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水娘伝(すいこでん)  作者: 文太
第五話 別離編
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その八 宋江、出立を決意するのこと

「ところがよぉ、あいつら別の州からも兵隊呼んでたらしくてな。その濮州(ぼくしゅう)の二百の騎兵を突破した直後に、よりによって済州(せいしゅう)から別に三百人くらい兵士が来たんだよ。ちょうど、こう挟み撃ちみたいな形でな。なんとかその場は逃げ出したんだけど、追っかけられちゃってさ、そいつらを撒くのに丸一日かかった上に、このざまってわけだ」


寝台の上に寝ている劉唐(りゅうとう)はそう言って自分の傷だらけの体を指さした。宋清(そうせい)阮小七(げんしょうしち)が応急手当をしたとはいえ、全身傷だらけの彼女は見ているだけで痛々しい。特に深刻なのは左足の骨がぽっきり折れていたことだ。落馬した時に折れたらしいのだが、その状態で無理に片足で飛び跳ねるようにして無理に移動したせいか、もう一方の右足は筋肉がパンパンに腫れている上に足の爪が折れるか、内出血を起こしていた。


「いやー、けど宋江(そうこう)が戻ってたってのは良い知らせが一つできたな。公孫勝(こうそんしょう)も喜ぶぜ」


劉唐は多少無理したように明るく笑って、濮州の話を聞いていた宋江に声をかけてくるが、宋江は劉唐の怪我の様子を見ているととても笑う気分にはなれなかった。


「あー……悪かったな。止められなくてよ。あの時」


「い、いえ、違うんです! そういうつもりじゃなくて!!」


気まずそうに目をそらした劉唐の言葉を否定するように宋江は慌てて手を突き出した。宋江の深刻そうな顔を見て、こちらが楊志(ようし)共々河に落とされてしまったことを恨んでいると思ったらしい。その言葉の調子からすると表面上明るく振舞っていた彼女はずっとその事を気にしていたらしかった。


「あの時の事で劉唐さんを恨んだりはしてませんから。僕の方こそすみませんでした。劉唐さんにご迷惑をおかけしてしまって」


おそらく、劉唐も理屈の上では自分が悪いとは思っていないだろう。あの時の劉唐にとって楊志は敵だったのだから。だがそうは言っても、彼女はそれだけですっぱりと物事を割りきれてしまう様な人間でも無かったのだろう。


「なんでぶっ飛ばされたお前の方が謝るんだよ。よくわかんねー奴だな」


だからなのか、そう言いつつも、劉唐はほっとした様子を見せた。


「で、だ。この間までそんな感じで索超(さくちょう)とかあの辺の連中とばたばたやってたあたしが聞くのもなんかあれだが……なんでその女がいるんだ?」


と言って劉唐が指さしたのは宋江の隣にいる楊志である。何やら濮州で変事が起きたらしいと聞いて呉用(ごよう)がこの場に呼びよせていたのだ。そんなわけで今、劉唐が治療を受けているこの梁山泊の部屋(元々劉唐の部屋だが)には劉唐、宋江、呉用、そして楊志の四人がいる。


「えっと、楊志さんは……」


「宋江が手籠めにしたのよ」


そしてその呉用が、どう説明したものかと言い淀んだ宋江の言葉を切り捨てるようにとんでもないことを言い出した。


「手篭めぇ? あっはっは! なんだ、お前大人しそうなツラしてやることはやるんだなぁ!」


「ち、違います! 呉用さんも変な事言わないでください!」


呉用の言葉に鬼灯のように顔を真っ赤にした宋江が否定する。楊志も何も言わないものの、同じように顔を少し赤くして気まずそうに視線をそらした。


「大筋は変わらないんだからいいでしょ。詳しく説明するとまた長くなるんだし」


呉用は宋江の抗議をさらりと取り下げると、劉唐に向き直った。


「濮州で何があったかはわかったわ。今、阮小二(げんしょうじ)さんたちが船の準備はしてくれてるし、公孫勝から託された手紙の通り、宋清ちゃんが薬も用意してくれる。でも、問題は誰が行くかよね。あなたはいけないだろうし」


と呉用は添え木をあててある劉唐の足を眺めて言った。前述の通り、彼女の左足はきれいに折れている。五百名の兵士に囲まれていた事を考えれば、よくぞこの程度で済んだといったところではあるが。


「全く、晁蓋(ちょうがい)も普段は偉そうにしてるくせに肝心な時に役に立たないんだから……」


「大人しくしていないっていうところまではあんたの推測通りだったんだがなぁ……」


呉用の言葉に劉唐が深く頷く。


「ああもう! そういうこともやるかもしれないとは思っていたけど、本当にやるとは思わなかったよ、あの馬鹿!! それで何事も無くうまく行ってるんならまだしも、行方不明になっているってどういうことよ!」


 突然怒鳴りだした呉用の様子に楊志はぎょっとした様子で後ずさった。劉唐と宋江はこういう呉用には慣れっこだったが、昨日知り合ったばかりの楊志にとってはかなり衝撃的だったのだろう。


「呉用さん、晁蓋の事が絡むと大体こうなんです」


少し怯えたような楊志に宋江が耳打ちすると、呉用はそれを耳ざとく聞きつけたらしく、きっと宋江を睨みつけた。


「言っとくけど、私だって好きでこんな声あげてるんじゃないんだからね! あの大馬鹿のせいなんだから! あいつがもっと真っ当にしてくれてたら、お淑やかにでもなんでもなってやるわよ!」


「わ、わかってますよ……」


なだめるように呉用をどうどうと抑えて宋江は話題を戻した。


「それで、劉唐さんが行けないって話ですけど、場所がわかってるなら阮小二さん達だけでも大丈夫なんじゃないですか?」


宋江が呉用にそう尋ねると彼女は黙ってこつこつと自分の額を拳で軽く叩きはじめた。何か言い出すかと思って宋江は少し待っていたが、彼女はかなり長い間、沈黙を守ったままだった。


「……宋江、私はそうは思わないわ」


何も言わない呉用に代わって、といった様子でそれまで黙っていた楊志が声を上げた。


「どうしてです?」


「えっとね。ここまで事が大きくなった以上、相手も簡単に索超達を逃したりはしないと思うの。その公孫勝っていう人の言う通り、河清(かせい)が水内功の使い手だったとしたら、彼女たちが山の中に逃げ込んだ事はわかるだろうし」


「ああ、それは公孫勝も覚悟してたよ」


楊志の言葉に劉唐が賛意を示す。宋江はちらりと呉用を見たが、彼女は未だ黙ったままだ。


「けれど山の中に逃げ込んだら兵士の方はそうそう簡単に追ってこれないという話じゃ無かったんですか?」


「追ってはこれないでしょうね。けど、だからと言ってそれで諦めるかしら? 私が敵の指揮官ならその山全体を包囲するわね」


「濮州の兵士だけでできるかそんなこと?」


「その逃げ込んだ周三山(しゅうさんざん)というのがどんな場所か知らないけど、出口を固めるぐらいはできると思うわよ。ましてや河に通じる出口なんて一番警戒すると思うわ」


劉唐の質問に楊志は冷静に答えた。


「どうして河沿いが警戒されるんです?」


「そこから逃げられるのが一番厄介だからよ。ましてや、晁蓋が黄河沿いに潜んでいるってことは雷横さんや朱仝さんの昔の報告で河清も知ってるはずよ。だってそれを追って私が黄河に漕ぎだしたことはかなり初期の段階であの人達は知ってたんだもの」


「……そうね、楊志さんの言うとおりでしょうね」


とそれまで無言だった呉用がはあと溜息をついて同調した。


「ついでに言えば、その劉唐がぶつかったっていう済州からの三百もの兵士。それも包囲のために使われているんでしょうね」


「……そりゃ、無えだろ。もしそうだとしたら濮州の連中はあたし達が門を突破した時点で、あたし達がどこに潜むかわかってたってことになる」


「そこについてはっきりどうこう決めておきたいわけじゃないけど、街道を固めるのに三百名ってどう考えても過剰戦力だと思うわ。向こうはあなた達がどっち方向に逃げるか概ね知ってたんでしょう? 濮州から南東方面で逃げられたら困るところなんてそんなに無いはずだもの。よしんばそれが違ってたとしても河清には何の損害は無いもの」


呉用は肩をすくめて答えた。


「話がそれたけど、私が言いたいのは楊志さんの言うとおり、阮小二さん達だけで行ってもどうしようもないってことよ」


「んじゃ、無理してでもあたしが行くしか無いだろ」


「足の骨が折れた状態でまともに戦えるの?」


呉用が懐疑的に尋ねると、劉唐は反論した。


「けれどよ、それじゃ他に誰が行くんだよ」


「僕が行きます」


その劉唐の言葉に宋江は反射的に答えた。宋江のその言葉と共にその場がしんと静まり返る。


「お前が?」


「えっと、そりゃ劉唐さんや阮小五さんには敵わないですけど、人手は多いほうがいいでしょうし……」


心配そうな目で見てくる劉唐の言葉に言い訳するように、宋江はそう付け加えた。と宋江はそこでふと思い立って、劉唐の寝ている寝台の木枠に手をかざし、息を吐いた。するとそこからすっと新芽が生えて枝が伸びた。


「一応、この位のことならできるようになりましたから」


「へぇ……」


と宋江の手際を見て劉唐が素直に感嘆の声を上げた。


「私も行きます」


と楊志がさらに声を上げた。


「いえ、ぜひ行かせてください。いいでしょう、宋江」


「それはもちろん楊志さんが来てくれるのはありがたいけど……」


と言って宋江はちらりと呉用の様子を盗み見た。しかし、彼女は宋江の宣言以降、またずっと何かを思い悩んでいるようで黙っている。


「いいじゃねえか、呉用先生。宋江にも行ってもらおうぜ。実際問題、他に選択肢はねえだろ。阮小五(げんしょうご)と阮小二だけじゃどうにもならないんだから」


「多分、林冲(りんちゅう)秦明(しんめい)も手を貸してくれるはずです」


残る呉用を説得するように劉唐と楊志が声をあげる。だが呉用はそれでもなお無言だった。


「ん? 林冲……ってあの林冲か?」


「ええと……多分その思ってる林冲さんであってると思います。元禁軍の師範代だった林冲さんの事ですよね」


「ひょっとして、さっきあたしをここまで運んできてくれたあの尼さんが?」


「いえ、あれは魯智深さんていうまた別の人で……」


劉唐の質問に対し、宋江は丁寧に答えていく。そう言えば、ばたばたとしてたので劉唐には彼女たちの事を今なお、紹介できずじまいだった。


「お前、一体全体どういうつながりでそんな奴らと……まあ、いいか。呉用先生、もうこれ決まりだろ。そんな立派な私兵までいるんなら宋江に一任しときゃいいじゃねえか」


「私兵じゃなくて友達ですよ……」


宋江は劉唐の言葉を訂正してから改めて呉用に向き直った。彼女は、長く深い溜息をついてから口を開いた。


「わかってるわよ……もう、宋江に頼むしか無いんだってことぐらい……」


その言い方と先ほどからの態度から察すると、呉用はこういう結論が出ることにかなり初期の段階から予測していたらしかった。おそらく宋江が劉唐がわざわざ行く必要があるのかと聞いた時には既にここまでの事を想定していたのだろう。


「他に選択肢が無いのも、この状況じゃ宋江に任せるのが良いっていうのも、わかるわよ。けどね……」


とそこまで言って呉用は口をつぐんだ。


(あ……)


 そこで宋江は呉用が何を気にしているのか気づいた。多分、宋清の事だろう。


 確かに、宋江だって昨日の今日でまた彼女と別れて行動することに罪悪感を覚えないわけではない。けれどこんな状況で宋清の感情ばかり慮るわけにもいかないだろう。宋江が行ったとしても、戦力的には大した違いは無いかもしれない。だが、だからといって楊志や林冲だけに行くようにお願いしておいて自分がここに留まるという選択肢をとるのはあまりにも非常識で卑怯な気がした。


 というのもこの事はそもそも自分達が引き起こした黄泥岡(こうでいこう)の事件が発端なのである。ましてや自分は公孫勝、劉唐、晁蓋とともに最も初期からこの件に関わっていた人間だ。


「……どうせなら私が行こうかしら」


「止めてください!」


呉用にぼそりとつぶやかれて宋江は我知らず大声を上げた。その大声に呉用だけでなく、劉唐や楊志も少し驚いたように固まる。先程とはまた少し違った意味で部屋に沈黙が訪れた。


「あ……えっと、あの……ほら呉用さんにはここに残って欲しいですから。僕じゃこの辺りのこと全然わからないし。僕が劉唐さんのことをお世話するのも限界がありますから」


驚いた三人に言い訳するように宋江がそう言葉を付け加えると、呉用は頭を振った。


「わかってるわよ。私みたいなのが行ったところで足引っ張るだけだろうしね」


あきらめたように言って呉用は嘆息した。


「……宋清には申し訳ないと思ってますけど、だからと言って……」


言葉を続けようとして、宋江はそこで止まってしまった。宋清の顔が脳裏に浮かぶと、どうしても結論を出すのに躊躇してしまう。


「あ。そ、そうか……」


一方、宋江のその言葉で劉唐と楊志は宋江と呉用が何を考えているのかに気づいたようだった。


「あの、宋江。そういうことなら今回はあなたはここに残ってても良いわよ。私や林冲達だけでなんとかしてみせるから……」


「あたしは……悪いけど、何も言えねえな。前回、宋江が行方不明になった原因なんだから」


劉唐はやはりそのことを気にしてたのか、そう言って腕組みをした。


 楊志の言葉はうれしいが、そういうわけにはいかないだろう。楊志はこの一件で仕事も名誉も奪われてしまった最大の被害者なのだ。その人間に尻拭いをさせて自分は身内のためにほっかむりを被っているというわけにはいかない。頭で考えればそういう結論が出てくるのだが、宋清の事を思うとそれを口に出すのは中々できなかった。


「ごめんなさい。ちょっといい……? ってどうしたの?」


そう言って全員が押し黙っている部屋の中に入ってきたのは秦明だった。後ろに、阮小二と阮小五を連れている。が、彼女たちは部屋の中が予想以上に重苦しい雰囲気に包まれているので少し驚いたようだった。


「ちょっとね……どうかしたの?」


と呉用が聞くと阮小二が部屋の空気を慎重に窺いながら口を開いた。


「あの、呉用先生。船のことなんですけど、どれぐらいの大きさの船が良いかと思って……」


珍しく緊張したようにしゃべる阮小二の後を秦明が繋いだ。


「四人を助けなきゃいけないってのは聞いてるけど、厄介事なんでしょ。それなら私達も行った方がお役に立てると思ったんだけど……」


後で知ったことだが、阮小二は自分と公孫勝達の五人が乗る程度の小さな船を最初は用意したらしい。だが、劉唐の怪我の状況を聞いていた秦明は自分達も行った方が良いだろうと思っていたので、もっと大きい船は無いのかと阮小二に尋ねたのだ。しかしそう言われても秦明達の立場は梁山泊のお客様である。阮小二もはいわかりました、というわけにはいかなかったのだろう。


「今、ちょうどその話をしてたとこなのよ」


と阮小二の質問に答えたのは楊志だった。


「秦明が言ってる私達って言うのは全員なのよね?」


「ええ。花栄(かえい)だけごちゃごちゃ言ってるけど、こういう時のために連れてきたんだから、無理矢理にでも引きずり出すわ」


とにこやかに笑って秦明は物騒な物言いをした。それは確かにそうなのだが……


「宋江さんは、どうされるんですか?」


そう聞いたのは阮小二だった。若干不安そうな目つきでこちらを見てくる。


「あ、あの、僕は……」


「宋江はここに残るわ」


宋江が何かを言う前に楊志がきっぱりと答えた。その答えに阮小二の表情に少しだけ緊張の度合いが増した。


「ああ……なるほど」


一方、秦明はその結論に至った経緯をなんとなく察したらしいが、だからと言って何かを明言すること無く納得したような表情を見せた。


「あの、楊志さん、秦明さん……」


「大丈夫よ、そんな顔しなくても。ちゃんとお友達も連れて無事に帰ってくるから、ね」


顔を上げた宋江の不安を打ち消すように秦明は片目をつぶって彼の頭を撫でてきた。その横を楊志が通り過ぎる。


「じゃ、行ってくるから、待っててね」


「宋江くんは私達が帰ってきた時のご褒美の準備でもしててちょうだい」


冗談めかして秦明が言うと二人はそのまま、部屋の戸口へと向かって行った。


「ま、待ってください!!」


自分があげた声は思っていた以上に大きかった。だが、宋江はそんな事にはかまわず、扉から出ようとする秦明と楊志の二人に追いすがって、彼女らの手を掴んだ。


「ぼ、僕も、僕も行きます。連れてって、もらえませんか……」


その宋江の宣言にしばらく、誰も声をあげなかった。


「良いの……?」


最初にそう声をあげたのは秦明だった。


「あの、足手まといかもしれませんけど……やっぱり、動ける以上は僕も行くべきだと思って……僕らが原因みたいなものですから……」


違う、と口にしながら宋江は思った。それも理由の一つであるがそれだけではない。二人の柔らかい手をぎゅっと握って宋江は顔を上げた。


「それに……お二人が危険な目に遭うかもしれないのに、僕だけ安全な場所にいるっていうのはやっぱりできないです! 側に……いさせてください……」


きっと自分は情けない顔をしているんだろうな、と宋江は思いながら、必死にそう訴えかけた。


 誤解を恐れずに言えば、自分はこの二人と離れたくないのだ。自分のことを好きと言ってくれたこの二人が危険な場所にいくのがたまらなく不安だった。


「宋江……」


宋江のその珍しく情熱的な言葉にちょっと顔を赤くした楊志が少し潤んだ瞳とともに宋江の名前を呼んできた。


「呉用さん、良いんでしょうか……」


一方秦明は冷静な調子で呉用の顔をちらりと見て確認するように問う。


 呉用はその秦明の質問に沈黙を挟んで答えた。


「……ここの住人の一人としては、事の発端が自分達の責任である以上、皆さんにはお力をお借りしている、という立場だと思っています。そうである以上、こちらからできる限り人を出すべきでしょう」


それは秦明の問いに答えるというよりも、口にだすことで自分の考えを整理しているようだった。部屋の中の全員が黙って呉用の言うことに耳を傾ける。


「そういうことを考えると、本来であるならば怪我人でも子供でもない私と宋江は同道すべきだとは思います。ただ、私のようなものが付いて行っても(いたずら)に足を引っ張るばかりでしょう。ですが、宋江ならば、あなた方のお役に立てると信じています」


「え?」


宋江は呉用が自分に対してそんな評価を下した事に驚いた。てっきり彼女からも足手まといになるから辞めておいた方がいいと言われるところだと思っていたのである。


「けれど、所詮私はこの手の事は素人で、彼の身内のようなものですから、若干評価が甘いことは否定できません。秦明さん、あなたから見て宋江はどうでしょうか。彼が着いて行くことであなた達のお役にたてそうですか?」


呉用がそう問うと秦明は宋江と手を繋いだまま、答えた。


「それは……宋江くんの能力を純粋に評価してほしいということですね?」


「仰られるとおりです。彼の妹の事についてはとりあえず、考慮の外においてください」


秦明の確認に呉用がそう答えると秦明は即座に回答した。


「もちろん、来てくれれば、宋江くんは大いに私達の力になってくれると思います」


「し、秦明さん?」


宋江は戸惑ったような声をあげたが、秦明はこちらに向いてにこりと一瞬だけ微笑むとまた真面目な表情を浮かべて呉用に向き直った。


「……理由をお伺いしても?」


「一つは彼の気功の能力。戦闘能力という面ではさておいても、彼の木外功(もくがいこう)はそれ以外の場面で多々使えることがあると思います。断片的にしか聞いてませんが、今、向こうの皆さんは山の中にいるのでしょう? そんな場所なら尚更です。二つに彼は短期間とはいえ、禁軍師範代の林冲に棒術を習った身です。自分の身を守ることぐらいはできますし、一般的な地方軍の兵士と一対一なら遅れを取ることはないでしょう。三つめ、仕組みは本人もわかってないらしいですけど、彼は天候を予知することができます。これは誰にも真似できない大きな特技です。それから四つめ、彼は優しさを持っています」


「優しさ?」


その単語は呉用にとって予想外だったようで(宋江にとっても予想外だったが)、彼女は訝るような声を出した。


「ふざけているわけではありませんよ。こうした誰かを助けるような作戦ではそういった側面は意外と重要なんです」


そう言った秦明はきゅっと宋江の手を強めに握った。宋江も応じるように少し強めに握り返す。


「考えてもみてください。我々が全員、自分以外がどうなってもいいという優しさのかけらもない人間であれば、この作戦は絶対に失敗します。誰も他人のために危険を冒そうとはしないでしょうから。優しさという言葉で納得できなければ士気という言葉に置き換えて頂いても結構です」


秦明が説明を付け加えると呉用も理解できたようで軽く頷いた。


「よく、わかりました。ありがとうございます……」


呉用はそう言って軽く頭を下げた。


「宋江」


「は、はい」


「宋清ちゃんとは良く話しておきなさい。それと他の人の言うこと、ちゃんと聞くのよ」


「……わかりました」


宋江は呉用の言葉にこくりと頷いた。

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