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水娘伝(すいこでん)  作者: 文太
第四話 騒乱編
49/110

その四 魯智深、劉高を麓につれていくのこと

 山賊の砦が騒がしくなり始めて、およそ半刻(十五分)が経過した。とはいうものの、この十五分間、宋江(そうこう)はその喧騒とはほぼ無縁の時間を送っていた。最初に集まった山賊はそのほぼ全てが林冲によって叩き伏せられ、その様子をみた第二陣は慎重にじりじりと林冲の周りを倉庫の外でとりかこんでいる最中だ。つまり、宋江がいるこの倉庫の中には今に至るまで山賊は一人も踏み込んでいないのである。


 一応、目の前で林冲(りんちゅう)と山賊たちの戦いが繰り広げられているのだが、宋江から見えるのは林冲の姿だけでときおり彼女の体が動く度に視界の外側でうごぉっとかぐぇっなどとうめき声も聞こえるだけなのでいまいち実感がない。林冲の様子があまりにも平然としているのも一因だろう。ここまでの旅の途中で一度、魯智深(ろちしん)が酔っぱらいに絡まれて暴れたことがあったがあの時のほうがよほど切羽詰まった顔をしていた気がする。


「……で、そこに林冲さんが現れて助けてくれたんです」


そんなわけで宋江その間、楊志(ようし)の治療を受けながら、自分に何が起こったのかを軽く説明していた。


「そうだったの……呆れた奴ね。仕事を真面目にやっていないのが宋江のせいでばれたお陰で仕返しだなんて……」


「まあ、そうなんですが……」


楊志のコメントに宋江はちらりと身動きすることのない劉高(りゅうこう)の足に視線を送った。何故足かというと劉高は未だにがらくたに埋もれたまま、足だけこちらに飛び出させた状態だからだ。ぴくりとも動く気配もないので死んでいるのではないかと少し心配になるが、林冲も手加減はしたと言っていたし大丈夫だろうと、宋江は深刻に考えないことにした。


「大体事情はわかったけど……それよりこれからどうするのか考えましょ」


そう言ったのは自分達の荷物を回収していた魯智深(ろちしん)だ。宋江の予想通り、重要な荷物は別のところに隠してあるとかで、ここにあるのは身の回りの小物や衣類など大したものはないらしい。


「うん、そうだな。そろそろ動くか?」


その魯智深の声に答えて開けっぱなしの扉の向こうにいる林冲が棒を構えたまま言う。先に言ったとおり、彼女はこの間、山賊たちの突撃をたった一人で防いでいた。視線がこちらに向かないのはその向こうにいる山賊に向けているからだろう。それでこちらと平然と会話しているのだから大したものだと思う。


「林冲、あなたそのままこの砦を突破できる?」


「できなくもないが……少々不安もある。我々はこの砦の構造についてほとんど無知だ。どこから攻撃がとんでくるのかわからんし、出口がどっちにあるかも不明瞭だ」


魯智深の問いに林冲が淡々と答える。


「ふむ……とはいえこのまま、ここにいてもジリ貧だし、無茶を承知で突破したほうがいいかしら?」


「待って」


そう決断しかけた魯智深を止めたのは楊志だった。


「あのさ、この壁を壊して直接そこから外に出れないの?」


楊志が指さしたのは倉庫の奥にある壁だ。そこには雑に組まれた石垣がある。


「ここから外って……ここって地下じゃなかったでしたっけ?」


そう聞いたのは宋江だ。彼はここに来る際に階段を降りてきたのを覚えている。その前にいた炊事場が一階だったのだからここは自然と地下一階ということになるだろう。だが楊志は首を振った。


「よく見て。ほらところどころ隙間から外の光が入ってるでしょ。この壁の向こうは外に通じてるはずなのよ」


「あ、本当だ」


確かによくよく見ると楊志の言うとおり、石垣の隙間から白い陽光がほんのりと倉庫の中に入ってきている。


「魯智深。あなたならこのくらいの壁なら壊せるんじゃないの? 滄州(そうしゅう)の政庁の壁も壊してたじゃない」


「……気軽に言ってくれるわね」


非難めいた声をあげつつも魯智深はこの倉庫に放置されていたらしい斧鉞(ふえつ)を持ち上げた。


「林冲、そっちは一人で大丈夫ね」


「ああ」


魯智深は短くそれだけ確認すると、倉庫の足元に散らばった物品を乱暴に蹴飛ばしながら奥へと進んでいく。そして辺りをキョロキョロと見回し、誂えたように人一人分が通れそうな面積を占拠している石に触れた。


「うん。こいつなら砕いても崩落することもなさそうだし、壊せば外にでれそうね」


そう独りごちると持った斧鉞を振り上げ、その狙いを付けた石におもいっきり打ち付けた。


「ふん!!」


がいん! と耳を塞ぎたくなるような音がするが石自体に特に変化は見られない。


「結構固いわね」


「壊せない?」


「まさか」


心配そうに聞く楊志に対して、魯智深はにやりと笑うと目を閉じ、呼吸を整え始めた。すーはーすーはーと何度か深呼吸をすると先程より丁寧にゆっくりと斧鉞を構えた。


「……ふっ!!」


魯智深が鋭く息を吐く音から一瞬遅れて轟音。ごおん!! と大砲が発射されたような音がして魯智深が斧鉞をぶつけた石に亀裂がいくつも入った。


「な、なんだあ!!」


林冲の視線の先にいると思しき山賊たちの困惑した声があがる。魯智深の位置は倉庫の中に入ってこなければ見えない場所にいるため、距離は近くとも倉庫の外側にいる彼らには何の音かわからないのだろう。


「よし」


魯智深が満足そうに斧鉞を投げ捨てた。見ると衝撃のせいか斧鉞はもはや使い物にならないことが一目でわかるほどひん曲がっている。


「頼んでおいてなんだけど、とんでもないわね、あなた」


「ほめても何も出ないわよ」


軽口を叩きながら魯智深がもろくなったその石をもう二、三回蹴飛ばす。それだけで粉々になった石の破片ががらがらと穴の外に向かって落ちていく。あっという間に人一人が通れそうな穴ができあがった。


「あちゃー」


だがその穴から外をのぞきこんで魯智深が眉根を寄せた。宋江も横から覗きこんでその理由を悟る。その向こうは、ほとんど崖と言っていいほどの急斜面になっていた。断崖絶壁というほど絶望的なものでもないが、それでもほいほいと気楽に歩いて降りれるようなものではない。なるほど地下だと思われていたにも関わらず、外からの光が容易に入ってくるのはこういうわけだったのだろう。


「どうした?」


扉の向こうから状況を察することのできない林冲が性懲りもなく飛び掛ってきた山賊をいなしながら聞いてくる。


「崖なのよ。あたしやあなたはいいけど、楊志や宋江には少しきついかも……」


魯智深は渋面のまま、林冲に答える。


「縄でもあればなんとかなるんじゃない?」


「そんなもの持ってないわよ。それともこの中から探す?」


楊志の意見に魯智深がげんなりした顔で周囲を眺めた。いうまでもなく倉庫の中は魯智深や林冲のせいでさらに混沌を極めており、目的のものをみつけられるかどうか、非常に怪しい。それでもどこかにあるという確信があるならまだしも、目的の縄があるかどうかもわからないのだ。あまり現実的な対応とは言いがたいだろう。


「私たちの服の帯でも使うのはどうだ」


「明らかに長さが足りないわね」


林冲の提案も魯智深が崖を見下ろしながら却下した。宋江もそれには同意見だ。目測だが高低差はおおよそ二十メートルを超えているだろう。服の帯の長さは長くても二メートルに達しない程度の上に、簡単に引き千切れてしまうようなしろものだ。いくつか重ねて使えばどうにかなるかもしれないがそうすればますます長さが足りなくなるだろう。


 しかしそうして急斜面を眺めている内に宋江には閃いた事があった。石垣の下はすぐ土になっている。

「なんとかできるかもしれません」


「え?」


怪訝そうな声を上げる楊志の横から宋江は穴から身を乗り出し、その斜面に手を伸ばすと息を思いっきり吸い込んで言った。


「来て」


宋江の声に応えるように斜面のところどころから、にょきにょきと横向きに何本もの木が生えてくる。それらは宋江の意図したとおり、等間隔に並んでいる。


「ふうっと……こんな感じで、どうでしょうか。あの木を足場にしていけば降りれると思いますけど」


宋江が大きく息を吐いて近くにいる楊志と魯智深に言った。


「……宋江、あなた気功使いだったの?」


「あれ? 言ってませんでしたっけ」


目を丸くした楊志にきょとんとしながら宋江は答える。


「聞いてない……」


「す、すみません」


ちょっと落ち込んだ様子の楊志に申し訳なくてなぜだか頭を下げてしまう。


「はいはい、そんなこと悠長に話してる場合じゃないでしょ」


そう言いながら魯智深は宋江と楊志の間に割りこむように進むと、穴から身を乗り出して、ぐっぐっと体重をかけて生えた木の強度を調べていた。


「うん。なんとかなりそうね。あたし、宋江、楊志、林冲の順で行くわよ」


 魯智深はまず最初に自分たちの荷物を放り出した。ごろごろと転がっていく荷物を確認した後に降りていく。


 それと同時に倉庫の外にいた林冲は山賊たちの一瞬のすきをついて中に入り、扉を閉めた。つっかい棒を適当に配置して入ってこれないようにしていく。すぐにどしんどしんと扉を叩く音と同時においこら開けろ! と怒鳴る声が響いてくる。


「楊志、この扉、凍らせられるか?」


「お安い御用よ」


楊志が念じると、扉の隙間を塞ぐようにばぎばきと氷が扉にまとわりついていく。扉の向こうから聞こえてきた音もやがてきこえなくなる。別に向こうが諦めたわけでなく、その音が入ってこれないほどに完全に塞がれてしまったのだろう。やがて、扉は完全に分厚い氷で覆われてしまい、よしんば扉を破壊したところでこちらに侵入するのは不可能だろう。


「って宋江! あなたは早く降りなさい!」


「は、はい!」


その扉が凍っていく様子をじっと見ていると、楊志に怒鳴りつけられてしまったので宋江は慌てて魯智深の後を追った。ところどころに生やした木を慎重につたっておりると大分時間はかかったものの、無事に魯智深のいるところまで降りることができた。すぐ後から楊志が続き、危なげなく地面に足をつける。

「あれ? 林冲さんは?」

見上げて宋江は怪訝な声を上げた。林冲は未だに魯智深が開けた穴から出てこようとしていなかった。

「さあ、なんか仕上げがどうこう言ってたけど……」

「あの子のことなら心配いらないでしょ」

とその魯智深の言葉通り、それからすぐに何事もなかったかのように魯智深が開けた穴から林冲が飛び出してくる、彼女は宋江と違い、木を掴んだりといった悠長なことはせず、ひょいひょいと飛ぶように斜面を降りてくる。まるでカモシカか何かのような身軽さだった。


「すまない。待たせたな」


すたりと地面に降り立つと林冲は三人にそう言った。


「じゃあ、長居は無用だし、早いとこ、ここから離れましょうか」


「そうね……ところで、宋江。あなたこの木を枯れさせたりできないの? このままじゃ山賊も同じ方法で降りれるから、すぐに追ってきちゃうんじゃないの?」


楊志は不安げに宋江が生やした木を見上げながらにそう聞いてくる。だがその質問に答えたのは林冲だった。


「心配いらない。簡単にそう出来ぬようにしておいた」


林冲はそう言って、出てきた穴を指差す。そこからはもくもくと煙が上がっていた。


「……まさか火をつけてきたんですか?」


ぎょっとして聞く宋江に林冲は落ち着き払って言う。


「そういうことだ。楊志の作った氷の壁も簡単に破れはしないだろうから、扉を開ける頃には倉庫中に火が燃え広がっているだろう。他の部屋にも火が回るようになれば、消火に必死でこちらをおいかける余裕などなくなるはずだ」


「どぎついこと考えるわねー」


魯智深が感心半分、呆れ半分といった表情で感想をもらした。


「手を出した相手が悪かった、ということさ」


林冲はそう言って酷薄な笑みを見せた。


 と、そこで宋江はふと思い出したことがあった。


「あれ? そう言えば劉高は?」


「うん? 誰だ、それは?」


「さっき林冲さんがふっ飛ばした人ですよ。あのがらくたから足だけ生やしてた」


ああ、とそこで林冲は初めて思い出したようだった。


「多分、まだあの中だろう」


「いや、あの中だろうって……」


つまり、今、火の海となりつつある、あの倉庫の中に置き去りということらしかった。


「死んじゃうんじゃ……」


劉高のことが好きかと言えば、絶対に否であったが、さりとて、殺したいほど憎んでいるわけでもないし、見殺しにしても心が傷まないということもない。


「あち! あちぃー! 火事だー! 助けてくれー!」


そんなことを話している内に中で劉高が目覚めたらしく、穴の向こうから騒がしいな声がしてきた。


「げほっ! ごほっ! 誰かいねーのか! うわっ!」


段々声が近くなる、と思ったら煙の中から不意に劉高がこちら側に現れた。だが彼自身は煙にまかれて目の前すら満足に見れてなかったのだろう。自分の進む先が急斜面だということにもわからなかったため、宋江が生やした木に捕まることもできず、ゴロゴロと転がり落ちてきた。


「ぐえっ! あがっ!」


それでも宋江の生やした木に体がぶつかった事で落下速度は弱められたらしく、なんとか派手に転がりながらも宋江のいるところに生きてたどり着いた。骨折などの深刻な怪我はしていないが頭をしたたかにぶつけたらしく涙目で後頭部を抑えている。


「う……うぐ……痛ってぇ……、ほ、本当、何なんだよ」

そんなことを倒れたまま呻く。だがやがて辺りを見回し、こちらの姿を認めると激したように上半身を起こしてこちらに叫んできた。


「おい! てめぇ、こりゃ、どう……ふぐっ!」

だがその言葉はすぐに中断された。理由は簡単で楊志が起き上がった劉高の胸に足をのせ、そのまま踏み倒したからだ。仰向けに倒された劉高は肺から空気を無理やり出させられ、手足をじたばたと暴れさせた。


「て、てめっ、な、何を……」


細い声で劉高は抗議の声を上げる。


「それはこっちのセリフよ。宋江に何するつもりよ」


「るせっ。関係ない奴が首突っ込むんじゃねーよ」


それを聞いて楊志はぐっと劉高の胸においた足に一層強い力を込めた。劉高が苦しそうに顔を歪ませた。

「関係ならあるわよ。私は彼が傷付けられるのを放っておくわけにはいかないから」


楊志はさらに手近にあった木の枝を折るとその部分を持ち手にした氷の槍を創りだした。そして、その切っ先を劉高の喉元に押し当てる。そのまま楊志が力を込めれば、劉高の喉に穴が空くだろう。


「よ、楊志さん……?」


宋江は初めて見る楊志の冷徹な表情と態度に驚愕したまま、動けずにいた。ぐっと楊志のもった槍の先が劉高の喉元に食い込む。


「がっ……」


劉高の顔が土気色に変わる


「その辺にしておきなさい。時間がたっぷりあるわけでもないのだから」


しかし、そこで魯智深が引き止めるように楊志の肩を掴んで後退させた。


「……わかったわよ」


楊志は素直にその言葉に従い、喉に突き当てた槍を投げ捨てると、劉高の胸からも足をどけた。開放された劉高はげほげほと苦しそうに肺に空気を取り込んでいる。


「そうだな、急いだほうがいいだろう。山賊のこともあるが、今から山を降りたら日没までに麓につけるかどうか怪しいぞ。見知らぬ山の中を夜移動するのは避けたいしな」


思い出したように林冲が言う。宋江が空を見上げると夕方というには早いが確かに少々太陽が低くなりはじめている。ただ、幸いなことは雨は振らなそうだ。


「え? あ、あ! そうか、ここ、砦の外か」


その時点でようやく劉高は自分がどこにいたか悟ったらしく、慌てて周りを見回した。


「は、はは……で、出れたのか、俺、あそこから、はは……」


そのセリフでこの男は自分と同じように無理やり山賊に囚われていたのだということを宋江はいまさらのように思い出していた。


「ちょっと宋江、いつまでもぼっとしてないでよ。置いて行くわよ」


「あ、はい」


後ろから魯智深が声をかけてきたので、宋江はだらしなく笑っている劉高から視線を外すと、歩き出した。


「お、おい、まてよ!」


だがその背中に劉高が声をかけてくる。


「今度はなんだよ、もう」


一瞬無視したい衝動にも駆られたが、結局宋江はその声に応じた。すると、劉高は地面に膝をついたまま、宋江に頭を下げた。


「た、頼む! 俺も一緒に連れて行ってくれ! さっきのことは謝る! 本当に済まなかった!!」


「別に……着いて来たいんなら勝手についてくれば? そこまでとやかくこっちも言わないよ」


宋江がそう言うと劉高はバツが悪そうに頬をかいた。


「い、いや、それがよ……足がくじけちまったみたいで、まともに歩けねえんだ……頼む。麓の村まででいいから運んでくれねえか」


へらへらと媚びるような笑顔を見せてそう言ってくる。宋江が無言でいると今度は地面をこすりつけるように土下座までしてみせた。


「この通りだ! 頼む! 逃げたことがあいつらにばれたら今度は殺されちまう! 礼ははずむから! な!」


はあ……と宋江はため息を付いた。繰り返しになるが彼の事は決して好きではないが、死ねとまで思っているわけではない。


「麓の村まででいいんだね」


「ちょっと、宋江……あなた、本気?」


魯智深が賛成しかねるといったように眉をひそめた。


「ダメ……でしょうか」


「ダメとは言わないけど……まあ、いいわ。議論したとしても埒が明かないし、一番の被害者のあなたがそれでいいって言うなら」


どこか諦めたように魯智深が言う。そして彼女はまるで子猫でも扱うかのようにひょいっと劉高の襟首を掴んで持ち上げた。


「え? あの、魯智深さん? 僕が言い出しっぺなんですから僕が彼を運びますよ」


「何言ってるの。ただでさえ、あなたはこの中で体力がないんだから、余計な荷物まで背負う余裕無いでしょ」


「それは……そうかもしれませんけど……」


宋江が言いよどんでいる間に魯智深は劉高をぶらさげたままさっさと歩き始めてしまう。


「すみません。なんだか厄介事を押し付けてしまって……」


「謝られるほどのことじゃないわよ」


慌てて後を追いかける宋江が頭を下げると魯智深は苦笑した。


「そうは言いますけど、いくら魯智深さんでも男を一人麓まで運ぶなんて簡単なことじゃないでしょう?」


「まあ、馬鹿正直にずっと運ぶんならそうよね」


「へ?」


「え?」


間の抜けた男二人の声を尻目に魯智深はすたすたと歩き始める。向かう先は今落ちてきたよりもさらに急で高低差の激しい斜面だ。


「お、おい、まさか……」


何かを感じた劉高が恐怖の声を上げる。


「頭さえ守っとけば死にゃしないわよ」


そういって生ごみでも放り出すように魯智深はその急斜面に劉高の体を投げ捨てた。


「ちょ、ちょっと、まああああああああ……」


抗議の言葉すら満足に言えないまま、劉高は斜面を転がり落ちていく。


「これを後、二、三回やれば、麓まで着くでしょ」


唖然とする宋江に向かって魯智深は実にさわやかな笑みを浮べて言った。


 悪運が強いというべきかなんというか、結局五回もそんな風に転がり落とされた劉高だが、麓に着いた時点では気絶しつつも生きており……宋江は彼を麓の村の入口に放置するとそのまま逃げ出すようにそこを立ち去った。

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