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水娘伝(すいこでん)  作者: 文太
第二話 蠢動編
21/110

その九 朱仝、政庁の混乱をおさめるのこと

「どういうことなんだろうね」


「さあ、私だって知りたいわよ」


雷横(らいおう)朱仝(しゅどう)は昨日から何度目かになるやり取りを繰り返していた。


 濮州(ぼくしゅう)に向かう街道沿いを二人の馬は並んで進んでいた。後ろに二人の率いる兵が続いている。


 昨日の昼のことだ。突然陣地を訪れた濮州からの伝令は雷横・朱仝の両名に対して作戦を中止し、引き上げよとの命を伝えてきたのである。


 困惑しつつも命令に逆らうわけにはいかず、黄泥岡(こうでいこう)近辺の山賊を滅ぼしたばかりの二人は濮州へと戻ってきたのである。引き上げ次第、至急参内せよとの話だったので自宅に帰ることも無く、旅装のまま、政庁に向かうとすぐに知州室(ちしゅうしつ)に呼ばれた。


 二人で顔を見合わせる。薄々感じていた嫌な予感が強烈に強くなった。知州室に呼ばれたということは、この撤退は二人の直接の上司である兵都管(へいとかん)総兵管(そうへいかん)ではなく、知州(ちしゅう)から出た指令なのだ。自己保身の塊のような彼が何かいい知らせを伝えてくるとは到底思えなかった。


「朱仝、参上しました」


「雷横、参上しました」


呼ばれた部屋に入っていくと、既に知州と総兵管さらに歩兵都管(ほへいとかん)法進(ほうしん)騎兵都管(きへいとかん)遠羽(えんう)の四人が並んでいた。


「うむ。よくぞ戻った。二人を呼んだのはまず、現在の戦況の様子を聞こうと思ってな」


朱仝は少しばかりどう答えたものか考えたが、向こうの意図がわからない以上は素直にありのままを答えたほうが良いと結論付けた。雷横を見ても彼女はこちらに任せるとだけ目で合図を送ってきた。


「はい。東京開封府(とうけいかいほうふ)までの道中のうち、山賊を既に三組、撃破しております」


「その三組の山賊とはどこを拠点にしていたのか説明したまえ」


 地図は既に知州の卓の上に置かれていた。朱仝は丁寧に撃破した山賊達の居場所とその規模を伝えていった。


「ふむ、黄泥岡(こうでいこう)近辺の山賊は全て撃滅したのか」


総兵管が感心するようにそうもらした。


「総兵管殿のご支援のおかげでございます」


殊更に朱仝は微笑んで見せた。


東京開封府(とうけいかいほうふ)を目指すうえで他に確たる障害は無いように見えるが、どうかな?」


「それは……」


朱仝には明らかに知州が話を誘導したがっているように見えた。慎重に言葉を選ぶ。


「必ずしもそうとは言い切れないと思います」


「ふむ」


落ち着いた声音。だが微妙に不愉快そうな色が混じるのを朱仝は聞き逃さなかった。だが知州がそれ以上、何もいってこないので朱仝は言葉を続けざるを得なかった。


「この街道にはまだ多くの野盗がでているという報告が領民から多く寄せられていたのはご存知かと思います。危険が無いとはいいきれないでしょう」


「聞き捨てならんな」


口を挟んだのは歩兵都管の法進だ。


「まるで知州閣下が野盗を野放しにしていたような言い方ではないか」


言い方も何も真実、その通りだと朱仝は思っていたが反論しても意味の無いことである。


「お気に障ったようでしたらご寛恕ください。しかし、私は嘘偽りを申し上げているつもりはございません」


「しかし、その野盗とやらは小規模なものだろう。でなければ我らが知らないはずは無い」


「そうですな。どの程度の規模なのだ? 朱仝」


「詳細はつかんでおりませんが大きな集団ではおよそ百名ほどかと」


 それはかなりさばを読んだ数字だった。実際には五十名に満たないはずである。だがそれでも隊商や村人たちには脅威に違いない。


「ならば、朱仝、そして雷横よ。その情報を今回の輸送隊の指揮を執る楊提轄(ようていかつ)殿に伝え、今後警備としていかほどの兵が必要か聞いてみよ」


「は?」


 質問の意味を考えるのに少しばかり時間がかかった。そもそもがこの出兵は濮州の軍が自主的に行ったものであり、こちらから言い出すとは言え、その兵の数を輸送隊の楊志が決めるのは筋違いではなかろうか。そのことを率直に尋ねると総兵管の顔が苦々しげに歪んだ。


「知州殿は楊提轄殿に決断をさせよ等とは言っておらぬ。あくまで意見を伺えと言ったのだ」


「はあ……承知いたしました……」


何か納得のいかないものを感じつつも朱仝は頷いた。


「既に楊提轄殿にはこちらにお越し頂くように申し上げている。お前らからご説明さしあげるのだな」


「……かしこまりました」


朱仝が応じると同時、衛視が朱仝の背後に現れた。


「し、失礼いたします」


 もう、その楊提轄とやらが来たのかと思って振り返ると衛視の様子がどうもおかしかった。普段とは比べ物にならないほど緊張していて声もどこか上ずっている。何があったのかと頭のなかに朱仝が疑問を浮かべると同時に衛視は口を開いた。


「その……政庁の門の前に多数の住民が押しかけてまして、知州にお目にかかりたい、と騒いでおります」


居合わせた面々は緊張を走らせた。こうした手合いは下手に対応すると、火事場泥棒の類まで出てきて、騒乱に発展しかねない。


「武器になりそうなものを持っている連中はいるか?」


「は、え、えっと……わかりません……」


「馬鹿が! さっさと確認して来い!!」


騎兵都管に怒鳴られて哀れなその若い衛視は慌てて飛び出していった。


「それと人数と何の用件なのかも聞いて来るんだよ!」


雷横がその背に声をかけると衛視は律儀に振り向いてわかりました、と返事をし、また走っていった。


「なんでしょうな」


総兵管はさすがと言うべきかまだこの中にあっては落ち着いてた。


「総兵管殿、ここは外にいる兵を呼び寄せ、連中を取り囲んでおくべきでは」


「そ、そうじゃ。そのまま、追い払ってしまえ」


歩兵都管の意見に知州が過激に反応した。


「落ち着いてください、知州殿」


他の連中に僭越だと思われることは承知のうえで、朱仝は声をかけた。


「まだ相手の状況もろくに聞いておりません。こんなときはえてして話が大きくなりやすいもの。どっしりと落ち着いたところを見せねば領民に軽んじられてしまうというものです」


「そ、そうか。そうじゃな、うむ、朱仝の言うとおりである」


「愚見を受け入れていただき、感謝申し上げますわ」


朱仝は慇懃に礼をした。もっともそうだと知っているのは朱仝本人だけだが。


 だがその時、表のほうでわっと声が上がり、一旦は落ち着いた知州の顔はまた青くなった。


「朱仝、雷横。門まで行って状況を確認せよ。遠羽、法進、ぬしらは衛兵をここに呼び集めよ」


総兵管の指示に四人は動き出した。朱仝と雷横が門、というかその途中の中庭まで向かうと既にそこに住民が集団で中に入り込んでいた。この場所は本来、許しが無い人間は入れない場所である。


「そこでとまって!!」


雷横が群集を静止させるように鋭く叫んだ。


「誰じゃあれは」


「普通の兵とは違う鎧を着ておるぞ」


「将軍か?」


「じゃが女じゃぞ」


雷横の鋭い叫びに群衆はおののいたのか、そこで止まって目を互いにあわせてそんなふうにざわついた。次に朱仝が進み出て言う。


「何の御用事ですか? 請願ならきちんと決まった手続きがあるでしょう」


「うっせえ! こっちは命がかかってるんだ! 知州にあわせろ!」


先頭にいた若い男、格好からして農民だろう、が前に進み出て手に持った棒を振り上げた。が、その瞬間雷横が飛び出し、男の手から棒を叩き落とすと持っていた槍を鼻先につきつけた。


「これ以上、やるなら騒乱罪で打ち首だよ」


顔に似合わないどすを聞かせた声で雷横が勧告すると、男の動きは止まった。


「お、お待ちください!」


すると今度は群集から別の壮年の男が進み出た。


「我々は皆、近隣の農村や漁村のものですじゃ! 元より知州様を害しようなどと言うつもりはございませぬ! この騒ぎは衛兵の方が我らの仲間を殴り飛ばしたために起こった事。知州様に用件さえ伝われば引き下がりましょう」


「ち、違います。それはこいつらが反抗的な態度をとるからで……」


先ほどの衛視が領民たちの後ろから駆け寄りながらそう言った。その言動から察するに殴ったのは事実らしい。とりあえず、朱仝はそのことは無視して群集に呼びかけた。


「何のご用件ですか? 私が取り次ぎましょう」


「いえ、知州様に直接お話させていただきたい」


この点に関しては譲らないつもりらしい。大方、衛兵とのいさかいの原因もそこだろうと思った。


「……雷横、知州を呼んできてもらっていい?」


「いいの?」


「仕方ないわ。まさか、切り捨てるわけにもいかないでしょう」


この場でそんなことをしたらこの騒ぎは容易に暴動に発展するだろう。門を突破されている時点でこちらは負けているのだ。


「知州にはあなたと私が責任を持ってお守りするからと伝えなさい」


「あたし、そんなことに責任持ちたくないなー」


「こんな時までまぜっかえさないでよ。それからあなたたち……」


朱仝は群集の方に向き直った。


「害するつもりが無いというならせめて武器は捨ててもらおうかしら。応じないようなら切って捨てるからそのつもりでいてね」


幸いにも群集は素直に従った。


「その方らが今回の騒ぎの張本人であるか! 恐れ多くも天子様の財物であるこの政庁を乱したからにはそれなりの覚悟はできておろうな!」


雷横は知州に偉そうにするだけの余裕は与えてあげたようだった。中庭に現れるなり、彼は居丈高に叫びながら居並ぶ面々を見回した。だが群集はそんなことをおかまいなしに次々に叫ぶ。


「知州様、お願いがございますだ! どうかうちの村を襲ってる野盗を追い払って下せえ!」


「聞けば都の偉い人の荷物を運ぶために開封府(かいほうふ)への道にいた山賊は倒したっていうでねえか!」


「そうだ! そっちに兵が出せるんならおらたちのところの山賊にだって兵は出せるはずだ!」


「都の偉い方のために出す兵はあっても俺たちのところに兵は出せねえってのか!」


「そんな道理の通らない話はねえよ!」


言ってるうちに気分が高揚して来たのか、集まった群衆の言葉遣いはどんどんぞんざいになっていく。


「………」

こうなると知州の小心者な一面が出てきた。無言でその場にたたずみ、わかりやすい醜態はさらしてないものの、隣にたつ朱仝には冷や汗を浮かべているのがよくわかった。


 民衆はなおも口々に叫んでいるが、朱仝と雷横がにらみをきかせているためか近づこうとはしなかった。だが彼らのボルテージは止まることなく、今にも飛びかからんばかりの勢いである。


(何か言いなさいよ!)


朱仝は胸中で知州に悪態をついた。もし、民衆が暴れだしたら自分と雷横は彼らを斬り殺さなくてはいけない。それを防ぐためには何かしら彼が民衆をなだめる言葉を発さなくてはいけない。だが彼は恐怖のためか、無言のままだった。


 じりじりと民衆の熱気が満ちていくのを眺めながら何もできない自分を苦々しく朱仝が思っていたその時だった。


「私には彼らの言うことに理があるように見えますが?」


その涼やかな声は声量はそれほど大きくないのにその場にいた全員の耳によく届いた。

 雷横と朱仝が顔を上げるとその声の主はすぐ目に入った。右手の来客用待合室から丁度でてきたところらしい。


 青色の長い髪を伸ばした若い女性だった。背はそれほど高くないが軍人の服装が良く似合うのは意思の強そうな目元ときゅっと真一文字に結ばれた唇のせいだろうか。顔に不機嫌さを隠しもしていないくせにそれがどうしてか、彼女の美しさを引き立てていた。そしてその後ろにはつまらなそうな表情で斧鉞(ふえつ)を担いだ女がいた。ほぼ同じ年代のようである。こちらは黒髪で長い二つの三つ編みを作っており、歩くたびにそれがゆれていた。


楊志(ようし)殿、どうしてこちらへ……」


騎兵都管がうめくように声を上げた。


「どうして? 呼んだのはあなた方ではありませんか」


不機嫌そうな調子でその楊志と呼ばれた女性は言い捨てた。そこでようやく彼女が聞いていた輸送隊の責任者らしいことが朱仝と雷横にはわかった。


「りょ、梁知府(りょうちふ)の御配下の方とは言え、これは濮州の(まつりごと)に関わる話。勝手なご発言は控えていただきたい」


自分にかけられる声が途絶えて知州は少し落ち着きを取り戻したらしく、ようやくそう発言した。


「それは失礼を。しかし当初に聞いた話ではここから千二百の兵でもって我らを護衛してくださるとのことですが、それは不要にございます。それほどの大軍で動いていては期日に間に合わなくなりますので」


ぱんと竹を割るような調子で楊志はそう言い切った。その内容にざわざわと群集が揺れる。


「それだけの軍を動かせる用意があるのでしたら山賊など蹴散らすのはたやすいことでございませんか。我らの方は護衛など不要ですので」


まずい! と朱仝は思った。彼女の言うことは自分や住民にとってはありがたいのだが正論すぎる。それではこの知州は動かない。いや、逆に反発してとんでもないことを言い出しかねなかった。


「控えよ! 名も名乗らずに知州殿に対して数々の無礼、許さぬぞ!!」


誰かが何かを言い出す前に普段は決して出さないような大声を朱仝はあげた。言いながら足を踏み出し、知州と彼女の視線をお互いに遮るようにする。


(お願い、気づいて!)


その行動が決して本意で無いことを朱仝は目で必死に訴えたが相手は気づく様子は無い。かえって激したように頬が高潮していく。


「何を……あうっ」


だが、何かを言い出そうとした楊志の体が気の抜けた声とともにぐらりと揺れた。見ると彼女の後ろにいた三つ編みの女が斧鉞の石突で彼女のひざの裏をそれとはばれぬよう、軽く小突いていた。


索超(さくちょう)、あな……」


「失礼失礼いたしました。濮州の皆さん」


なおも何かいいかけた青髪を遮るようにその三つ編みは頭を下げた。


「うちのうちの総大将は長旅でちょっといらいらしていましてね。ご無礼の段、平にご容赦を」


「いえ、こちらこそ熱くなって無礼なことを、失礼しました」


ほっとしながら朱仝は人が変わったような声でそう返した。そうやって楊志との会話を終わらせると、今度は間をおかずにくるりと今度は知州の方に向かい、(ひざまず)いた。


「知州様もよろしいでしょうか」


「あ、あ、うん。かまわぬぞ」


展開の速さについていけない知州はどうにか頷くことで威厳を保ったつもりらしかった。だがここで話を終わりにするつもりは朱仝には無かった。


「されど知州様、確かに楊志殿の仰られるとおり、運んだものが期日に間に合わなくてはいくら無事に運べても意味は半減してしまいます。護衛の兵を減らすのは楊志殿もああいってくださったことだし、かまわないかと」


「ふ、ふむ。何名程度が適当かの?」


「騎兵五十に歩兵百でいかがでしょう。先ほど申したとおり、東京開封府までの道で百を超えるような賊はいません」


「そっちもそれくらいなら邪魔にならないよね」


これは雷横が楊志たちに向けた台詞である。言葉こそ、いつもの調子だが目だけはこれ以上、面倒を起こすな、と釘をさすように鋭い視線だった。


「え、ええ。申し訳ありません。ご配慮頂いたにも関わらず失礼なことを言って申しわけありません。痛み入ります」


この頃になると楊志も大分冷静さを取り戻してきたのか、矛を収めた。


「それで残りの兵ですが彼らの言うとおり、野盗退治のためにまわすといたしませぬか」


「む、しかしな……」


この期に及んでまだ抵抗するかと朱仝は苦々しく思った。


「ご安心ください。千の兵などいりませぬ。私と雷横に三百の騎兵と五百の歩兵をお貸しください。それで一月のうちに全て平らげてみせましょう」


それを聞いてようやく知州は首肯した。


「ごめんなさい。確かに部外者の私が口を出すことではありませんでした」


知州達と領民が互いに引き下がった中庭で先ほどの青い髪の女性、楊志はそう言って深々と頭を下げた。


「いやー、言った時間と場所が悪かっただけだよ。あたしもあのぐらいスパーンとものが言えたら気持ちいいんだけどねー」


からからと笑いながら雷横は言った。


「私も決して間違いだとは思いません。頭を上げていただけませんか、その……楊志殿でよろしかったですか?」


朱仝がそう言うとようやく彼女は顔を上げた。


「謝罪を受け入れてくれてありがたく思います。北京大名府(ほっけいたいめいふ)の楊志です。こちらが索超。共に提轄(ていかつ)を拝命しています」


「よろしくよろしくー。ごめんね、うちの大将もいやいや今回の仕事やっててさ、ああいうの見ると同属嫌悪に陥っちゃうんだよね」


「索超!」


索超の言葉に楊志が激しく反応したがとりあえずそれを無視して朱仝もあいさつした。


「お知り合いになれてうれしいですわ。私が濮州の騎兵副都管の朱仝、こっちが歩兵副都管の雷横です」


「どもども」


まるで酒場で出会った飲み仲間のような調子で雷横が気軽に声を上げた。

「しかししかし、知州があんなんだと苦労しているでしょー。うちはあそこまでひどくないからねー」


「ちょっと、索超……」


人影が周りにいないとはいえ、あからさまにここの主を馬鹿にする言動に楊志は顔をしかめた。


「うふふ、そんなことはありませんよ、と言っておきましょうか。しかしそれを言うなら程度こそ違えど、そちらも同じでは?」


朱仝は笑いながらそう言った。


「まあまあまあまあ、そうなんだけどね。楊志なんて普段からぴりぴりしてる上にこの任務中はさらにいつもの三倍ぐらぴりぴりしててさー」


「わ、悪かったわよ。でもそういうあなたは気が抜けすぎてるんじゃないの?」


ぷいっと横を向きつつ、どうにかそれだけを楊志は言い返した。


「だってだってー、楽しみなんだもん、開封府(かいほうふ)に行くの」


 その声を聞きつけて雷横が声を上げた。


「およ? 索超さん、初めてなの?」


「うんうんうんうん、そうだよ。雷横さん、行ったことあるの?」


「昔ちょっとね」


「いいないいな。ねえどこか、おいしいご飯食べられるところとか知らない?」


「お、この雷横様にそれ聞いちゃうかー? 長くなるよー、どっかでお茶でも飲みながら話しない」


「賛成賛成賛成さんせーい」


 きゃっきゃと上機嫌になりながら街にくりだそうとする二人を楊志が止めようとした。


「ちょ、ちょっと、索超? まだ、出発前に確認するべきことが……」


「まあまあ、楊志さん」


そしてそれをさらに朱仝が押しとどめた。


「いいじゃないですか。たまには緊張を解くのも必要ですよ。ずっと気を張っていては疲れるでしょう」


言いながらぽんと両肩に手を置く。


「いや、しかし、あの……」


「それに私も楊志さんみたいな人とは仲良くしておきたいですし」


「え?」


「女性武官なんてそんなに数がいませんもの。いざとなったときに知己は多いに越したことはないでしょう」


「はあ、そんなものでしょうか?」


「そんなものなのです」


そう言って朱仝は強引に肩を押した。


「さ、参りましょうか。大名府(だいめいふ)と比べれば劣りますが、この街だって中々のものですよ」


「は、はあ……」


意外なほどに力強く押してくる朱仝に逆らえずに楊志はようやく素直に足を進めた。








「ということで、輸送隊の守備は騎兵五十に歩兵百って事になったみたい」


「ありがとう、阮小二(げんしょうじ)


今、呉用(ごよう)の周りには阮小七(げんしょうしち)と阮小二のみの二人がいる。阮小五は昨日、宋江や公孫勝とともにこの町を出立し、今頃は晁蓋や劉唐と合流しているはずだ。


「すごいねー、呉用先生。こんなところまで見越してたの」


「さて、私の考えたとおりに話が進んだかは知らないけど、まあ、結果よければ全てよしと思うことにしましょ」


 呉用の作戦の第二段階は第一段階でやむを得ず増やした敵の護衛をいかに減らすかということにあった。 


 そのために、彼女はいくつかの手を打った。劉唐(りゅうとう)晁蓋(ちょうがい)に山賊退治に出発した濮州軍の手助けをし、公孫勝(こうそんしょう)に言って知州に手紙を届けさせ、おまけに阮三姉妹に軍が出立した情報を流させて領民の不満をあおった。


 劉唐と晁蓋は濮州軍に山賊を倒させて東京開封府までの道が安全なものと誤認させた(もっとも戻ってきた兵の話を聞く限りだとどうも晁蓋は勝手に山賊を皆殺しにしてしまったらしい。結果的にうまくいったからいいようなものの、呉用は最初に聞いた時、冷や汗をかいた)。公孫勝の手紙は知州に出兵にかかる費用について調べるきっかけとなった。阮三姉妹に扇動された領民たちが暴れれば、兵を輸送隊以外にもに振り向けざるを得ないだろう。


「作戦通り、と言ったところですか?」


「作戦というほどのものではないわよ」


差し出された茶を飲みながら呉用は首を振った。


「いくつか兵を減らすためのきっかけを向こうに提供しただけだもの。まあ、確かにこちらの思うとおりになったという意味では作戦通りといえなくもないけどね」


「それでも千二百の兵が百五十になったんですもの。武力でなそうとしたら(いにしえ)()の覇王にだって簡単になせることではありませんわ」


にこにこと笑って阮小二が褒めそやす。


「まあ、でも本番はここからよ」


気を引き締めるように呉用は言った。


「いくら晁蓋という化け物がいても、もともといた輸送隊の人数とあわせれば兵力差は百八十対九。うまくいくかしら……」


「大丈夫ですわ、呉用先生。小七(しょうしち)ちゃんも前に言ったじゃないですか。少しくらい間違っていても本番で挽回すればいいだけですもの。今まではずっと呉用先生ががんばる場面でしたけど、これからは私たちにおまかせください」


険しい顔をする呉用に対して、阮小二はやわらかく微笑んだ。

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