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水娘伝(すいこでん)  作者: 文太
第二話 蠢動編
15/110

その三 宋江、計画への参加を決意するのこと

「どんだけ、無計画なんだ、あんたらはああああああーーーーーー!!!」


翌日、呉用(ごよう)は初っ端から絶好調だった。公孫勝(こうそんしょう)から実際の襲撃計画、ほとんど妄想といったほうが正しい、を聞いた途端に猛り狂った獅子のように吼えた。


 まあ、作戦内容は人数集めて取り囲んでぼこぼこにしてから宝を奪う、以上! とか言われた日には彼女ならずとも文句の一つや二つは言いたくなるだろう。


「取り囲んでぼこぼこにすればいいってそれはそのとおりかもしれないけど、そもそもどうやって取り囲むのよ!? 相手の特徴はおろか、どこに、何人くらいで、いつ通るかもわからないのよ!?」


「そ、それはそうじゃが……」


昨日は余裕たっぷりだった公孫勝は反論できずにいた。結局のところ、晁蓋(ちょうがい)劉唐(りゅうとう)に比べればはるかにましではあるものの、彼女もあまり深く物事を考えない性質(たち)らしい。


 ちなみにその全然物事を考えない二人は我関せずといった調子でぼんやりそんな二人のことを眺めていた。


「すごいや、呉用さんて。あたし、あの公孫勝があんなりやり込められてんの初めて見たよ」


「まあ、他に取り柄のないやつだからな。あれで頭まで悪かったら、どうしようもねえよ」


「腕力しか取り柄のないやつに言われたく無いわよ!!」


きっと呉用が晁蓋をにらみつけるが、晁蓋はぴくりとも反応しなかった。


「ご、呉用さん。落ち着いてくださいよ。そもそもこの面子じゃどうしようもないから呉用さん呼んだんだから……」


「ふん、まあいいわ、このぐらいにしてあげましょ。とにかく一から考えなきゃいけないらしいってことはわかったから」


宋江(そうこう)がなだめると、ようやく呉用は矛先を下ろした。


「じゃ、作戦が決まった呼んでくれよ。俺は庭で適当に体動かしてるから」


晁蓋は完全に他人事のように言って止める間もなく部屋から出て行った。


「あ、あたしもそういうのわかんないからさ、決まったとおりに動くからあとよろしく!」


そして劉唐も実にさわやかな笑みを浮かべてその後に続いた。


「え、あの……」


「まあ、よいじゃろ、劉唐がいても作戦を考えるのに役に立たん。奴は肉体労働専門じゃからの」


「右に同じ。むしろ晁蓋なんかいないほうがいいわ。ということでこの三人で話し合うわよ」


戸惑う宋江と違って公孫勝と呉用は落ち着き払った態度で二人をあっさり頭から排除してしまった。


「で、公孫勝さんは仙人なんだっけ?」


「正確には道士(どうし)と呼ばれる修行中の身分じゃ」


「まあ、どっちでもいいけど……とにかく仙人って何ができるのよ」


「むう……誤解されがちなのは致し方ないがのう、ぶっちゃけ、あんまり期待するな。講談に出てくる哪吒太子(なたたいし)のような超常的な力などわしは持ちあわせておらぬ」


「え? そうなんですか?」


これは宋江の疑問だった。彼にしてみれば仙人というのは元の世界に帰るための数少ない手がかりだったのだ。それが別方面の話とはいえ、こうもあっさり超常的な力を否定されてしまうと悲しい気持ちになる。


 ちなみに哪吒太子とは日本では哪吒(なたく)の名で有名な西遊記や封神演義に出てくる道教の神の事だ。


「簡単にいえば、仙人とは不老不死を体得し、森羅万象との合一をなした人間のことを指す。不思議な道具などもっておらんし、龍や鳳凰を呼べるわけでもない」


全然簡単じゃないんですけど、と思いながら宋江は質問した。


「昨日、僕の肩の上に乗った時のあの軽さはなんなんですか?」


「だから万物との合一じゃよ。おぬしと同化して重さを転嫁したのじゃ」


「なんだかわからないけど、まあ、あんまり期待できないことだけはわかったわ」


呉用が乱暴にまとめた。


「自分で言うのはいいが他人から言われると傷つくのう。まあ、気功は使えるから戦闘では並の男なら数人かかってきても打ち倒す自信ぐらいはあるが」


「わかった。程々に期待させてもらうわ。それでね公孫勝さん、こっちの宋江はね、実は千年後からやってきた人間なの」


「ご、呉用さん!?」


いきなりさらっと重要事実を告げてしまう呉用に宋江はぎょっとする。


「まことか? それは……」


「一応、知られるとややこしいから、秘密にしておいてね。で、こいつの知識では今回のこの騒動は物語として未来に存在しているらしいわ」


 呉用は昨日、宋江が話したことをさらにかいつまんで説明した。


「なんと……不思議なこともあるものよのう……」


「えっと、疑わないんですか?」


「呉用殿ならともかく、お主が嘘を付いているかどうかなど、簡単にわかる。つまり嘘じゃないということじゃろうな」


落ち着き払った調子で公孫勝は頷いた。そんなにわかりやすいだろうかと心配になって宋江は自分の顔に無意識に触れた。


「ところで、宋江。昨日は聞き忘れたけど、一体どういう経緯で私達の仕業ってばれたの?」


「えっと……すいません、思い出せないんです。昨日からがんばってみたんですけど」


「肝心なところで頼りにならぬのう」


「ご、ごめんなさい」


縮こまる宋江を見て呉用は穏やかに語りかけた。


「気にしないで。さっき言ったとおり、どこまで本当の出来事と一緒なのかもわからないんだから、そこは参考程度でいいのよ。むしろ私が気にしているのは相手が偽装しているかもしれないってところね」


「ふむ……」


 『水滸伝』では奪われた荷物を運ぶ楊志は自分と部下を商人の格好に扮装していた。これだけ細かな点が色々違う以上、そこがどうなっているのかわからないが、可能性として考慮しておくべきだと呉用は主張した。


「でかでかとわかりやすく、旗でも立ててくれたらよかったんでしょうけどね。つまりこれがもしその通りになったら、私達は財宝を強奪するどころか、見つけることすらできないってことなの」


「むう、それは弱ったのう」


「あなたの仙人としての能力でちゃちゃっとなんとかできるかなーとは思ってたんだけどね。しかたないわ。次善案でいきましょ」


「え? あるの?」


「一応、考えておいたのよ。あのね……」


呉用は一晩で考えたというその作戦を説明し始めた。


「おお、なるほど、これなら問題なくいけるかもしれぬのう」


呉用が説明し終えると、公孫勝は手を叩いて喜んだ。


「あまり楽観的に構えないでね。自分でも穴が多いとは思っているのだから」


が、それとは裏腹に作戦を立案して呉用の顔は渋いままだった。


「よいよい、完璧な作戦など神でも無ければ立てられぬよ。宋江、劉唐と晁蓋殿を呼んできてくれ、この呉用殿の案でいこう」


公孫勝はニッコリ笑うと強引に話をまとめ上げた。








 宋江が中庭でこりもせずに立会をしていた二人を引きずってくると、呉用がもう一度、作戦の内容を繰り返した。


「はー、すごいねー。あたしなんかと比べ物にならないくらい呉用さんは頭がいいんだね」


劉唐が心底感心した調子でうなる。


「んで、俺は何をすりゃいいんだよ」


いいとこを邪魔されたせいか晁蓋は少しお冠だった。


「晁蓋はとりあえず、留守番ね」


「おいおい、そりゃなんでだ」


「あんた、この界隈で有名すぎるのよ。なるべくこっそりやらなきゃいけないんだから、準備段階であんたが動いたら隠せるものも隠せなくなっちゃうわ」


そこまで言うと呉用は視線を晁蓋から周りの皆に向け直して言葉を続けた。


「いい機会だから皆に言っておくけど、強奪を成功させるのはもちろんだけど、ばれないようにやるのも同じぐらい重要だらかね。襲撃の時も極力顔や髪は隠しておくこと、これから行動する時は皆目立たないように動くことを心掛けてね」


「しょうがねぇな」


ある程度、呉用の答えを予期していたのか、晁蓋は意外とあっさりと指示に従った。


「安心しなさい。襲撃の時に死ぬ程働いてもらうから」


「へっ、精々期待しておくか」


付け加えた呉用の言葉に晁蓋は不敵に笑ってみせた。


「それと……劉唐さん」


「劉唐でいいよ」

「そう? じゃあ呼び捨てにさせてもらうわね、劉唐。あのね……」


呉用がその指示を話すと事前に作戦の説明を受けていたこともあって、劉唐はすんなりと理解したようだった。

「わかった。それが作戦の第一段階って奴だね。うん、なんだかわくわくしてきたよ」


嬉しそうに剣を振り回す劉唐から視線を外し、呉用は今度は公孫勝に向き直った。


「次に公孫勝。あなたは濮州(ぼくしゅう)に行ってくれる?」


「うむ、了解じゃ」


濮州は北京大名府(ほっけいたいめいふ)東京開封府(とうけいかいほうふ)、今回荷物が運ばれるルートの始点と終点、のほぼ中間地点にある街の名前だ。


「あなたにやってほしいのは軍の監視。そこの軍隊の動向を探ってほしいの。念のため、聞くけど、一人で行ける?」


呉用がそう聞くのはこの時代、一人旅が危険なことだからだ。見た目どおりの人間ではない、というのは聞いてても見た目が十歳前後の少女では少し不安になるのだろう。


「問題ないぞ。連絡の方法は?」


「後で私が直接、合流するからその時に教えて」


「承知した」


 次々に出され始めた指示を見て宋江もおずおずと手を上げた。


「えーと僕も何かするのかな」


「え? うーん、あなたは特に無いけど……」


「なら、わしと一緒に来ぬか?」


そう言ったのは公孫勝である。


「公孫勝さんと?」


「うむ。わしは見ての通りの外見ゆえな、いざとなればどうとでもしようはあるが、一人よりも誰かと組んだほうが動きやすいのは事実じゃ」


重ねて言うが公孫勝は見た目は十歳前後の少女にしか見えない。確かにそれでは一人では宿に泊まるときなど、色々不都合もあるだろう。


「そうね。宋江は公孫勝と行って上げて。私はちょっと知り合いに頼れそうなのがいるから声をかけてくるわ」


「了解です」


こくりと宋江がうなずくと呉用はふと思い出したように付け加えた。


「そう言えば宋江。ちゃんと宋清(そうせい)ちゃんには事情を説明しておきなさいよ」


「はい、わかってます」


「宋清とは?」


「宋江の義理の妹よ。今、一緒に暮らしてる」


公孫勝の疑問に呉用は答えた。


「というかよ」


そこで晁蓋が思い出したように口を挟んだ。


「お前、すっかりこの計画に加わるつもりでいるが良いのか?」


「え?」


「ここにいるお前以外は家族なんていないも同然の連中だ。だがお前は違うだろ」


言われて宋江はぐるりとあたりを見回す。晁蓋と呉用は家族がいない。理由は深く尋ねたことがないので知らないが。公孫勝と劉唐のことは何も知らないが、今の晁蓋の言葉に何も反応しないところを見ると、どうも天涯孤独らしかった。


「そうね。うっかりしてたわ」


呉用も一回頷いて言葉を続けた。


「さっき言ったとおり、一応、ばれないように動くつもりよ。でも絶対にばれないとは言えないし、それ以前に戦闘をするわけだからそこで死ぬ可能性だってないわけじゃない。そうしたら、宋清ちゃんもまともな人生歩めなくなるわよ、罪人の妹だもの」


「あ……」


宋江はその危険性に全く思い当たっていなかった。現代だって犯罪者の身内となれば肩身の狭い思いをする。それだけでなく、この時代だと最悪、無関係の彼女が罰を受ける可能性だってあるのだ。


「宋江、降りるならここが最後だぞ。別に降りたって誰も非難はしねえ。お前は俺達と違って罪人として追われるってことが自分一人のことじゃすまないからな」


「う……うん」


宋江は迷った。確かに自分一人のことならともかく、宋清のことは無視するわけにはいかない。


「……この場ですぐに決断を出せ、とは言わぬ。大事なことじゃしな。じゃがあまり待つわけにもいかぬ。わしは明日、早朝に呉用殿の指示に従って濮州に向かう。それまでにどうするか決めるが良い」


公孫勝が重々しく頷きながらそういった。


「宋江、今日はお前、帰れ。それで宋清と話し合ってこい。危険を承知でこのまま俺達と行くか、縁切りでもしてから俺達についてくるか、それともここで降りるか、決めてこい」


晁蓋が珍しく真剣な顔をしてそう言った。








(せい)、いる?」


「はい? あ、兄様(にいさま)、もう話し合いは終わったんですか?」


宋清も昨日から奇妙な来訪者の事と、今日は兄がそのためにいつもの馬小屋で作業しているのではなく晁蓋の家にいるのを知っていた。


「う、うん。それでね、ちょっと清に話しておかなきゃいけないことがあるんだ」


「え? 清にですか?」

宋清は意外そうに目を瞬かせた。彼女は最近、宋江と話す時だけ一人称が変わった。

「うん。とりあえず、家に戻ろうか。晁蓋ももう今日は仕事はいいっていってくれたし……」

とは言ったものの、どう説明したものか迷いながら宋江は宋清を引き連れて家に帰った。

 宋清はただ事でないことを察したのか、宋江を心配そうに見上げながら黙ってついてきた。


 家に帰ると、宋江は劉唐達がここに来た理由から宋清に説明した。彼らは(みやこ)に送られる賄賂を盜もうとしていること、晁蓋にその協力を仰ぎに来たこと、晁蓋と呉用はその計画にのるであろうこと。そこまで話して宋江は一息ついた。


「十万貫……ですか、清にはとても想像の及ばない話です」


「うん、僕もだよ」


「それで、兄様はどうされるおつもりなのですか?」


「うん……」


問題はそこだった。宋江はしばし、黙考した。


 正直な気持ちとしては晁蓋達についていきたい。それは事実だ。不謹慎なことだがが自分はわくわくしているのだろう。かつて読んだ水滸伝という物語とさらに深く関わることについて、どうしようもなく心を踊らせているのだ。もちろん、そこには晁蓋や呉用が原典で辿ってしまった悲劇的な結末を変えたいという思いもある。


 だが、宋清の事はどうする? 自分がいなくても晁蓋たちは問題なく、この作戦をやりとげるだろう。だが清は自分がいなくても生きていけるだろうか。


(……やっぱり、宋清のことを放っておくわけにはいかないか……)


自惚れるわけではないが、晁蓋達に自分は必要ではないだろうが、宋清には自分が必要だろう、と思う。そこまで考えて口を開きかけた時、一瞬早く、宋清が口を開いた。


「兄様、迷ってるんですか?」


「ん……いや、もう迷ってないよ。僕はいつもどおりこの村にいるつもりだ」


「え?」


宋清は意外に思ったらしく、小首をかしげた。


「そうですか、てっきり兄様は晁蓋様達と一緒に行くのかと思ってました」


「うん……ちょっとそう思ったけど……」


「兄様、清のことなど気にしないでください」


宋清はこちらの心の葛藤を見ぬいたかのように言った。だが宋江はそれでも首を横に降った。


「そうはいかないよ。今からやろうとしていることはれっきとした犯罪だ。やってることが良いか悪いかはおいておくとしても、ばれてしまえば犯罪人として国から追われる立場になるんだよ」


「でも、兄様は晁蓋様達についていきたいのでしょう」


「うん……」


それは認めざるを得なかった。そもそもつ付いていくつもりが無いならこうして宋清と話す必要もない。


「一応、晁蓋は清と離縁する手段もあると言ってたけど……」


「それは嫌です」


すっぱり言い切られてしまった。そこまで自分の繋がりを大事に思ってくれることについては少しばかり面映い。


「分かりました。じゃあ、こうしましょう」


名案、とでも言うように手を叩いて宋清が言う。


「清もその計画に加わります」


「それはだめ」


今度は宋江がすっぱり言い切る番だった。


「晁蓋とか劉唐さんとか強い人は沢山いるけど、死ぬ可能性が無いわけじゃないんだよ。そんな危険なところに清を連れてはいけない」


「なら尚更です。兄様だって死ぬかもしれないという事でしょう?」


清は俯きながら言った。


(せい)……」


「清はもう……家族と離れ離れになりたくないです」


「なら、僕が晁蓋達についていかなければいい。そういう選択肢もあるんだ」


「それでは兄様の心が犠牲になってしまいます。私が原因で兄様が苦しむのは見たくないです」


「それで、宋清がそれで死んだらやっばり僕は苦しむよ」


「ではもし兄様はここにいたとして、それで晁蓋様達が皆帰ってこなくとも、苦しみませんか?」


「それは……」


言い淀んだ宋江に畳み掛けるように宋清は話し出した。


「兄様。たとえ、そこが地獄であっても兄様のいる場所が清のいたい場所です。お願いです、足手まといであればその場で切って捨ててかまいません。清もつれてってください」


(せい)


「はい」


「僕がそんなことできるわけないの、知ってて言ってるでしょ」


苦笑しながらそういうと、宋清も笑った。


「それも思いましたけど、決意は本気ですよ」


「そこまで言われたらしょうがないな。わかった、一緒に行こう」


「はい!」


ぱあっと宋清の顔が明るくなる。


「でも僕の言うことには従うこと、いいね」


「帰れ、ということ以外でしたら」


「言わないよ、僕だって正直、清と一緒にいれたほうが頼もしいし、うれしいさ」


「兄様ぁ!」


「わ、何!」


突然、宋清が飛びつくように胸に飛び込んできたので慌てて受け止める。


「ぐすっ……兄様は、兄様はいつも清の一番言って欲しいことを言ってくれます」


「そ、そうなの?」


自分ではよくわからないので戸惑いながら答える。


「はい。そうです。やっぱり清は兄様のことが好きです。ずっと一緒にお伴させてください」


「あ、ああ、うん。ありがとうね、清」


宋江は抱きつく彼女の頭をあやすようになでた。








「えーと、そういうことで清もついていきたいって言ってるんだけど」


「よろしくお願いします」


宋江は、またすぐに晁蓋の屋敷にとって返すと居並ぶ皆にそう説明した。反応は様々である。


「おいおい、なんてこった。こいつは予想してなかったぜ」


「そう? 私はあり得ると思ったけど」


「ほっほっほ。こりゃますます失敗できなくなったのう」


「よろしくな、お嬢ちゃん」


順に晁蓋、呉用、公孫勝、劉唐の第一声だ。足を引っ張るからだめだと言われるかと思ったが、意外とあっさりと認めてくれた。


「ちなみに何ができるんだ?」


「え、えっと洗濯と炊事と裁縫ができます」


「おお、おお、心強いではないか。まず何をおいても腹が減っては戦はできぬからのう」


公孫勝はうれしそうに手を叩いた。


「そうねえ、それ言ったら宋江のほうができること少ないかも」


「あう……」


呉用がからかうように言うが事実だけに否定できない。


「馬の世話ならできるだろ。それになんだかんだでこいつ機転も利くし、根性もある。まあ足手まといってことはないだろ」


気落ちした宋江を珍しく、晁蓋がフォローした。


「そうです、兄様はすごい人なんです」


清が同調した。そんな風に手放しにほめられると逆にはずかしい。


「へえ。じゃ、期待させてもらおうか」


劉唐が笑いながら言った。いやみったらしさも無く、純粋に信じているらしい。こういうふうに人をあっさりと信じるところはは晁蓋と一緒だった。


「んじゃ、宋江の件も片付いたことだしあたしは出発するか」


体を伸ばすようにして立ち上がりながら劉唐はいった。


「え? もう?」


「早いほうがいいだろ?」


とこれは呉用に向けて確認するように言う。


「あんまり早すぎても困るけど……そうね、相手が慎重ならもう出発しているかもしれないし、お願いできる?」


「なに、お安いご用さ。あ、そうだ晁蓋さん、さっき言ったとおり馬、借りていくぜ」


「おう、好きにしろ」


田植えのための土作りは概ね終わっており、使われていない馬の何頭かが今日は貸し出されずに晁蓋の家に残っていた。劉唐はその中から一匹選ぶとひらりと飛び乗った。


「んじゃ、あたしは出発するからな。やることやったら適当なところで直接、濮州に行くからそこでまた会おうぜ」


「はい、余計なお世話かもしれませんが、お気をつけて」


宋江がそういうと劉唐は馬の腹をぱしんと軽く蹴った。最初はゆっくりとしかし徐々にスピードを上げ、劉唐をのせた馬はあっという間に見えなくなってしまった。

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