表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

4.転校生の日常

 刀信は気怠い疲れを感じていた。

 学校というのはなるほど異質な場所だと刀信は思った。同年代の少年少女が等しく学び合う場所。その中で、普通の学生としては別段なんの違和感もなく入り込めるだろうが、自分は少々勝手が違う。上意下達の軍部に属していたからか、誰もが平等に友達として過ごす空間はどうしても慣れない。

 それに色恋沙汰、知り合いになった慈乃からは処女などという言葉を言われて刀信はカルチャーショックを受けた。最近の、いや最近という記憶が欠如している自分が言うのでは説得力はないが、睦み合いのことをああも開けっぴろげに言うのが最近の高校なのかと嘆息する。自分には到底理解できない世界だ。恋愛とはもっと高尚で、純然たる契り。それがまるで交渉の材料、程度に話されるのは如何ともしがたい乱れだと少なからず呆れていた。まあ呆れてはいるが、美人にそう言われて憤慨するほど聖人でもない。そんなものかと思うことにしていた。

 それよりも、自分はどうやら暁乃皇女殿下に歓迎されていないという事実の方が気疲れの原因だ。絶えず微笑みを浮かべているが、彼女はどうにも自分のことをあまりよく思っていないのではないか。そんな疑念が彼の心に重くのしかかってくる。

 いや、待てこれは自分の不徳が致すところ。殿下に気に入ってもらうためにはさらに努力、それなりの結果をださなければならないようだと、彼は少し気持ちを新たにする。

 そう思うと刀信の気分も明るくなった。

 なぜなら、その結果を出すための武器が本日到着したからだ。一度は大破した機体を完全に直し、さらには強化までしてある。その機体を使えば、慈乃が言ったように大国までとはいわないが、小国の軍隊ぐらいなら迎撃できる力となる。

 とはいえ、そのような力を使わざる終えない状況というのが刀信には想像も付かないが。

 僅かに足取りを軽くして、刀信は憲兵隊京都支部の第六研究区画へと向かった。

 日本帝国軍憲兵隊京都支部、この軍事施設は京都御所より北に六キロの十三石山に建設された巨大な砦だ。関西一帯ではなく西日本一帯の憲兵指令塔にもなり、様々な施設が複合されている。研究施設、兵站集積地点、兵士宿舎、情報管制室、などなどの巨大施設だ。

 刀信が目指すのはその中でも、第六研究区画、次世代型念導兵装研究所。研究倫理というものが壊れたマッドサイエンティスト達の宴を一時期までは最盛していたが、いまは研究員はただ一人の閑散とした研究施設になっていた。

 自動ドアをくぐり、清潔で異様に物が少ない研究室で白衣を着た一人の男が耐久年度を越えた壊れかけの事務椅子をきぃきぃ鳴らして振り返った。

「お久しぶりですねぇ、相馬総長殿」

 笑顔で挨拶するのは、本日着任した狐塚治博士、二十代後半の優男風だが苦労を重ねたのか髪は白髪交じりのまだら、顔は名前のように狐顔だった。

「お久しぶりです、博士。で、妹の検診はどうですか?」

「問題あらへんよ。相変わらず心配性だねぇ。ま、この分だと同調の問題なさそうやし、順調すぎて怖いぐらいや。それより、相馬殿と妹君がアレに乗れるかってのが問題ちゃぁ問題やな」

 すこし顔を真面目に変えて、狐塚博士はそう聞いた。

 刀信もその狐塚博士の言い分も理解していた。

 自分の記憶喪失、それは実験機の暴走事故が原因だと聞いている。妹、相馬紫は念術士の力を高める巫女。次世代型の同調式念導鎧に相馬兄妹が搭乗し、表面意識だけではなく深層意識、そのさらに奥にある魂魄までも同調してしまい、念波が極大化、帝都の要塞の一部ごと吹き飛ばした。二人はなんとか助かるが、その後遺症で彼らは記憶を失ったのだ。その後遺症や後の処置を担当したのがいま刀信の目の前にいる狐塚博士。彼はずっと相馬兄妹の面倒を見てきた人物と言ってもいい。

 だから主治医として博士は身体的な不安を聞いているのではない。彼は、二人に心理的な不安があると聞いているのだ。

 刀信はその博士の心配を素直に感謝して答える。

「自分は記憶がないですからね。特に不安な点は見つかりません。それに今回は同調に抑制をかけているんですよね?」

「まぁそうやけどな。従来通り表層意識までの同調に複数リミッターをかけて、安全策はばっちりや。新しく配属されたわての城が吹っ飛ばされちゃかなわん。いまはなーんもないけど明日からコンテナ8本分の盛大な引っ越し作業や。相馬殿が将軍様に召し上げられて、わての予算もがっぽがっぽ。ほんと、エライ感謝してるんでっせ」

 満足そうに笑う狐塚博士の顔を見つつ、刀信はどことなく愛想笑いを浮かべた。

「将軍か・・・まだ実感がないんですけどね」

 刀信は自分の身に起きたことが未だに実感できなかった。

 将軍、日本帝国軍を率いる自分以外の八人はまさに化け物クラスだ。刀信が直に知っているのは、八人のうちの四人だけではあるが、その力は一騎当千どころか十万を越える軍隊に匹敵する力を持った超人たち。彼らは世界に散り、半世紀たった今でも老いもせずに戦い続ける英雄。

 そんな英雄達の一人に数え上げられても刀信は困惑するだけだった。

「ほんと謙虚な将軍様やなぁ。数字は嘘つきまへん。計測器は軒並み相馬殿の念導力波を常人ならざると判断してます」

「とはいっても数値は他の将軍様の半分(・・)でしょう?」

 刀信は自分のことを半人前だと思っている。

 事故以来、刀信の力は飛躍的に上がったが、それは他の将軍達の足元にも及ばない半人前。たとえ、通常の念術士の数百人分の力があろうとも半人前は半人前だ。自分は妹の紫と二人をつなぐ入れ物として念導鎧がなければ一人前にはなれない。

 いわば、この称号は兄妹そろっての称号なのだ。

 刀信が頑固にそう言い返すのを見て、狐塚博士は苦笑した。

「まあ相馬殿がどういうたかて、世間は将軍様のひとりとしてみる。多少は堂々としてな日本帝国が舐められまっせ」

「そうですね。博士、助言ありがとうございます」

「こっちも小うるさいこといってすまへんな。まぁ年寄りの説教と思って聞き流してください。ところで、今日学校はどないでした? 皇女殿下にお会いしたんでしょ?」

 ああ、と思って刀信はどう言おうかと答えに詰まった。

 が、狐塚博士は心理学も研究している。特に念導術は脳科学や心理学、その他の様々な分野を習得していないと太刀打ちできない難解な研究対象だ。いまだになぜ念導術があるのかも解明されていない。

 だから刀信は心理学の研究者として狐塚に聞くことにした。

「いえ・・・それが言いにくいのですが、どうやら自分は皇女殿下に嫌われているようでして・・・」

 言いながら任務の弱きを吐露しているようで刀信は情けなくなってきた。軍事行動は得意だがこういった人間関係は記憶喪失の兼ね合いもあり、不得意だ。でもそんな苦手意識を任務に持ち込むのは軍人として、いや将軍としてどうかとも思うが、分からないものはわからない。

 そんな刀信の不安な顔を見て、狐塚博士はニヤリと笑う。

「相馬殿、ちょっと小耳にいれたいことが」

 くぃくぃと博士が人差し指を立てて誘うように、刀信の耳を貸せといっている。

 二人しかいないのになぜそんなことを、とは刀信も聞きはしなかったが不思議に思いつつも博士に耳を貸す。

「いいですか、親密度の低い男女が親しくなる秘策ですが―――」

 と、博士の怪しい話を刀信はフムフムと真面目に聞いていく。

 すべてが話し終わったとき、刀信はポンっと手を叩いた。

「なるほど、それは防衛上合理的だ。さっそく計画書を作ってみます」

 刀信が納得した顔で頷いているのを、狐塚博士は実にいい笑顔で笑っていた。

「ええ、気に入っていただけてなりよりですわ。あ、それと《迦具土(カグツチ)》の組み上がりは一週間後、運転試験はその三日後になります。それまでにいい計画書きたいしてまっせ」

「任せてください」

 妹の診断結果と狐塚博士の挨拶に来ただけだったのだが、いいことを聞けたと刀信は満足して、第六研究区画から自分の兵舎へと戻った。



「兄様! おかりなさい!」

 自室に戻ると、一番に妹の紫が玄関に飛んできた。

 今年13歳の妹は兄離れができず、すこし成長も遅く感じるが刀信にとっては唯一の肉親だ。黒い髪、日本人形のように白い肌、自分の妹とは思えないような美少女だ。刀信の中で慈乃や暁乃も美人ではあるが、一番は妹の紫と自信をもって言える兄馬鹿だった。

「ただいま、紫。検診結果は問題なかったそうだよ」

 靴を脱ぎながら刀信がそう言うと、紫はじれったそうに矢継ぎ早に聞く。

「兄様、そんなことより学校はいかがでしたか? 皇女殿下にお会いしたんですよね? なにかおもしろいことがありましたか?」

 苦笑しつつも嬉しそうに刀信は答えていく。

「紫、いっぺんには答えられないよ。そうだな、ご飯食べた?」

「ごめんなさい、兄様。食堂で狐塚博士と食べてしまいました」

 しゅんとした妹に刀信は小さく笑う。

 定期検診のときは前日の夜から何も食べることができない。検診は今日の朝から始まって夜までかかる大仕事だ。その後、紫は普段では考えられないほどよく食べる。いつも夜ご飯は一緒にとるがこの日だけは別になっていた。刀信が帰ってくるまで彼女は待てないのだ。

 その食べっぷりを思うと自然と笑みがこぼれて、紫はぷくりと膨れた。

「兄様、私が食いしん坊みたいに見ないでくださいっ」

「あーごめんごめん。俺はお腹すいてるから、着替える間に何か解凍してて。そのとき学校のことを話そう」

 数十秒前の膨れ顔がパチンとしぼみ、太陽のような笑顔で紫が笑う。

「わかりました。兄様の好きな唐揚げをチンしてきますねっ」

 そういってトタトタと廊下を走ってキッチンへと紫が向かうのを見て刀信は幸せを噛みしめた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ