ご主人様にご奉仕します
「ご主人様!何かすることはありますか!?」
「お茶を入れてくれるか?普通にアッサムでいい」
静かに本を読む男が一人。貴族の跡取り息子である。もちろん絢爛豪華な衣装なのだが嫌味が無い。
顔と洋服の綺麗さがあっているのだ。町の評判も良い。この家系は貴族にしては珍しく平民からの上がりだ。
その為平民の気持ちがよく分かる。三代前の当主はいつも言っていた。
「わしらはこの民のおかげで飯が食えるのだ感謝をしなければいけないぞ」
これが口癖で遺言もこれが書いてあったと二代前つまり男の曽祖父が生前言っていた。
お前も忘れるな。そう言われた事があった。翌日曽祖父は亡くなった。祖父も父もこの言葉に従っている。
「お茶が入りましたよどうぞ」
「あぁありがとうどうだ?お前も飲むか?」
ティーポットにアッサムという茶葉が入っている。これは渋さがそんなに無くミルクティーには良いのだ。
ただ男はミルクティーを飲まない。その為ミルクティーにするには少し薄めの紅茶にしてしまった。
「私は遠慮します・・・今日はまだドジってないですから!」
「いいじゃないか俺とお前の仲だ」
彼女は男に奉仕しているメイドだ。しかしかなりドジ。皿は落とすし紅茶を男にかけたこともあった。
「ほら紅茶だ」
「ありがとうございますご主人様にやってもらうなんて」
「気にするなそれこそ昔のように話してもいいぞ?リリー」
「それはそっちもじゃないですかアレキサンダー」
「もう癖だこの話し方しか出来なくなった」
「私もですよあなたにメイドとして仕えるようになったときから」
紅茶をすする二人。十七世紀のドイツの豪華な服に身を包んだ綺麗な青い髪と緑の目のアレキサンダー。
チュールと言うメイド服に身を包む金髪に青い目のリリー。主人と従者。
絶対に相容れない二人。しかし二人の胸はある感情が巡っている。
((目の前に想い人が!?))
そう二人とも互いに恋をしているのだ。見た目は分からないが心臓が裏返りそうなくらい。
(ど、どうしたらいいのだろうか?お茶に誘うことは出来たが・・・!)
(はわわ・・・どうしましょ目の前にご主人様が・・・!)
この有様である。もちろん顔には出していない。出したら負けだと思っているのだ。
紅茶をすすりながらアレクサンダーは本を読んでいた。特にこの本は気になる。
ちらっとリリーのほうを見ると目が合ってしまった。しかもリリーはずっと見ていたようだ。
「す、すみません!私これで!・・・あっ!」
気恥ずかしくなったのか席を立とうとしたリリーの足にテーブルがぶつかる。
もちろんアレキサンダーにかかる。びちゃびちゃだ。
「ぐすっ・・・すみません」
「平気だもう温くなっていたからな火傷などは無いぞそっちも大丈夫か?」
「はい大丈夫です・・・ごめんなさい」
「まったく・・・すまないが着替えてくるからテーブルを拭いてくれるか?」
「・・・はい」
やれやれと首を振る。リリーは肩をすぼめながらテーブルを拭く。
「あれ?これご主人様の・・・」
栞が挟んである一冊の本。アレキサンダーが読んでいたものだ。
カバーがしてあるため題名が分からない。
「ちょっとだけ・・・」
好奇心からついカバーを取ってしまった。題名は・・・
『好きな人に告白する10の方法』
「にょわー!!??」
思わず本を投げてしまった。バサッと本が落ちてしまったが幸い栞は取れなかったようだ。
「ご主人様・・・好きな人がいるんですね」
落胆。自分の恋心が叶わないと知った。昔初恋は実らないと聞いた事があった。
そのときはただの迷信だと思っていた。しかし本当にそうらしい。
考えてみれば主人と従者。身分が違いすぎた。そういうことなのだろうか。
「テーブルも綺麗になったし」
ドアを開け部屋を後にしようとした時目があった。
「ん終わったのかありがとう」
そういって微笑む彼。緑の目がまっすぐにリリーに向けられる。
それがつらい。その目が自分を見なくなるときがあると知った今途轍もなくつらい。
「片付けましたので・・・」
足早に離れる。もう少しでもいたら泣いていただろう。
「?どうしたのだろうか」
不思議に思ったが何かドジでもしたのだろうかと深くは考えなかった。
そして部屋に入り最初に目に付いたのはカバーの外れた本。
「・・・・”#$%&!!??」
何語かも分からない。そのくらい驚いてしまった。アレキサンダーは顔を真っ赤にして、
「くそ置いてしまっていたか・・・!」
と顔をしかめた。しかもカバーが外れているという事は、
「見たのだな・・・リリー」
そうすれば合点がいく。たぶん彼女はこれを見て好きな人がいるのではないかと思った。
しかしそれは自分ではない。そう考えたのだろう。バカな奴だ。
「俺の・・・俺の初恋は」
決めた。いつまでも本に逃げ場を作るんじゃない。自分で作るのだ。
たとえ砕けようと構わない。いっそ清々するだろう。うじうじするのは好きではない。
アレキサンダーは走った。彼女を追って。
「おい!リリーを見なかったか!?」
「あぁメイド様ですか?あちらのほうに・・・」
「分かった!ありがとう!」
指差した方向にかける。するとすぐに彼女の姿を見つけた。
「リリー!」
「あっご主人様・・・」
その顔は普通のように見えて普通ではない。目線がこちらを向いていない。
「はぁ・・・はぁ・・・あの本を読んだな?」
「いえ題名だけです・・・」
俯き加減に彼女は答える。アレキサンダーはこの顔が大嫌いだ。
悲しい。つらい。そういった感情を彼女がするのは見たくはない。だから言う。
「あの本を見れば分かったと思うが・・・俺には好きな人がいる」
「えぇ分かっています・・・ご用件は?」
あくまでもメイドとして振舞おうとしているのが分かった。
「今からその好きな人に告白する」
「・・・そうですか」
一際悲しげな表情をする。言葉選びが悪いのだろうが生憎センスなぞ持ち合わせていない。
「リリー・・・俺と人生を共に歩んではくれないか?」
さらっとしかし重度の緊張を伴った言葉。本に書いている言葉なんて覚えていなかった。
ただ自分をさらけ出し本心を口にした。
「・・・?」
彼女は何を言われたのか分からない。といった顔だった。ならばもう一回言おう。
「言い直す・・・リリー俺と結婚してくれ」
「!私・・・ですか?」
「あぁ俺の好きな人は・・・お前だリリー」
彼女はぽろぽろと泣き始めてしまった。そこまで嫌だったのだろうか。そう思ってしまう。
「リリー?そんなに俺を嫌いだったか?」
「違うんです・・・嬉しいんですご主人様」
「!じゃあ!」
「はい宜しくお願いします・・・あなた」
結婚当日彼女は公衆の前で、
「私はご主人様にご奉仕します」
と言ってしまった。夫なのか主人なのか。
どっちなんだと彼は笑った。もちろん決まってはいたが。
この後の物語は語らない事にする。人の結婚生活なんて甘すぎて病気になるだろうから。
FIN