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cioce shake -クロックシェイク-  作者: 清木
上位争奪試験編
8/16

茜色の金色

 

 

「ふぎゃあ!」


 情けない声に少々苛立ちを覚える。が、演習場の床に寝そべる金髪少女の姿はなんとなく猫っぽくて愛らしい。涼也はそう思ってしまった。そして、仕方なく倒れ伏す少女、レナン=スティグナーに手を差し伸べた。


「えへへ、面目ない」


 魔導実践の授業で指先ひとつ掠らずにやられたにしては、あまりにも緩い態度でレナンは涼也の手をとり起き上がる。

 なんというか、彼女はあまりにも弱い。もとより運動音痴で、体術はからっきし。腕を振り回しながら迫ってくるような、そんなレベルだ。にも関わらず使ってくる魔法は小学生で習うような、簡単な魔法。純正魔法を使う姿は、涼也もまだ見たことがなかった。


(いくら実力を隠したかったとしても、現状じゃクラス最下位の成績……いい加減、本気だしてくれないとこっちも少しイラッとくるんだよなぁ……)


 イラッとくるのは彼女のことを多少なりとも気にかけているからだ。このままだと進級すら怪しい。彼女の弱さは予想以上に涼也にとっての悩みの種であった。


「ごめんね、練習相手にもならなくて」

「……いや、俺はいいんだけどさ。お前、大丈夫なのかよ」


 申し訳なさそうにレナンが言うと、涼也の苛立ちは薄まり、危惧の念がより強まった。


「純正魔法を思い出せさえすればなあ」

「二年前に頭打って思い出せなくなったんだっけか? アホだろ」

「うう……」


 正直、そんな話を涼也は信じていなかった。脳内でも強い記憶や印象こそが魔法となるのだ。他のことを忘れずに、それだけ忘れるなどおかしい。大事な記憶ほど脆いものなのかもしれないが、やはりまだ出会って一か月程度の関係で全ての話を信じられるほど涼也は浅はかではない。


(信じてやりたいけど……悪いな。疑い深いのも生まれた国のせいかもしれない)


 心の中で謝罪する。入学してから、いつだって傍にいてくれた友人を信じきれない自分が心底いやだった。



 なんだかんだでその日の授業は全て終わり、いつも一緒に帰宅する悪友もいないので、レナンと二人で帰路についていた。

 茜色に染まった空の下、朝も通った道のりをなぞる。


「まだ走ってるね、あれきっと武装部隊だよね」

「ああ、そうだな」

「……」


 自己嫌悪にはまってしまった涼也は、どうにも暗いテンションをぬぐいきれずにいた。それを感じ取ったレナンもまた、口を閉じた。

 軍兵たちが野外演習場で走りながらあげる掛け声だけが、二人の耳を通っては抜けていく。

 やがて、涼也とレナンの住む学園寮に着き、そのまま解散となるかと思われたのだが、


「ねえ、涼也」


 レナンは涼也の住む部屋の扉前で、声をかけた。ドアノブに手をかけていたところで涼也は静止し、振り返る。同時に両肩に手を掛けられ、そのまま押し付けられた。


「おい……なんだ?」


 扉に背中を預けながらも、レナンの突然の行動に動じて、体が動かなかった。少女に殺意が少しでも混じっていれば、涼也は正気になれただろう。しかし、そういったものは感じられなかった。

 ちょうど、今の空色みたく赤く染まった顔。震える唇がゆっくりと動く。


「キスしよ」


 言葉と同時にお互いの距離がなくなった。金色の髪が揺れて、甘い香りが涼也の鼻孔を刺激する。そして、互いの唇が重なった。……と思われたが、間一髪のところで涼也は手を挟み込んでいた。結果的に手の甲にキスされた訳だが、それにしても突然すぎてパニック状態に陥ったのは間違いない。


「な、なななな!」

「な、しか言えてないよ」


 奇襲に失敗しつつも、レナンは冷静なようで、慌てる涼也に微笑みかけた。


「なんか、元気なかったから。つい」

「つい……って! アホか!」


 なんだかんだで、暗い雰囲気は崩れていた。そして、その有り様に気付いた涼也は、ため息をこぼした。いつも通り、気さくに振る舞うレナンのお蔭で、ようやく冷静になれたようだ。


「……悪いな。勝手にしょぼくれちゃっててさ」

「ううん、いいの。あたしの為に落ち込んでくれてたんでしょ?」


 涼也はそれ以上、言葉がでてこなかった。レナンは、続ける。


「あたし、頑張るから。もっと強くなるから。一緒に進級するし、魔導士の資格だって今年中に取るもん!」

「いや、それは無理だろ」


 さらっと本音が出てしまった。慌てて訂正しようとする涼也の口にレナンの人差し指が押し付けられた。どうにも、殺意や敵意がない相手の不意打ちには、反応できないようだ。


「あたしは、やるよ。だから安心して。ね?」


 笑顔で彼女はそう言った。涼也は、黙って頷くことしかできなかったが、それで十分だとも思った。

 そしてなにより、彼女のことを信じたいと、そう思えた自分に喜びを感じていた。


「よし! お前は今後、魔導実践の授業は俺と組め! 戦闘のなんたるかを叩き込んでやる!」

「ええー、痛くしないでよ?」

「甘えんな」


 二人の距離が縮まった、とある夕暮れの出来事だった。


  


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