閑話: 執事は語る 2
「父さん、母さん!」
ありったけの声で叫んだ。
燃え盛る、たくさんの血が流れる。
自身も重傷で動くことが出来ない。
何も出来ない、無力だ。
俺は、おれは俺はオレには、こんなにも力が無かったのか。
「絶望しろ!そしてオレに平伏しろ!あっはははは!!!」
返り血を浴びて真っ赤になりながら、高らかに笑う目の前の人物が霞んでいく。
真っ暗な世界が広がる。
絶望と後悔と罪悪感、それが俺の心の中の全てだった。
苦しい、辛い、痛い…。
誰か、誰かを俺を助けてくれ。
「はぁ、はぁ、はぁ。」
目を覚ます。
大量の汗をかき、息は切れていた。
ここはどこだ、と一瞬全てがわからなくなるが、すぐにここは三ヶ森家の自室なのだと理解する。
しばらく見ていなかったのに…。
昨日、綾子お嬢様から"影楼"の名を聞いたせいか。
一度として忘れたことはない。
ここへ来る前の出来事も、苦しさも、痛みも。
それから、憎悪も。
着替えなければ…。
俺はクローゼットに手をかけて仕事着に着替える。
今日はいつもより仕事を始める時間が遅い日だった。
窓の外を眺めると、すでに綾子お嬢様が鍛錬をしている姿が見えた。
彼女はどこまでも努力家だった。
いつだって手を抜いたことはない、自身の才能も過信しない。努力の上に成り立つのだということを幼いながらに理解していた。
そして、成長するごとに美しさを兼ねていく。
そんな自分を気持ち悪いと感じていた。
俺は彼女が幼すぎる頃から成長を見届けてきた。
彼女にとって俺はただの執事。良くて兄のようだと思ってくれているだろう。
年だってかなり離れている。
俺は22歳、それに比べて彼女は13歳。
俺が彼女に何かの感情を抱き、惹かれるなんてそんなことが許されると思うか?
否、それは許されはしないだろう。
また、大前提として彼女は主人であり、俺はただの執事だ。
馬鹿馬鹿しい。
そんな思考を巡らすことすらおこがましい。
俺は一つ深呼吸をしてから、お嬢様の元に向かうために部屋を出た。
その道中、篤也様とすれ違う。
「篤也様、おはようございます。」
「おはよう、緋堂。2人の時くらいかしこまらなくても良いのに。」
篤也様が朗らかに笑った。
俺はブンブンと首を横に振る。
「そんなわけには行きません、私は三ヶ森家の執事なのですから。」
「それは一体いつまでの話なんだろうね?」
いつまでも、そうでありたいと思っている時がある。
きっとそうはいかないのだけれど、この平和な日常に留まっていたい。そう思うことはそんなにも悪いことだろうか?
「華京院の件で、夕陽が目撃された。」
篤也様の唐突な言葉に俺は目を見開く。
「以前よりも強く、禁忌の魔法にも手を染めていたようだ…。」
「夕陽…。」
返り血を浴びたあの姿が忘れられない。
何としてでも俺が止めないと…例え、殺してしまったとしても…。
「良いかい、僕たち虧月楼が必ず彼を捕まえて処罰を下す。1人で行動して深追いをすることは絶対に許さないよ…。」
篤也様の言葉を受けて、俺はグッと拳を握る。
今すぐここを出て捜索しに行きたい、そんな衝動を堪える。
「仁科の時のような事態は2度と許されない。確かに…綾子を救ってくれたことには感謝しているよ。だけれど、貴方は止める人々の制止を振り切って勝手に1人で行動した。あの時は何もなかったから良いものの、もしも何かが起きていたら三ヶ森家の面目が立たない…朝日さん、貴方はあくまでも保護を受けているのですから。」
俺は、コクリと小さく頷いて見せる。
「…わかってますよ。」
「うん、それなら良いんだ。」
篤也様は、俺の肩にポンと手を置いてから通り過ぎて行った。
三ヶ森には多大な恩がある。
これ以上、迷惑をかけるわけにはいかない。
俺は再び一つ深呼吸をして、それからお嬢様の元へ歩き出すのだった。
緋堂についてかなり迫った内容でした。




