希望の光
次の給料日まで後20日、残金1000円。
今思えば、何故あんな物を買ってしまったのかと今更ながら後悔してしまう。ピカピカに光るそれは、オークションで競り落とした健康器具である。
『邪魔だなぁ……』
家に届いて二日目。既に埃をかぶりだしたソレは、ただでさえ狭い部屋を更に狭くしてくれているのである。
『困った、しかし今の問題はそこじゃない』
勢いで買った健康器具、そして生活費が1000円しかないのである。もやし生活しかないのだろうか、いや、ここは小麦粉と水という選択が。
俺はふてくされながら、休日の真昼間から布団の中にくるまり悶々と悩んでしまう。
『ここは一発勝負しかない、よな』
ソレが届いた際に、代引きで支払った御釣りの1000円札が一枚、ジャージのポケットにまだ入ってるのを確認して、クシャッと軽く握りしめたのだった。
『さて、ここしかないよな』
俺が到着したのは勿論、パチンコ屋である。
『1000円一発勝負はAタイプに限る』
14時という時間帯のおかげか、俺はスロットコーナーにあるAタイプの島を徘徊すると、当たり回数が付いているものや、まだ回されてない台があったりする。その中から、俺はある一台が目につく。
『ほぉ、これはこれは』
全財産を握りしめ、俺は考察する。
そもそもAタイプとは、コインを3枚入れてレバーを叩いたら当たりかハズレか教えてくれる簡単なスロットマシンである。コインは1枚20円なので、1000円あれば50枚のコインを手に入れる事が出来る。
『最低でも16回転は出来る、そして16回転もあれば1/200の当たりを引く事くらいできる!』
確率は200回に1回は当たるという、そして当たれば300枚のコインが出てくるのだ。
当ててしまえば1000円が6000円になり、5000円も増えるのだ、給料日までの残り20日間を軽くしのぐ事が出来る。
そして、目の前にある台は朝から誰かが回したのだろう台がある。総回転数が600回とデータカウンターには表示されており、当たり回数は0。
これはチャンスだと俺は思った。
俺が席に座り、コインに変換してくれるサンドへ1000円札を入れようとしたとき、隣に座ってる男の人が腕を振り上げ……。
「ガコッ」
当たりを示す光が神々しく点灯する。まさに、俺がコインを買おうと思った瞬間なのである。
『やばい、これはやばい』
俺の直感が警告する。隣が当たってる時、好調な時は周りの台を打っちゃダメなのだ。
確率はいつでも、どこでも1/200なのである。しかし、これは俺が信じているオカルトの一つなのだ、俺は諦めて再びホール内を徘徊する。
30分が経過し、再び先ほどの台に戻ってくる。
『やっぱりな』
あの後誰かが打ったのだろう、回転数は既に700回まで伸びているが未だに当たりは0。
『今なら……いやいやいや、落ち着くんだ俺』
先ほど好調だった台には今は誰も座っていない、データカウンターの確率も1/120と物凄い当たり数を弾きだしている。
『好調な台を打てば勝てる、はずなんだ。しかし俺の残金は1000円。考えろ』
俺が葛藤していると、違う人がすっと目の前に着席する。そして。
「ガコッ」
「あ゛あ゛あ゛」
思わず唸ってしまった、何と一回目の回転で好調な台は当たりを示すランプが点灯する。
『何て神々しい、ああ、俺が座っていれば……』
今更嘆いても意味はない、7が3つ揃いその台から祝福のファンファーレが鳴り響く。
『まだだ、もっと良い台があるに違いない』
30分後。
「ああ、何だよこの糞台は……ふざけんなよっ!」
回転数が800回を過ぎ、未だに当たりが0だった台についに着席した俺は、ストレートに16回転何も揃うことなくレバーを叩くはめになった。3枚が16回、すなわち手持ちの残りコインは2枚である。
『ああこんな枚数じゃ換金も出来ない、そもそも2枚じゃスロットは回らない』
俺の残金は残りコイン2枚、40円相当だが換金も出来ないので実質0である。
『まて、考えろ。1枚掛けで回せるスロットってあったよな。確率が1/65536まで落ちてしまうので誰もやろうとしないスロットが確かにある!』
俺はその台のあるコーナーとへ向かう。台には微笑むピエロのパネルがついており、当たりの時はパネルがピカッと光るのである。
『これしかねぇ、これで2回勝負……』
当たった時に、コインの払い出しがあるので、1枚掛けを2回試みる事が出来る。
『しかし……』
店の中に1台しかなかったその台は、総回転数が0のままで、誰にも見向きもされないピエロの台だった。
俺が1枚コインを入れると、ピロンと軽快な音がなり、ベットランプが点灯する。
『神よ、俺に力をっ!』
祈りを込め、左手を拳にして魂の一撃を振り下ろす。
『テンテロテン』
当たりのランプが光ることなく、3本のリールが回転を始める。しかし、最後のストップボタンを押すまでわからないのである。
『ダムッ』
第一ボタンを押すと一番左のリールが停止する。枠内に神々しい色の7という数字が入っている。後二つ、これが一直線に揃ったら当たりである。
『ダムッ』
リールが止まる音と同時に、スロットの筐体からピロンっという軽快な音が第二停止時になる。これは7がテンパイした時になる音である。枠内に2つの7が並んでいるのだ。
『ああ、このワンプッシュが運命の……』
俺は右手の親指に魂を込め、念の籠った声とともに第三停止ボタンをプッシュする。
「ふーーーーーーーん!」
『ダムッ』
俺はいつのまにか目を瞑っていたらしい、そっと目を開き俺の視界に飛び込んでくる光。
『あああ!』
『7・7・〇』と、7の並びの最後には青い〇が停止していた。
『くそう、くそう、くそうっ!?』
俺の手元にはコインが残り1枚である、はっきりいって完全に絶望的状況だ。絶望のあまり、パネル部分に頭のてっぺんを押し当て、視線が下に向く。しかしそこで俺は見る。
『な、んだ、と』
俺は椅子の下に光る数枚のメダルが目につく。顔をあげ、辺りを見回す。
『よし、今しかないっ』
地面に落ちていたメダルをさっと回収して、手の中にあるソレを数えてみる。
『4枚、か……合計5枚。もうワンちゃんあるで!』
俺は5枚の内、3枚を目の前の台に投入する。
『俺、これ当たったら真面目になるんだ』
左手に今日何度目かの魂を込め、思いっきり振り下ろす。
「うらーー!」
そして勢いで第一停止、第二停止と押し違和感に気が付く。
「カチッ、カチッ」
乾いた音がなり、リールが停止しないのである。
「うらぁぁあぁ」
押し誤ったか、俺は再び第一停止をタタタンッと三回ほど連打してみる、が反応がない。
「あ、あれ、これって……」
そんな声が漏れた瞬間、俺の目の前の台から光が消える。全消灯である。
「ま、さ、か」
俺は光を失ったその台をまじまじと見つめていると、リールがガガッと異音を放ち一気に全てが停止する。そしてゆっくりと逆回転をはじめるそれは……。
「か・た・ま・っ・つぁー!」
再び思わず声を出す。そう、俺が打っていたこの台はただのAタイプなんかじゃなかったのだ。当たればコインがザックザクとでるA+ARTというタイプなのである。
俺はこの日、大量にコインに祝福され夜遅くまで帰る事が出来なかったのである。
『ありがとう、俺の引き』
後日、全消灯したその台で再び残金を全て持っていかれるとはこの時俺は夢にも思っていなかったのでした。