その一 宋江、青州に向かうのこと
目の前の男は腰からぎらりと光る青龍刀を取り出した。初めて目にするそれは想像よりもかなり分厚い。使用する際には切断するというより叩き切るという表現の方がふさわしいだろう。
「ま、お前さんに恨みはねえが……」
その青龍刀を持つ、髭面の男が何を考えているのか、いまいちわからない。憐憫か、愉悦か、はたまた無感動か。男の目には自分すら映っていないように思える。
「時期が悪かったということで諦めてくれや」
その切っ先が宋江へと向けられた。
半月ほど前のことである。柴進の家で林冲の傷が完全に癒えた頃、滄州の町の状況を調査していた柴進の使用人たちがもどってきた。柴進はそれを聞いた後に、宋江達に先日の騒動の顛末を報告してくれたのである。
「それによると、今回の林冲さんと楊志さんの脱走は無かったことになってるんですって」
「無かったこと?」
面白そうに話す柴進の言葉の意味がわからず宋江はオウム返しに聞き返す。笑いながら柴進は補足した。
「だって表向きは林冲さんも楊志さんも重要な犯罪者ですもの。それを二人も同時に取り逃がしたなんて事になったら上から大目玉だわ。牢役人から知州に至るまでただではすまない。だから脱獄なんか無かったってことに滄州の責任者たちはしたいんでしょうね。つまり公式的にはまだ林冲さんも楊志さんもあの牢の中に捕まったままということですわ」
「けど、いざ引渡しの時になったらどうするつもりなのかしら、それ」
楊志が憮然として疑問をさしはさむと柴進は懐から一枚の紙を取り出し、卓の上に広げた。
「そこでこんなものを用意したみたいです」
「何これ?」
そこに書かれていたのは一枚の人相書きだった。が、誰の人相書きなのか全くわからない。描かれていたのは鬼のように釣りあがった目に黒く長い髪、妙にいかつい顔である。
しばらくその場にいる全員がその正体について考えるべく沈黙した後に林冲がぼそりとつぶやいた。
「ひょっとして、これお前じゃないか、魯智深」
「うえ!? あたし!?」
口にかじりかけの点心をくわえたまま、魯智深が目をむいた。
「あ、本当だ。ここに袈裟姿って書いてある」
宋江が指摘すると魯智深は憤慨するように言った。
「そりゃ、いろいろ派手に目立つことやったから指名手配されるのはわかるけど……にしても、もーちょっと似せて書いて欲しいもんだわ。あたし、こんなに凶悪な顔してないわよ」
言いながらばしばしと手配書を叩く。
「何言ってるの、似てないほうがいいに決まってるじゃない」
くっくっくと少し面白そうに笑いながら楊志が言う。魯智深は少しむっとしたようだが、それ以上は何も言わなかった。
「僕のことは何も言われて無いんですか?」
「そうみたいですね。この魯智深さんの人相書きの隅に男の仲間有り、って書かれているのが宋江さんだと思うんですけど、人相書きを書くまではいたってないみたいです。手がかりが少ないから話題にも上ってないみたいです」
柴進が可愛らしく口元に指を当てながら宋江の疑問に答えた。
「なるほどな。魯智深を捕まえれば、後は私たちの場所を吐かせればいいという考えか」
林冲が一人冷静に分析してみせる。
「ええ、引渡しまでになんとか魯知深さんを見つけて、二人を取り戻そうとしているらしいですね。特に楊志さんは元々いつまでもあそこにいる予定の無い人ですから非常にあせっているみたいです。実際、二人がいなくなったのは政庁内では公然の秘密らしいので結構積極的に兵士も動いているみたいですし」
「えっと、じゃあ僕たち、このままここにいちゃまずいんじゃ……」
宋江が慌てたように言うと柴進は微笑んだ。
「大丈夫です。私は宋の民ではなく、宋の皇帝に位を譲った一族ですから、捕り手の役人といえども我が家には私の許可なしに入ってはこれません」
要は一種の治外法権ということらしい。そうなると、この柴進の屋敷が一番安全な場所かもしれなった。
「でもいつまでも厄介になるのも気が引けるし、そろそろ動くとしましょうか。公にできないってことは私はともかく林冲と楊志は州の外に出ればまず安全でしょ」
そう言いながら、魯智深はごろりと横になって隣に座っていた宋江のひざを枕にして寝転がった。突然の行動に楊志がぎょっと驚くが当の本人はのんきなもので上を見上げて宋江の頬をつつきながら話を続ける。
「とはいえ、どこを目指したものかしらね。あたしの故郷の華州はいくらなんでも遠いし、みんなで宋江のうちにお世話になりましょうか?」
「起きて喋りなさいよ」
咎めるように楊志が口を出すが魯智深は楊志を一瞥すらしない。
「あの、ちょっといいか」
こほん、と林冲は咳払いをして自分に注目を集めさせた。
「私もいつまでも柴進殿のご厄介になるわけにはいかないという意見には賛成だ。柴進殿のことは無論信用しているが、相手はあの高俅なのでな。どんな手を使ってここに押し入ってこないとも限らん」
「そうね……」
楊志も同意するように頷く。
「うむ。それでなんだが、私は次に青州に行くことを提案したい」
「青州ってどこです?」
宋江が聞くと寝転がったままの魯智深が宋江の顔を見上げながら答えた。
「ここからほぼ真南にある町ね。あなたの故郷である済州からほぼ真東にある場所よ。済州に帰るとしたら若干遠回りになるけど……ねえ、林冲、どうして青州なの?」
「そこに私の旧友がいてな。秦明というのだが……今、彼女はその青州の総兵管をやっている」
総兵管とはその州の軍事部門のトップの人間である。軍事部門と言っても州軍の相手は主に領地内に巣食う山賊の対応のため、役割としては軍人というよりも警察に近い。現代の日本に例えて言うと県警本部長に近い立場の人間だ。
「有能で公平な人だ。今回のその楊志の不可解な手配についてはおそらく青州にも連絡が行っているはずだから何か情報が得られるかもしれん。それに、うまく行けば彼女を通して弁明すれば、楊志の手配も解けるかもな」
「な、なるほど……」
宋江は感心して頷いた。楊志が手配された経緯はこのままここでじっとしていてもわからないだろう。手配元である濮州に直接行けば詳しく経緯もわかるだろうが、危険も大きい。ならば信頼できてかつその権限もある人物に代わりに調べてもらおうということなのだろう。
「あ、ありがとう、林冲。そこまで私のこと、考えてくれて」
「いいさ。この間も言ったが君らには迷惑をかけた」
頭を振って、林冲は微笑を浮かべた。
「そういうわけだから楊志は私と一緒に青州に向かうとしてだ。宋江、君はどうする?」
そこで林冲は宋江に水を向けてきた。
「え? ぼ、僕ですか?」
てっきり別れるという話になるとは思わなかったので、宋江は少しばかり面食らった。
「そうだ。君は妹を故郷に待たせているんだろう。しかも向こうでは君は生死不明なままじゃないのか? はやく帰って安心させてあげたほうがいいと思うが」
確かに林冲の言うとおりである。
「でも林冲。そうはいっても宋江を一人で行かせる気なの? それは危険じゃない」
楊志の表情はまるで幼子を長旅に出させると聞かされた母親のようになっていた。しかし、そこに魯智深が口を挟む。
「ん? 宋江が帰るならあたしがついていくから、大丈夫でしょ」
しかし、それを聞くと楊志は却って不安が増したように言う。
「指名手配犯のあんたなんかと一緒にいたらかえって災難に巻き込まれるでしょ」
「そうなると楊志とも金輪際会わないほうがいいわね」
面白そうに魯智深がやりかえすと、楊志がむぐっと黙った。
「護衛が必要でしたら私の家から何人か腕に覚えのある人間をだすこともできますが?」
二人の間を仲裁するように柴進がそう言ってくる。が、宋江にはそれよりも気になる事があった。
「でも、林冲さん。本当に楊志さんの弁明をするなら、僕は一緒に付いて行った方がよくないですか?」
なんだかんだで黄泥岡の事件以降、楊志と最も行動を共にしていたのは自分なのだ。例えば最初に楊志を見つけたときの病気の件だって楊志一人が言うより、宋江という証人がいたほうがいいだろう。
そう聞くと林冲はあっさりと頷いた。
「そうだな。その通りだ」
「じゃあ……」
「しかしそれでもなお、私は君が家族の事を考えて選ぶ権利があると思う。私たちについていくか、ここで別れて済州に戻るか」
言われて宋江は押し黙り、下を見下ろす。
「好きにしたら? さっきも言ったけどどっちでもあたしがついてってあげるから道中の心配はしなくていいわよ」
意見を求められたと思ったのか、魯智深がのんきにそう言ってきた。
「それはありがたいんですが……って、魯智深さん、男のふとももなんて撫でてどうしようっていうんです?」
「んー? んー……」
宋江の質問に魯智深は返事と呼べるかどうかもあやしい声をあげてくる。とりあえず、宋江は思考と意識を魯智深から林冲の問いに戻した。
林冲の言うことは至極真っ当だ。宋清とはあの嵐の夜に小船の陰に置き去りにするようにして別れてきたままだ。呉用や阮小二が面倒を見てくれているとは思うが、それはあくまでも確度の高い予想にすぎず、心配は完全にはぬぐえない。ましてやあの面々はひょっとしたら自分が死んでしまったと思っているかもしれないのだ。戻って自分の墓など建っていたらなんとなく気まずい。
しかし、宋江は一方で楊志を見捨てることにも罪悪感を感じてしまう。元々自分たちのせいでこんな面倒なことに巻き込んだ上に今まで色々と精神的にも助けてくれた人なのだ。ここで彼女に恩が返せる機会があるというのにそれを自ら捨てる選択肢をとることは宋江にとってはあまり気分の良いことではなかった。
「わ、私は、その、宋江の好きにすれば、良いと思う……」
明後日の方角を向いたまま、楊志はこちらを見ずにそう言ってくる。
「正直についてきて欲しいって言えば良いのに」
「うるさいわね」
のそりと魯智深が起き上がりながら楊志の背中に声をかけると、楊志は顔をこちらに向けないまま、乱暴に言い返した。
「それならば、手紙を書くというのはどうでしょう」
なおも悩む宋江に助け舟を出すように提案したのは柴進だった。
「うちのものに言えば、手紙を代筆させられますし、済州に届けることもできます。これなら妹さんも宋江さんの状況がわかりますから、安心させられるのではないでしょうか」
「そうしていただけるとありがたいです」
どちらの選択肢もとれずにいた宋江はその二兎を追うような選択肢に飛びついてしまった。
「そういうことで向こうには手紙を出せば事足りると思いますから、僕は皆さんと一緒に青州に行きます」
「私としても唯一、役人の目を気にしないでいい君がいるのは何かとありがたいが……本当に良いのか?」
確認するように林冲が言う。
「ええ。妹のことは面倒を見てくれる人がいますし、僕も会いたいなとは思いますけど、手紙を出せば無事なのはわかってくれるかなって。それより楊志さんの方が問題ですから。疑いを晴らせる機会があるならそっちを優先したいと思います」
「あ、ありがとう、宋江。そこまでしてくれて。その、ごめんね、宋清ちゃんとの再会、引き伸ばしちゃって……」
楊志は胸の前できゅっと拳を握ると俯きながらそう言ってきた。
「いえ、楊志さんには色々助けてもらいましたから」
「宋江さん、向こうにどなたか文字の読めて詳細をある程度、話しても大丈夫な方はいらっしゃいますか?」
使用人に硯と紙を持ってこさせた柴進が話しかけてくる。
「はい。呉用さんっていう人なら読めるはずですし、大体の事情も知っている方です」
「なら、その呉用という人に手紙を書きましょう。せっかくですからお金も少々入れておきましょうか」
「いえ、そこまでしてもらうわけには……」
宋江が拒否しようとするとやんわりと魯智深が声をかけてくる。
「受け取っときなさい。向こうで面倒見てくれる人がいるなら、その人たちへのお礼も必要でしょ」
宋清は手間のかかるような子ではないが、確かに妹の面倒を見てもらっているのに、何もなしというのも不義理だった。十万貫の財宝を手には入れたがそれとこれとは別の話である。そう考えて宋江は柴進の申し出をありがたく受け取る事にした。
「……すみません、柴進さん。ありがとうございます」
「いえいえ、ほんの小額ですから。それとあまり手紙には具体的なことを書かないほうがよろしいかと。私も万全を尽くしますが、その手紙が他の人の手にわたらないとも限らないですので」
「そうね、楊志みたいな犯罪者といるって聞いたら向こうも心配をするかもしれないし」
「その言葉、そっくりそのまま返すわ」
魯智深と楊志が険悪に言い合うのを横目で見ながら宋江は手紙の文面を考えた。
(でも、確かに楊志さんと一緒に居るってなったら向こうもなんで? って思うよね。敵だったんだし……でも、それを詳しく書くとどうしても色々見つかった時にまずい内容になっちゃうし……)
悩んだあげく、宋江が一度日本語で書いた文章はかなり情報量の少ないものになってしまった。
(宋清、元気にしてるといいけど……)
こうして宋江は柴進に手紙の郵送を頼むと林冲、楊志、魯智深と共に青州に向かって出発した。
旅は順調に進んだが青州の領内に入った翌日になって事件は起こった。
その日、宋江は森の中で目を覚ました。昨晩は宿が見つからず適当な場所に水場もあったため、野宿となっていたのだ。まだ薄明の頃で森には木々の間の木漏れ日が弱々しげにあたりを照らしている。キキッと何かの小動物の鳴き声が森も響いた。
宋江が目を覚ましてあたりを見回すとまだ他の三人は毛布に包まって眠り込んでいる。丁度自分の顔のところだけピンポイントに太陽の明かりがとどいていたせいか、早めに目を覚ましてしまったようだ。
(顔、洗ってこよ)
宋江は目をこすりあげると荷物の中から手ぬぐいを取り出し、少し離れた場所にある沢へと降りた。沢の水はすこし濁っているがこの国に来て三ヶ月近く経つ宋江は躊躇することも無く、水を掬うと顔にかけた。
何度か同じ事を繰り返して顔を隅々まで洗うとてぬぐいをとりだし、ごしごしと顔を拭く。そのときになって宋江はじゃりっと後ろで足を踏みしめる音を耳にした。
「あ、おはようございます」
三人のうちの誰かがおきてきたのかと思い後ろを振り向く。だがそこにいたのは薄汚れた獣の皮を被った自分とそう年の変わらない男だった。
「う、動くんじゃねえ」
ちゃっと持っていた槍を宋江の完全に突き出し、男は震えた声で、しかし静かに警告した。
「声も立てるな。いいな」
こくりと無言で頷く。宋江の心中は恐怖よりも驚きのほうが勝っており、結果としてほとんどその心のなかを外面に出さずにいた。
「お、俺の前に立って歩け、いいな。右に進め」
来たほう、すなわち魯智深達がいるほうとは逆に進むように言われる。
どうしようか、と考えて、結局彼の言うことに従うことにした。気功を使えば彼の足元を崩して逃げることぐらいはできるかもしれないが、失敗した場合、相手が激高する可能性もある。穏便に済むならばその方がいいと思ったのだ。
それに、この時はまだ宋江は相手の正体をつかみかねていた。先日、似たような格好をした男と森で遭遇していたがその男は、純粋にただの猟師だった。この国ではこの沢のような水場は貴重で村等の共同体が管理していることも多く、よそものが勝手に使うと怒られることもある。宋江はそうした事情も知っていたため、ここで明確な敵対行動をとるのはあまり賢いとはいえない。……とその時は思っていた。
結論から言えばこうしてとった宋江の行動は全て裏目に出た。男は間違いなく猟師などではなく山賊であり、気づいたときには周りを数名の人間が取り囲んでいて、とても気功を使ったところで逃げ出せるような状況ではなくなっていたからである。
「あのな、お前、こんな奴連れてきてどうしようってんだよ。なんだ? 男でも抱く趣味があるのか?」
だがどうやら自分はいろいろな意味で招かれざる客だったらしい。この場のトップと思しきあごひげと口ひげをぼうぼうに伸ばした男は宋江をつれてきた若い男を呆れた調子で問い詰めていた。
「い、いや、あの青州軍の斥候かもしれないと……」
「アホか。こんな何の武装もして無い奴がそんなわけあるか。大体あいつらは一人では行動しねえぞ。んなこともわかってねーのか、お前は」
ごつんと髭面の男はその宋江を連れてきた若い男を軽く殴りつけた。
これはひょっとして放免か、と宋江が期待したときだ。唐突にその髭面の男は宋江に青龍刀をつきつけたのである。
「あ、あの……どうして、僕、殺されなきゃいけないんでしょう」
とりあえず宋江はそう尋ねてみた。さすがにこうなってしまっては穏便に済まそう等と言っていられる状況ではない。幸い、気功の力を封じられているわけではないので、最悪、いきなり地面から巨木を出させてそれに飛び乗ればなんとか逃げられるかもしれない。が、そんな博打を打つのはぎりぎりまで避けたかった。時間稼ぎと妥協点探しのために宋江はそう言ってみたが、髭面の男はこたえる気も無いらしく微動だにしなかった。
「お、お願いです。故郷で十三になる妹を残したままなんです。お金ならさしあげますので見逃してください!」
とりあえず命乞いからはじめてみた。言ってることは嘘ではないがなんとなく言ってみると空々しいなと思い、宋江は両手を握って懇願しながらも視線を髭面の男から離さないでいた。
「金っていくらもってるんだよ」
「えっと、さっきの場所まで戻れば、最低でも二十貫くらいは……」
おお、とざわめきの声が上がる。それは旅の始まりに柴進が渡してくれたものだ。二十貫といえばこの国で最下層民の一年間の収入に等しい。だが正面の髭面の男だけは動じた様子もなくまっすぐ宋江に目を向けている。
「今は?」
「え?」
「今はいくら持ってるんだよ」
「あ、えっと、荷物はおいてきたままなので一文も無いんですけど……」
「そいつは残念だ。やっぱ死んでもらおうか」
ええー、と抗議の声を上げたのは宋江ではなく周りの連中だった。
「兄貴、もったいないですよ。そりゃ。こいつに荷物のところまで案内させてありがたく頂きましょうや」
「あほ。状況を考えろ、お前らは。普段だったらそれでいいかもしれねーが、今俺たちは戦争やってんだぞ、とっととこの辺の見回りが終わったら山に帰んなきゃまずいだろうが」
「でも、兄貴。二十貫あったら酒や肉がたらふく飲み食いできますぜ。いいじゃないすか、それだったら俺たちだけで行かせてくださいよ。殺しちゃったらこいつの妹さんも可愛そうじゃないですか」
「駄目といったら駄目だ。こいつを逃がしたら俺たちがどの辺を偵察してるのか、すぐばれちまうじゃねーか」
どうやら青州の軍がこの男たちの砦の近くまで討伐のために出張ってきているらしい。男たちはその動向を探るための斥候か何かのようだった。
「だ、誰にもあなたたちと会ったことはしゃべりませんから」
宋江は言ってみたが髭面の男はちらりとこちらを見ただけだった。一考する価値すらないらしい。
「でしたら……」
宋江はほとんど破れかぶれで口を動かす。
「あの、仲間に手紙を書きますから、そしたら、その仲間たちが荷物を持ってきてくれると思いますし、僕もその青州の軍との戦争が終わるまで、あなた達の砦でじっとしてますから、それで軍が引き上げたら帰らせてもらうということでどうでしょう。もちろんお金はさしあげますので」
宋江がそう言うと、髭面の男は少しあごにてをやると考える素振りを見せた。ややあって、青龍刀をしまい込む。
「いいだろう。その手紙とやらを書きな。部下にお前がいた場所まで手紙を持っていかせる。ただし、今の条件に二つ追加だ。一つはうちはただ飯ぐらいを置く理由はねえ。働いてもらうぜ」
「あ、はい。それはかまいませんが、もう一つというのは?」
そう聞くと髭面の男は酷薄な笑みを浮かべた。
「もし手紙を持っていった先でお前の仲間たちがいなかったら、やはりお前は殺す。せいぜい、まだお前を探し回ってることを祈るんだな」
「は、はい……」
宋江は筆と紙を借りると手紙を書いた。手紙と言っても宋江は文章を書けない。ただし、字を書くこと自体はできるので、なんとか単語を書き連ねることで意思の疎通を図ることにした。細かいニュアンスなどまったく伝わらないがいたしかたない。
そうしてできた手紙を読むと大体こんな感じだ。『私、捕まる、山賊。あなた、渡す、金。荷物、金、ある』。原始人の会話のようだが宋江の文章力はこの程度のものだ。
問題はこれを楊志や魯智深達が読んでくれるかどうかだ。読めばおそらく見捨てられはしないと思うが、一番気がかりなのはきちんと山賊たちと彼女たちが接触できるかどうかである。二人の男がその手紙を掴んでその場から去ると髭面の男がうなるようにして低い声をあげる。
「うし。おめえら、一旦砦に帰るぞ!」
「おおう!」
残った二、三名の男が応ずるように雄叫びを上げる。
「あの、そう言えば、皆さんはどちらの方で……?」
宋江は手近にいた話しかけやすそうな、つまり比較的凶悪な顔をしていない男に尋ねた。
「ああ? 俺たちゃ、二竜山の鄧竜一家のもんよ」
男はそう誇らしげに言ってみせた。




