その十四 楊志、嵐にみまわれるのこと
「うひゃー、こんなひどい嵐、久々だよ。急いでて良かったねー」
阮小七が小屋の窓から外を見ながら声を上げた。
「小七ちゃん。窓を閉めなさい。風がはいってくるでしょう」
阮小二が軽くしかるようにそういうと、はいはいとおざなりに返事して阮小七は窓を閉めた。風雨の音が遠くなり、代わりに小屋の中ではパチパチと燃える薪の音が強くなる。
今、宋江たちは梁山泊の船着場からすぐのところに建てられてた小屋にいた。聞けば、たまに阮小二たちのような地元の漁師が避難所のように利用している建物らしく、意外と作りはしっかりしている。
物語の『水滸伝』ではこの梁山泊には物語が始まった時点で既に山賊がすみついていたはすだが、実際に今現在、この場にはそれらしき存在はいない。ここでもまた宋江の知る物語と微妙なずれが発生していた。
「ごほっ、ごほっ、すみません。嵐が来るのは大体の時間しかわからなかったものですから」
咳をしながら宋江は三人にそう謝った。
宋江の予報は『大体夕方くらいから雨が降り始めて風も強くなります』という程度のものであり、到着してから荷をのんびりとおろしていたところ、予想以上に雨がふってくるのが早かったのである。
本格的な嵐の到着前になんとか小屋に運び込んだものの、責任を感じて率先して屋外で活動していた宋江はずぶぬれとなってしまった。
「気になさらないでください。そもそも宋江さんがいなかったら到着はもっと遅れてて今頃、どこかで雨宿りをしなくてはいけなかったでしょうから」
阮小二は軽く微笑んでそう言った。
「そういえば、呉用さん達は大丈夫でしょうか」
「小五ちゃんがついているから平気でしょう。あの子なら嵐が来ることは今日の空を見ればわかりますし」
予定では呉用達は宋江たちから少し遅れて同じように船でこちらにむかってきているはずだ。船の出発地点では結局合流できずじまいだったので、宋江は天気の予測を伝えることもできなかったのでそれが少々、心配だった。
小屋の中はかなり狭い。もともとそんなに大人数で使うことを想定されていない上に、財宝を運びこんだのでほとんど縮こまるような具合で四人は中央のいろりの近くに固まっていた。
「兄様、逆にそこだと火が遠いですから、どうぞ、もっと傍に」
宋清が心配そうな声をかけてくる。
「ごほっ、え、でもそこまでいくと、清が窮屈でしょ。それに風邪、うつっちゃうかもしれないよ 」
「兄様の風邪が悪化するほうが問題です」
普段に比べて、少し強めの調子で彼女はそう言うと強引に宋江をひっぱってきた。おとなしく引きずられて、囲炉裏に近づくと火に手をかざす。それでも宋江の口からはくしゅん、とくしゃみがもれた。
「すみません。暖かい湯でも用意できたらよかったんですけど……」
「仕方ないよ。鍋なんかないもん、ここ」
「ありがとう。気持ちだけで十分だよ」
謝る宋清に阮小七と宋江が慰めるように言った。
「宋江さん、上だけでも服を脱いで乾かしたほうがよくありませんか?」
囲炉裏の反対側にいた阮小二がそう言ってきた。
「え、でも……」
自分の周りは女性ばかりという中で上半身だけとはいえ、裸になると言うのは宋江にとっていささか勇気のいる行為だった。
だが、悩んでまごまごしているうちに、宋清がさっさと脱がしにかかってきた。
「ほら、兄様。早くしないと……」
「う、うん……」
なんだか抵抗するのも気が引けてなされるがままに上着を脱ぐ。
「兄様、背中拭きますね」
何が嬉しいのか、にこにことしながら、すっとふところから手ぬぐいを出した宋清が後ろにまわろうとする。
「あ、いいよ。自分でやるから」
「いえ、兄様はじっとなさってください」
宋江はそれを押し留めようとしたが、宋清が一歩早く彼の後ろに回ってしまったので結局、だまって世話になる事にした。
後ろの宋清はそこまでやらなくてもというような丁寧さで宋江の体を拭いていた。正面ではぼんやりと阮小二と阮小七が何をするでもなくこちらを眺めていた。
「ところでさ、宋江は晁蓋さんのところで働いてるんだよね。何してるの?」
唐突に阮小七がそう聞いてきた。
「え、話したことなかったっけ? 馬の面倒を見てるんだけど」
「あ、そうなの? ふーん」
そう言って、じろじろとこちらを見てくる。
「な、何?」
「いやー、綺麗な肌してると思ってさ。とてもそんな野外で仕事してる人間には見えないな―って思ってただけ」
なんだかそう言われると不意に後ろにいる宋清や阮小二の視線までもが自分に集まっているような気がしてひどく落ち着かなくなる。
「そ、そういえば阮小二さん達はどうしてこの計画に参加したんですか?」
その空気を居辛く感じて、宋江は無理矢理話題を変えた。
「え? そうね大した理由じゃないわよ。呉用先生に恩義があったから。協力しろと言われれば断れないわよ」
「前に言ったじゃん。もめてたところを助けてくれたって」
そういえば、出会ってばかりの時にそんなことを阮小七から聞かされた気がする。
「まあ、小五お姉ちゃんは役人嫌いっていうのもあったろうけどね」
「そうなの?」
「うん、そのもめごとっていうのがさ、役人に難癖つけられて一番良い魚を金も払わずに持って行こうとされちゃってさ。小五お姉ちゃんは器用じゃないから、真っ向からぶつかっちゃって、それで呉用先生が間をとりなしてくれたわけ。でも終わってからも結局お姉ちゃんずっとかんかんだったからね」
「まあ、役人が嫌いなのは大なり小なり、この国の人間ならば共通した気持ちですけどね」
擁護するつもりではないだろうが、そんな風に阮小二は付け加えた。宋江の父親は公務員だったので別の時代の別の国の話とは言えなんとなく無関係な気持ちになれなかった。
「兄様、頭失礼しますね」
今度は宋清がごしごしと頭を拭き始めた。
後悔。楊志の頭の中を占めていたのはその一言だった。
嵐である。ごうごうと川の水はうなりをたてて逆巻き、風雨は楊志の体から容赦なく熱を奪っていった。楊志は自分の乗る木の葉のような船を必死に櫂で操作しようとしてたが、その試みはうまくいっていなかった。
あの漁師たちとのやりとりの後、楊志はその船が目撃されていた漁村へと向かうと、持っていた馬と船を交換し、黄河の下流へと漕ぎ出した。
本来ならば船のことは素人なので誰かに同行して欲しかったのだが漁師たちは今晩は嵐が来るからと、みな断り、楊志にも嵐がやんでから出立することを薦めた。
だが、楊志はいつ止むかもわからない嵐を待って出立などという悠長なことはしていられたなかった。相手は荷を積んでいるのだから当然、船の進みは遅いだろうし、嵐が来るとわかっているなら今頃どこかで船を止めているかもしれない。
ここが犯人たちに追いつき、奪われた財宝を取り戻す最後の機会だった。それができればなんとか、任務を達成できるかもしれない、という希望が楊志を無謀な出立を後押ししてしまった。
それにしても自分は何かよほど天を怒らせることをしてしまったのかと思いながら空を仰ぎ見る。一年前も船に乗ったとき、嵐にあって自分は任務に失敗した。しかし、顔を上げても天がそれに答えるはずもなく、代わりに豪雨がざばざばと自分の顔を容赦なく打つ。いや、これが答えなのかもしれなかった。
しかし、さすがの楊志もこうなってしまっては追跡はあきらめざるをえなかった。だが、なんとか船を岸につけようとしても、前述の通り風雨と川の急な流れのせいで今、彼女の乗る船はまったく制御ができない状態になっている。
黄河の川幅は広い。雨によって水かさを増したそれは対岸のどちらに向かうにしても相当の距離があった。楊志はさきほどから必死に櫂をこいでいるものの、体力の低下はいかんともしがたく、次第に船は彼女の制御を離れていった。
「ここまでかしら……」
しかし、後悔はしているものの、彼女の顔にあせりはない。彼女は揺れる船にしがみつきながらも荒れる水面に手を触れると声を上げた。
「結!」
バキバキバキバキと音がして楊志のふれたところから放射円状に水面が凍っていった。大きさはおよそ直径二丈(約六メートル)。その中心にある楊志の船も氷を介して凍った川面とつながった。擬似的に船体が大きくなり、船が今までに比べて安定し始める。
「これで転覆の心配はとりあえずなくなったわね……」
しかしこの方法は二つ欠点があった。まず一つは船のすぐ近くの水面が凍ってしまうため、櫂で船を動かすことができない。つまり、船の行方は流されるままだ。そして第二に今まで流線型を描いていた舟が円形となり、川の抵抗をうける面積が増えるわけだから速度は遅くなる。それでも転覆するよりずっとましだが。
「こうなるとでももう後は運任せよね」
そうひとりごちてから、自分は幸運に恵まれてるとは言いがたいことを思い出して楊志は自嘲気味に笑った。
「さ、次よ」
櫂で船がこげなくなってもやることがなくなるわけではない。さしあたっては船に入り込んだ雨水や川の水を船外にくみ出すことだ。そなえつけられたひしゃくを手に取ってひざを折り曲げた瞬間だった。
(あれ?)
楊志からすれば青天の霹靂のようにおもえたそれは、しかし、第三者からみれば当然の帰結であるとも言えた。
あの黄泥岡の事件の後、彼女は本格的な休憩をほとんどとることなく動き続けていた。今までは気力で動いていた彼女の体も、先ほどの気功によってそれらを使い果たし、
(なんで?)
彼女の体はそのまま船の中に倒れこみ、ぱしゃりと小さな水音を立てた。
呉用たちが合流したのは宋江が梁山泊に到着したその次の日の朝、すなわち嵐が明けたその翌朝だった。荷を積んでいない分、宋江達より所要時間は若干短い。
「昨日の嵐、大丈夫でしたか?」
「ま、公孫勝が一緒だったからなんとかね」
「師匠が?」
「わしの力でちょいと岩肌に横穴を掘っての。そこで嵐が過ぎるのを待っとったんじゃ」
「へえ、師匠、そんなことまでできるんですか」
「ふふん、もっと褒めるが良い」
公孫勝は小さな体をふんぞり返らせて言う。
「それで、そっちが財宝だな?」
その公孫勝の襟首をつかんでひょいと脇においやりながら劉唐が小屋に並ぶ箱に目を向けた。
「あ、はい」
「おし、じゃあ早速山分けだな」
「あ、ちょっと待ってください」
箱を開けようとする劉唐と阮小五を制止するように宋江は声をかけた。
「なんだよ?」
「今日の午後くらいからなんですけど、昨日よりもっとひどい嵐が来ると思うんです」
宋江は小屋の窓から空を見上げながら言った。雨こそ降ってないが相変わらず空には分厚い雲がたれこめている。
「しかも、結構長く続きそうですから下手すると数日ここから出られなくなっちゃうかもしれません。だからここで山分けするなら嵐が終わってからがいいんじゃないかなって」
財宝が現金だけならば山分けもすぐ済むが実際には金銀の細工物やら高価な絹やら簡単に分けられるものばかりではない。山分けと言ってもそれなりに時間がかかることが予想された。
そしてこの梁山泊にはまともな住居設備などはない。小屋は昨日のおよそ倍となった人数をしまうにはさすがに狭い。
「あらあら、どうしましょうか、呉用先生」
「そうねえ、昨日以上って言ったら相当ひどいわよね。でも、ここに放置しておくのは危険すぎるし、かと言って人目につくところに持って行きたくないし、嵐が収収まってからだと時間がかかりすぎるし……」
呉用は困ったように眉根を寄せて考え込んだ。
「んじゃ、昨日みたいに公孫勝に穴掘らせて、そこで山分けすればいいんじゃねえの?」
「劉唐、おぬし、簡単に言うがの、結構疲れるんじゃぞ、あれは」
「お願いできないかしら、公孫勝」
「全く、無理とは言うとらんじゃろう、いくぞ」
公孫勝がそう言って、小屋を出ると近くの岩壁に手を触れた。ずんと音がして、そこだけが人一人分程度の直径の円形にぼこりとへこむ。
「うわ、すごい」
「ふはは、もっと言え! もっと言えー!」
宋江の言葉に気を良くしたように公孫勝は笑いながらがそのままずんずんと進む。すると、あっという間に岩壁の中に倉庫のような場所を創り出してしまった。宋江や劉唐たちがそこに荷物を運び入れる。
「後はちょいちょいとこの辺に空気兼明り取りの穴でも開けておくかの」
どういう原理か、公孫勝がつんつんと指でつつくと壁に直径五センチほどの穴が開いた。
「よし、これであとは中身を検分すればいいわね。阮小二さん、悪いけど、さっき宋江がいったとおりだとすると、二、三日、ここにこもるかもしれないから、あなたの家から食料とか生活用品をすこしばかり運びこめないかしら」
「お安い御用ですわ」
そんな風に呉用と阮小二が今後のことを話し合ってる横で、
「ハックション!!」
宋江が派手なくしゃみをした。
「兄様! 大丈夫ですか!?」
「ありゃりゃ、やっぱり昨日、雨の中で荷物運んでたのが良くなかったんじゃないかなー」
宋清と阮小七が心配げに覗き込んでくる。
「た、ただのくしゃみでおおげさじゃないかな……」
「でも、熱もあるみたいだし」
ぴとりと阮小二が額に手のひらをあててくる。
「まあ、ただの風邪ですよ」
「宋江。もし、仮にただの風邪だとしても、あなたここに残らない方がいいんじゃないかしら? ここにはろくな防寒具も病人向けの食料もないのよ」
言い訳するような宋江の意見を冷静な声で呉用が反論した。
「う……」
「阮小二さん、しばらくのあいだ、養生のために宋江にあなた達の家、貸してあげてくれないかしら?」
「かまいませんよ。宋江さんにはここまでお世話になりましたもの。不寝番をずっとしていただいたのもきっと風邪の一因でしょうし」
「い、いいんですか?」
「ええ、むしろここまで、よく頑張ってくれたわ。ありがとう。あなたが風邪を引くと宋清ちゃんだって落ち着かないでしょうし、これから力仕事が必要なら劉唐がいるもの」
「ああ、任せとけって」
劉唐が心配するなというような感じで力こぶを作ってみせる。
「じゃあ、すみません。お言葉に甘えさせていただきます」
ぺこりと宋江は頭を下げた。自分ひとりが脱落するようで、なんだか少し情けない思いもあったが宋江は素直に従うことにした。風邪を引くこともそうだが、それ以上にこの場所で風邪を誰かにうつすようなことがあったら大変だからである。
「呉用さん、私も兄様について行っていいでしょうか」
「もちろんよ。面倒見てやって」
宋清が宋江に毛布をかけながら言うと、呉用は微笑してうなずいた。
そんなわけで、宋江と宋清の二人は阮小二に連れられて彼女の家にやってきた。阮小七も数日梁山泊で必要な荷物をとるためについてきている。阮小二は宋清をつれて、村人達に彼女を紹介している。小さい村だから、見知らぬ人間がいるとなれば騒ぎになってしまうからだ。
阮小七は家の中の場所をあれこれと指しながら使い方などを宋江に説明していく。
「台所の食材や道具は好きに使って構わないよ。寝台も好きなのを使ってね」
「ごめんね、迷惑かけて……」
そう言うと阮小七はちょっと怒ったように頬を膨らませると宋江を見あげて言った。
「もう、そんな他人行儀な言い方しなくてもいいのに。とにかく、自分の家だと思って好きに使っていいから」
「うん。ありがとう」
宋江が阮小七から家の説明を受け、それが終わると今度は二人で荷物を運び出し始めた。
「わざわざ、手伝ってくれるなんてごめんねー、でもいいの、体の方は?」
「まあ、そんなに深刻じゃないから。それに阮小七さんみたいな人に大荷物運ばせている方が落ち着かないよ」
宋江は食器などが入った箱を持ち上げながら声を上げた。
「へえ、優しいんだね。宋江は」
「え、そうかな?」
「そうだよ。うちの村の男なんか、あたしがこんな大きい荷物持ってても見向きもしないもの」
ぱっと手を広げて阮小七はアピールする。
「うーん」
なんともコメントしにくい話だな、と思っていると阮小七の方が、口を開いた。
「それとも、うちの村の連中がひどすぎるだけで宋江みたいなのが標準なの?」
「僕はそうだと思うけど?」
「そうかなー?」
納得しかねる風に阮小七は荷物を持ったまま首を傾げたが、それ以上反論しようとはしてこなかった。
「あれ、宋江さん、こんなところにいたんですか? ダメじゃないですか、寝てないと」
そこに背後から咎めるような声をかけてくる阮小二が現れた。もう既に村を回ってきたのか、宋清も一緒である。彼女も宋江や阮小七ほどではないが、大きな荷物を抱えている。
「運ぶの手伝いましょうか?」
ちょうど持っていた箱を船の上に置いた宋江は阮小二に駆け寄って尋ねる。
「お気持ちだけ、頂いておきます。風邪ひいてるんでしょう? それにこれ、見た目ほど重くないのよ」
阮小二は微笑してやんわりと辞退した。
「そうなんですか」
「ええ、私達の衣服ですから」
言いながら、阮小二はその荷物をぽんと舟の上においた。
「それじゃ、阮小二さんも阮小七さんもいってらっしゃい。みなさんにもよろしく」
「ええ、行ってきます。宋江さんも妹さんの言うことをきちんと聞いて風邪治さなきゃ駄目ですよ」
「ははっ、どうも」
あいまいに笑って見送ると宋清が早速袖を引っ張った。
「さ、兄様。ちゃんと寝て風邪、治してくださいね」
「わかったよ、もう」
観念したようにそう言って苦笑すると、二人は船着場から阮小二の家へと足を向けた。
改めて家の中に入る。この家は全部で部屋が四つある。入ってすぐの居間兼台所とその奥にある三姉妹それぞれの部屋だ。
宋清はさっそく、台所の器具を確認しはじめている。既に野菜と魚を村の人たちから分けてもらっているらしく、卓の上に食材を入れたざるがおいてあった。
「じゃあ、私、お昼、つくりますから、兄様はきちんと寝ててくださいね」
そう言って宋清はざるをもちあげると裏口から出て行く。野菜を洗いにいったのだろう。
「さて、自分の家と思って好きにつかっていいとは言われたけど……」
いくらなんでも女性が使っていた布団で寝るのはまずくないだろうかと悩んでいたときだった。宋清が家に戻ってきた。
「あ、あの兄様……」
「どうしたの?」
宋清は何かいいにくいことでもあるのか、じっとこちらを伺うような目つきをしている。
「えーっと、僕じゃあんまり力になれないことかな」
少し腰を落として視線の高さを合わせると宋江は尋ねた。
「い、いえ、そういうわけではないんですが、兄様は病気ですから、その……」
「気にしなくていいよ。ダメそうだったら無理しないで誰かに連絡とるから、ね?」
そう言って微笑みかけても宋清はようやく声を上げた。
「あ、う、あの、じゃ、じゃあ兄様、助けて欲しいんです。その小舟が打ち上げられてて、女の人が……」
「え!? 大変じゃない!? どこで!?」
「こ、こっちです」
慌てて案内された宋江がついていくと、ちょうど、宋清が戻ってきた裏口のその先、船着場から阮小二達の家を挟んで反対側の入り江に小船が漂着していた。そして、その船の上にぐったりとして意識の無い女性が一人倒れている。
「だ、大丈夫ですか!?」
声をかけてみるが返事はない。
船の上に慎重に乗り移りながらその女性を助け起こす。脈をとれば生きているのはわかるが、体温が驚くほど低く、憔悴しているのが一目でわかった。
「清、着替えを用意してあげて、それとてぬぐいと……あと、湯をわかしてあげてくれる?」
「は、はい」
宋清に指示を与えると宋江はその自分とほとんど年が変わらないであろう青い髪の女性を背負って歩き出した。