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5.秘策発動

 相馬刀信という男は、するとなれば果断で、最速かつ自分の持てるすべての情熱を注ぎ込む。実行力の塊みたいな男だ。

 ならば、狐塚博士から小耳にはさんだ秘策なるものを計画するとなれば、それは実行力のあるもっとも完璧なものへと完成させる。

 その日のうちから丸二日構想し、専門家の意見を挟んで一日、残りの二日で建設業者に打診してすべてができあがった完璧な計画書を軍部に通し、宮内庁へ提出するのに一週間も必要がなかった。

 それをほぼ事後承諾の形で知らされた暁乃にとっては完全に寝耳に水の事態で、怒髪天を突きそうなほど怒り狂っていた。その様子は長年暁乃に仕えてきた朱鷺も初めて見ると思ったほどだ。

 暁乃はその日の朝から注意しないと鬼の形相になる顔を自分でマッサージして、登校し、目的の人物が席に座ったとき勢いよく出陣した。

「相馬殿っ。これはなんですか」

 と、分厚い束の計画書をバシンと刀信の机に叩きつけた。

「ああ、目を通していただけたのですね。前々から殿下の御殿をお守りする警備が薄いと思っていたので強化案を出させていただきました」

 慇懃無礼な顔で刀信は答える。

「強化というレベルではありませんっ! これはほぼ―――」

 口に出しかけて暁乃は言葉を飲み込んだ。

 続きはこうだ。これはほぼ同居ではないですか、と。

 計画書のタイトルは『京都御所の警備強化案』とあるが、骨子は二つ。

 一つ、景観を失わない程度の倉を建て、念導式鎧を格納する。

 二つ、その搭乗者を殿下の近くに住み込みで警護させる。

 その搭乗者とは相馬兄妹のことだ。いわばこの案は刀信と暁乃らが同居するという計画書だった。

「殿下・・・お気持ちは察しますが、これは必要な警護であり宮内庁も軍部も通しております」

 慄然と言われて、暁乃は窒息死しそうな魚のように口をパクパクさせた。それは怒りで。

 でも、刀信が言ったようにその案はすでにすべてを通過して、工事も近日中に入るという日時まで決められていた。暁乃が子供のようにだだをこねても、それなりの理由がなければ覆せないところまで来ている。

 暁乃は迂闊だったと自分を責める。綿密な作戦で自分を封じ込める策士がこのような実力行使に出てくるとは思わなかった。いや、誰が予想できたであろうか。敵の本陣にたった二人で乗り込んで居座る猛者がいるなどどうして考えられよう。だが、考えれば考えるほど理にかなった策だ。毒殺や暗殺を御所内ですれば、真っ先に矢面に立たされるのは自分であり、敵に自分を捕らえる大義名分を与える。しかも、これまで姫鶴や他の者達と密談を交わしていた場所が使えなくなり、地下組織への連絡手段が一気に減る。ぐうの音もでないと、暁乃は敵への怒りを自分に向けて逆に冷静になっていった。

 転じて、刀信は毅然とした顔をしているが、内心では冷や汗ものだった。なんとかそれが顔に出ずにすんでいるのは狐塚博士の助言があったからだ。曰く、女性というのは最初だけ嫌がるが押しに押してしまえばなんとかなるものだと。その言葉の意味を数十分の一も実感できないが、彼なりにかみ砕けば、最初は拒否されるが日常で毎日顔を合わせて同じ釜の飯を食えば仲良くなる、ということだと信じた。いわば、軍隊式だ。あと、一番は警護するのに六キロも離れた山の上にいては緊急時に駆けつけられない。近くに居る方が合理的だという判断である。

 計画書の上で、二人それぞれの思いで見つめ合うこと数秒。口火を切ったのは暁乃だった。

「わかりました」

 その一言に、刀信はこころからほっとする。

「ご理解いただけてて恐縮です」

 刀信が胸をなで下ろしたのもつかの間、キッと暁乃が刀信を睨み付けて言う。

「ただし、入居の日はこちらの準備が整うまでです。そこまで時間はとらせません。いいですね?」

「ご随意に・・・」

 すこしたじろぎつつ、刀信が頷く暁乃はよろしい、と言い残して自分の席に座った。

 刀信はなんとか峠を乗り越えることができた。



「ふーん。それで同棲なのね」

「いや、同棲ではなく警護なのだが・・・」

 慈乃はお弁当を摘まみながら、刀信は戦闘レーションを摘まみながら会話している。

 昼休み、すでに恒例となっていた慈乃と刀信のランチタイム。刀信の前の座席を慈乃が借りて、今は席を迎え合わせにしていた。

「警護も何も、若い男女が一つ屋根の下で暮らすのよ? 同棲じゃない」

 慈乃はなんだか不機嫌で言葉にトゲがあった。青い瞳も若干鋭い。

 朝の暁乃と刀信の会話、それが慈乃の耳に入ってくるのはあっと言う間だった。言葉の切れ端をつなぎ合わせてもあまりよく分からなかった慈乃が、だれも怖くて聞けない刀信に直接あらましを聞いたのだ。

 そして面白くないと思っていた。

 刀信の転校初日、自分の処女をあげる、と言ったのは嘘ではない。それが拒否されるのもわかっていたが、実際に即拒否されたのはかなりプライドに傷がついた。慈乃は自分の容姿に自信があり、テレビ局や雑誌でもモデルのオファーが掛かる。有名人だけあって何度か出たことはあるが、その自分が剣もほろろにされるとは思ってみなかったのだ。

 だが、その自分を袖にした男は、あの暁乃と同棲するという。しかも転校してきて一週間も立たないうちにだ。もしそれが上からの命令なら慈乃もそこまで思わなかっただろうが、今回の一件は刀信が動いたという。

 面白くない、全然面白くない。

 これではまるで、自分があの暁乃に負けたようではないか、と腹が立っていた。

 慈乃は特に暁乃をライバル視している。

 自分は敗戦国のドイツの姫で、今は昔の部下を率いているが日本帝国軍の厄介者。暁乃は破竹の勢いで世界を震撼させている戦勝国の姫だ。いくらお飾りの皇女だとしても比べてしまう。

 慈乃には譲れない夢があった。祖国の再興という壮大な夢だ。

 その夢は日本帝国軍、自分の目の前にいる人物を利用すればかなえられる夢。ならばどんな手を使ったとしても叶えようというのが慈乃の決意でもある。

 率直に、慈乃は暁乃が邪魔だと思った。自分はこの男を籠絡しなければならない。その一番の障害は暁乃だ。

 まともな軍隊も、権力も持たず壮大な夢を追いかける慈乃にとって相馬刀信というのは何が何でも掴んで離してはいけない人物。

 不機嫌な顔の裏でそんな打算をしていると、当の本人は困った顔で言う。

「とはいっても・・・俺にはそういった男女の機微というのが全く分からない。たとえ同じ家に住んだとしても大して変わりはしないし、第一主をそんな目で見ては武士道に反する」

 どうしたものか、と真剣に悩む刀信を見て慈乃はちょっとため息をつく。

―――なんかコイツのこの顔を見てると調子狂うのよね。

 と心の中で思った。

 転校初日のはじめの会話。あれからちょくちょく慈乃はこんな想いをするようになった。

 母性本能をくすぐるというのか、自分が考えている打算を抜きにして助けてやりたくなるよな困った顔だ。

 食事に誘いたいが、いい場所をしらない。どうすればいいのだろう、と最初に見たこの顔が小憎ったらしくも思い出す。そしてたまに家に居るときに思い出して笑ってしまうのだ。

―――なんだろうこの感じ・・・んーもし私に弟がいればこんな感じなのかな。

 慈乃は改めて刀信の無造作に切られた髪を見て思う。自分の弟ならこんなボサボサのオシャレでもない髪型なんて許さない。食べるものだって戦闘レーションは御法度だ。高貴さというのは食べるものから始まる。美味しいものを食べて、味覚を養い、ものの善し悪しを知ることが審美眼の始まりなのだ。

 すでに慈乃は当初の考えから脇道に逸れて、逸れまくって言葉を口にする。

「とりあえずその髪型から直せば?」

 一体どのような会話の飛び方をしたのか、刀信には理解できるわけもないが、彼はただ言葉を受け取り素直に答えた。

「ダメか? 紫に切ってもらっているんだが・・・」

「そのシスコンがダメなのよ」

 慈乃はくすりと笑って返す。

 どうやらこの男は色恋沙汰などまだまだなのだろう。

 お昼ご飯を一緒に食べて六日は経っているが、妹の話題ばかりだ。

 ならまだ自分にもチャンスがある、と慈乃は気楽に考えて刀信と楽しく昼休みを過ごすことにした。


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