鬼教官と転校生
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全てを凍らせるような白銀の長髪に、全てを凍えさせる金色の瞳。女性にしては百七十二センチと背も高く、片手で人を持ち上げるほどに鍛えられた肉体。
彼女の名はリヴォルタ=ロズウェルド。最年少の二十一歳で軍本部の最高戦力の一人となった存在であり、教官として涼也たちのクラスと魔導実践の授業を受け持っている異例の存在である。そんな彼女に今、片手で持ちあげられているのが、レナン=スティグナーであった。
「貴様、入学から一か月で四度目の遅刻とは私を舐めているのか?」
「め、滅相もないです……」
胸倉を掴まれ空中でぶらりとしているレナンは、苦しそうに答えた。そのままリヴォルタは彼女を教室の壁目掛けてぶん投げる。遅刻した少女は壁に激突した後、床を転がった。
「言葉でならなんとでも言える。行動で示せよ、レナン=スティグナー」
無論、気を失っていた少女にその言葉は届かなかった。鬼教師と名高いリヴォルタの怒気にのまれて誰も動くことはできず、レナンが床に転がったまま朝礼は始まった。
「さて、待たせたな。私の横に突っ立っている女は誰かと言うとだな。まあ、転校生だ。挨拶しとけ」
実はレナンが遅刻してくる前から一人の少女が、席にもつかずリヴォルタの横に立っていた。正確には、まだ自分の席がわからないので立っているしかなかった。雪のように白い肌と人形のように整った顔立ち、そして思わず触れてしまいたくなるほどに美しい黒髪は長く、風になびいている。
その外貌に、教室の男だけでなく、女子までもがツバをのんだ。
「北の大陸から来ました。アリス=クレイバーです。よろしく」
ぺこりと頭を下げると、それ以上言葉はなく、リヴォルタが席を指定すると彼女は頷き、歩を進めた。とても静かな挙動であった。
(流れるような動き……。なかなかに訓練されてるようだな)
一挙一動。転校生アリスのほんの僅かな仕草で、彼女の実力はうかがえた。強いというよりは洗練されている。そういう動きだ。
(まあ、洗練された動きってのは、強いってことなんだがな。さて、面白い奴がうちのクラスにきてくれたな)
リヴォルタは静かに、誰にも悟られずに笑みを浮かべた。
「転校生との交流は後にしろ。次の報告だ」
アリスに何か話題を振ろうと必死な、彼女の席付近の男子生徒たちに向けて言い放ち、黒板を一度叩く。
軽く叩いたつもりだったが軽くヒビが入っていた。
「魔導軍隊は本部と十一の支部で構成されている。知らない奴はいないだろうが、ここは誇り高き軍の本部だ」
東西南北の各大陸に二か所ずつ、その他の島国に四か所の計十二か所。中でも涼也たちのいる東の大陸。その王国内に配置された本部は、戦力、領土共に最大である。
「然し、君たちの入学を境に始まった事件がある。それは軍本部内で相次いでいる行方不明事件。学園領域内でも相次いでいる。消えた者は新入生から軍の部隊長クラスまで様々だ」
「魔族の仕業では? 奴らは遊び感覚で人を殺しますよ」
リヴォルタの話をさえぎるように、堂々と意見を交わす生徒がいた。まれに、彼女に臆することのない生徒がいる。
「グリム=ウィンガード。私の話を聞いていなかったようだな」
意見を述べた生徒の名はグリム。緑髪という珍しい髪色は、ウィンガード家という貴族の象徴である。
「行方不明と言った。殺すだけなら知性の低い魔族でも可能だが、今回の事件はそういったものではない」
「……戦闘の痕跡は?」
グリムもまた自分なりの推測を始めようと、情報の先を求めるが、
「痕跡はない。そもそも何処で消えたかもわからない。だが私が言いたいのは、余計な推測なんかせずに帰宅時は気を付けろということだ。わかったか、グリム=ウィンガード」
「……まぁ、考えておきますよ」
「それで巧言のつもりか。まあ、勝手に踏み込んで勝手に消えようが、私の知ったことではないがな」
あくまで肯定はせずに、グリムはそれから口を挟むのをやめた。リヴォルタも必要以上に生徒を気に掛けるつもりはないのか、そのまま行方不明事件についての伝達を終えた。