ピッカピカの中学生
私は鏡の前でクルリと一周する。
そこには制服を見に纏った私、三ヶ森 綾子が映った。
初等部は私服で良かったが、中等部からは制服を着ることになる。中等部・高等部で制服は異なるので、この制服とは3年間付き合って行くわけだ。
「いつまでそうしているのですか?入学式に遅れてしまいますよ?」
「わかっているわ。」
緋堂の声かけに口をツンと尖らせて返事をする。
それから、よしっと私は気合を入れて部屋を出た。
なんせ今日から私は中学生、初等部にいた時よりも高度でハイレベルな授業があるのだから、楽しみにしないわけなどない。
私は、当たり前に車で学園まで送ってもらう。
やはり学園の前には多くの送迎車があった。
私は車を降りて歩き始める。
「綾子っ!」
後ろから私を呼ぶ声が聞こえてきた。
隣まで来て顔を覗かせたのは雫だった。
「おはよう、雫。」
スラリと高くなった身長、既に150cm後半はあるのではないか?顔も随分と大人びてきた。
それに制服が良く似合っている。
ああ、モデル体型羨ましい。
「ボクもいるけど。」
ひょこりと雫の奥から雨香くんが顔を覗かせた。
雨香くんも身長が伸びて男の子らしい体つきになってきた。相変わらず雫とは顔立ちが似ているが、もう誰から見ても見分けられないなんてことはない。
どんどんカッコ良くなっていく雨香くん、高校生になった時が怖い。ヒロインの攻略対象になってしまいそうな気がして。
「おはよう、雨香くん。」
「…おはよう。」
なんだか、歳を重ねるごとに雨香くんのクール度が上がっている気がするわ。
「綾ちゃん!」
前方から私を呼ぶ声がして、そちらを見る。
そこにはぶんぶんとこちらに手を振る円香と、横では真斗が小さく手を振っていた。
「わ〜、雫ちゃんと雨香くんもいる、おはよ〜!」
円香は小さい頃と変わらない、ふわふわとした笑顔を浮かべる。
「中等部からは校舎が一緒になるから、会いやすくなるね!皆に沢山会えるの嬉しいなぁ〜。」
円香は、普通科の生徒たちよりも断然仲が良いのは私たちの方だった。
そうして、中等部からは3学科とも同じ校舎になるため会う機会が増えるのだ。まあ、棟は違うわけだが。
「今までは少し会いに行くのも遠かったもんね。」
横にいる真斗が円香の言葉に賛同した。
真斗は相変わらずグレることもなく、すくすくと育っていた。印象は違うが、ゲームの容姿にかなり面影のある姿になって行く。
弱々しさの無くなった顔立ち、ただのイケメンか。
金髪が良く似合っているわ。
それから私たちはクラス分けの表が掲示されている場所へ向かった。とはいえ、剣士科の私たちはおおよそのクラスはわかっている。
初等部を卒業する間近の試験の結果がそのままクラス編成に直結する。これは初等部4年のクラス替えのシステムと全く同じだ。
少なくとも、いつも一緒にいる私たちのクラスが変わることはないだろう。
掲示物を見ていると後ろからトントンと肩を叩かれる。振り向くと、むにっと私の頬に指が刺さった。
「おはよう、綾子。」
そこに居たのはイルマくんだった。
ニコリといつものように笑顔を張り付けている。
高身長のイルマくんは、既に制服を着こなしていた。
私とおおよそ15センチは身長が違うので、これからどれだけ差がつくのだろう…と思うと悲しくなってきた。昔は同じだったのに、むしろ私の方が少し大きかったのに。
イルマくんの行為に対して私は嫌そうな表情を返した。
「ガキか。」
「ねえ、失礼。」
私の呟きに笑みを浮かべたままのイルマくんが言う。
だって、どう考えてもガキとしか思えないじゃない?この行動。
「イルマ、また迷ったの?さっき、あたしたちよりずっと前を歩いてたのに。」
「いやぁ、校舎が広くてさぁ。」
雫の言葉に、イルマくんは笑って頭を掻いた。
もう何年この学園に通ってると思ってんのよ。
「…まだ地図読めないの?いい加減それくらい出来ないと、大人になった時困るよ。」
雨香くんの淡々とした言葉に、イルマくんはギクリとした。グサリ、と心に突き刺さったようだ。
イルマくんは昔から方向音痴だった…というよりも地図すらも読めなかった。
何度、迷子になっている彼と遭遇したかわからない。
確実に正論な雨香くんの言葉に、イルマくんは返す言葉も無くなっていた。
「と、とにかく早く教室へ行こうよ。」
イルマくんが話を逸らすように言って歩き出す。
雨香くんは呆れたように吐息をついてから彼に着いて行った。
「普通科はあっちだから、私たちも教室に行くね。」
またね、と円香と真斗が手を振って私たちと別れた。
そして雫と私もイルマくんたちを追うように歩き始めた。
「綾子たちがいれば、中等部の生活に少しも不安を感じないよ。また3年間よろしくね。」
雫が歩きながら私に言う。
私は「こちらこそ。」と言葉を返した。
教室に着くと、制服を着ていること以外には初等部と大して変わらないクラスメイトがいた。
数人の変動はあるが殆どが同じだった。
変動があるとはいえ、そもそも剣士科は人数が少なくみんなが顔見知りだ。
おはよう、おはよう、とそこかしこから声が聞こえてくる。流石、7年目の付き合いだわ。
しばらくすると、蒼梧先生が入ってきた。
6年前と比べると老けたなぁ…としみじみ思う。
剣士科はやんちゃな人が多いので苦労しているのだろう。
「中等部の3年間、Aクラスの担任を務める吾妻 蒼梧だ…まぁ、自己紹介は今更いらないよな。」
蒼梧先生はニッと笑って言う。
それから私たちを体育館に移動するように促した。
そうして始まる入学式。
あぁ、遂に高等部まであと3年。
乙女ゲームの本編が始まるまであと3年。
特に私には関係ないというのに気が重くなった。
それというのも私が海ちゃんの婚約者であるからだ。
元々、私では無く円香が婚約者で、そのおかげで悪役になるわけだから…このままだと私が悪役令嬢になってしまう。
モブ中のモブだと何の気兼ねなく過ごしてきたわけだが、そうではなくなるとすれば話は別。
本編が始まるまでに多数のフラグをへし折っていかなければ…私の平凡ライフが脅かされてしまう!
下手をすると地味に幼馴染だからって梓さんルートの悪役まで回ってきそうだわ…それはごめんよ。
真斗、は多分大丈夫だろうけれど。
グルグル嫌な予感だけが回る。
あと3年でどうにかしないと、と焦りだけが募る。
「新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。」
考え込む間に生徒会長を務める梓さんの祝辞が始まった。
ちらりと周りを見ると、梓さんに見惚れている人が何人かいた。
確かにこの1年でぐんと背も伸びたわけで、ファンが増えたとしても不思議ではない。
高等部での生徒会長の入学式の祝辞で、ヒロインは自身を助けてくれた梓さんのことを知るのだ。
なんというテンプレ。
そもそも、あのゲームは展開が王道すぎると思うわ。ゲームならばそれが面白いしそれでも良いでしょうけれど、それが現実になると一気に安っぽくなるわけで。
諸々チョロすぎると思わない?
そんなことがトラウマなのかふざけんなと言いたいレベルだわ。
いや、いいの、私には関係ない私には関係ない。
必死に自分に暗示をかけているのが滑稽だ。
「綾子、ぼーっとしてるけど大丈夫?」
隣の席に座っている雫に声をかけられる。
その声にハッとして意識を戻すと、とっくにスピーチも終わり式自体も終盤に差し掛かっていた。
「ごめん、考え事をしてて。」
「具合悪いのかと思った、何ともないなら良いんだけどさ。」
雫が私が大丈夫だと確認するとすぐに顔を背けた。
声をかけられたにも関わらず、私は再びこれからどうしていくか策を巡らせた。
中等部の序章的な話でした。
中等部は思ってるより長くならない気がします。
一応この物語のメインは高等部からなのでね…という割にはその前が長くなってしまっている矛盾。




