その十三 宋江、彼の地に到着するのこと
「はぐはぐはぐはぐっ!」
「あのね、索超。久々の食事なのはわかるけど、もう少し、行儀よくできないの?」
「奥さん奥さん、おかわり!」
「………」
聞いちゃいない。まあしかたないか、と楊志は思いながら箸を置いた。最後にまともに食事を口に入れたのは昨日、黄泥岡に行く前の昼食だから丸一日以上、ほとんど何も口に入れていない事になる。それを思えば多少の無作法ぐらいは見逃そうと思った。
「すみません。名主殿、突然ご厄介になって食事まで供して頂いて」
楊志は索超の挙動を視界の外に追い出し、目の前の老人に目を向けた。
「いえいえ、気にするほどのことではございません。困ったときはお互い様ですから」
索超が目覚めてからおよそ半日が経過していた。二人で肩を貸しあいながら川沿いに山を降り、たどりついたのがこの村である。既に太陽は真南から少し西にそれはじめていた。
「名主殿、この上、図々しいお願いで恐縮なのですが馬と医者を手配していただけないでしょうか」
「医者はこの村にもおりますが……馬ですか……」
馬は村人たちにとって貴重な財産だ。おいそれと出すわけにはいかないだろう。
「無論、ただで、とはいいません。こちらの剣と引き換えでどうでしょう」
楊志は腰に佩いていた剣を取り出し、名主の前に差し出した。
「むぐっ、それ……!?」
普段動じることの少ない索超が驚いた表情を見せた。彼女にはこの剣の由来について話したことがあったからだろう。それは楊志の先祖が皇帝から授かった宝剣の一つで、馬一頭どころか百頭と交換したってお釣りが出るだろうな代物だ。だが楊志は手を出して索超がそれ以上、何かを言うのを制した。
「それで村の馬二頭と村の医者の治療代・食事代としてください」
名主は黙って剣を鞘から少しだけ抜いてみた。彼には剣の価値などわからなかったが、それでも一見して並みの剣で無いことは柄の装飾などから見て取れたようだった。
「わかりました。では頂くことにいたしましょう。急ぎのようですが、馬はすぐ乗っていかれますかな?」
「ええ」
「では村の若い者に準備をさせましょう。少しばかり、お待ちください」
村長はその剣を持つと部屋を出て行った。
「いい、索超。あなた、少しこの村で養生しなさい」
「うえ?」
「『うえ?』って何よ。誰のための医者だと思ってたのよ」
「えっとえっと、うーん、言われて見りゃ確かにそうだね。でも楊志はどうするの?」
「とりあえず、濮州に戻るわ。兵士や遠都管たちが殺されたことを報告しないといけないでしょうし」
「大丈夫大丈夫? あの知州、なんだか問答無用で楊志を閉じ込めちゃいそうで怖いんだけど」
「まさか……」
「だってだって、どう言うつもり? 一人の男に襲われて全軍ちりぢりになって逃げましたっていうの?」
そんな言い分を信じてくれるだろうか、ということだろう。厳密には攻撃してきたのは一人ではないが、一人だろうと二人だろうと大差は無い。
「けど、だからといって、何も言わずに去ることはできないわ。それに濮州でこんなことが起こったのなら彼だって困るはずよ。ひょっとしたら捜索のための兵士を貸してくれるかもしれない」
少し都合の良すぎる話だろうか、と思いながらも楊志は索超を安心させるためにそう言ってみた。
「ううんううん、でもなあ」
索超はそれでも納得できかねるといった調子でしばらく唸っていたが、楊志にとってはおりよく、名主が馬の準備ができたことを伝えた。
「それじゃ、索超。私は行くから、あなたはちゃんと体を治すのよ。いいわね」
有無を言わさぬ口調でそう言うと楊志は索超を置き去りにして部屋から出た。
医者の良し悪しなど索超にはわからなかったが、紹介された村の医者が自分を真摯に気遣ってくれてることだけはわかった。なので索超は彼の言うとおりに薬を飲んだ後に寝台におとなしく横になっている。
「だけどだけど暇だねー」
しかし、薬をのんで寝ているだけというのは彼女にとっては逆に拷問だった。起き上がって医者が読んでいるのであろう医術書などを読んでみたが専門外の上に、字も満足に読めない彼女は全く内容がわからなかった。そんな時、部屋の外から誰かが会話しているのが聞こえてきた。
「あのね、名主さん。一応言っておくけど嘘だったら承知しないからね」
「ひ、ひぃっ! う、嘘などとんでもありませぬ、確かにお連れの方がここに……」
しかも驚いたことに名主以外のもう一つの声は索超にとって聞き覚えのあるものであった。
「うわ、索超さんがいる。どうして?」
声の主は数日前に濮州で分かれたばかりの雷横だった。
「あれあれあれあれ、雷横さんじゃない? どうしてここに?」
「あたしたちは山賊退治だよ。むしろ、索超さんがここにいることの方が不思議だけど? 開封府に向かったんじゃなかったの」
雷横の言動から察するにまだここは濮州の州内なのだろう。そうだとするなら確かに雷横の言うとおり、索超がここにいるほうが不思議なことである。
雷横の話を詳しく聞くと山賊を退治した帰りに寄ったこの村で名主から剣を買わないかと言われたのだという。詳しく見るとこんな村にあるには立派すぎるため、問いただしたら急におろおろとしだしたので怪しいと思って問い詰めたところ、この診療所に案内されたのだと言う。
「あーあーあーあー、なるほど」
考えてみれば、索超達は名主に名前すら告げてなかった。雷横に問いただされて盗品か何かを押し付けられたかと思ったのかもしれない。少し悪いことをしたと思う。
「いやー、疑って悪かったね、名主さん。あたし、ちょっとこの人と話したいから剣の話はその後でいいかな?」
「は、はい……」
雷横はそんな調子で名主を追い払うと索超の寝る寝台の側に椅子を取り寄せて聞いた。
「で、そっちはどうしたの」
「いやいやいやいや、それがねー……」
索超は今まであったこと、つまり黄泥岡で賊に襲われ、楊志と二人で命からがら逃げ出してここにいることを雷横に話した。
「それでそれで、楊志はとりあえず、濮州に戻るって言ってあたしはここで養生してるというわけなんだけど」
「索超さんを一瞬で戦闘不能に追い込んだ上で、百人以上の兵士を苦もなく倒す大男ねえ……」
「やっぱりやっぱり、信じられない?」
「あ、ううん、そうじゃなくて……」
むしろその逆である。雷横には今の話をきいただけで犯人がわかってしまった。
(黒髪の長髪ででたらめに強い大男って、これ、どう考えても晁蓋さんだよね……)
単に黒髪の大男なら何人もいるだろうが北京府軍で最強の彼女を子供扱いした上に直後に百名以上の兵を一人で苦もなく相手にできる男。そんなのが何人もいるわけがなかった。というかいて欲しくない。
だが晁蓋はまだ限りなく黒に近いが黒そのものではないため、とりあえず、雷横は心中の推測を索超に悟られないようにしながら、立ち上がった。
「ま、話はわかったよ。とりあえず、私達もできる限りの協力はするからさ、索超さんは楊志さんの言うとおり、傷を治してなよ」
「間違いなく、晁蓋さんでしょうね」
雷横から話を聞いた朱仝は即座にそう言った。
「やっぱ、そう思う?」
雷横が確認するように聞くと朱仝はこくりと頷いた。
「まあ、他にいないもんね、そんなに強くて所在不明な人なんて」
「厳密に言えばそれだけなら一応条件に当てはまる人をもう一人知っていますが……」
「え? 誰?」
「元禁軍武術師範の王進様です」
禁軍武術師範。この国で最も精強なる軍隊の武術の範となる武人に与えられる役職である。王進は歴代でも随一と噂されたほどの腕の持ち主であるが五年前に職を辞して姿を消していた。一説には五年前に新たに禁軍の総帥となった上役とそりがあわなかったとも言われているが実際のところはよくわからない。
「ただ、少し主観的な話になりますがあの方は大男と形容されるほどの上背は持っていなかったと思います」
「ふうん……名前は聞いたことあるけど……」
「なんにせよ、まずは楊志さんと合流しましょうか」
「あ、それはもう早馬を手配したよ。向こうは軍用の馬じゃないからすぐに追いつくと思う」
「仕事が早くて助かります、雷横。では私達も出発しましょうか」
「出発ってどこに?」
「まずは済州との境目あたりですかね。あのあたりまでなら軍を率いていても言い訳も聞くでしょう」
「晁蓋さんとことを構える気?」
頬をかきながら雷横が心配そうに尋ねる。それを朱仝は昔世話になった人に対するおもいやりと解釈した。が、その上で断言する。
「あの方には昔助けて頂いた恩義はありますが……今回の件は度を越しています」
昔、世話になったことがあるからと言って、百名以上の兵士を殺した犯人ともなれば、もみけせる限度をとうに超していた。どの道、自分たちがここで見逃したとしても、いずれ、誰かが気づく事だろう。
「いや、そうじゃなくてさ……」
雷横は一度、少し言いにくそうに口をつくんだが、やがて朱仝の目を見てはっきりといった。
「あたしたちだけで晁蓋さんに勝てると思う?」
それは朱仝が意図的に考えないようにしていたことだったのかもしれない。
二人は昔、晁蓋と同じ軍隊におり、彼の強さは良く知っている。いや、その一端を垣間見ている、というほうがより正しい表現だろう。何せ、彼の本気というものを見たことが無いのだから。彼が軍を辞めてから三年。自分たちもだいぶ、強くなったと思うが、彼の強さとの差が埋まっているかと言われれば素直に首を縦に振れない。
「では、思いつかなかったことにしますか、犯人を」
それが雷横の質問に対して直接的な回答になっていないのを承知のうえで、朱仝は問い返した。若干卑怯だという自覚を持ちながら。
「……それも寝覚めが悪いね」
このままでは楊志と索超は間違いなく任務失敗の責をとらされるだろう。軍を辞めさせられる、くらいならまだいいが最悪死罪となる可能性も無いわけではない。
二人とも彼女らと過ごした時間は長くは無いが、だからと言って、それを理由にすっぱりとこの件を忘れてしまうことができるほど二人は割りきり良くなれなかった。
それに殺された兵士たちは曲がりなりにとは言え、彼女達の部下だったのだ。正直言って、勤務態度は褒められたものでは無かったし、自分達の言うことも女だと言うだけでろくに聞かない腹立たしい連中ではあったが、それでも部下は部下だ。
「最悪、犯人としてつきとめられればそれでよし、と思うことにしましょう。うまく財宝の一部でも取り返すことができれば、あの二人も多少は罪を減じられるでしょうし」
「あたしと朱仝と、楊志さんが合流できたとしてそれから指揮下にいるのが六百人の兵か……」
雷横は渋い顔でうめいた。
(朱仝の方針に異論は無い……けど)
自分だってあの二人を助けたいのは事実だ。例え多少危険な橋を渡ったとしても。
(問題は、それだけの陣容をそろえてもまだ晁蓋さんに勝てる自分たちがまるで想像できないってところなんだよね……)
時間的には雷横と朱仝が話し合ったその翌日のことである。楊志は馬を休憩させるために街道沿いの食堂で茶をすすっていた。何度か休憩させたとは言え、夜通し、ここまでかなり急がせて走らせてきたため、馬はすっかりばててしまっている。この分だと濮州までは後二日ほどだろうか。
「農耕用の馬だからやっぱりそんなに速くはないか。まあ贅沢もいってられないわね」
だが、この強行軍の結果、楊志は雷横たちとの合流することができなかった。雷横たちの手配した早馬は楊志が夜はどこかで休んでいると思って道沿いの村を聞いて周り、彼女に未だに追いつけてなかったのである。無論、そんなことは楊志は知らない。
食堂には楊志の他に四人組の男がいた。格好からして漁師か何かのようだった。なんとなくぼんやりとその話を聞いていた楊志の耳に聞き逃せない言葉が入ってきた。
「女二人が乗ってた船だと?」
「ああ、赤と白の派手な布でおおってあったけどさ、随分重そうな荷物だったぜ。なんなんだろうな」
赤と白の派手な布。自分達が運んでいた財宝の荷物を覆ってたのも同じように赤と白の派手な布だった。ふと予感を覚えて楊志はその男たちに早速話しかけた
「ちょっとあなたたち」
「あん?」
「それ、どういう布だったのか、詳しく教えてもらえる?」
「なんだ、こいつ?」
「そうだなあ、姉ちゃんが一晩相手してくれるっていうなら、話してやってもいいぜ」
一人がそう言うと、残りの三人がげたげたと下品な笑いをあげた。
楊志は無言で近くにいた男の腕をひねり上げると卓に押し倒して箸を逆手にもつと先端を眼球に近づけた。
「あぎゃっ!? な、何すんだよ!!」
「悪いけど、くだらない冗談に付き合う余裕は無いの。さっさと話しなさい。失明したくないならね」
「な、なんなんだよ、いきなり!! ちょっとした冗談じゃねえか!」
楊志はいらいらして箸をさらに近づけた。
「話すの、話さないの? どっち?」
「わ、わかった。話すよ、話すよぉっ」
押さえつけられた男は哀れな声を上げた。残る三人は突然豹変した楊志に恐れをなしたのか、身動き一つできないでいる。
「聞きたいのは、その布の特徴と運んでいた人物と見かけた時間。さっさと答えて」
聞き出した布の特徴は楊志が運んでいた財宝にかぶせられたものとぴたりと一致していた。しかし、運んでいる人物は例の大男でも赤毛の女でも無く、女の二人組だという。他に子供のような少女がいたと言うが、それは少し彼らも自信が無いようだった。
彼らがその船を目撃した時間は今朝とのことだが場所は自分たちが襲われた場所からすぐ近くのところで船に乗り換えてこちらに来たとすると、そう不自然でも無い。間違いない、あの大男の一味だ。最低でもその布を手にいれた場所さえつかめればやつらの足取りを追えるはずである。
「で、その船はどこに行ったの!?」
「こ、黄河の下流のほうだよ。どこに行ったかは知らねぇけど、あんな小さな船じゃそう遠くにはいけねえはずだ!」
あえぐように男はそう言った。
「そうわかったわ。手荒なまねをして悪かったわね。でも今度から冗談を言う相手は選んだほうがいいわ」
それだけ言うと楊志は食堂を走り出て、馬に乗った。
「お客さん、お勘定……」
「つけにしときなさい!!」
食堂の主人が言い寄ってくるがとても会計をしている余裕など無かった。楊志は不満たらたらな馬を無理やり起こすとそれに飛び乗り、目撃された場所に向かって走った。
お世辞にも広いといえない船の上で宋江はむくりと体を起こした。布団代わりにかけてあった紅白の布をばさりとめくる。
「あ、兄様。おはようございます」
どうやっていたのかその狭い船内で器用に自分のとなりに陣取っていた宋清が声をかけてくる。
「おはよう、清……ってもう午後だよね」
空を見上げてみたが、あいにく今日は曇り空で、大体の時間もわからないがなんとなく、宋江はそうあたりをつけた。
「気にすることありませんよ。昨日も一昨日も、不寝番してもらったわけですから」
横の船にいた阮小二がにこやかに声をかけてきた。かなりの重量が乗った船を櫂でこいでいるはずだが、それを感じさせないスムーズな操船である。
黄泥岡の近くで阮小二、阮小七とともに船に荷を乗せて二日が経過していた。二つの船に財宝をわけてのせ、阮小二と阮小七がそれをこいでいる。
昼はこうして船で進んでいるわけだが、夜は適当な場所に船を止めて体を休める必要があるため、宋江はこの移動中、夜の不寝番として働いていた。阮小二も阮小七も腕に多少、覚えがあるとは言え、さすがに寝込みを襲われては不利だし、財宝を守るのはもっと難しいだろう。幸いにして夜盗の類に出くわすことはなく、ここまで順調にこれていた。
というわけで宋江は昼間はこうして船にゆられながらぐっすりと睡眠をとっていた。ただしそんな昼夜逆転の生活も予定通りなら今日までのはずだった。
「もうだいぶ、近づいているんですか?」
「うん。宋江の言うとおり、今晩は嵐になるっぽいしね。急いでるよ」
阮小七が宋江の問いに答えた。宋江は今晩からこの辺り一帯が、嵐になると出発する前の二人に告げていたのである。
「本当に宋江さんがいて助かりました。今日くらい、空がわかりやすければ私たちにもわかりますけど、三日前は到底わかりませんでしたからね」
阮小二につられて宋江も空を見上げた。南の方に黒雲がかすかに見える。
「いえ、そんな、お役に立てたようでなによりです」
阮小二の言葉に、宋江ははにかんで答える。
「ねーねー、宋江」
「うん、なに?」
「この間さ、お姉ちゃんが行ってたことだけど、真剣に考えてみない。この仕事一段落したらうちの村に来なよ。絶対、村のみんなも喜ぶしさ」
阮小七が櫂の手をとめて、宋江を振り返りながら言った。漁師にとって天候は農民以上に重要だ。下手に読み間違えると、それだけで死んでしまうこともある。
「ううん……」
必要としてくれるのは素直にうれしく思う。でも今回のこの財宝強奪がそうすんなり片付くとは宋江には思えなかった。
聞いたところでは結局輸送隊にいた女二人を逃してしまったという。となれば、いやそうでなくとも物語どおりに進めば、晁蓋が関わっていたこともばれてしまうだろうし、そうなれば彼女たちもまともな生活を歩めなくなるだろう。
「今なら、小二お姉ちゃんをお嫁にあげるからさ」
阮小七は宋江が渋る理由を変に解釈したのか、そんなことを突然いってきた。
「えええ!?」
「もう、小七ちゃんったら何言ってるの。ごめんなさいね、突然変なことを言い出し
て」
「い、いえ……はは……」
何を言うか困って、あいまいな笑みを宋江は浮かべた。
「いいじゃん、妹のあたしが言うのもなんだけど、料理はうまいし、まじめだし、おっぱいも大きいよ」
「え、えっと、その……」
「小七ちゃん、その辺にしておきなさい。宋江さん、困ってるじゃないの」
「えー、お姉ちゃんだって、宋江に村に来て欲しいっていってたじゃない」
「それは言ったけど、別に婿として来てほしいなんて言って無いでしょう。宋江さんだって都合があるし、わたしみたいなのをあてがっても迷惑でしょう」
「いえ、迷惑とかとんでもない……」
「でしょでしょ、お姉ちゃん、美人でしょ?」
「う、うん……」
そこは素直にうなずいた。実際、阮小二は誰が見ても美人だし、穏やかな性格は彼をほっとさせてくれる。
「ほらほら! お姉ちゃん、脈あるよ、脈!」
「はいはい、わかったから。ごめんなさい、宋江さん。気にしないでくださいね」
「あはは……」
大人の余裕というやつか、微笑んでみせる阮小二に対し、宋江にできるのは再びあいまいな笑いを浮かべることだけだった。
「………」
「あ、あれ? どうしたの、清」
ふと宋清が黙って横でしょんぼりしていることに宋江は気づいた。
「あ、え、えっと、なんでもないです……」
「そう? ひょっとして気持ち悪いとか? 無茶しちゃだめだよ?」
「いえ! 本当に大丈夫ですから!」
殊更にあせったような調子で宋清はわたわたと手を振った。
「う、うん。ならいいんだけど」
宋清の態度にはまだなんとなく怪しいものがあることに宋江は気づいていたが、そこまで彼女が否定するなら、と追求をやめることにした。
「宋江さん、目的地が見えてきましたよ」
そこでそう声をあげたのは阮小二だった。それを聞いて宋江も妹から船の目指す先に視線を移した。
嵐の到来を予告するような暗い空の下、それは川の真ん中で悠然とそびえたっていた。それはいうなれば巨大な中洲である。いや、中州というよりも山の両側を川が通っているという表現のほうがぴったりくるかもしれない。そここそが今回の宋江たちの目的地。呉用から指示のあった財宝の隠し場所だった。
「梁山泊……」
つぶやくように宋江がその地名を口にした。そのつぶやき自体はすぐに風にかきけされたが宋江の頭の中でその単語はいつまでも反響し続けた。
梁山泊。北宋末期に百八人の英雄が集ったとされる伝説の地。宋江がたどり着いたその場所は雄大に彼を見下ろしていた。




