のような、懐かしい想い。
「まだ先が見えない、これが未知の領域か……」
心が弾む。
しかし、現実はそう上手くは進んでくれない。攻勢だった俺が、少しずつだが圧され始めてきたのだ。このままでは、封印礼装は俺ごと取り込み、封印を完了させるだろう。
「負けられねえ、絶対に」
神経を研ぎ澄まし、一手一手を撃ち込み続ける。
相手よりも早く、修復されるよりも早く、もっと、先に、一秒でも、奥へ――!
繭の糸が次第に俺へと絡まり始め、俺の心が熱く燃え始めた。
まだまだ、こんなにも楽しい攻防を止めるわけにはいかなかった。
すでに退路はない。ならば、このまま突き進むしか道はないのだ。
腕はすでに、封印礼装へと取り込まれつつある。
だんだんと劣勢になり、俺は防戦一方。しかし、まだ諦められない。むしろ、ここで果てるなら、それはそれで本望というものだ。
しかし、できるならば、この封印礼装を打ち破ってみたい。だからこそ、俺は――。
「お前も封印されるのは嫌なんだろ、なら底力みせてみろよ」
俺の言葉に反応するように、繭の内側、最深部から爆発的な魔力が放出される。
そう、この繭に封印されかけている化け物だ。
奴の魔力が一時的に、封印礼装の魔術防壁の機能を誤作動させる。その隙を見逃さず、俺は解呪を進めた。
内と外からの攻撃。
さすがの封印礼装も予想できなかったのか、対処が遅れている。
再び自己修復が始まるが、すぐさま内側から魔力が爆発し、機能を停止させていた。
「やるじゃねえか」
感心しつつ、負けじと解呪し続ける。
◆
永遠にも感じられた攻防。もうどれぐらいの時間が流れたのかさえわからない。それほどまでに、俺は集中し、封印礼装を攻略していた。
しかし、そんな楽しくて絶体絶命で愉快な時間も、もう終わる。
「これで、最後だ」
封印礼装が音を立てて割れていく。そして、中からは見目麗しき少女が姿を現した。宙にふわふわと浮く何一つ纏わぬ少女は、まるで見えない揺りかごに乗って眠っているようである。
真っ白で綺麗な髪に、幼さを残す顔立ち。きめ細やかな美しい血の気のない肌。月明かりの下、少女の凹凸の少ない体のラインがくっきりと浮かび上がる。
少女がうっすらとまぶたを開く。
「紅い瞳……」
宝石のような輝きを持ち、熱く燃えるような増悪を含む彼女の目。
視線が合った。
「……お」
小さな唇を震わせて、少女が言葉を発する。
「おなか、空いたのだ……」
言い終えると同時に、彼女の体が宙から落ちた。地面との接触間一髪の所で、膝をついて両腕で抱えることに成功する。
お姫様抱っこのまま立ち上がり、腕の中にある幼い少女の顔を見つめた。
「わ、我が輩……の名は、沙羅なのだ。この恩は、……必ず、返……す」
がくりと顔を横に垂らし、意識を失った白髪の少女――沙羅。
「面倒なことになったな」
ゆっくりと沙羅という名の少女を地面に下ろし、破片となって散らばっている薄っすらと透き通る封印礼装を見つめる。
世界最高峰と言われるソレが、粉々に砕け散ったという事実は、紛れもない事実。
「で、こいつは何者なんだ」
俺の手助けがあったとは言え、彼女の力がなければ破れることがなかった。すやすやと小さな寝息をしている白髪の少女。
とてもじゃないが、封印されなければならない危険人物にも見えない。だからと言って、このまま放置しておく訳にもいかない。
素性が分かるまでは保護するべきか、それとも。
「なっ、貴様、まさか封印礼装を」
幹の下で気絶していた封印術師が杖を俺に向けている。他にも倒れていたはずの封印術師たちが起き上がって、俺と彼女を包囲していた。
最悪な状況に、思わず舌打ちをする。これでは、弁明の余地もない。
少女を抱え、俺はわき目も振らずにこの場から逃げ出す。森側に立つ封印術師に向かって。
「待ちなさい」
耳を貸さず、目の前の邪魔な敵へと意識を向け、小声である言葉をつぶやいた。
「汝の偽りなき姿をさらせ」
視界は鮮やかな世界から切り替わり、魔術式が浮かび上がる世界へと変わる。
全てが魔術文字だけ構成された世界。そこから見える、敵の魔術礼装。
「封印術師の魔術礼装、解析完了。消えろ」
お互いの力を打ち消す文字を一か所も間違えずに送り、術師を無力化する俺だけの技。
「えっ」
この技を使われた相手は、自らの意思とは別に。
「ちょっと何、これ! きゃあああああああああああッ!?」
魔術礼装が消滅する、すなわち、素っ裸になるのだ。
現代、魔術礼装が普及した世界では、自分の服は自らの魔力を持って生成する。ゆえに、物質として永久に存在することはできない。
俺の技――脱衣魔術にかかれば、その場で真っ裸になるしかないのだ。
「き、貴様!」
他の封印術師たちが怒りをあらわにして襲い掛かってくる。仲間がやられたのだ、当然だろう。
「なんだ、お前らも服を消してほしいのか? それとも、脱がしてほしいのか?」
「誰が貴様のような下衆にっ脱がされたいと思うかっ!」
「そうか、なら自分で脱げばいいんだな」
「はっ、何を言っている」
俺はもう一度、脱衣魔術を使用する。しかし、先程とは効果が違ったりする。
一人の封印術師が立ち止まり、地面に座り込んだ。
「何をした、って体が、勝手に!?」
羽織っていたローブを脱ぎ捨て、次々と衣服を脱ぎ捨てていく。
「シェルカ、何をしている!」
「それが、意思とは関係なく衣服が勝手に脱がされているんですよ!?」
何を馬鹿なことを、と言いたげな顔をしている封印術師に、
「ならお前も体験してみるか? 全裸は清々しくて気持ちいいぞ」
「やめろ」
切羽詰まった顔の彼女に、
「もうやっちまったよ」
俺は淡々と告げる。
顔面蒼白になった彼女は、苦笑いしながら、次々と衣服を脱いでいく。ブラジャーのホックにも手をかけ、
「ちょ、み、み、見るな?!!」
「お前が勝手に俺に見せているんだろうが」
にやにや。
やたらと必死な顔つきで叫び、
「これだけは、本当に、勘弁を……あっ」
次の瞬間、ブラジャーが外れて一緒にパッドも地面に落ちた。
しーんと、静寂が場を包んだ。
彼女の味方でさえも、突然の出来事に血の気が引けていた。仲間にも秘密にしていたことなのだろう。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ――っ!!」
今日一番の絶叫だった。これが女の咆哮なのか。
顔の色を白くしたり真っ赤にしたり、青くしたり、彼女の心境はわかったものではない。
「じゃあ、俺はこれで失礼」
少女を抱えたまま、俺は背を向ける。
「ちょっと待てって! 貴様、これをどうしてくれるっ!?」
しばし考え、彼女たちへと振り返りながら、
「これでお相子、ということで」
唯一装備していたふんどし型の魔術礼装を、俺は股間から取り去った。やはり、全裸が一番落ち着く。
「見せるな、馬鹿野郎!!」
「死ね、死ね、この露出狂!!」
「くたばれロリコン変態犯罪者!!」
酷い罵倒を背に受けつつ、俺は爽やかな気分で森を駆け抜けていった。
読んでくれて、ありがとうございます!