閑話:執事は語る 1
単刀直入に言おう。
うちのお嬢様はバカである。
俺が15の時にこの家に来て、お嬢様専属の執事として仕事をすることになった。
基本的に一人称は俺なのだが、仕事上では私を使っているのは仕事柄普通と言えよう。
まあそれが身に染みすぎて最近では使わなくていい場面でも使ってしまうのは仕方ない話だと思う。
具体的な理由はまた後日ということになるが、正直俺はこの家に来る前に執事をしていた経験など本当は無い。旦那様や奥様や篤也様はその事情を知っているがお嬢様は知らない。
これから仕えるにあたって余分な情報など不必要であると判断した結果だった。
ただしかし、俺が何でも出来るのは自分で言ってしまうが俺がハイスペックだからである。正直、家事などもろくにしたことも無い俺が、お嬢様に仕える数ヶ月前からその仕事を学び始めてここまで習得出来たのは俺の能力が高いからだと思う。
きっと俺がこんな性格だから、この仕事をするよう命じられたのだろうが。
とまぁ、話がそれてしまった訳だが。
この1年、わざわざお嬢様の執事になって学んだことといえば、お嬢様は世間一般的なお嬢様でないということ。
どこにこんなアホで活発な令嬢がいるだろうか、俺は未だかつてこんなのは見たことがない。
俺がこの屋敷で勤めて数日しか経っていないある日のことだ。
お嬢様は、屋敷の庭にある池の中の魚を見ようと水際まで行って池を覗きこむ。
「お嬢様、危ないですよ。」
「大丈夫ですよ〜。」
たぶん、俺にとってこれが初めて見たお嬢様の危なっかしい場面だと思う。
まわりが必要以上に慌てていて、俺は何をこんなに慌てる必要があるのかと一瞥していた、その瞬間だ。
「あら?」
お嬢様は滑って池の中にぼしゃんと落ちてしまった。
まわりの侍女は、ああやっぱり!と大慌てする。そんな俺はというと、こいつバカなのか、と呆気に取られていた。
助け出されたお嬢様は「落ちてしまったわ」と楽しそうに笑っていた。
次の日、高熱を出して寝込んだ。
またある日のことだ。
おやつの支度をしているとお嬢様がいなくなっていた、探していると上から声が降ってくる。
「緋堂みて、こんなとこまで登れたのよ!」
無邪気に笑うお嬢様、俺は流石にここ数週間で学んだ、この子はバカだと。
「お嬢様!危ないので降りて来て下さい!」
「・・・もう、わかったわよ。」
不貞腐れたようにお嬢様は言うと、座っていた体制から立ち上がった。
まあそりゃ木の枝だもの、細いもの。
「あらら?」
お嬢様は、つるりと足を滑らせて木から落ちる。俺は顔面蒼白。必死に走ってお嬢様を受け止めて抱きしめた。
「お嬢様!?」
一瞬、何が起こったか理解していないようなきょとんとした顔をするが、俺の顔を見て彼女は笑みを浮かべて言った。
「あらまぁ緋堂、汗びっしょりよ?大丈夫?」
誰のせいだと思っているんだ!!!
後日、ふかふかのマットレスを注文して危ないときの為に庭に常備することにした。
またまたとある日のことだ。
お嬢様と俺は良く街に買い物に出かける。
大抵は何事もなく終わるのだが(そりゃあ、とてつもなく大変だけども)たまにお嬢様はふらりと消えて迷子になる。
「これ美味しいそう!いや、これも美味しそうね。うわぁ!これテレビで見たやつじゃないっ!?」
気になったものにはすぐに食らいつく、色々なところに駆け寄って行く為に俺はそれに追いつくことで精一杯だ。
「緋堂!私、これが食べたいわっ!」
そんなの俺が作った方が美味しいと言ってやりたい。(結局、俺の高慢ちきな性格は治ってなどいない。幾分良くなったが)
「お嬢様、私が買い終わるまでここに居て下さいね、動かないで下さいねっ!」
「わかってるわよ。」
そう言いながらも既に視線はあちこちに行っているのだが。
そして案の定、俺が買い終わった頃にはお嬢様いなくなっている。
というか、ちょうど猫を追いかけて路地裏に入り込んだようだ。
あああ、もうっ!叫びたい程にうちのお嬢様は手がかかる。
「お嬢様〜?」
まだ日があるうちは、俺が見つけるか近所の人が保護して俺を探し当ててくれるかでいつも無事に会える。
しかし日が暮れると一気にめんどうになる。
お嬢様は暗い場所が苦手だ。
だから夜になると急に怖くなるようでギャン泣きされる。いや、探しやすくていいのだが、そのあと泣き止ませるのもめんどくさいし、近所のひとに迷惑をかけてしまうので申し訳ないのだ。
しかし今回はあっさりと彼女は見つかる。
お嬢様は私の姿を見てニコニコしながら近づいて来た後に自分が勝手に行ってしまったことなどを振り返って視線を逸らす。
そして一言。
「だ、ダメじゃない、迷子になっては。」
反射的に手がお嬢様の頭をはたいていたのは仕方ないと思う。
そして最近。
お嬢様は学園に入学した。
剣士科で遺憾無く自らの才能を発揮しているようだ。
ただ、個性的な人が多いようで、やっていけるか心配!と不安を零している。
俺が保証します、お嬢様なら大丈夫です。
そんなお嬢様は最近、新しい洋服を買ってもらったようで、現在庭にてそれを着て嬉しそうに走り回っている。
気が済むまで走りまわったあと、お嬢様は俺の方へと笑顔で走ってくる。
「お嬢様、そんなに走ると・・・。」
転びますよ、と言おうとしたところで案の定お嬢様は盛大に転ぶ。
一瞬、静寂が走るがすぐにむくりと起き上がってまた笑顔で駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫ですか?」
「もう子供じゃないから、へーきなの!」
そうは言っているが、額が少し赤くなって頬っぺたを少し擦りむいて、可愛らしい顔に傷がついてしまっている。更には手も砂がたくさんついている上に血が出ているし、膝なんかもう血みどろだ。
これのどこが、由緒正しき家のご令嬢だというのか。
いやしかし、1番の問題は…。
俺の視線に気づいたお嬢様は、下を向く。そこで洋服の裾がビリっと破けてしまっていることに気づく。
「ふ、ふぇ…。」
お嬢様が俺を見上げる、目に涙が溜まっている。さぁ、きますよー、皆さん準備はよろしいですか?
「びぇえええええええええええ!」
ギャン泣きしました。その声を聞きつけて旦那様と奥様と篤也様がすぐに駆けつける。
「あらあら、どうしたの?」
奥様の一言で、俺はそれまでの経緯を説明する。
「そうか、新しいものをまた買ってこようか?」
旦那様がそう言うと、篤也様が首を振る。
「無駄使いはいけないよ、お父様。緋堂、いつものように修復して貰って良いかな?」
「もちろんです。」
俺は、まだまだ小さなお嬢様を抱きかかえる。するとお嬢様は俺の首にぎゅっと掴まりながらも未だに泣き止まない。
「ごめんなさいね、いつもいつも。」
奥様がとても申し訳なさそうな顔をする。
「とんでもない、お嬢様の執事ですから当然のことです。」
俺はお嬢様の部屋へと歩いていく。
お嬢様はまだ泣き止まない。
ちょ、お嬢様、俺の服で鼻水拭かないで下さい!!
まだまだ世話のやけるお嬢様であった。
緋堂の回でした。
中々いつもの緋堂の感じとは違う印象が与えられたでしょうか?
そしてどうしようもない綾子であった。
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