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水娘伝(すいこでん)  作者: 文太
第二話 蠢動編
19/110

その七 雷横、困惑するのこと

 翌日の夕刻、宋江(そうこう)の店に品物を受け取りに来たのは朱仝(しゅどう)ではなく雷横(らいおう)だった。


「朱仝さんはどうされたんですか?」


「うん、やっぱり槍や鎧なんかの道具と違って馬は中々、替えが無くてねー、今急いでその手当てをしてるとこで忙しいから代わりに行ってって頼まれたのよ」


「馬?」


「朱仝は騎兵を率いているんだけど、結構部下が騎馬を管理して無くてね、それで大変なことになってるの。あ、これ内緒ね」


現れた雷横と店先で宋江はそんなやり取りをした。


「山賊退治と言ってましたけど、どのあたりに行くんですか? このあたりでは黄泥岡(こうでいこう)のあたりが物騒と聞きましたが……」


「ああ、やっぱり有名なんだ、あの辺」


宋江に与えられた役割は朱仝と雷横の目を黄泥岡と呼ばれる場所に注目させることだった。呉用(ごよう)が事前に調べた結果としてこの辺りが一番、積荷を襲うのに良い場所であると判断していた。そして実際に盗賊が頻繁に出没する場所である。


「まあ、その辺も見て周るつもりよ」


雷横の答えを聞いて胸中でほっと息を吐く。呉用からは十中八九ここも見回りをするだろうが、そうでなければ、なんとかして言いくるめろ、と言われていたのだが、宋江にはとてもそんな自信は無かった。


「出発するのは明日でしょうか」


「そのつもりだけど、下手すると明後日になっちゃうかもね。軍用の馬なんて中々代わりがみつかるもんじゃないし」


同僚の仕事ぶりでも思い出しているのか顎に指を当てながら雷横はそう言ってくる。


「気をつけてくださいね」


その横で宋清(そうせい)ができた品物を差し出しながら言う。


「うんうん。ありがとうねえ、妹さんは優しいなぁ。うちの上司と来たらうら若き乙女の私に真っ先に突撃させようとするんだよ。爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい。ねえ、兄さん、この子頂戴よ」


「非売品です」


宋清に抱きつく雷横に間髪いれずに宋江は返答した。


「ちぇー」


元々本気ではなかったのだろうが、それでも雷横は残念そうに口を尖らせてみせた。


「でもでもー、宋清ちゃんも今の風来坊みたいな生活よりもきれいな服とおいしいご飯食べられる生活のほうがよくない?」


「兄様がいるところが、私のいるところですから」


そう言ってするりと宋清は雷横の手から逃れてしまう。


「ええ、なにこれ。あたし、お邪魔虫みたいじゃん」


「いえいえ、そんなことはないですよ」


むくれる雷横に宋江がおざなりにフォローした。








 結局雷横と朱仝が出撃したのはそれから三日後のことだった。


 出撃したその日の夜、雷横は朱仝に呼ばれて彼女の天幕へと向かっていた。普段は同格の二人だが、今回の作戦行動中は朱仝が総指揮をとるので一時的とは言え、彼女が上官となる。したがって雷横もそれ相応の態度をとる


「失礼します。雷横、参りました」


と言っても、それは最初の一言だけで、あとはいつもどおりの二人に戻る。


「一応、明日からの行動を確認しておきたくて呼んだんだけど」


「ああ、そうね」


朱仝は小さな行李の中からばさりと地図を取り出すと続けた。


「今、丁度この辺りね」


「うん、で、黄泥岡までは一日ってとこだよね」


「やっぱ気になる?」


朱仝が小首をかしげて聞いてくる。


「出かけに反物屋の兄の方もこの辺りが怖いって言ってたよ」


「ああ、あの人ね」


顔を思い出すためか微妙に朱仝は視線を上に向けた。


「まあ、もちろんそれだけで動くわけじゃないけどさ」


「そうね、この辺りで盗賊に襲われたって話、よく聞くもの」


朱仝が取り出した地図にはこの近辺の山賊がいると情報のあった場所に(しるし)がつけられている。黄泥岡の近くには三組の山賊がおり、旅人や商隊の被害の多発地帯だった。それぞれ白林山(びゃくりんさん)黒壁山(こくへきさん)赤楼山(せきろうさん)という山を根城にしている。


「とりあえずこの辺からいっちゃう?」


「そうね、さてどうして攻めたものかしら」


 当たり前だが、山賊は軍隊と喧嘩するのが商売ではない。こちらが軍隊でござい、と近づけば、あっさり彼らは本拠地も放棄して逃げていくだろう。一時的に追い払うならそれでも良いかもしれないが、朱仝も雷横も普段、領民から何かと相談を受けたりしているのでできれば、これを機に撃滅したかった。話題となっている輸送隊が通り過ぎれば、知州はあっさりと軍を引っ込めることは確実で、そして軍人である以上、自分たちがそれに抗うのは限度がある。つまり、あまり時間も無い。


「やっぱり順当に囮作戦かしら?」


「あれかー、志願者募るの大変なんだよね」


か弱い商人か何かの振りをしてこれ見よがしに歩き、そこを襲いに来たところを逆にやっつけるという作戦である。ただし、当然最初に商人の振りをする連中は鎧も武器もつけていないため、命を落とす可能性が高く、兵士は皆嫌がるのである。一応、領民を助けるために死ぬことも業務に含まれているはずの彼らだが、そこまでの覚悟をもったものはいないか、あるいはいたとしてもすぐ死ぬのであまりいない。


「他にいい案も無いでしょう」


「あたしが一人で囮になるとか?」


「さすがに怪しくて近づいてこないと思うわよ。それにあなた、最近有名になっちゃったし」


雷横に限らず、若い女性武官というのはどうしても目立つ。特に雷横はその武術の腕も相まって近隣の山賊に名が知れ渡っていた。


「ま、しょうがない。どうにかして強引に選び出して、それからなるべく兵を荷台の荷物の中に隠して持ちこたえるしかないね」


「ええ、でもこれで退治できるのはどこか一つだけね」


「仕方ないんじゃないかな。まあ、囮作戦が成功したら二手に分かれて、とりあえず逃げるのだけは阻止するために動こう」


「そうね」


「しっかし、山賊って退治しても退治しても終わんないんだよね。なんとかならないかな」


「そうね……」


朱仝は目を閉じるとそっと卓の上にある茶をとりあげる。


「多分、それは私たちのような軍人がいくら頑張ってもだめなんでしょうね……」


諦観の混じった声を朱仝は小さな声でつぶやいた。








 その翌日、雷横は囮部隊の編成に入った。皆好き勝手に、自分より他の奴のほうが適任ですとのたまうので手間がかかってしょうがない。結局業を煮やした彼女が口答えする兵士を軍令違反で一人棒で叩いて、彼に同調していた奴から順番に選び出す、という方法をとるしかなかった。本当ならこんなことはしたくないが、兵士と言う名のゴロツキを制御するにはある程度の暴力はいたしかたない。結局、これに丸一日かかり、作戦はさらに翌日となった。


 次の日に、囮作戦が開始された。雷横は残りの兵士と一緒に近くの森に隠れて機を伺い、想定どおりに山賊が囮に接したその瞬間、叫ぶ。


「突撃!!」


わっと森から自分と囮部隊に組み込まれていない二百八十名の部下が飛び出した。別の森からも朱仝たちの部隊が飛び出し、見る見るうちに目標に近づいていく。騎兵と歩兵ではやはり、速度に雲泥の差があった。


 山賊たちはそれを見て逃げようとしたが、囮部隊も反撃を開始し始め、あっという間に攻守が逆転した。


「ちょっと、あんた、どこの山から来たの!」


雷横は大勢が決した乱戦の中を駆け抜け、まだ生きている山賊の首をひっつかむとがなりたてるように問い詰めた。急いで襲ってきた連中の所属を明らかにし、残り二つの砦を包囲する必要があった。


「ひ、ひあ……?」


だが、恐怖のためか男はまともな答えを返しそうに無い。


「五つ数える間に答えるんなら助けてあげる。はい、五、四……」


「びゃ、白林山だ、白林山だよぉ!」


「全員で何人いるの!?」


「五十人くらいだ!」


「よし!」


答えを聞けばもう用は無い。雷横は槍を振り下ろして男ののど元につきたてると辺りを見回した。ちらばった遺体は既に三十以上あり、残っている山賊はほんの十数人でしかも、兵士たちが一人につき、四、五人で群がってる。もはやこの場で白林山の山賊は壊滅したと言っていいだろう。それを確認すると雷横は朱仝に向かって声を張った。


「朱仝、こいつら白林山の連中だ! あたしは、黒壁山のほうにいくよ! 歩兵隊、集合! もたもたするな!」


「了解! 私は赤楼山の方に行くわ。騎馬隊集合!」


大声でやりとりしながら、互いの部下に指示を下す。互いの副官が命令を復唱し、集合の合図の銅鑼が打ち鳴らされる。


「ぼさっとしている暇は無いわよ。点呼急げ! 六十そろえば出発しま……」


朱仝の声がそこで止まってしまったのは丁度突き進もうとしていた方向の林から矢が飛んできたためである。矢は自分のすぐ近くを掠めて馬の足元に落ちた


朱副都管(しゅふくとかん)!」


「大丈夫! あたってないわ!」


心配そうに声をかける副官に対応しながら前方の林を鋭く観察する。右の方に逃げ出そうとする男たちの集団が見えた。


「小癪な山賊どもが反撃してきたぞ! 全騎、私に続け!」


冷静に頭を切り替えながら激情のままに叫ぶ。あれがどこの何者かは知らないが、射掛けてきたのだから敵だろう。


 方向からすると白林山の増援とは考えづらい。多分、あれは別の山の山賊だろう。黒壁山か赤楼山かはしらないが、近くにいるならとりあえず攻撃しない手は無い。男たちは既に散らばるように逃げ出している。矢を射掛けてきた行動と微妙にかみ合わない気がしたが、そのことはとりあえず頭の隅においておく。


 朱仝は馬の腹を足で叩くと、加速させた。後ろをちらりと見ると、既に集まっていた三十騎ほどの部下が後に続くのが見える。相手は馬に乗っているのは一握りで大半が歩兵のため、あっというまに距離が縮まっていく。林の中を走りながら手に気の力を集めた。


「縛!」


気合とともに何も無かったはずの手のひらから鎖が現れ、ぎゅんっと生きた蛇のように伸びた。鎖はそのまま、伸びていくと、逃げる山賊の最後尾にいる男をあっさりとがんじがらめに縛り上げる。念じるとそのままぐっと引っ張られた男が悲鳴をあげて朱仝の横にぶら下げられた。


「こんにちは。どちらから来られたの?」


馬で走りながら朱仝は優しく自分の操る鎖にぶら下げられている男に問いかけた。


「へ? え、えっと赤楼山ですけど?」


毒気を抜かれたようにきょとんとしながら答える男の答えを聞くと朱仝は即座にその男を足元に投げ捨てた。後続する部下の馬が体の上を踏み荒らしていく。あれでは生きてはいまい。


「朱副都管、危ないですよ! 馬の足元に障害物を投げ込まんでください!」


「訓練と思って頂戴」


部下の抗議をあっさり聞き流し、進路を微妙に修正した。


「このまま赤楼山に突撃します。全軍、敗走する敵を追撃しながら続きなさい」


副官が大声でその命令を復唱した。







「よし集まったな。負傷者は?」


「二十名程度。それから死者が五名です」


「よし。それじゃ囮部隊だったものは全員負傷者救護のためにこの場に残れ。残りはあたしに引き続いて黒壁山へ向かう」


そう指示を出すと、二百四十名と微妙に減った部下を引き連れて雷横は黒壁山へ向かった。朱仝の騎兵隊のように、全速力で駆けたいところだが、それではいざ戦うときには消耗してしまうので通常速度での行軍である。


 黒壁山はその名の通り、壁のような崖が随所にあり、小さいながら攻めるのに難儀な山だ。本来ならこの山の連中が襲ってきてくれれば、一番良かったのだが、そううまくはいかないらしい。騎兵が活躍できるような地形ではないので、この山は雷横の担当と朱仝との間で取り決めてあった。林の中を一刻(三十分)ほど進むと黒壁山が木々の隙間から見えてきた。そこで一旦、雷横は部下の足を止めさせた。


「全体、止まって。ここで一旦、半刻(十五分)の休息をとるよ。それと斥候を黒壁山に出して」


副官が命令を復唱し、彼が適当に選別した二、三名の兵士が駆けていく。


 休憩期間中、雷横は隊の様子を見て周った。久々の実戦ということもあってか大半の兵士が憔悴しているか、逆に興奮してしまっているものがいるが気にするほどではないようだった。かく言う雷横も人を殺したのは久々だった。


 問題ないことを確認して、元の場所に戻ると斥候もすでに戻っていて、副官が報告を聞いていた。


「どうだった?」


「それが雷副都管。黒壁山に人が出入りしている様子が無いと……」


「え? 本当?」


先ほどの襲撃が始まってから二刻(一時間)とたっていないのにもう逃げ出したということだろうか。それはいくらなんでも早すぎると思いながらも雷横は斥候に直接質問した。


「具体的にどこまで行ってみたの?」


「えっと、山の山門が見える丘のあたりまで行ったのですが、まず見張りが立っていませんでした。それだけじゃなくて馬をつないでいた跡があったんですけど、実際には馬もいなくて……」


「うーん……」


それは確かに誰が見ても同じ結論になるだろう。


「あたしも斥候に加わるわ。ご苦労だけど、その見た地点まで案内してくれる?」


「了解しました」


「残りのものには言ったとおり、半刻の休憩を取ったら出発してきて」


こちらは副官への指示だ。


「わかりました」


ぐっと軍隊式の礼をする彼に答礼してから雷横は斥候たちの後に従った。








 ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう! どうしてこんなことになりやがった!


 赤楼山の山賊の頭領は頭の中でそう怒鳴りながら馬を疾走させていた。


 朝に見張りから荷を積んだ商隊が来たと聞いて、彼らは砦から出発した。ここ最近暴れすぎたためか、通りかかる人間自体が少なく、久々の獲物だと笑いながらやってきたのである。


 ところがその獲物は白林山の連中に先手を取られてツバをつけられてしまった。良くは無いが、仕方ない。この辺りの山賊同士では先に手をつけた獲物には他の連中は触れないのが暗黙の了解だった。


 だが獲物と思っていた連中は官軍の囮だったらしく、次に突撃していった軍隊の連中にあっという間に白林山の同業者はやられてしまった。哀れだとは思うが、そんなことより自分たちの身の安全である。


「ずらかるぞ!」


と自分は声をかけると馬首を返そうとした。だがその時、既に敵の指揮官と思しき女がこちらを発見していたのがわかった。目が合ったのである。


「誰だ! あいつに矢をいかけやがったやつは!」


自分の配下の誰かがそんなことをどなっていた。どこかの間抜けがそんなことをしでかしたようだが、それを誰何する余裕は無かった。そして現在、森の中を縫うように走っているが敵はそれに惑わされること無く、ぐんぐん距離を詰めてくる。


 投降という選択肢は既に無かった。さきほどそれをやった連中が容赦なく串刺しにされたのを目の当たりにしたからだ。自分に残された道は逃げ切るしかない。


 だが無情にも味方の数は減っていき、敵は近づいてくる。ついに最後の一人となった時、彼はやけっぱちになって叫びながら馬から飛び降りた。


「くそぉ!!」


しかし、足が地面に着くよりも先に彼も今までの部下の幾人かと同様、得体の知れない鎖によって摘み上げられるように中空に体を浮かせられてた。


「てこずらせてくれましたね」


敵は既に女指揮官一人だった。他は別行動でもしているのだろう。


「気功使いか……殺せ……」


既に覚悟はできていた。


「いさぎよいですね。わかりました。望みどおりにいたしましょう。ですがその前に質問に答えてくれますか?」


「……なんだ?」


「最初に弓矢を私にいかけたのは何故ですか?」


その声色には憎悪は無く、純粋な好奇心だけがあった。


「知らん。俺は撃ってないし、撃てと言う指示もしていない」


「そうですか、後、あなたたちの人数は全部で何人?」


「五十四人だ。今朝の話だけどな」


「わかりました。最後に何か言い残すことはありますか?」


その問いに男は少しだけ考えた。生まれてから今までのいくつかの情景と父母と兄弟の顔が思い浮かんだが……


「いや、無いな」


結局そう答えた。


 女はすらりと腰の剣を抜いた。








「あれがそうなのね……?」


「はい」


雷横は草の上に寝そべるようにして身を隠しながら前方の山門を観察した。確かにさきほど聞いていた通り、見張りも馬も無く、人の出入りしている様子が全く無い。


「もっと近づいてみるわ。あなたたちはここで待ってて」


「は、はい……」


雷横はその場から飛び出るようにして木の陰に隠れながら山門に近づいた。


(本当に人の気配が全くしないわね)


ためしに警戒しつつも隠れずに近づいてみたが反撃をしてくる様子は無い。足に気の力をため、ふわりと飛翔する。山門を超えても全く反撃は無かった。


「これはもう、本格的に逃げ出したと見ていいかしら?」


しかしこれほど堅牢な場所に立てた砦ならもう少し頑張ってもよさそうなものだが。そう思いながら雷横は砦の中を進んでいった。


 砦を半分あたりまで登った頃、奥のほうから漂う異臭に彼女は気づいた。それがなんなのか、しばらく考えた後にふととある単語が頭に浮かび上がる。


「まさか……これ……」


足を速める。扉があった。彼女の中で異臭の正体はもはや予感から確信へと変っていた。


「……どういうことなの?」


扉を開けて、予想通りの光景が目の前に現れても、それでも疑問をつぶやかずにはいられない。部屋の中にはこの砦の主であっただろう男たちの遺体が数十人分転がっていた。








 結果だけ見れば大勝であると言ってよい。死者五名、負傷者二十五名、馬二頭。それだけの被害で三つの山の山賊を一日で殲滅したとなれば相当なものである。いや、一つはこちらは何もしていないのだが、滅んでいるなら同じことだろう。


 結果としてそういうことなので朱仝と雷横は今夜だけ、兵士に酒と肉の飲食を許した。しかし両者ともその顔はどこかさえない。


 黒壁山の件は結局、山賊同士の仲間割れ、という結論に落ち着かせた。というより他に説明できない。山門は壊れておらず、金品が持ち逃げされているとなれば内部の犯行だろう。おそらく、生き残った数人のみが馬を引き連れてどこかへ逃げ出したのだと雷横は自分を納得させ、朱仝も明確にはそれを否定しなかった。


「でもなんか、うまく行き過ぎてるってゆーかさ」


「同感ですね」


二人がそう思うのも無理は無い。一日で山賊を三つ壊滅できるなどいくら相手が小規模とは言え、簡単な話ではない。一つ目はこちらの囮作戦の結果としても残りの二つ、特に黒壁山の件は隠し切れない程の居心地の悪さをかもし出していた。


「赤楼山の一党にしてもそうです。あそこで矢を射掛けなければ、発見が遅れて彼らを逃していたかもしれません」


難しい顔をして朱仝が考えこむ。


「難しいことを考えるのはやめない? 原因はともかく、今日は三組の山賊を撃退できたんだ。今までずっとやりたくてもやれなかったことが、ようやくできたんだよ。今日は素直に喜ぼうよ」


今まで自分たちは領民から山賊の話を聞いても何もできない自分たちを不甲斐なく思って悩んできたのだ。せっかくその不満が解消されたのだから、雷横は朱仝にはもう少し明るい顔をして欲しかった。


「うーん」


だが一方で朱仝はそういわれても素直に頷けないのか、なおも考えこんだ様子を見せた。だが、やがて、ふうと息を吐くと観念したかのように口を開いた。


「確かに現時点で考えてもわからないなら仕方ないかもしれませんね。とりあえず、今は祝いましょうか、この勝利を」


「そうそう、それでこそ、朱仝だよ」


「なんかそういう物言いをされると、私が考えなしみたいなんですけど」


笑顔でこちらに酒を注いでくる雷横の言葉に朱仝はわずかにむくれる。だが、結局彼女は素直に雷横の差し出した酒を口に運んだ。


 そして翌日、二人は陣を訪れた濮州(ぼくしゅう)からの使いによってさらに困惑することとなる。

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