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水娘伝(すいこでん)  作者: 文太
第三話 慟哭編
35/110

その六 宋江、滄州に到着するのこと

 滄州(そうしゅう)の州都が見えてきたのは柴進(さいしん)の屋敷を出発して二日目の午前中だった。前に訪れた濮州(ぼくしゅう)に比べると塀の高さなどが若干小さいと宋江(そうこう)は感じた。


「どうしたのよ。そんなに町が珍しいの?」


ぼんやりと滄州を見つめていた宋江にそう言ったのは魯智深(ろちしん)だ。


「あ、いえ、違いますけど……」


この時代の町は町全体をぐるりと塀で囲んだ城郭都市が基本でそういう意味では確かに現代人の宋江には珍しいものだが、それを素直に言うのは面倒くさい事になるのでごまかした。


「………」


楊志(ようし)は無言でちらりと二人の様子を振り返ってくるが特に何も言ってくる様子は無い。


 今、三人は徒歩で移動していた。先ほどまで柴進の馬車に乗って移動していたのだが、魯智深はなぜか、滄州に到着する前に御者ごと馬車を帰させていた。宋江たちが理由を聞いても、彼女は笑ってごまかすばかりである。


「ところでその林冲(りんちゅう)さんという人はどこにいるんですか?」


「多分、流刑者だから日中は庁舎内のどっかで肉体労働させられていると思うけど夜は牢に入れられているはずよ」


のんびりと魯智深が答える。


「真正面から面会を申し込めば会うくらいはさせてくれるはずよ。そこに関してはそんなに心配しなくてもいいと思うわ」


と、そう言うのは楊志だ。二日前の夜の事が別人のように冷静である。


「とりあえず。政庁に行きましょう。私は北京大名府(ほっけいたいめいふ)濮州(ぼくしゅう)にも

手紙を送りたいし、できれば軍用の馬も借りたいから。林冲の件はその後ね」


「はいはい、いいわよ、それで」


魯智深は手に持った錫杖をくるくるともてあそびながらそう言った。


 そんなことを言い合ってるうちにしだいに滄州の門が見えてきた。通門者を調査するために門のところに兵士が何人か並んでいる。


「じゃあ、とりあえず、あなたたちは私の知り合いってことにしてあげるから、ここで待っててね。先に言っておくけど中で面倒をおこさないでよ」


「了解でありまーす」


魯智深がおどけてそう言うと、本当に大丈夫かしら、とぶつぶつと楊志は呟きながら門の前に立つ兵士たちに近づいていった。


「僕ら、ここで待ってた方がいいんですか?」


「ん、まあ……本当なら一緒に検査を受けるべきなんでしょうけど、軍人のつれだって言えばあんまり、うるさく言わないでしょ。変に検査受けて難癖つけられるのも面倒だし」


宋江と魯智深がそんなことを言ってる間、楊志は一人で兵士に何事かを話していた。


 宋江たちが待っている場所とはある程度、距離があるので、楊志が兵士に喋っている内容は判然としない。ただ途中で楊志が札のようなものを見せるとばたばたと慌てた様子で兵士が奥へ引っ込んでいった。その反応の大きさに宋江はいささか驚いた。


「ひょっとして楊志さんて結構偉い人だったりするんでしょうか」


「まあ、北京大名府の軍人らしいからね。珍しいんでしょ。そんな大きな町の軍人がここに来るなんて」


魯智深はひまをもてあますように錫杖でがりがりと地面に何かを書いている。


 しばらくすると、最初の兵士が呼んできたのか何人かの兵がそろってどやどやと現れた。先頭には周りに比べて少し飾りのついた鎧を着た男がいる。すこし地位の高い人物のようだった。ここの責任者か何かだろう。


 楊志はまた何事かを喋ってからこちらを振り向いて指をさしてくる。それに対して兵士も頷き返すと楊志は宋江たちを呼び寄せようとしたのか、こちらを向いて手を振った。


 驚くべきことが起こったのはその次の瞬間だった。出し抜けに兵士の一人が槍を振りかぶるとその槍の柄で楊志の後頭部を叩きのめしたのである。楊志はその一撃をまともに受けてしまったのだろう、声を上げることもなく、その場でどさりと倒れた。白昼夢かと疑うほど静かな、そして一瞬の出来事だった。


「な、何!?」


「下がりなさい!」


宋江が目を白黒させる一方で魯智深は油断無く手に持った錫杖を構えていた。


 その場であっという間に楊志は縄とさるぐつわをかけられていく。どうも最初の一撃で気絶させられたのか彼女は抵抗するそぶりすら見せない。


「……ど、どういうことなんでしょう」


「私にわかるわけ無いでしょ」


すがるように魯智深に聞くが、彼女は宋江を前方を見据えたままそう答えた。宋江も視線を楊志のほうに向けると既に彼女は門の中に引きずられていき、今度は残った兵士たちがこちらを取り囲もうと槍を持って走ってきていた。


「貴様ら、あの女の同行者だな!」


先ほど、先頭にいたかざりのついた鎧をきた兵士が叫んでくる。宋江はとりあえず胸中で隊長(仮)と名づけた。


「いいえ、無関係ですわ」


「囲んで捕らえよ!」


魯智深は即答したが相手は元よりこちらの返答などお構いなしなのだろう。槍を持った兵士が次々に隊長(仮)の横から飛び出してくる。最も、魯智深にしても先ほどの回答はかなり空々しいものだったが。


「全く人の話を聞かない人達ね。宋江、ちょっと私につかまってなさい」


「へ? つかまるって……こうですか?」

ぎゅっと魯智深の袖をつかむ。


「ちーがーうっ! そうじゃなくてこう!」

魯智深は宋江の腕を引っ張ると腰に手をまわす形で宋江の腕を自分の体に巻きつけるようにさせた。既に兵士たちは宋江たちを取り囲んでその距離を縮めようとしている。

「え? ええ?」

「しっかりつかまってるのよ!」

言うと魯智深は錫杖を振りかぶり、思いっきりそれを地面にたたきつけた。ドゴン!! と派手な音がしたかと思うと魯智深が叩いた地面の土はまくれ上がるようにして屹立し、あたりには砂埃が舞ってその場にいる全員の視界をほぼ完全に覆い隠していた。

「んなっ!?」

「口は閉じてなさい!!」

魯智深の声が飛んできて、あわてて口をふさぐ。


 宋江には目の前で起きた事があまりにも信じられなかった。魯智深がしたことと言えば、錫杖で一撃地面を攻撃しただけ。それだというのにあたりはもうもうと砂埃がたちこもり、地面は陥没どころではなく地割れができていた。そして宋江の勘違いでなければ一瞬、彼の体も周りの兵士の体も数十センチほど地面から浮いていたのだ。


「いくわよ!」

周りの兵士は既に恐慌状態にあるのかぎゃあぎゃあと騒いでいる。その中で今度は宋江の腕に引っ張りあげられるような上向きの力が働いた。


「!!」


黙っていろと言われたので宋江は我慢していたが本当は叫びたかった。彼は魯智深の腰に手をまわしたまま浮いていたのだ。どうやら魯智深は宋江を捕まえたまま、数メートルの高さまで飛び上がっていたらしい。思わず下を見下ろして宋江は必死に魯智深にしがみついた。


 幸いなことに滞空時間はさほど長くはなかった。着地は予想より大分優しく、気付いてみれば宋江は石の床の上でひざだちになっていた。


「あの……宋江、もう離していいんだけど……」


「へ? あ、すみません!」


困ったように魯智深に言われて慌てて離れる。辺りを見回すとどうもそこは城壁の上らしかった。壁の下を見下ろすと砂埃から脱出した兵士たちが慌てて左右を見回している。


「さ、とりあえず、降りましょうか」


魯智深はそう言ってすぐ近くにある階段を降りていく。幸い、降りていくまでに兵士は会うことなく、すんなり壁から降りて番所のような小屋に二人はもぐりこんだ。


「一体、どういうことなんでしょう」


「だからあたしに聞かれてもわかんないってば。とにかく当初の計画がおじゃんになったことだし、もう一回考えなきゃ」


「当初の計画?」


「ええ。まあ、詳しくはどこかで一旦落ち着いてから話すわね」


そう言うと、何の前触れも無くよいしょっと魯智深は袈裟を脱ぎだした。


「な、何を!?」


「何を、って着替えるのよ。袈裟姿じゃ目立つでしょ」


一言(ひとこと)断ってから始めてくださいよ!」


宋江はそう言うとくるりと魯智深に背を向けた。


「別にいいわよ。見るくらい。おっぱい見とく?」


「とっとと着替えてください!!」









 数分後に魯智深は袈裟姿ではなく艶やかな朱色の衣服をまとっていた。


「ちょっと変じゃないかしら?」


鏡などないので魯智深はその場で首を後ろにまわしたりしている。


「ねえ、どう思う?」


「別に変とは思いませんけど?」


というか似たような服を見たことがないので宋江にはよくわからない。しいて言うなら呉用(ごよう)や柴進が着ていた衣服に近いだろうか。あまり動きまわることを想定されていないものだ。


「まあ、いいか。じゃあ、行きましょうか」


魯智深は宋江のおざなりな返事でも良しとしたらしく、意気揚々と番所の扉を開けた。少し歩くと市場に出て、すぐに二人は町の人並みに紛れ込む。


 町の中では時折、兵士が慌しく駆け回っている姿を見ることができた。宋江は緊張してその傍を通ったが彼らが気付いた様子は無かった。少しだけ耳をそばだてると、どうも、どこかで情報が抜け落ちたのか、それとも元から重要視されていないのか、彼らが探しているのは袈裟姿の女、つまり魯智深だけらしい。当の魯智深は悠々としたもので、すぐ近くに兵士の集団がいようがお構い無しに道をすすんでいく。一応、錫杖は持ったままなのでそれとみれば気づきそうなものだが、あまりにも堂々としているせいか、誰にも見咎められることは無かった。


 魯智深は町の中心部にある豪勢な宿に入ると部屋をとった。手馴れた様子で羽振りよく金を払い、当然のように一番高い部屋をとった。上客だと思ったのか宿の受付に立っていた初老の男は自ら魯智深と宋江の二人を先導して部屋に案内し始めた。


「そういや、さっき、城門のところで捕り物があったらしいわね」


部屋へ向かう途中、魯智深が何気ない風を装ってその初老の男に聞いた。


「へえ、お耳の早いこって」


「たまたま、運ばれて行く罪人を見たのよ。若い女だから珍しいなと思って。なにやらかしたの、あの子」


「あっしも気になりまして、兵隊さんに聞いたらなんでも十万貫の財宝を奪い取った大悪人らしいでさあ」


「えっ!!」


驚愕の声をあげたのは宋江だ。初老の男は一瞬いぶかしげに宋江を見たがすぐに魯智深が会話に引き戻させた。


「十万貫ですって? すごいわねー、誰の持ち物だったのかしら?」


「いやー、兵隊さんも言葉を濁してましたがね、どうもさる高官が(みやこ)のお偉い方にあてた賄賂だったらしいという話でさあ。成功してりゃわしらみたいな市井の者ににとっちゃ愉快痛快だったんでしょうがねぇ……っと」


そこまで言って彼は口が滑りすぎたと思ったのか、とっさに口を押さえた。


「ふふ、そんなに心配しなくても大丈夫よ、おじいさん。あたしだって似たような気持ちだもの。でもそんな偉い人の財宝を奪っちゃったらやっぱり打ち首かしら」


「そいつは間違いないでしょうねえ。若くて綺麗なのにもったいないことで」


初老の男はしみじみといった調子で頷いた。








「あの、魯智深さん、楊志さんのことですけど……」


案内された宿の部屋に入るなり、宋江は震える声で魯智深に話しかけた。


 宋江にはわけがわからなかった。何故自分たちで無く、楊志が十万貫の財宝を奪った罪人としてとらわれてしまったのだろうか。全く無関係な人物なら、何かの手違いかもしれないが、楊志は被害者の側であることは明白なはずである。少なくとも宋江はそう考えていた。


「まあまあ、落ち着きなさい」


だが魯智深は宋江の体を押して寝台に座らせると落ち着いた様子で自分も別の肘掛け椅子に座った。


「楊志のことは一旦おいておきましょう。優先順位というものがあるからね」


「優先順位?」


「そう。さしあたってはまずあなたなんだけど……」


魯智深は一旦そこで言葉を切ると、んー、とうなり始めた。


「あなた一人じゃ、柴進の家までは戻れないよね……しまったなー、こんなことなら馬車帰すんじゃなかった」


「えっと……どういうことです?」


魯智深の考えていることがわからず、宋江は尋ねた。


 だが魯智深はその宋江の問いを無視し、さらに数十秒、無言で何事か考えるそぶりをすると出し抜けに身を乗り出していった。


「色々考えたんだけど、もう面倒くさいから全部話しちゃうね。あのね、あたしは林冲を脱獄させるためにここに来たの」


「はあ……」


宋江は大して驚かなかった。水滸伝でも林冲という人物はいずれ、脱獄することになっているのを知っていたからだ。


「なんか反応薄いわね」


「えーと、まあちょっと何言っていいのかわからなくて……」


まあいいか、と魯智深は言うと言葉を続けた。


「本当は楊志についていって、庁舎に行ってから動こうと思ってたんだけどこのまんまじゃ無理そうだし……しょうがないから、当初の作戦通りいくか」


言いながら魯智深は立ち上がった。


「当初の作戦って?」


「正面から突撃する」


「待ってください。お願いだから」


思わず魯智深の服のすそをつかみながら宋江は懇願した。どうして自分の周りにいる人は誰も彼もこうなのか、と少し泣きたくなる。


「何よ」


怪訝そうに聞き返す魯智深に宋江は言った。


「念のため聞きますけど、昼日中(ひるひなか)に正門の兵士を倒して中にはいるわけじゃないですよね」


「違うわよ」


その返答を聞いて宋江は安堵の息を吐いた。よかった。どうやら彼女は晁蓋(ちょうがい)劉唐(りゅうとう)のように猪突猛進というわけではないらしい、と宋江が思った時に魯智深が訂正してきた。


「門ごとぶっとばしてから入るのよ」


「なお悪い!!」


思わず突っ込んでその勢いのまま叫ぶ。


「死ぬ気ですか!?」


「あら。私の実力はさっき見たでしょう? 兵の百や二百くらい、ものともしないわよ」


ゆびをちっちっちと振りながら魯智深は自信満々に言い切った。


「百や二百って……この町、そんなに兵の数少なくないでしょう?」


宋江は濮州(ぼくしゅう)のことを思い出しながら言った。あの町には千二百人の兵がいたのである。若干、規模がちいさいとはいえ、それでも兵数が十分の一になるとは考えにくい。


「もちろん、全員相手するつもりなんてないわ。門から牢屋への往復なら大体そのくらい相手すれば行って帰ってこれるわよ」


仮に目的のわからない侵入者が突撃してきた場合、役所の中には守らなければいけない場所がたくさんある。長官たる知州(ちしゅう)の身、重要な書類、あるいは貯蔵されている金や兵糧など。それらと比べて囚人の入っている牢屋など重要度は低いので守る兵力もそれほど多くないはずだ。そんなことを魯智深は話した。しかし宋江は反論した。


「でも、それは目的がわからない場合の話でしょう? さっき僕ら楊志さんと一緒にいたところ、見られてるんですよ。そのまま突撃したら楊志さんの奪還が目的だと思われると思うんですけど」


「ええー、あたし、そんなつもりないのにな」


「え? 楊志さんを見捨てるんですか」


「見捨てるって人聞き悪いわね。あたしにとって心配なのはあなたと林冲であって、あいつのことはどうでもいいと思ってたもの」


つまり端から面倒を見る気はなかった、ということらしい。もとから拾ってない以上、捨てるも何も無いということだ。


「えっと、そうなると楊志さんは……」


「さっきのおじいさんが言ってたとおりよ。多分近いうちに打ち首にされて死体は都に送られるでしょうね。楊志があなたにしたみたいにきちんと事件があった場所まで送るっていう決断を誰かしてれば別だけど、誰もそんなこと、しないでしょ」


「そんな……じゃあ、助けないと……」


宋江は顔を青ざめさせながらすがるように魯智深を見るが彼女は一つ息を吐いて続けた。


「でも、動けるのも私一人だしね。正直林冲を助けるだけで手が一杯なのよ」


「じゃ、じゃあ僕が行けば……」


宋江がそう言うと、魯智深は苦虫をつぶしたような顔をした。


「本気で言ってるの?」


「冗談のつもりはないですけど……」


詰問するような口調の魯智深に宋江は縮こまりながら反論した。


「どうして、そこまでするの? あなたやあなたの仲間にしてみれば彼女が実行犯として処理されたほうが都合がいいはずよ」


「だって……これじゃ楊志さん、あまりにも可愛そうじゃないですか。死ぬ危険を冒してまで僕らの事を追ってたのに犯人として処罰されてしまうなんて。いくら都合がよくてもそれが正しい結末だなんて思えません」


「………」


「魯智深さん、お願いです。僕、何でもしますから。林冲さんと楊志さん、ふたりとも助けてください」


「いい加減にしなさい」


宋江の懇願に対する魯智深の声は冷たかった。彼女は宋江の襟元をぐいっとひねりあげると、彼の体を乱暴に引き寄せた。


「遊びじゃないのよ? 庁舎に侵入すれば兵士はあなたを攻撃してくる。槍の一撃、剣の一振りで人間なんて簡単に死ぬのよ。昨日も言ったでしょう。あなたの気功の属性は実戦向きじゃない上に、力もまだ未熟。武術の腕があるわけでもないなら鉄火場に行っても死ぬだけだわ」


魯智深のその声は静かだったが迫力があった。だが宋江はその圧力をはねのけるようにして睨み返す。


「前に言われたことがあるんです。『我慢するな』って、『我慢したら弱くなる』って」


それは会ったばかりの晁蓋と一緒に宋清の住んでいた村に行ったときの話だ。晁蓋は言った。強いから自分の思い通りにできるのではない。自分の思い通りになりたいから強くなるのだ。


「何が言いたいの?」


「人を踏み台にして生きることを実力が無いからしょうがないって言って我慢したくないんです。だってそれをしたら僕は自分の出世のために金をかき集めて領民たちを苦しめた役人と何が違うんですか」


宋江は魯智深から目を離すことなく、静かに、しかし断固とした口調でそう言った。


「あなたね、家族がいるんでしょう? 妹さんに会いたいんでしょう? そっちはどうするのよ」


(せい)……妹には『私を言い訳にしないでください』って昔言われたんです。二度も繰り返す気はありません」


 しばし二人は押し黙ったままだった。長い沈黙だった。やかんにいれた水が沸くほどの時間が過ぎ、やがてようやく魯智深が口を開いた。


「参ったわ……降参よ」


そう言って彼女はゆっくりと宋江から手を離す。


「あ……す、すみません、僕も頭に血が上って失礼なことを言って……」


途端に慌てだす宋江に魯智深は苦笑した。


「いいのよ。あなたね、勝者ならもう少し、威厳のある態度を続けなさいよ」


「あう……」


魯智深がそういうと宋江はますます縮こまってしまった。


「しかし、全くあなたがこんなに頑固だなんてね。あーあ、あたしもとんだ貧乏くじをひいたものだわ」


魯智深はそう言って肩をすくめてみせる。


「ご、ごめんなさい」


「馬鹿ね、冗談よ、冗談」


笑いながらそう言って、魯智深は宋江の頭を子供をあやすようになでてくる。


「ろ、魯智深さん?」


「まったく。そこまで頑張ろうとしてる男の子見たら助けてあげないわけにはいかないじゃないの。しょうがないから、この魯智深お姉さまが特別に助けてあげちゃうわよ。感謝なさい」


「は、はい。ありがとうございます」


宋江はどちらかというと魯智深を支えてている腕が耐えられるかどうか気になっていたが、簡単に礼を言った。


「しかし、頭にくるのは楊志の奴ね」


「え?」


聞き返す宋江に魯智深は目を細めた。


「何もさせてないくせに男にここまで言わせるなんて妬けるわってことよ。むかつくからあんたあいつを助けたら、おっぱいもんどきなさい」


「無茶苦茶言わないでください!」


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