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7.起動試験

 唸るようなモーター音が耳元で鳴り、ハッチが閉じ胸郭隔壁がロックされる。

 途端に緩く締め付けていた耐G用の操縦席パーツが空気が膨れる音で自分の身を包み込み、完全な闇で覆われた。吸い付くような座席、体が自然とリラックスする自動姿勢制御装置、刀信は座席に座ったまま柔かな型にはめられたようにほとんど動けないほど拘束される。ヘッドギアに呼吸装置が付属されているため、呼吸困難にはならないが、それがなければ窒息死してもおかしくない閉塞空間。

 だが、刀信は久しぶりに搭乗した《迦具土(カグツチ)》のコクピットの中で安堵していた。

 まるで母胎に戻った胎児のような静かな心地よさ。

 久しぶりにと言っても、刀信にはこの機体に搭乗した記憶はない。ただ、古巣に戻ってきたような懐かしさを感じて、刀信は自分が人間(・・)だと安堵する。

 あらゆる過去の記憶がふっつりとなくなる。それは自我の喪失にも似た虚無感だ。これまで自分が狂わなかったのはひとえに妹の存在のお陰。妹という紫があったからこそ自分は虚無の中でも人の形を保てる。

 そして、もう一つの確かさを見つけた。

 この《迦具土(カグツチ)》だ。

 自分はこの機体に乗り込む間、自分であることを証明する必要はない。

 心ならずとも微笑みを浮かべた刀信の目の前に光が点滅し数字が羅列する。

 機体の電子情報機器が各機能の自動チェックの結果をヘッドギアのバイザーに映し出す数字。しかし、それはこの操縦席に乗る資格のないものに向けたもの。刀信にとっては全く関係のないものだった。彼には乗り込んだ時からこの機体のことが手に取るようにわかる。

 なぜならこの機体は自分の一部。いや、この場に座ったときから自分の肉体だ。

 自らの体が動くか動かないか、それをいちいち数字で見るような者はいない。

 ただ想いを込めて感じれば、すべてがわかる。

 ゆえに現状―――この機体は動かせない。

 体が麻痺しているかのように、不快な何かで神経伝達が止められている。

 そう刀信が感じていたとき、耳元のスピーカーから声が上がった。

「さて、相馬総長殿、妹君。これより殲滅制圧用特殊試作機《迦具土(カグツチ)》の起動試験の説明をしまっせ。まぁなんども聞いてると思いますが、こっちの仕事だと思って我慢してください。この《迦具土(カグツチ)》は第四将軍が所有する超重量念導鎧《戦鬼》の設計理念を元にしています。これは従来の念伝導物、血液を循環させる念導重鎧ではなく鎧のほぼ60%が生体パーツでできた、いわば、もう一つの相馬殿の体。魂のない肉体とでもいいますか。まあそのお陰で段違いの性能を誇るんですが、欠点は念導力を馬鹿食いする点。並の念術士なら起動した瞬間に生命力をすべて吸われて死ぬほどのもんですわ。そこで、戦闘機動にリミッターをかけて、相馬殿と妹君を食い尽くさないようにしてますんや。だから、絶対に戦闘機動にはしないでください。前の暴走事故も、死にかけるほど力を吸われたお二人が、死なないように力を求めた結果おきたこと。魂魄共振ならまだしも魂魄融合なんておきたら洒落になりませんから。念導力だけでも洒落にならんアホみたいなエネルギーやのに、その核融合なんて何が起こるかわかりませんやろ? いつ爆発するかわからん危ないもん作ったお前が責任を持てって全部ワテに背負わすのはいくら軍部でもどうかと思いますんよ。そう思いません、相馬殿?」

 説明している内にめんどくさくなってきたのか、狐塚博士の地が出て、いつものきつい関西弁で軽口のように言う。

 その話を聞いていた刀信の意識へ妹の紫から《念話》が紛れ込む。

《兄様、博士は説明するの飽きたみたいです》

 くすぐったそうに笑う彼女の微笑みを想像しながら刀信も同じように笑った。

《後半はほぼ愚痴だな》

 モニター越しの向こうでは刀信と紫の念話がつながっている波形が検出されているはずだ。念話は秘匿回線のように盗聴不可能でなおかつ膨大な情報を送り込める。

 二人のこそこそ話が悪いものだと思わせないように刀信は博士に話しかけた。

「博士が優秀だからですよ。試作機とはいえたった一人で全作業をするのはいくら優秀な研究員を抱えている軍でも狐塚博士だけです」

《兄様はお上手ですね》

 からかうような紫の念話に、

《俺も多少は人付き合いができるんだぞ》

《紫の兄様は完璧ですからね》

《紫、お前は俺よりも上手いな》

 と刀信はできる妹に笑いかける。

 そんな会話を知ってかしらずか、ちょっと仲間はずれにされて拗ねるように声を上げる。

「あら、えらいおだてるのが上手いですなぁ。お二人の間で何を言われているが気になりますが、ま、軽口たたける精神ならなんも問題あらへんでしょ」

 刀信は食えない人だと苦笑する。

 狐塚博士という人間は一事が万事、軽口でいつもふざけているように見える。将軍である刀信を敬ってはいるが、それもどこまで本当かはわからない。研究室でも、他の研究員と会話するにも、研究のことではなくほとんどがくだらない会話。白衣を着て研究室をウロウロしなければただの民間人にしか見えない。

 だが、彼は紛れもない天才だ。刀信の《迦具土(カグツチ)》を設計し、あらゆる作業を一人でこなす。刀信にも彼がいつ寝ているのかわからない。それだけの作業量を抱えているのに彼が眠そうにしたことはなく。いつも同じ調子で話す。

 そして、ふざけたように感じる会話も刀信達の精神状態をも見て判断しているのだ。先の会話も刀信にとってはこの人の手のひらの上で転がされたという意識があった。

 他人から将軍として地位あるポストに立っている刀信が傲慢にならないのは普段から狐塚博士のような人物を見ているからだろう。世の中にはもっとすごい人がいる。それは彼の鼻を折るどころか、鼻が伸びない環境にいるためだ。

「ほな、試験運転にいきましょか。とはいえ全駆動機構(アクチュエーター)の解放は後で。まずはお二人が同調して、《迦具土(カグツチ)》の念経核に接続してくださいな。視界からいきましょか」

「了解」

「わかりました、博士」

 二人がそろって声を上げ、起動試験が始まった。


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