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水娘伝(すいこでん)  作者: 文太
第四話 騒乱編
57/110

その十二 宋江、誘いを受けるのこと

 翌日の夕刻、知州との待ち合わせ場所に向かうために秦明(しんめい)が手配した馬車に乗って宋江(そうこう)は秦明と共に屋敷を出発した。


 手配された馬車は前に柴進(さいしん)の屋敷に行く際に使ったような、壁の無いものではなく、四方を壁に囲まれた箱型の馬車だ。すだれのかけられた窓があるものの、内部はひどく蒸し暑い。


「言いたいことはわかるわよ」


と、こちらの顔を見ただけでその気持ちを察したのか、先に乗っていた秦明がそう言ってくる。そう言う彼女自身もうっすらと汗を浮かべていた。


「でも、外から見られたらあんまり気持ちのいいものでもないでしょう。ただでさえ、変な噂が町をかけめぐっているというのに、あなたと私が一緒にまたいたらどんなことになるかわからないわ」


そういう理由で今のこの暑い季節には不向きなこの馬車を秦明は選択したらしかった。


 馬車は外側は色鮮やかな装飾が施されていたが、内装は極めて質素だった。座席はうら寂れた公園にあるベンチのような質素なものしかなく、宋江と秦明はその狭い車内で向き合うように座った。


 秦明はいつもの簡素な麻のズボン姿ではなく、絹で作られた薄桃色の漢服を着て、普段はふんわりと広げている髪も今日は結い上げてポニーテールのようにしている。軍人とは信じられないような白さのうなじが露になっていてそれを視界に入れる度に宋江はどきりとした。


「ところで、楊志さんとはどうなったの?」


がらがらと車輪の鳴らす音が反響する室内で秦明は唐突にそう訪ねてきた。まるで明日の天気でも聞くような調子だ。


「どうなったの、とは?」


「とぼけないでよ。私、昨日の夜にあなたと楊志さんが一緒に部屋に入っていくの、見たんだからね」


どうも妙な誤解をされているらしいことはわかったが詳細に話すのも気が引けて、


「何もありませんよ。ちょっと話をしただけです」


宋江はあからさまに答えを濁した。


 楊志は宋江の告白を拍子抜けするほど、あっさりと受け入れ、信じてくれた。だがそれだけに宋江がいずれ元の世界に帰るつもりだと言った時には少なからずショックを受けていたようで、かなり気落ちしていた。それでも、自分が帰ることができる手がかりが見つかれば協力してくれるといった楊志に宋江は一種の気高さを感じていた。


「何を話したのよ」


「まあ、色々と……」

別に元の世界のことは秦明に言っても実害は無い、と思う。初めて呉用に会ったときに言われて以来、基本的に、自分が遠い未来、あるいは異世界から来たことは黙っていた宋江だが、それを一度破った以上、一人も二人も一緒だ。


 そうしなかったのは、楊志にこの話を知っているのは楊志さんだけで他の人には言わないで欲しい、と今頼んだとき、なんだかとてもうれしそうな顔をしていたので、秦明といえど、他人に気安く話すのはためらわれただけである。幸いなことに秦明はそれ以上は追求もしてこなかった。


「政庁に向かうと思ったけど違うんですね」


話をそらすのが目的というわけでもないが、すだれの隙間からちらりと外を見て宋江は秦明に尋ねる。


「公式な行事ではないからさすがにそこまではしないわ。向かっているのは知州のお気に入りの料亭よ」


「料亭、ですか……なんだか緊張しますね」


「大丈夫、大丈夫。ちょっと豪華な食堂みたいなものよ」


単語の響きに顔を曇らせた宋江に秦明は安心させるように笑って見せた。


 馬車が到着した先は雪のような白壁に夕焼けのような朱塗りの屋根を持った建物だった。豪勢に明かりが使われており、夕闇の中でもうっすらとその姿を夜空に映し出している。


 秦明自身もよく利用している店なのか、彼女が門をくぐるとすぐに年若い女性店員が近寄って笑顔を浮かべた。


「いらっしゃいませ、秦明様」


言いながら一瞬だけ好奇の視線を宋江に向けた。多分、例の噂はこの女性も耳にしているのだろう。


「どうぞこちらへ」


まがりなりにも客商売にあるものらしく、その好奇の視線を一瞬で消した彼女は二人を先導して建物の中に入っていった。


 建物の中は外観に違わず、美麗な光景が並んでいた。通路の壁には水墨画がかかげられ、天井や欄間には手の込んだ彫刻がされている。宋江はそうしたものの価値がわかる専門家でも無いが、それでもそれらの作品はつい足を止めてしまうような魔力を持っていた。


「すごいですねぇ」


「あら、こういうの見るの初めてなの?」


宋江がきょろきょろとしていると秦明は微笑を浮かべた。


「ええ、初めてです」


「うーん。時間があったら一つ一つ解説してあげたいところなんだけどねー」


「あ、気にしないでください。向こうを待たせちゃまずいでしょうし」


宋江が言うと秦明はちらりと案内役の女性を見た。


元達(げんたつ)様はもう到着されているのかしら」


「いえ、まだ到着されておりません」


秦明の言葉に何かを察したのか、その店員は好奇心の混ざった微笑を浮かべた。


「そう。じゃあ、私たち自分で行くから案内はここでいいわよ。部屋はどこなのかしら?」


「かしこまりました。部屋は二階の椿の間をお取りしてあります」


店員は一礼するとあっさりといなくなった。


「秦明さん?」


「約束した時間にはまだ余裕があるし、少し案内してあげるわ」


宋江に対し、秦明は見るものをとろけさせるような笑顔を浮かべると彼の手を取った。








「実はこれ、私のおじいさんが書いた絵なのよ」


秦明は三階の階段をあがってすぐのところにある大きな絵の前に宋江を連れて行くと子供のように手を広げて話し始めた。心なしか、少し自慢気にも見える。


「わ、すごいですね。水墨画ってやつですか?」


そう紹介された絵は山水画と呼ばれるものだった。山水画とは簡単に言ってしまえば風景画であるが、実際の風景をそのまま写し取ったものではなく、架空の風景、理想の風景を描いたものが大半だ。今、宋江の目の前にある水墨画もそのような架空の風景を描いたものだろう。


 描かれた絵は山から流れ落ちる滝の水がやがて川になっていく様子を追っているような構図だった。峻険な山の中腹から垂直に落ちた水は木々や獣に見送られ、やがて平原の鳥や花に出迎えられ、最後に大海に注ぎ込まれていく。


 ながめていくうちに宋江は気づいた事があった。先ほど、宋江は自ら水墨画と言ったが、実際にはその絵画は黒い墨だけで描かれているわけではなかった。風景部分の大半は墨一色だが、山や草原に生えた花や、鳥、獣などだけが色鮮やかに着色されている。


「実はそれ、私の仕業なの」


宋江がその色を塗られた部分に注目したのに気づいたらしい秦明がそう言ってくる。


「秦明さんが描いたってことですか? うまいですね」


「違う違う。そうじゃないわよ。私、そんな器用な真似できないわ」


秦明は苦笑しながら顔の前で手を振る。


「あのね、お祖父さんは本当は花や鳥の部分も色を塗るつもりはなかったのよ。普通、山水画ってそういうものだから」


「そうなんですか?」


よくわからない宋江は首をかしげる。


「まあ、絶対にそうじゃなきゃいけないという決まりがあるわけでもないみたいけどね。それはともかく、最初に完成したときは鳥も獣も白黒で色なんか塗られてなかったの。で、当時まだ子供だった私がそこでごねたのよ。色が無きゃかわいそうだって」


「かわいそう、ですか」


宋江が反芻すると秦明は少し恥ずかしそうに視線をそらした。


「まあ、子供のいうことだから。で、根負けしたおじいさんは渋々、花や鳥に色を塗る事にしたのよ。ま、結局ここのご主人に気に入られて、買い取ってもらったからいいんだけどね」


秦明は視線を再び、その絵に向けると懐かしいなあ、と呟いた。


「結構、おじいちゃん子だったんですね」


「そうね、そうかもしれない」


秦明はあっさりと認めた。


「ちっちゃい頃はおじいさんが唯一の遊び相手みたいなものだったもの。外にはまだ出してもらえなかったし、母さんはいつも勉強、勉強ってうるさかったし」


「……ひょっとして秦明さん。結構おてんばだったりしたんですか?」


「これでも小さい頃はガキ大将だったのよ。棒もって犬追い回したり、男の子と殴りあいしたり、まあ、そのたんびにこっぴどく怒られたけど」


ふふん、と秦明は耳の辺りの髪をかき上げながら自慢げに鼻息を鳴らした。


「あんまし、想像つかないですね」


宋江の知る秦明は穏やかで優しいまさに『大人のお姉さん』といった趣の女性だ。そんな彼女が子供のときとは言え、男と取っ組み合いの喧嘩をしていたというのはかなり意外なことだった。


「さすがに十五も過ぎたらそんなことするわけにもいかなかったのよ」


「ということは十四まではそんなことやってたんですね」


「い、いやねぇ、言葉の綾よ」


秦明はわざとらしくおほほほ、と上品に笑った。どうやらやってたらしい。宋江もつられるように笑った。


「まあ、そんなお転婆な秦明さんも見たかった気もしますけどね」


「そうねえ、私も戻りたいわ」


宋江は軽い雑談のつもりだったが、その秦明の声は思いのほか、重たい色を帯びていた。


「いつのまにか、総兵管なんていう不相応な地位まで出世しちゃって、兄さんも死んだから好き勝手できなくなっちゃったし」


「お兄さんがいたんですか?」


「あれ? 話したこと無かったっけ?」


秦明は首をかしげた。


「五年前に流行り病でぽっくりいっちゃってねぇ、それまでは兄さんが家の跡取りっていうことで、私は大分お転婆させてもらったんだけど、そうもいかなくなっちゃったのよ」


「跡継ぎだから、ですか」


「そうね。いずれ結婚して子を産まねばならないことが義務付けられた」


「………」


宋江はなんとこたえていいかわからなかった。慰めるのはなんだか不適当な気がした。


「あ、でも勘違いしないでね。結婚はともかく、子供は私自身も欲しいのよ」


それは年若い宋江にとっては少しばかり刺激的な言葉だった。どうしてもその過程を想像してしまう。宋江は慌てて首を振ると、そのふしだらな妄想に蓋をした。


「ええと、つまりその、家を継ぐとかそういうのと関係なく、ってことですね」


ごまかすように宋江はせきをすると、秦明に問いかけた。


「うん、そうね。昔はそうでもなくて、結婚なんて嫌だって逃げ回ってたんだけど、二十を過ぎたあたりからかなぁ。町とか歩いてるときに親子とかを見るとね、ああ子供欲しいなあって思うようになったの。結婚しようかなって思ったのはそれもあるのよ」


宋江は黙って秦明の顔を見上げた。彼女は何を思っているのか、壁に掲げられた水墨画をぼんやりとみている。


「そういう意味ではね、正直、夫なんて誰でもいいのよ。さすがに誰でもいい、は言いすぎかしら。まあ、でも私にとって結婚は伴侶をえるためのものじゃなくて子供を産むためのものなの」


聞き取り方によってはややもすると不道徳とも取られかねない言葉だったが、宋江はそんなふうには感じなかった。それは今までの彼女を見てそうした人種で無いことを知っているから、という以上に、声に潜む響きが良くも悪くも陰性の色を帯びていたからだろう。それは奔放や淫蕩といった概念とは真逆にある属性だった。かと言って貞淑とも言い切れないところに、宋江は何か、覗いてはいけないものを見てしまったような思いに囚われた。


「……意外ですね。女の人ってもっと結婚とか旦那さんとかもっと重く考えているものだと思ってました」


「その考えは間違ってないでしょうね。嫁いだ家によって人生が決まっちゃうような女性は特に」


「秦明さんは違うと?」


 宋江が問い返すと、秦明が笑顔を浮かべた。


「私は一応自分の財産もあるし、その気になれば再就職も果たせるからそこまで深刻ではないわね」


「いやその……お金とかそういうのも大事なんでしょうけど、こう、相手の魅力とかそう言うのも含めて」


「若いわね、宋江くんは」


秦明は諦念の混じったため息を吐き出した。


「この年になるとね、色々と現実を折り合いを付けなくちゃいけなくなってくるの。私はもう二十二のいき遅れで、家は資産家だから誰でも良いというわけにはいかなくて、女だから名目上とは言え、家長である叔父には従わなければいけない」


秦明は一つ一つを言い聞かせるようにゆっくりという。言い聞かせる相手は宋江なのか、それとも自分自身なのか。


「まとめて言うと、あまりえり好みしてられる身分じゃないってことね」


そしてごまかすようにそう笑った。


「二十二なんてまだまだ若いほうだと思いますけど?」


「ありがとう。でも決してそんなことないのよ。子供はいつまでも産めるわけじゃないし、一人目の子供がうまく育ってくれる保証もないんだから、結婚相手としてはかなりぎりぎりの年齢よ」


そこで宋江はようやく気付いた。秦明が言っているのは肉体的な魅力としての若さではない。子供を生める年齢としての話で、それは医療がまだ高度に発達していないこの国では現代日本で生きてきた宋江が考えるよりずっとシビアだった。


「ところで、宋江くん」


「なんでしょうか?」


「なんで、さっき顔赤くしてたのかしら」


「うえ!?」


ごまかせていたと思っていたがしっかりばれていたらしい。


「変なこと考えてたんでしょ」


少し険しい表情をしながらむにーっと秦明は宋江の両頬を引っ張る。


「ひゅ、ひゅみません」


宋江が不自由な口でそう謝罪の言葉を口にすると、秦明は思いっきり頬を外に引っ張り、やがてばちんという音と共に宋江を解放した。


「こっちは真面目な話をしてるのにしょうがないわね、男の子って」


「いてて……」


頬をさすりながら秦明を見ると彼女は呆れと羞恥がない交ぜになった顔でそっぽを向いている。


「宋江くんも意外と油断ならないわね」


「そりゃ……男ですから」


言い訳とも負け惜しみともつかないような台詞を宋江はこぼす。


「まあ。私も遠征のときなんかは寝所から何人もの不埒者をたたきだした経験もあるような女だから、このくらいで大騒ぎしたりはしないけど……」


この時代、地方の兵士などというのは、町のごろつきとさほど変わりない。手の届くところにこんな美女がいれば、そういうこともある。


「それなのに軍人になろうなんて思いましたね。知らなかったわけじゃ無いんでしょ?」


「それぐらいお転婆だったってことよ。あ、そうか。さっきお転婆だった私も見たいって言ったけど、夜に私の寝所に来れば見せてあげられるわよ。多分見えるのは拳だけだろうけど」


「謹んで辞退させて頂きます」


宋江が大仰に頭を下げると秦明は破顔した。


「そうね。楊志さんの初恋の人が無残な死に様をさらすのも忍びないし」


「何するつもりですか!?」


力みなく空恐ろしい事を言う秦明に宋江はぎょっとする。


「ご飯前には聞かない方がいいと思うけど、まずのこぎりで……」


「すいません。もう十分ですから止めてください!」


宋江の絶叫に秦明はくすくすと笑う。ひとしきり笑った後に、彼女はふと階下を見下ろした。


「さて、そろそろ行きましょうか。いい加減、向こうもついているころだろうし」









 秦明に連れて行かれたのは二階の一室だった。椿の間と呼ばれたその部屋だが、別段何か部屋に椿を思わせる何かがあるわけでもない。


 自分たちが三階で騒いでいる間に到着したのだろう。いくつもの蝋燭の炎がゆらめくその部屋には既に一人の女性が座っていた。この女性が青州の行政のトップにいる元達なのだろう。


 年のころは四十半ばといったところだろうか。金糸がふんだんに使われた豪奢な服を着た中年の婦人だった。口元に笑みを浮かべて一見たおやかな印象を受ける。だが、この女性がその印象そのままの人間で無いことを、宋江は室内に入った瞬間に悟らされた。


 一瞬。ほんの一瞬だけだが、その女性の瞳がぎらりと光り、自分を射抜くように見つめた。瞬きするよりも早くその視線は宋江の頭の毛先から足元まで一瞬で通り過ぎ、そしてすぐにもとの穏やかな瞳に戻った。


元知州(げんちしゅう)、お待たせしてしまったようで、申し訳ありません」


その横で秦明が深々と頭を下げる。宋江も慌てて同じように倣った。さきほどまで男の子が云々で自分をからかっていたのと同一人物とは思えない優雅さだ。


「気にしないでいいのよ、秦明さん。そんなに長い時間待ってたわけでもないしね。さ、未来の旦那様共々、顔を上げて席についてちょうだいな」


そういわれて宋江が顔を上げたとき、そこにいたのは上品に笑う、一人の婦人が居た。先ほどの鋭い眼光はすっかりなりをひそめている。視線に射抜かれた宋江も先ほどのあれは自分の勘違いか何かではないかと思ったほどだ。


「あの、知州様、そのことなのですが、昨日と今朝もお話させて頂いたとおり……」


「わかってるわよ。ちょっとからかっただけ」


口元を隠して笑いながら、元達というその女性は卓に身を乗り出そうとした秦明を押さえた。


(あれ?)


一方、宋江は相手のその返答に強い違和感を感じた。秦明の話では、秦明の主張に元達、というか政庁の人間は全く耳を貸してくれなかったという話だが、今の元達の言動から受ける印象はそれとは違うものだった。思わず宋江が横に座る秦明を見ると彼女も同じように感じたのか、きょとんとした顔で居る。


「町や政庁で流れている噂は誤解であると、わかって頂けたのですか?」


「そりゃあんなに必死になって否定してればわかるわよ」


どうやら、他の人間までは知らないがこの知州が話を聞いてくれなかったというのは秦明の勘違い、というか、知州が秦明をおちょくっていただけのことらしい。


「そ、それではどうして彼を連れて来いなどと?」


「まあ、それはおいおい、話していきましょうか。とりあえず一献いきましょ。料理も運ばせましょうか」


秦明の質問に直ぐには答えず元達は卓の上にあった鈴を鳴らす。するとすぐに扉が開いて先ほどの店員が姿を現した。


「御用でしょうか」


「料理とお酒を」


「かしこまりました」


たったそれだけのやり取りで店員がまた消える。


「宋江くん、随分若く見えるけど、いくつなのかしら?」


「十六歳です」


あまり今まで係わり合いの無かった人種を前にして、若干緊張しながら宋江は答える。


「あ、さすがに成人はしているのね。下手したら十四か十三くらいかとも思ったけど」


「あはは、よく言われます」


宋江はそう苦笑する。宋江は男としては体毛も薄く、声も高く、背も低い。元の世界でも中学生くらいに間違われることは珍しくなかった。


 その後、彼女は宋江についていろいろと質問してきた。出身はどこなの? ご家族の方は? 今までどんなことをしてきたの? どうして青州(せいしゅう)に来たの? 秦明とはどういう関係?


 その質問に宋江は予め秦明と打ち合わせていたストーリーを元に回答する。出身は滄州(そうしゅう)です。家族はいません。柴進様という人のところで馬の世話をしていました。青州にはあるていど給金が貯められたので一旗あげたいと思って。柴進様のお屋敷にいた食客が秦明さんに紹介状を書いてくれたので今、居候をさせてもらってます。


 正直嘘をつくのは苦手だと自覚しているので心配だったが、幸運なことに相手からは深く詰問されたり、問いただされることも無かった。そうこうしているうちに、料理と酒が運ばれてくる。柴進の家で食したものよりも豪勢で華麗な料理が卓の上に並んだ。


「お酒は平気よね」


「ちょっとだけなら……」


宋江が笑ってそういうと元達は小さな杯に酒を注いでくれた。


「さあ、若いんだし、二人とも料理もどんどん食べてちょうだいね。特に宋江くんは男の子なんだし。遠慮しちゃダメよ」


「はい。頂きます」


手近にあった鳥肉を箸でつまむと口に運ぶ。茶色いソースがかかったそれを口の中に運ぶ。ぱりっとした皮の部分とその下の柔らかい肉の食感が心地よく、ソースの甘辛い味がふんわりと口の中に広がった。


「気に入った?」


「ええ、とっても美味しいです」


「ふふ、そう。良かったわ。どんどん食べてね」


 しばらくの間、三人は料理を楽しんでいたが少ししたところで、元達は宋江にまた質問してきた。


「宋江くん、あなたは気功が使えると聞いたけど、本当なの?」


「はい、本当ですよ」


別に隠す理由も無いので宋江は素直に頷いた。


「本当? ちょっと見せてくれる?」


「は、はい」

少々緊張しながらも宋江はうなずくと、周りを見渡して、手元にある誰も使っていない箸を取り上げた。


「これ、ダメにしても大丈夫ですかね」


「箸の一本ぐらいなら大丈夫でしょ」


秦明から確認の言を取ると宋江は呼吸を整える。


「ふっ!」


と息を吐きながら気を集中させると、箸の先にちょこんと可愛らしい白い花が咲いた。


「あはは、この程度しかできませんけど」


ごまかすように宋江は笑ってその花の生えた箸を元達に渡した。彼女はしげしげとその花を見つめると口を開いた。


「気功ってこんなこともできるのね。……外気功(がいきこう)という奴かしら?」


「お詳しいですね」


「一応、軍事も含めた行政の責任者なのだからこれくらいは知っておかないといけないのよ」

宋江のコメントに元達は微笑んでみせる。そしてその微笑をはりつかせたまま彼女は宋江に語りかけた。


「ねえ、宋江くん。あなた、軍人になるつもりはないかしら?」

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