ウィンガード家
曇り空、こぼれ落ちる水滴たちは衰えを見せず、転校生から不吉な視線を浴びせられるも、涼也の気分は悪くなかった。
待っていた魔導実践の授業がきたからだ。
「じゃ、あたしは更衣室いくね」
「わざわざ言わなくてもいいっての」
「も~! バカタレ!」
悪態を吐いて教室から去っていったレナンを見届けて、自分が一体なにをしたんだと首をかしげる涼也。とりあえず、学校指定である魔導実践用の服(言ってしまえば体操着)に着替え、室内演習場へと向かう。
軍隊本部の直轄である為、体育館代わりに学園敷地内でも建築されたらしい。
「今日は悪友二人がいないようだね?」
演習場へ向かう途中、背後から声が投げかけられた。振り向かずとも声の主はわかっていた。
「……グリムか、片方は悪友かもしれないけど、もう一人はどう考えても優等生だろ?」
「ふ、違いないね。で、今日の魔導実践なんだけど……」
鮮やかな緑色の髪、その前髪部分を弄りながら、グリム=ウィンガードは悠々と語りだす。しかし、その途中で涼也は振り返り、
「悪いけど、お前とはまだやらないよ」
きっぱりとそう言って、また前を向き歩を進める。
「何故?」
「お前が一番わかってるはずだろ」
グリムの問いかけに涼也がすかさず言葉を返すと、緑髪の少年は笑みを浮かべる。そして、何も言わずに立ち止まった。
自分の背中を見送る男の実力は、涼也も知っていた。
(ウィンガード家……一族で同じ魔法を継承している上に、多数の戦闘実績を残している有名な家系。その長男とぶつかれば……クラス内の奴らに本気でやる姿を見られるじゃねえか)
和領国は忍ぶ国。涼也もまた、その血液を色濃く継いでいる。全力で戦うことを強いられる相手とは、絶対にやりたくない。グリムもまた、涼也がいつも本気を出していないことに気付いての誘いだったのだろう。
恐らく、涼也以外にも強力な魔法などを隠している者は多いだろう。魔導士の資格試験は成績上位二十名までという決まりがある。入学してすぐに自らの手を晒し、対策でも立てられようものなら、まず上位に食い込むことはできない。
(まぁ、手の内を隠しつつそこそこの成績を残さないといけないから難しいんだよなあ)
大切なのは、調整力。現在、最速で魔導士の資格を取得しようとしている層は、そう考えているだろう。
この学校で強くなろうとか、卒業までに資格を取ろうだとか、そういうことしか頭にない人間はどんどん置いてかれる。
「待ってろよ……」
校舎を出て、屋根のついた一本道を歩く。外気には触れているため雨の匂いを吸い込んだ。赤い瞳には室内演習場が映る。中には既に多くのクラスメイトが揃っていた。
少年は、その中で自分が一番強いと、そう思っている。
「涼也、遅いよー」
演習場に入るや否や、レナンが声をかけてきた。心なしかいつもに増して話しかけてくる頻度が多いなと、涼也は思った。
(そうか、いつもの二人がいないからか)
先ほど、グリムに悪友と称された二人の姿が脳裏に浮かぶ。片や体調不良、片や朝の占いで事故率が90パーセントだったから休むとのことで、後者に対してはリヴォルタ教官もご立腹である。
その教官様であるが、現在涼也たちの前にいる。
「さて、そろそろ時間だな」
そう言って授業の開始を促すと委員長が「整列」と声をあげた。リヴォルタ教官は魔導実践を担当している。やはり戦闘に関してはそのスペシャリストの教えが良いだろうみたいな適当な理由で国の偉い人がリヴォルタに話を持ち掛けたようだ。
礼を終えた後、互いに決めた相手と実践形式の戦闘を行ういつも通りの魔導実践の授業が始まった。