うちの執事は心配事が多い
さて、明日から学校に入学するわけですが…。
「何か準備し忘れているものはありませんか?ちゃんと確認しましたか?」
「もう!これで何回目よっ!ちゃんと確認したわよっ!!」
緋堂がうざい。
数十分に一回のペースで問いかけて来る。
どんだけ心配症なのよ。
「私がいなくても大丈夫ですか?お怪我はしませんか?ちゃんとやれますか?」
緋堂が心配そうに数十回目の荷物整理をしながら私に問いかけてきた。
「もう子供じゃないんだからっ!」
緋堂がとてつもなく怪訝そうな顔をしてこちらを見つめた。
「十分子供だと思うのですが。」
そうだった。
精神年齢は26歳といえど、実際は6歳なんだった。
やっぱり難しい問題だと思う…精一杯6歳を演じろっていう方が無理な話だもの。
「ううう、うるさい、ですっ!」
私は自分でもわかるくらいにむすっとしながら、そう吐き捨てて部屋を出て行く。
我ながらガキである。
さて、勢い良く飛び出してみたは良いもののこの後どこに逃げ込もう。
結局、私が屋敷のどこへ行っても緋堂は探し当ててしまう。恐ろしい。
そうなれば、やはり遠くへ逃げるしかない!
私はそう思い、屋敷の庭へと出てその奥のお花畑に逃げ込む。季節の花が咲いていて、今は私の体を包むようにヒマワリが咲き乱れている。
ここなら中々見つからないはず!
緋堂は背が高いからこっちから姿は見えるもの、こんなに都合のいい場所はないわ。
「にっしっし、我ながら頭が良いわ。」
私が満足げに笑うと、背後で土を踏む音がした。
「綾ちゃん、こんなところで何してるの?」
「うわぁっ!」
突然に呼びかけられ、私は声を上げてしまう。
後ろを振り向くとそこには不思議そうに首を傾げた海ちゃんがいた。
「海ちゃんこそ、何してるのっ!?」
私は声を落として問いかける。
「遊びに来たんだけど、お花でも持ってこうかなぁと思って。」
「海ちゃん、しーっ!」
普通のトーンで喋る海ちゃんに私は焦って唇に人差し指を当てて「しーっ」のポーズをする。
それを見てまた不思議そうに首を傾げる。
そもそも、私の家の敷地内で花を摘むな。
「今、緋堂から逃げてるのっ。」
「なるほど、じゃあかくれんぼだね。」
海ちゃんは、理解したような顔をしてからにこやかに笑う。
「お嬢様っ!隠れても無駄です、ここにいるのはわかっています、直ちに出て来なさい!」
どうしてこんなに早いのかしら!?
本当に緋堂は私を見つけるのが早い。
何故だ、何故そんなにも早いんだ。
「ほら、見つかっちゃうよ、行こう。」
海ちゃんが私の手を取って奥の森へ走っていく。
森にはあんま入っちゃダメって言われてるけど、きっと海ちゃんと一緒だから大丈夫だ。
少し走ってから、私たちは手を離して一息つく。
「ここまで来れば、きっと大丈夫だね。」
私は海ちゃんに向かってにっこりと笑みを浮かべる。海ちゃんはそれをみて、真面目な顔で私に詰め寄る。
「綾ちゃん、僕からは逃げちゃダメだからね。」
次第に木まで追い詰められて私は逃げられなくなる。
「大丈夫、僕が守ってあげるから。」
海ちゃんは私のほっぺにキスをしてから私をじーっと見つめる。
何この子、何この7歳児、本当に7歳?
「あと10歳くらい大きかったらなぁ、今すぐにでも僕のものに出来るのに。」
海里さん、目が獲物を狙うような目つきですよ。
私の脳内で警報発令されていますよ。
「あ、の、私、失礼しますっ!」
私は隙をみてダッシュで走り去る。
後ろで名前を呼ばれるが気にしない。
待って、こわいこわいこわい。
何あの子一体だれ?海ちゃんじゃないわ、一体誰なの?
どうしよう、まだ純粋な子供でいてよ。
まだ7歳でしょう?その辺を無邪気に駆け回っててよ。
「はぁ、はぁ。」
疲れた、どれだけダッシュしてるの、私。
あれ、待って、ここどこ?
ここ、どこ?
無我夢中で走った為か、最初から海ちゃん任せにしていたからか、帰り道がわからない。
日が傾いてきたのか、暗くなってきている。
心なしか何か出そう、ケモノの足跡がある。
どうしよう、怖すぎる。
精神年齢26歳とか言ってるけれど、やっぱり子供の精神も持ち合わせているから仕方ないよね。
普通に怖すぎるのですが。
バサバサっ!
鳥の飛んで行く音にさえ「ひっ」と盛大に驚いてしまう始末。
「ううう、怖いぃ。」
私、もう半泣き。
帰りたい、家に帰りたい。
「誰か迎えに来てぇ。」
やばい、もうすぐ真っ暗になってしまいそうだ。
私、半泣きどころか、泣いてる。
「助けて…助けてぇえええ!」
私は声を荒げて叫ぶ。
「緋堂ぅううううう!緋堂、きてぇえええ!」
私が叫ぶとザッと茂みをかき分ける音が聞こえた。
「お嬢様…?」
私がバッとその方向を見ると緋堂が居た。
来てくれた、私の声に応えてくれた。
「何してるんですか、こんなところで!また心配させて、海里様まで巻き込んで!」
私は鬼の形相である緋堂に怒鳴られる。
「うわぁあああん、ごめんなざいいいい。」
私はギャン泣でトテトテと緋堂の元へ歩いて行き、ひしっと彼の腰に抱きついた。
「誘拐されても泣かなかったのに…。」
緋堂の不思議そうに呟く声が聞こえた。
暗いところはとても苦手なのだ。
「お嬢様、良い加減にしないと私、出て行きますからね。」
緋堂が、出て行く。
その言葉に私は一時その意味を理解出来ずにフリーズする。そしてその言葉を理解した瞬間にまた盛大に泣き始めた。
「やぁだぁああ、良い子にずるぅうう!」
びええええ、と泣く私に緋堂は優しく頭を撫でた。
それから、流石にもう軽いとは言えないであろう私を軽々と抱き上げて歩き出す。
「もう、本当に私が居なくても大丈夫なんですかね、この子は。」
ちらりと横を向くと、呆れ顔の緋堂がいた。
私の執事はどこまでも心配性なのである。
そして私はこの一件が衝撃的すぎて、海ちゃんとの出来事をすっかり忘れていたのであった。