大事なこと
――私は、大事なことを見逃していた。それにようやく気付いたの。だから、すべてをあなたに伝えるわ。
アニスが突然、内緒話をするかのように囁いた。
ベッドでまどろんでいた僕は目をぱちぱちさせて、目の前でほほ笑むアニスを見つめ返した。
「え?」
聞き返すと、アニスは細い肩を震わせて笑った。
「大好きよ、ジョーンズ」
クスクス笑いながら、腕を僕の首に巻きつけると、きゅっと抱きしめた。
「私が住んでいたパースレイン城からはいつも海が見えたの。嵐の日もあれば、穏やかな優しい風を運んでくれる日もあった。魔法がうまく使えずに落ち込んだ時は、海を眺めるととても心が安らいだわ」
そうして彼女は語りだした。
「父と母は仲がよくて、子供は私と兄の二人だけだった。兄は、双子でノア・テューダーと言うの」
僕は、最後に会ったノアを思い出し、同時にアニスを失った時の事を思い出した。あの時は心が張り裂けそうだった。
「ノアは今頃どうしているだろうね」
「…分からないわ」
アニスがため息をついて首を振る。
ノアは死んだと思われているが、もしかしたら、どこかで生きているのかもしれない。
「君の家族はみんな魔法が使えたのかい?」
僕の質問に、アニスは少し考える顔をした。
「父は普通の人間だった。けれど、母は…不思議な人だったわ。肌がすごく白くて、髪は私よりもっと薄い金色をしていた。目の色も透き通った青色で美しく完璧な人だった。母は、何も言わなくても私の考えていることが何でも分かってしまうの。それが当り前だと思っていたけど…」
アニスは小さく息を吐いた。
「どうして気づかなかったの? 今思えば、母は魔女だったのかもしれない。パースレイン国はとっても小さい国だけど、魔法使いと人間が一緒に暮らしていたの。土地にパワーが眠っていると言われていた」
アニスはそう言うと、僕の手のひらに自分の手を押し付けた。
「大きな手ね」
アニスの手はとても柔らかく僕は、その手のひらに口づけをした。
アニスがはにかむように笑った。
「最初に覚えた魔法は自分のケガを治すための呪文だったわ」
「フェンネルと君はいつから知り合ったの?」
「最初、夢を見たの。夢に男の人が現れた。確か、私が三つくらいの時だった。ノアも昔からよく夢を見たけど、私とは種類が違ったみたい。ノアは予知夢を見るの。彼はそのことに気づいていなかった。ノアは、常にパースレインの人々が穏やかに暮らせるようにといつも考えていた。夢で見た内容は魔法だとは思っていなかった。ノアは、父と同じ普通の人間だと思っていたもの。私が夢を見た数日後、フェンネルは現れたの。弟子にしてやるって」
フェンネルの慇懃な態度が目に見えるようだった。
「パースレインはなーんにもないんだけど、自然に囲まれた土地よ。あそこには手に入らない植物はないくらい。魔法を使うにはもってこいの土地なの」
僕は、ウトウトしながら相槌を打っていた。
「手に入らない植物はない? まさか…」
ぼんやりと答えると、アニスの声が耳元で囁いた。
「たいていの物が手に入る。だから、魔法使いや精霊たちが多く住みついているの」
大自然に囲まれた土地。
「願いは一度だけ」を最初から見つめなおしていこうと思います。作者自身が混乱しているので、物語を1つずつ見つめなおして進めて行こうと思います。長い道のりになると思いますので、お暇な時に目を通して頂けると幸いです。
まずは、パースレイン国とはどんな国なのか。
こちらは二話で完結します。