1章 6 翻る凶刃
その少女は先ほど見た生徒会の女子たちと比べても遜色ないほどの美少女だった。顔立ちは整い、色白の肌はまるで陶器のようで相反するような肩甲骨のあたりまで伸びる漆黒の髪がより一層彼女の魅力を引き立てていた。しかしその顔は今、びっしりと冷や汗をかき、緊張に顔を歪ませている。
原因はもちろん俺たち、というか親父だった。
親父はその少女を見て眉根を寄せる。
「…まさか女、それもこんなかわいい嬢ちゃんだとはなあ。てっきり仕事関係の奴かと思ったが…。新のストーカーかなんかか?」
「そんな物好きいねえよ。ていうか蓬莱の制服着てるってことは…」
俺の中でやっと一つの答えが出る。蓬莱の生徒が俺を尾けまわす理由など今は一つしかない。
「お前、俺の監視役だな?」
「…っ!」
少女は苦虫をかみつぶしたような顔をする。やはりそのようだ。
(まさかついさっきのことに対してここまで早く対応してくるとはな…)
だがだとするとまずい。俺は親父に言われるまで彼女の監視に気づかなかった。仮に生徒会室を出たときから既に監視されていたとしたら、俺たちの作戦も筒抜けになっていることになる。
そこでフッと急に体にかかっていた負荷がなくなる。見れば親父は『領域』を解き、いつもどおりの雰囲気にもどっていた。
「どうやら新と関わりあるようだな。まあそういうことなら俺は一切関与しね
え。当人達で好きにやってくれ」
そう言って背を向け玄関へ歩き始めた。
「ッ!」
「あ、逃げやがった!」
その負荷が無くなった一瞬の隙をついて少女は一目散に走り去っていく。一瞬親父に文句でも言おうと思ったが今はそんな暇はない。彼女の逃げた方向へ向か
い、俺も一目散に彼女を追って走った。
夕陽が沈み始め、外もだんだんと暗くなってきていた。
未だ近所の住宅街での鬼ごっこは続いていたが、少女はかなり足が速く、既に視覚での追跡はなかなか難しくなってしまっていた。
(あの娘は…、左の方か)
それでも未だ彼女を追うことが出来ているのには理由がある。静心だ。
追われるのを振り切るにはどうしても追手を意識してしまう。なまじ相手は俺の位置を把握しているようなので、俺の動向を気にするのはしょうがないことなのだろう。
だが、いくら気配を殺そうとしても、俺を強く意識してしまえば必ず気配は辿れる。
俺は十字路を左へ曲がる。その次を右へ曲がった所に彼女は潜んでいると静心から読み取る。今度こそ捕まえる。
しかし分かれ道を右へ曲がった所で俺は目を見張る。道の先には街灯があるのみで道には誰もなかった。勿論彼女も。
どういうことだ。俺はもう一度静心を行う。しかし、今度こそ完全に反応が消えた。
(やられた。完全にまかれた…)
俺はため息を吐く。貴重な情報源を失ったのは大きな痛手だった。しかも以前こちらの情報は相手に筒抜けになるという状況。こちらの不利は最初より大きくなってしまった。
「まあ過ぎたことを悔やんでもしょうがない。まずは悠斗に今の状況を説明しないと…」
そうして俺がポケットから携帯を取り出したときだった。
ゾクリと背中に怖気が走った。長年の感覚。この感覚が示すのは、俺への奇襲攻撃――
反射的に俺は真横へ跳んでいた。すると今までまさに俺がいた場所を鋭い剣閃が通過していった。遅れてひゅんっと剣風が前髪を躍らす。
「――驚きました。私の初撃をかわしたのはお前が二人目です」
声のする方を見やる。街灯の下に一人の人間のシルエットが浮かび上がる。暗くてよく見えなかったが、ちょうどそのとき町の街灯の明かりが灯り始める。
――やがてそこには、一人の少女が映りだされる。
長く伸びる黒髪は暗くなったこの時間では夜闇に溶けるようで、相反するようにのぞく白いうなじは街灯の無骨な光の下でさえ美しく存在感を放つ。端正な顔立ちに怜悧な瞳は日本刀のような鋭さと美しさを連想させるが、その切っ先を俺の喉元に当てられている本人としては顔がひきつる。
その少女、木刀を持ちこちらを睨む彼女は、間違いなく先ほどまで俺が追っていたあの少女だった。