1章 7 決着
最初、恥ずかしいことに、遂に俺にも掃魔刀が発動したのかと期待した。が、すぐに自分の体もスローモーションになってることに気づく。どうやらただの走馬燈のようだ。それにがっかりしている自分に気づき、俺もまだ余裕はあるらしいと実感する。
妙に冷静になった俺は、今まさにこちらに近づいてくる木刀を見た。木刀は本当にゆっくりとこちらに近づいてくる。その狙いは正確に俺のあばらの骨どうしの隙間。これをもらえば流石に病院行きは確実だろう。編入して早々入院か、とため息もつきたくなるが、この状況ではため息すらできない。
既に完全な『負け』を受け入れ、諦めていた俺だったが、このスローの世界では木刀はなかなか俺には当たらない。激痛が来るのを待つというのは注射を待つ子供のように落ち着かない。俺は現実逃避も兼ねて、ふと何気なく目の前の少女を見た。
(…ッ)
一本の得物を振るうその少女は、息を呑むほどにただただ美しかった。
剣術についてよく知らない俺にも分かるほど、卓越した技術を持っていることが分かる。
戦闘の終盤であっても、その太刀筋に疲れの色は見えず、最初に見た一閃と同じく、ただ刀身が一直線に懐へ吸い込まれんとしている。そしてなにより目を引いたのは彼女の瞳。尾行や不意打ちなど、今までおよそ剣士とは思えない行動ばかりしているのにこの純真な瞳はなんだろうか。そこには同情もや卑屈さ、更には悪心すらもない。ただひたむきに、俺という一人の人間を倒さんとしている。なぜ彼女はそこまで自分の闘いに誇りを持てるのだろう。俺は自分の闘いに自信が持てなかった自らを振り返る。過去に言われた台詞が頭を反芻する。
『所詮君の技術は人に危害を加えることしかできないんだよ。自分の尊敬するものを自分で汚しているとなぜ気づかない』
(…でも、だからこそこいつはなんで…)
誇りを失わないのか。もしかしたらそれに気づいていないだけなのかもしれない。けど。だとしても。
(こいつの根底にある強さを知りたい…)
そのためにはどうする。簡単だ。彼女に勝てばいい。ではこの状況でどうやって。それも問題ない。彼女を見て思い出した。この程度のピンチ、二次元ではあふれかえるほど存在する。ならばその中から、この状況を打破するうえでの最適なシーンを再現すればいいだけのことだ!
俺はそのシーンを思い浮かべ、再現するべきキャラクターをトレースする。再現するのは、不可視の剣を徒手で止めたあのシーン。今目の前の剣は刀身がわかるのだ。葛城さんよりは簡単だ!
木刀はもう俺の目と鼻の先。俺は覚醒すべく意識を集中する。すると目の前の光景が白黒から段々と色を取り戻し始める。そして…。
「なっ…!?」
次に起きた事象に、さすがの楓も驚きを禁じ得なかった。
必勝のタイミングの一撃。楓の刃は正に新の脇腹へと到達し、勝負を決める、はずだった。
木刀はあばらの手前で止まっている。見れば木刀の刀身は新の肘と膝の間にある。
新は、高速で放った楓の一太刀を肘と膝で挟んで止めたのだ。
楓が木刀を引き抜こうとしたとき、新は先ほどよりもやや低い声音で楓に言う。
「最後の最後で侮ったな。剣使い(セイバー)」
「…ッ!」
そのさっきまではなかった迫力に焦り、一気に木刀を引き抜こうと力を込める。
その瞬間を読んでいたのか、新は急に挟んでいた木刀を離し、楓はバランスを崩す。先ほどとはちょうど立場が逆転した形になる。
「しまっ…」
「立花流――、雷切」
バランスを崩した楓の肘に、新の鋭い蹴りが炸裂する。
「ちっ!」
だが当たったのは肘。ダメージはほとんどない。新の蹴り足が戻らないうちに一
撃を入れようと楓が一歩踏み出し、木刀を振りかぶろうとしたときだった。
握っていた木刀がするりと手から抜けた。
「なっ!?」
今までで一番の驚愕が楓を襲った。得物を落とすなどという愚行、今までに犯し
たことがない。そのときやっと楓は自分の右手、つまり肘から先が痺れていることに気づく。
(この感覚は…)
それは肘をぶつけたときなどに腕がビリビリするあの感覚、ファニーボーンという現象だ。
前腕の尺骨というところにある尺骨神経が刺激されることで起こる現象。それがなぜ今起きたのかというと…。
「お前!まさかさっきので!」
「ご明察」
楓はそれでもあきらめなかったが、得物を失い、片腕を使えなければ、さすがにどうしようもない。やがて、楓は新に組み伏せられてしまった。
「俺の勝ちだな」
「…ッ」
上から見下ろされてそういわれ、楓は屈辱を感じ目をそらす。
(ここから私はどうなるのでしょう)
楓は自分のこれからを考えた。この男はもちろんこのまま私を見逃すことはないだろう。ナンパしてきた男をぼこぼこにした風紀委員が後日その男に捕まったという話を聞いたことがある。さすがにそのときの内容は聞けなかったが、なんでもひどい辱めを受け、それから人が変わったようにおどおどするようになっていしまったという。これから先、自分もそれが他人事では無くなることを考え、ぶるりと身震いした。
「拷問で情報を洗いざらい出させたあとは、慰み者にでもされるのでしょうか…」
「なんかすげー大げさな話になってる!?いやいやいや!喧嘩に負けただけでそんなことにはならないから!」
どうやら考えていることが声に出してしまっていたらしい。だが、それ以上に新の今言った言葉に楓は驚く。
「え…、本当ですか?」
「ああ。お前だって、今まで闘って勝ったからって、そいつに何かするってこともなかっただろ?」
「まあ確かに、そいつの有り金を全てもらう以外はしませんでしたが…」
「お前喧嘩する度にそんなことしてたの!?山賊かなんかかよ!」
「そ、そんなことはありません!昔聞いた話では、目が合ったら勝負をし、敗者は勝者にお金を渡すのが世の仕組みだと聞いたことがあります!」
「それポケ○ンの世界の話だから!現実でやったらただのカツアゲだから!」
「そ、そうだったのですか…。将来はこれだけで食べていけると思ったのですが…」
「それほんとにただの山賊だからな」
絶句する彼女に俺はできるだけぶっきらぼうに言う。
「まあだけど、さすがにこのまま帰すってわけにもいかないし、手荒なことはしないからさ。――とりあえず今後の話も兼ねて、俺の家来いよ」