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水娘伝(すいこでん)  作者: 文太
第四話 騒乱編
61/110

その十六 宋江、盗み聞きをするのこと

「あの場でぶっ殺しておくべきだったわね」


物騒なことこの上ない魯智深(ろちしん)のせりふであるが、宋江(そうこう)は反論するすべを持たなかった。確かに、あの山中で劉高(りゅうこう)を殺しておけば、今日の騒動は起きなかっただろう。


「過ぎたことを言っても仕方あるまい」


それに対して林冲(りんちゅう)が魯智深を諭すようにいつもと変らぬ平坦な声でたしなめた。


「それでどうするつもりなのだ、宋江」


「とりあえず秦明さんに会ってみようと思います」


黄信(こうしん)には宋江は考える時間が欲しいので、二刻(一時間)ほど時間をくれと言って一旦外に追い出してある。が、実は宋江は既に次の行動を既に決めており、追い出したのはこうして魯智深たちに自分の考えを打ち明けるためだった。


「黄信さんが嘘を言ってるとは思わないですけど、やっぱり秦明さんの考えが一番重要なことだと思いますし、何をするにしても秦明さんに伝えないままにはいきませんから」


「その、それで宋江は秦明さんと結婚する、つもりなの?」


おずおずと宋江の正面に座る楊志(ようし)が声をかけてくる。宋江は少しどう答えたものか悩んだが、自分の心情をそのまま吐露する事にした。


「わからない、というのが正直なところです。ただ、したとしても偽装結婚で、すぐ離婚することになると思いますけど、相手がどれだけしつこいかとか、その辺によっても変るでしょうし」


「あ、そ、そうか。うん、そうよね。ごめんね。変なこと聞いて」


「でも、そこはきちんと考えておかなきゃいけないところじゃない?」


引き下がった楊志の代わり、というわけではないだろうが魯智深が詰問するように入れ違いで宋江に話しかけた。


「仮に今年中にあなたと秦明が結婚したとするわよね。それでどのくらいの期間、仮面夫婦を続けるつもりなの? あの男が諦めるまでってことになったら二、三年はかかるわよ。三年経ったら秦明は二十五歳。厳しい言い方になるけど、バツ一の二十五の女のところに婿入りに来てくれるところなんてあるかしら? 今でさえ、そんな状況の相手を見つけるのが難しいって言われてたばかりじゃない。仮にいたとしても秦明は子供を産むつもりなんでしょう。とすると子供を産むのは早くても二十七、下手するとそれより上。母体も心配になりはじめる年齢よね」


魯智深は彼女にしては珍しく具体的な数値を上げながら、宋江の逃げ道を遮っていく。


「う、うーん。じゃあ、どうしろと?」


「決まってるでしょ。偽装じゃなくて本当に結婚するのよ。それがどうしても嫌なら最低限、跡継ぎとなる子供だけでも産ませておく。秦明の財力なら夫がいなくても、育てていけるだろうし。でもこの場合、あなたが子供まで産ませた相手をあっさり見捨てることができるかどうかが問題だと思うけど?」


「……仰るとおりです」


多分、そんなことはできずにずるずると家庭生活を営むことになるだろう。


「なら、結論は一つよね」


(十六で結婚して父親になるのか……)


三ヶ月前までただの高校生だった宋江には少しばかり重たい現実だった。


「ま、まあ、でも、これに関しては僕たちだけで話し合ってても仕方の無い話ですから。秦明さんの考えを確認してからにしましょう」


宋江はそう言ってひとまず問題を先送りにした。


「ちっ、逃げたわね。まあ確かに当事者抜きで話してもしょうがないことだけど……ところでそれはそれとして、あなたって追放処分を受けた身でしょう? 町に入れるの?」


「黄信さんにお願いすればなんとかなると思います。ダメなら最悪、秦明さんを呼び出すなり何なりするつもりですが」


いざとなれば自分の罪をもみ消すとまで言ったのだ。ちょっと門番の目をごまかすくらい黄信ならやってのけるだろう。宋江はその点はあまり心配していない。


「念のため、私もついていくつもりだ。二人はここで待っててくれ」


と言ったのは横に座る林冲である。


「え、でも……」


「わかったわかった。あたし達が入ると、問題が色々とあるしね。楊志と二人で大人しく留守番してるわよ」


何か言いかけた楊志を魯智深が遮った。普段なら楊志もあっさりと引きはしないが魯智深の方が言い分としては正しいと思ったのだろう。彼女はそれ以上何も言わなかった。


「大丈夫ですよ、楊志さん。とりあえず、今日は秦明さんと話してくるだけですから」


宋江は安心させるように楊志に微笑みかけた。








「珍しい取り合わせ……というか、いつのまに知り合ったの、あなたたち」


秦明は林冲、宋江と黄信の顔を並べて眺めながら、そんな風に尋ねた。


 黄信に相談したところ、彼女はあっさりと門に居た兵士をごまかして宋江たちを街中に招き入れた。こちらとしては助かる話なので良いのだが、あまりに簡単に入れたので他人事ながらこの町の治安が心配になる。


 宋江が再び、しかも面識が無かったはずの黄信と共に訪れたことにひどく驚きつつも秦明は応接間に通してくれた。


「それで、何の用なの? わざわざ見つかる危険を冒してまでこの町に戻ってきたのはよほどのことがあったのでしょう?」


「それは……」


いつもどおりの秦明に問われて、宋江は何から話すべきなのかしばし悩んだ。黄信から聞いた話からすべきか、自分と劉高の間で起きた話からすべきか。


「……ひょっとして、劉高のことかしら?」


宋江が沈黙していると、秦明は出し抜けにその名を口にした。ぎょっとして宋江は秦明の顔を見上げる。おそらく黄信も横でおなじような顔をしていただろう。


「当たりみたいね」


「ど、どうしてわかったんですか?」


「わかったわけじゃないわよ。ちょうど彼がらみの話が別口で飛び込んで来たから、ひょっとして、と思っただけ」


思わず、宋江と黄信は顔を見合わせる。


「あの、こちらから訪ねて来ておいてなんですけど、それがどんな話だったか聞かせてもらってもいいですか?」


 宋江の質問に秦明はしばらく答えなかった。視線を落ち着かなさげに色々な所に飛ばし、くるくると自分の髪の先を指で弄ぶ。そうして長い沈黙を置いた後に出てきた言葉はひどく短かった。


「結婚の申し込みよ」


その言葉に即座に黄信が反応した。


「こ、断りますよね! もちろん!」


ばんと派手に卓を叩きながら黄信が秦明に言う。彼女の読みによれば、劉高が結婚を申し込むのは明日ということだったが、どうやら敵は思った以上にせっかちだったらしい。


 だがその黄信のあせりとは対照的に、秦明は落ち着き払った態度でお茶を口に運びながら答える。


「最終決定権は私でなく叔父に有るわ。まあ、私がどうしても嫌だといったら向こうも無理強いはしないでしょうけど」


「じゃ、じゃあ、無理やり結婚ということは無いんですね」


宋江はほっとして胸に手を当てた。


「……まあ、無理やりではないわね。私も承諾したから」


その言葉に宋江の時間が凍った。


「……しょ、承諾したんですか?」


確かに、黄信は劉高から結婚の申し込みがあれば秦明は断らないだろうといっていた。だが、正直、宋江はこの部分については半信半疑……いや、九割がた信じていなかった。


 確かに黄信は宋江よりも秦明とはずっと付き合いが長いし、この町の事情に詳しい。それと正反対に自分は秦明の事だけでなく、この国の結婚事情に疎い門外漢だ。


 それでも信じ切れなかった宋江の心情を端的に表すなら『いくらなんでも』といったところである。この国の人間にとって家を継ぐというのがどれほどの意味合いを持つかはわからないが、それがどれだけ重いものであっても相手を選ぶことぐらいはするはずだと。


 だが違った。家を継ぐという秦明の決意は宋江の想像以上に重たいものだった。


「おめでとう、と言うべきかな?」


のんきにお茶をすする林冲が秦明に言った。


「難しいところね、あなたが私だったらどう、林冲?」


「さてな……だが少なくとも『可愛そうに』とは言われたくないな」


「え? 林冲?」


秦明の言葉に黄信が反応する。


(しまった、秦明さんには口止めしていなかった!)


林冲は黄信に大して、偽名を使っていたのだから秦明にもその偽名で呼んでもらわなければまずい。が、宋江はすっかり、そのことを失念してしまっていた。最も、気づいていたところで、秦明と会ってからずっと黄信が一緒にいたのでそんな暇が無かったのも事実なのだが。


「あ、あの、黄信さん、そのですね、えっと、その林冲って言うのはあだ名みたいなもので」


「宋江、いいんだ。私も隠さなくていいと思ったから、秦明には口止めしなかったのだから」


「え、ええと、林冲とは、まさか、禁軍の?」


「極秘任務中でな、この町でこの事を知っているのは私以外は宋江と秦明だけだ。他言無用でお願いする」


「な、なるほど……」


顔色一つ変えずに林冲は黄信に言い切った。黄信もものの見事に丸め込まれてしまっている。宋江と秦明は黄信の見えないところで顔を見合わせて苦笑いするより他は無い。


「話を元に戻しますが、秦明さん、本当にあの男と結婚するつもりですか?」


「そりゃ、諸手をあげて歓迎というわけにはいかないけどね……」


宋江の質問に秦明は困ったように笑ってそう答えた。


「まあ、引導を渡されたと思って大人しくすることにするわ」


「家のために、ですか?」


宋江が聞くと秦明は少し間をおいてから頷いた。


「前も言ったとおりね、先祖から引き継いだこの家を次代に受け継がせることは私の義務なの。そのためならば、多少のことは受け入れるわ」


「好きでもない男と結婚するのが多少のことですか?」


我知らず宋江は少し責めるような口調になっていた。


「世の中のお見合い結婚なんてそんなものじゃない。知らない? 今ではだいぶそういうことは減ったと聞くけど、少し前までは新郎と新婦が結婚式まで顔をあわせないなんてことも珍しくなかったのよ。そういう場合は結婚してからゆっくり互いに対する理解を深めたものらしいけど……」


「無理ですよ! あんな男となんて!」


宋江の隣に座っていた黄信が秦明の言葉を遮るように叫び声をあげた。


「じゃあ、どうしろと言うの? この話を断ったら、何が起こるかあなたは想像しているのかしら? あの男が自分の思い通りにならなかった時、どれほど子どもじみた真似をするかはある意味、あなたが一番良く知っているはずじゃない?」


しかし、そんな黄信に対して秦明はひどく冷たい声と視線で応えた。


「そ、それは、そうかもしれませんが……」


その迫力に黄信の体と声が急速にしぼんでいく。ややあって、秦明は一つ息を吐いた。


「ま、心配してくれるのはうれしいけどね……。さっき言ったとおり、こっちも無条件で歓迎というわけではないし、不安は尽きないわよ。でもね、どの道、結婚したからと言ってそれだけで破滅が待っているわけでもないじゃない」


秦明は落ち着いた表情で言葉を続ける


「確かに問題の多い相手ではあるけど。別に夫だからといってなんでもかんでも言いなりになるつもりも無いし、そうならなきゃいけない決まりも無い。ま、世間的には模範的な妻とは言われないでしょうけど。けど、夫だって模範的な人間ではないのだから、そういう意味では案外割れ鍋にとじ蓋というやつかもしれないわよ」


落ち着き払った口調で秦明は淡々と言葉をつむぐ。


 ふと、宋江は自分が何かひどく間違ったことをしているのではないかと思い始めた。自分は黄信の言うことを信じ、こうして秦明に会いに着たのだが、お世辞にも優良とはいいがたい縁談を目の前にしても、彼女は普段どおりのままだった。絶望もしていなければ慟哭もしていない。ひょっとしたら今、自分たちがしていることはただの要らぬおせっかいではないだろうか。


「お嬢様、よろしゅうございますか?」


宋江がそんな風に己の中で煩悶していると、扉の外から老婆の声がした。宋江にも聞き覚えのある声。例の(そう)というこの家の女中のものだった。しかし、その聞き覚えのある声はいつものように落ち着いたものではなく若干切羽詰ったような色があった。


「何かしら? お客様ならお待たせしておいて欲しいのだけど」


「いえ、それが、劉高様がすぐにでも会いたいと……」


げ、と宋江は思わず秦明と目を見合わせた。宋江がここにいることを知られて一番まずい存在がよりにもよってやって来た。


「ちょ、ちょっと待って頂くように伝えてくれる? 散らかってるし、今からここを片付けるから……」


「なあに! 気にすることはねえよ! 近いうちに夫婦になるんだからな!」


「あ、お待ちください……」


聞き覚えのある軽薄な声がドアのすぐ外でした。どうやら玄関先にいるのではなく、もう(おそらくは勝手に)あがりこんでいるらしい。


「宋江、こっちだ」

囁くような林冲の声が聞こえたかと思うと、同時に手が引っ張り上げられる。ふわりと軽く、そして長い浮遊感があったかと思うと、軽い衝撃が全身に走り、視界が真っ黒になった。


「てて……」


「すまん。急いでたので少々乱暴になった」


上下の感覚すら曖昧になるが、間近から林冲のそんな声がしてくる。目を見開くと、眼前にどこか見覚えのある麻の簡素な服の生地とちらりとのぞく白い布が見えた。


(ど、どういう状況?)


頭の中で疑問符を量産しているとやはりまた、すぐ近くから林冲の声が聞こえてくる。


「落ち着け。その……あまり動かないでくれると助かる……」


どこか弱弱しい色合いを含んだその声に宋江は体を硬直させる。


「ま、まさか、林冲さん、怪我でも?」


「いや、そういう意味では体に異常は無い。安心してくれ」


「そ、そうですか……」


ほうと安堵の息を吐くと自分の目の前にある物体がぴくりとゆれる。


「ん?」


と、そのときになってようやく宋江は自分の目の前にあるそれがひどく柔らかく、いいにおいのするものだということに気づいた。


(……ひょ、ひょっとして、これ林冲さんの服とさらしじゃあ……)


その可能性に思い当たると視覚と嗅覚と触覚からの観測情報を改めて整理しすると、自分の仮説はあっけなく証明されてしまった。


 今、宋江は林冲に抱きしめられているというか、押し倒したような格好になって地面に転がっている。そしてよりにもよって顔面を林冲の胸の中心に押し付けるようにしていた。


(す、すみません!)


大きな声を出すわけにもいかず、慌てて離れて謝る仕草をしてみる。林冲はいつもどおりの冷静な調子で気にするなというように手をふって見せた。


(や、柔らかくて、いいにおいだった……)


思わず五感の情報を脳内で宋江が再現しているとそんな桃色の頭を吹き飛ばすような声が遠くからしてきた。


「あん、黄信? お前、なんでこんなとこにいやがる」


思わずあたりを見回す。どうやら林冲は自分を連れて秦明の屋敷の窓から飛び出したらしい。宋江のいる場所は秦明の屋敷の庭だった。が、黄信は間に合わなかったのか、それとも逃げる必要を感じなかったのか、こちらには着いて来ず、屋内で劉高と鉢合わせたらしい。


「勤務時間外ですから、自分がどこにいようと貴殿に文句を言われる筋合いはありません」


劉高の声も友好的なものとは言いがたかったが、黄信のそれはもはや抜き身の刀と言っていいほどに敵意や憎悪を隠そうともしてなかった。


 そのまましばらく室内では何の音もしない。宋江が窓から部屋を除くという好奇心に負けかけた時、ようやく新たな音が室内から聞こえてきた。


「……秦明様。今は自分がいるのはお邪魔の様子。また、出直してまいります」


ややあって聞こえたその声は黄信のものだった。ついで扉を閉じる音がする。


「ふん。あんな奴を家にあげていたのではうちの品性を疑われるだろう、もう相手にするのはやめておけ」


「少々、激しやすいだけです。有能ですし優しい子ですよ」


劉高の不機嫌な声に秦明は聞き分けのないこどもに言い聞かせるように言ってみせた。


「それで今日はどのような用件で?」


「花嫁の顔を眺めに来ただけさ。いけないかい? それと友人に俺の家を見せようと思ってね」


どうやら先ほどから声をあげてはいないが、どうも室内には秦明と劉高のほかにもう一人、別の人間がいるらしい。


「……婚約したばかりだというのに気が早いですね」


秦明の声は聞いているだけの宋江が思わず身震いするほどに平坦だった。


「そうでもないさ。七日後には結婚するんだしな。善は急げって言うだろ」


だが、劉高は動じた様子も無い。その程度の反応は織り込み済みなのか、それともただ単に言葉の色にまで注意を払っていないのか。


「七日後? ずいぶんと急ですね」


秦明の声には純粋な驚きが含まれていた。


「善は急げって言うだろ」


その声を最後にまた少しだけ沈黙が続く。ややあって、カチャカチャというかすかな物音とともに秦明の声が上がった。


「失礼。茶を新しく入れて参りますので少々お待ちください」


次いで、パタンと扉の音が閉まる音。どうやら彼女も部屋を出て行ったらしい。


「いい女だろ」


「は、はあ、そうですね」


その途端に劉高と誰か別の人間の話がし始めた。これが劉高の連れてきた友人とやららしい。声からして劉高と同年代かやや上の年の男性のようだった。


「ま、あいつを手に入れれば、自動的にこの家もついてくる。この家にある調度品を売り払っちまえば一財産できるからな。それでお前達への借金も返せるだろ」


「まあ、お金が返ってくるならこちらはその出所についてはとやかく言いませんが、よろしいので?」


対する男は劉高ほど悪人ではないのか、遠慮の色にじませていた。


「誰に遠慮することがある? 結婚すりゃ夫のもんだろ、こういうのは」


 その話を聞いて、宋江は怒りを感じるよりもいっそため息をつきたい気分になった。黄信は秦明の財産が目当てだと言っていたが、より正確に言えば借金を返済するための財産が欲しかったわけだ。付き従ってきた男は秦明には友人と言ってたが実際には借金の取立人か何からしい。


「ですが、劉高様。支払期限は今月末ですよ。我々もそれを超えたらあなたのお母様のところに話をつけにいかなければなりません」


「心配すんなって。そのために結婚式も早めたんだしな」


おまけにどうやら母親にはわけをいえないような金らしい。この男の事だ、どうせ博打か何かで借金でもこさえたのだろう、と宋江は勝手に推測した。


 その後も男二人は応接間の調度品について色々と見積を重ねていたようだが、秦明が戻ってきたところで、話は中断され、今度は結婚式の具体的な話に戻ったらしい。


 終始、秦明は例の平坦な声のままで、劉高はいつもどおり軽薄で尊大な態度を崩さなかった。


 やがて一時間ほどすると劉高はようやく帰る気になったらしく、その応接間を出て行った。


「あれ? 玄関まで見送りにきてくれねーの?」


「すいません。そうしたいのは山々なんですけど、少し疲れてしまったみたいで、無作法をお許しください」


最後にそんなやりとりがあって、劉高が扉を閉めたらしい音が聞こえた。


 それを確認して宋江はそっと室内をのぞきこんだ。室内には秦明が一人でたたずんでいる。背を向けているので、何をしているのか、どんな表情なのかはこちらから伺いしれない。ただ、彼女の周りにある重苦しい雰囲気が宋江に声をかけることをためらわせ、彼はぼんやりとその様子を眺めることしかでき無かった。


 しばらくして、秦明は唐突に卓の上にある盆を手に取り、


「だあああああっ!!! もう、腹が立つ!!!!」


思いっきり窓に向かって、つまり宋江の居る方向に投げつけた。宋江の脊髄反射よりも早く、その盆は宋江のあごを直撃し、


「宋江っ!?」


「えっ! 嘘っ! 宋江くん、どうしてそんなところにいるのっ!?」


林冲と秦明の声を耳にしながら、宋江はあっさりと昏倒した。

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