その一 公孫勝、晁蓋を企み事に誘うのこと
宋江が晁蓋の馬屋番となって一月が過ぎた。この間はたいしたことも無く毎日が過ぎ去っている。作り始めた馬小屋は天井が完成して雨はしのげるようになり、今は漆喰を固めて壁作りをしている。唯一変ったことといえば、晁蓋の家にかよいで来ていたおばあさんが辞めたことくらいだろうか。息子夫婦たちと静かに暮らすと言う。彼女のやっていた仕事は宋清が引き継いだ。
それ以外は相変わらず、宋江は晁蓋の相手をしたり、呉用の愚痴を聞かされたりしながら日々を過ごしている。
日差しに初夏を感じ始めていたその日、宋江は晁蓋とともに、馬小屋づくりの続きをしていた。
「田植えが本格化するまでに片付けねーとな」
隣で同じように漆喰を塗っている晁蓋がぽつりとつぶやいた。
「そうなの?」
「田植えが始まったら馬は必要なくなるからな、馬がその辺にいると作業の邪魔から、それまでに完成させておきてえな」
「ふうん」
と言うことは田植えが始まったら自分の仕事はどうなるのだろう。聞くとすぐに返事は返って来た。
「んー、まあ貸出しが無くなって、馬小屋出来ても毎日の世話はあるしな。馬自体は遊ばせとくのも勿体ねえし、丁礼達に開墾でもさせるかなぁ」
「意外と色々考えてるんだね」
「意外とは余計だ」
来客がやってきたのは丁度二人でそんな軽口を叩き合っている時だった。
「頼もう!!」
「お客さんみたいだけど?」
「宋江、おれちょっとここのあたりを塗り終えてから行くから用件聞いとけ」
晁蓋は真剣な目つきで壁をにらんでいる。顔に似合わず、晁蓋は変なところで凝り性だった。
「はいはい。わかりました」
宋江はよいしょっと立ち上がると玄関に向かう。
「はい、どちら様でしょう」
玄関に行って驚いた。背の高さが180センチは超えているだろう女性がそこに居た。顔に妙な入れ墨をしていて、短い髪は一見して男にも見えた。さらに驚いたのは女性が背負った竹の先、小さな女の子がちょこんと座っている。緑色の長い髪でいくつもの房をつくった奇妙な髪型の少女だ。だがその妙な髪型よりも竹の先という不安定極まりない場所に涼しい顔で座っている方が異常だった。どうやったらこんな芸当ができるのか不思議に思って見ていると赤毛の方が口を開いた。
「お、坊主。晁蓋って奴の屋敷はここでいいかい」
「あ、はい。そうですけど……」
「あたしの名前は劉唐ってんだ。ここにいる晁蓋ってのがえらく強いってきいたんでな、一つ試合ってもらいたいんだけど」
いかにも晁蓋の好みそうな用件である。呼べばすぐに飛んでくるだろうと、宋江が口を開いたそのとき、
「試合だと」
晁蓋はいつの間にか横に居た。顔はクリスマスイブの子供達だってもう少し穏やかだぞ、と言いたくなるほどの満面の笑みである。
「あんたが晁蓋かい? あたしは劉唐ってんだよろしくな」
「お、中々できそうな奴だな。早速やるかい」
「いいねぇ、話が早くて、じゃ、おっぱじめようか」
「おう、裏手にちょっと広いところがあるからそこ行こうぜ」
恐るべき話の進み具合である。出会って五秒で戦うことが決定してしまった。
「まったくひどい連中じゃ。情緒もくそもないのう」
そう言ったのは竹の先に座っていた女の子である。見た感じでは宋清よりもさらに年下に見える。
「お、そっちのもやるのか、同時にやるか?」
「いやいや、わしはただの見物じゃ」
「ちょっと晁蓋、こんな小さな子まで殴る気?」
「馬鹿やろう、見た目なんて関係ねえよ。重要なのは実力だ、実力」
実力? 晁蓋の妙な言い方にひっかかりを覚えたとき、小さなその子がふわりと竹から飛び降り、なぜか宋江の両肩に着地した。
「うわ、危な……って、え?」
だが驚いたのはその体重が感じられないことだ。軽いとかそういうレベルではない。どういうわけか、重さが無いのだ。
「わしの実力を瞬時に見抜くとは聞きしにまさる腕前じゃのう」
そういいながら彼女はふわりとさらにもう一度跳ねて腰を宋江の首の根元に下した。丁度、宋江が肩車するような格好になる。
「え? どういうこと?」
「そっちの子供みたいな奴もそれなりの実力の持ち主ってことだ」
宋江はその子供を見上げた。よくよく考えてみたら竹ざおの上に乗っていた時点で尋常ではない。劉唐が腕力でささえているのかと思ったがそれだけではなかったようだ。思い返してみれば、彼女の載った竹はほとんどしなっていなかった。
「申し遅れた。わしは仙人・羅真人の門下、公孫勝。なりはこんなじゃが、お主たちより遥かに年長じゃぞ」
仙人? その単語にピクリと宋江は反応した。かつて呉用に言われた自分が元の世界に帰る方法を知るかもしれない存在、仙人。呉用のあの言い方からして、どこまで本気だったのかはわからないが、宋江にとっては数少ない手がかりである。それに仙人ならば一般人よりは多少なりともタイムスリップのような超常現象に詳しいかもしれない。
「ほらほら、何をぼっとしておる。奴らについて行かんか」
「え? あ、はい」
何故か当然の様な顔をして頭上から指示を出してくる少女に従って宋江はとりあえず晁蓋達を追いかけた。
試合はすぐに始まった。晁蓋と劉唐のほかにいるのは宋江と公孫勝だけである。公孫勝は何が気に入ったのかわからないがすっかり宋江の肩の上に陣取っている。
「それではこれより劉唐と晁蓋の手合わせを始める」
なぜかそのままで彼女は高らかに宣言までしはじめた。
「立会人はこの公孫勝が勤める。両人何が起こっても勝負が終われば相手へのうらみつらみは許さぬ、よいな」
「異存ない」
「もちろんだ」
「それでははじめ!」
晁蓋と劉唐の距離は20メートルほどだった。劉唐は剣を右手に持っている。反りの無い直刀だ。刃渡りの長さは1メートル程度。それをもったまま腰をひねり、剣を後ろに持っていく。それに対して、晁蓋は拳に布のようなものを巻きつけているだけで構えも取らずいつもの自然体である。
「武器有りと武器無しだけど?」
「晁蓋殿がそれでいいと判断したなら別に問題も無かろう」
そのやりとりが聞こえたのか晁蓋はちらりとこちらを見てから劉唐に声をかけた。
「一応、言っておくが……」
「わかってる。それがあんたの得手なんだろ」
得手。得意技ということだ。そういえば、晁蓋は大体いつも素手で戦っていた。別に劉唐をあなどっているわけではない、という事なのだろう。
晁蓋は無造作に劉唐に近づいていく。そして途中でぴたりと歩を止めた。
「劉唐の間合いぎりぎりじゃな」
「間合い?」
間合いの意味ぐらいは宋江も知っている。一動作で攻撃が届く距離の事だが、晁蓋と劉唐の間はいまだどんなに見ても7メートルは開いていた。とても一挙動で攻撃が届く距離には見えない。
だが、にやりと向き合う二人が笑い、晁蓋が更なる一歩を踏み出したその瞬間、
「シャッ!」
劉唐の体が爆発するように動いた。恐るべき速さで跳躍するように一歩目を踏み出し、長い手足によって剣の刃がまばたきする暇も無く晁蓋に迫る。それに対して晁蓋は腰を落とした。晁蓋の頭上を剣が走っていく。劉唐も含めて誰も気づかなかったが、彼の髪の毛が数本、切断されてとんだ。
腰を落とすと同時、晁蓋の足が伸び、払うようにして劉唐の足を刈ろうとする。これを劉唐は後ろに飛んでよけた。
晁蓋はそれを見届けると足を伸ばしたそのままの体勢から追うように跳躍した。地面に着くのは劉唐が一瞬早い。彼女はすぐさま地面をけり、九十度方向転換するとその回転の慣性を行かして剣を振りぬく。だがその時、晁蓋の肘が一瞬早く、劉唐の腕の下に入り込んでいた。劉唐の腕が持ち上げられ軌道を無理やり変えられた剣がむなしく宙をきると同時、動き出していた二人の蹴りが相手を同時に捉えていた。
双方の蹴りは間違いなく相手にダメージを与えていたがその効果はおどろく程違った。不利な体勢で蹴った劉唐の蹴りは晁蓋のわき腹に衝撃を与えるだけだったが、晁蓋のけりは劉唐の腰を打ち抜き、劉唐の体は吹っ飛んでいった。晁蓋はそれを見ても、なおも追撃を緩めない。地面の上を転がっていく劉唐を正確に捉え、ももの上に足を落として劉唐の体を地面に縫い付けると拳を打ち落とす。
「わ、待て! 降参! 降参だ!」
劉唐がそう言ったが晁蓋の拳の勢いはとまらない。そのまま拳は劉唐の腹の横の地面を打ち抜いた。
「いい判断じゃねえか。一瞬言うのが遅かったら腹の中身が空になってたところだ」
「やれやれ、とんでもないね。ここまで完敗したのは久々だよ」
ぽんぽんと土を払いながら劉唐が立ち上がる。
「おう、ところでよ」
「ん?」
劉唐が一瞬気を抜いたその瞬間、晁蓋の手が彼女の胸を思いっきりわしづかみにしていた。
「……ぎゃー! 何すんだこの変態!!」
あまりに突然のことに一瞬硬直した劉唐だったが、すぐに大声をあげて晁蓋から距離をとった。
「いちいちうるせえなぁ、減るもんでもあるまいに。あれだ。勝者の特権って奴だ」
「減らなきゃいいってもんじゃないだろ!」
抗議しつつ、劉唐は剣をぶんぶんと振るが晁蓋はなんでもないかのようにひょいひょいと軽く避けている。
「それからな」
言いながら晁蓋はあっさりと剣を振る劉唐の手首を捕まえた。
「お前、最初、俺の強さを測ろうとしたろ。そういうのは誰が相手であろうと不愉快なんだよ。初っ端から全力でこいってんだ」
「う……」
一瞬で変った晁蓋の雰囲気に劉唐が気圧された。
「………」
「……わ、悪かったよ。謝る。ごめん」
「よし」
劉唐が謝ると晁蓋もあっさり手首を離した。
「ふむ。劉唐がこんなにあっさりと負けるとは、噂以上の腕前のようじゃの、晁蓋殿」
いつの間にか公孫勝は宋江の肩からおりていてとことこと晁蓋に歩み寄っていた。宋江もなんとなくその後ろについていく。
「で、どうすんだ? 次はお前か?」
「無茶を言うな。劉唐が勝てない相手にわしが勝てるわけ無かろう」
「へっ、どうだか」
「別に出し惜しみしてるわけではないぞ。殴り合いなら劉唐がわしなんかよりずっと上じゃ」
「殴り合い『なら』ねえ……」
挑発するように晁蓋が含みをもたせる声で言ったが、公孫勝に乗るつもりは無いらしく、彼女はあっさりと話題を変えた。
「それよりも、じゃ、今日はわしらがここに来たのは別におぬしとの腕試しだけが目的ではない」
「ほう?」
晁蓋の目が少し理性的な色を取り戻した。
「今日はな、おぬしに儲け話を持ってきたのじゃ、一口乗らんかの?」
数分後の晁蓋の家の居間、そこに晁蓋、劉唐、公孫勝の三人となぜか、宋江もいた。
「あの……僕、聞いてていいの?」
「どの道、人数は多いほうがよいからの。晁蓋殿が信頼している人間ならかまわん」
「ああ、大丈夫だ」
晁蓋は何も考えていないのではと思うほど、あっさり言った。実際、何も考えてなかったに違いない。だがそのことに気づいたのは宋江だけのようである。公孫勝は咳払いをすると話し始めた。
「北京大名府の梁知府という男を知っておるか?」
宋代の地方政治は大きく、州県と府にわかれている。現代日本に照らし合わせると、州とは都道府県、県は市区町村に相当する。では府は何かというと、面積はそれほど大きくないが規模の大きい街で州と同等の権限をその長官が持っている街を指す。現代の日本に該当するものはないが中国では上海など数少ない街が国からの直轄市となっており、それに近い。知府とはその府の長官である。
「名前ぐらいはな。蔡京太師の娘婿だろ」
晁蓋でも知る程度の有名人らしい。が、宋江にはさっぱりだった。
「あの……僕、全然わかんないんだけど……」
「悪党の手下だよ。それだけ知っときゃいい」
疑問を差し挟んだ宋江に吐き捨てるように劉唐が言った。そのあたりが静まるのを待って、公孫勝が再び口を開いた。
「こやつがな、今度、自分の義理の父親である蔡京太師の誕生日を祝うために山のような金銀財宝を送ると言うのじゃ。その額、十万貫」
「そりゃまた豪気なこった」
晁蓋は他人事のようにのんびりと相槌をうつ。
この時代の基本的な通貨は『文』だが単位が大きくなると『貫』という単位が使われる。千文が一貫となるので十万貫といったら一億文。日雇いの給与が一日およそ百文だから十万貫とは現代の日本円にするとおおよそ百億円ぐらいにあたる。
「義理の父への誕生祝いに十万貫とはいくらなんでも非常識じゃろ。どうせ、ろくな手段で手に入れた金ではあるまいし、こいつをそのままそっくり頂いてしまおうという話じゃな」
やっぱり、と宋江は聞きながら思っていた。
今、自分がいるのは水滸伝の中の有名な場面だ。詳細は忘れていたが確か、賄賂として送られた金を途中でうばいとるとかそんな話である。物語の中でもそれは劉唐と公孫勝という人物が晁蓋にもちかけた話だ。今の状況とほぼぴたりと一致する。
宋江の記憶によれば晁蓋、劉唐の他、公孫勝、呉用など七人の人物によってなされたこの計画。劉唐が晁蓋に持ちかけ、さらに晁蓋が呉用に相談して、呉用が作戦を立て、痺れ薬を飲ませて奪うと言う筋書きになっていたはずだ。
一方でその財宝を運んでいるのは楊志という人物で重要な荷物だとばれないように偽装して運んでいくがやり方が強引なせいで部下から恨まれ、荷物を盗まれた挙句、彼自身も山賊となっていく。
劉唐が女だとか、そもそもその時点で宋江なる人物は晁蓋の家にはいなかったとか、公孫勝と劉唐が来るのは別のタイミングだったとか、色々物語と違いはあるが、大筋間違いないだろう。
だがしかし、である。
あの呉用がこんな計画に賛同するだろうか。彼女はまがりなりにも官吏をめざしている人物で、基本的には晁蓋のストッパーなのだ。そして呉用がいなければ痺れ薬を飲ませる作戦を思いつく人間は誰も居ないはずだ。
「それ、強盗するってことですか?」
とりあえず宋江は思ったことを口に出す。
「いいんだよ、役人なんてどうせずるして儲けてる連中ばっかだ。このぐらい、こっちが奪い取ったって自業自得ってもんだ」
劉唐が面白くなさ気な顔をしながら反論する。晁蓋も公孫勝も至極当然といった風にうなずいている。
「だが、やっぱり護衛はつくんだろうな」
やはりと言うかなんと言うか、晁蓋の気になるところはそこらしい。
「そりゃもちろんそうじゃのう。それほど大規模ではあるまい、とは思うが」
「ええ、少ないのかよ」
「なんで残念そうなんじゃ、おぬし」
不思議そうに腕を組みながら言う公孫勝に宋江は補足した。
「えっと公孫勝さん、晁蓋はどっちかって言うとお金よりその軍隊を襲うほうに多分、興味があるんだと思うんだ……」
「なんと、変わっておるのう」
「そんな大金あったってしゃーねーしな」
でも十万貫か、と宋江は思った。一割の一万貫、いや一分の千貫もあれば呉用への学費も払えるから自分も宋清も文字の読み書きはできるようになるし、家も大きく出来るだろう。とそこまで考えてこの世界で生きることに違和感をなくしている自分に苦笑した。
「でも、どうやって奪うんですか?」
だが甘い妄想は置いといて、宋江はなんとかこの話をつぶそうとしていた。この企みが成功してしまえば本格的に水滸伝ルートに入ってしまう。晁蓋だけでなく大半の人間がろくな目にあわない救いの無い結末だ。
水滸伝では百八人集まった英雄たちは結局この国に良いように扱われ、大半が報われぬ戦いの中、命を落としていく。誰が死ぬかまで具体的に覚えてはいないが、目の前の二人もその百八人に含まれていた、はずだ。
「あん? 襲撃して護衛の兵士をぶっ飛ばせば良いだけだろ」
「だね、あたしたちがいれば百人くらいはどうってこと無いし」
順に晁蓋、劉唐の意見である。見事なまでに猪突猛進な二人の意見に頭が痛くなる。
「いや、そうも行かんぞ」
と言ったのは公孫勝である。どうもこの人物は二人ほど考え無しではないようであった。そのことに宋江は少しだけ安堵する。
「なんだ。俺たちの実力が信じられねえってか?」
不機嫌そうに晁蓋は顔を歪めた。
「そういう問題ではない。百人の兵がいたところでおぬしらがいれば蹴散らすことはたやすかろう」
「じゃあ、問題ないじゃねえか」
「だがその間に荷物は逃げる」
きっぱりと公孫勝は言い切った。
「少し考えてみよ。相手の目的はこちらを打ち倒すことではない。荷を無事に運ぶことじゃ、となれば向こうの指揮官はわしらを抑えている間に荷物だけはさっさと進ませようとするじゃろう」
「じゃあどうするのがいいと思うんだ?」
そろそろじっとしてることに我慢できなくなったのか、体を揺らしながら劉唐が聞く。
「大勢で取り囲んで一気に打ち倒すしかなかろう」
「人数増やせってことか」
劉唐がそう言って頭をかいた。
「誰ぞ、腕の立つものは知らぬか、晁蓋殿」
「いないことはないが、連絡が取れん」
誰のことを思い浮かべたのかわからないが晁蓋は目を閉じて応える。
「では宋江、おぬしはどうじゃ」
急に話題を振られて宋江は少し焦った。
「え? 全然そんな伝手はないです、はい。むしろ二人はいないんですか?」
「昔の仲間に声かけようかと思ったんだが、あたしの知り合いは基本的に風来坊だからな。居場所がわかんねえんだよ」
「わしも俗世間との関わりを絶って長い身じゃからの。知り合いといえばここにいるおぬしらしかおらぬと言ってもよかろう」
しばらく誰も何も言わない中で晁蓋がため息をついた。
「……しかたねえな、じゃあ全員突撃するか。うまくいきゃ、護衛をぶちのめした後に追っかけていけば荷も手に入るだろ」
「いやいや、なんでそうなるの」
本気で実行しかねない晁蓋に冷や汗をかきながら宋江は彼の肩をつかんだ。
「なんだいい案あるのか?」
「あきらめたらいいんじゃないの?」
さも当然のように宋江はそう言うが、晁蓋はすぐさま反論してきた。
「こんな面白い出来事が始まろうってのに指くわえているだけなんてできるか! お前それでも男か! ち○こついてんのか!」
「関係ないでしょ!」
「あたしも晁蓋殿に賛成だ。んな人数の問題とかで見逃していい話じゃないだろ、これ」
「わしもそう思う。最悪、そのあたりの山賊でも脅して手助けさせればいいしの」
男の生き様はともかく、あきらめるという選択肢は晁蓋同様、劉唐や公孫勝も持ってないようだった。
宋江はここに来て自分がこの三人の無謀さを見誤っていることを思い知らされた。とにかくこの三人には襲撃計画は実行することは決定済みで後はどう行うかという部分しか議論の対象にはなっていないのだ。
「わ、わかったよ。それならさ……」
最悪あの本の通りになったとしてもこっちが死んでしまう戦いさえ避けていれば済む話だ、と宋江は妥協することにした。晁蓋の無謀さを考えてある程度、覚悟していた道でもある。だが、その前にできる限りの手は打っておこうと思った。
「呉用さんに相談してみようよ」
「呉用?」
「誰じゃそれは?」
劉唐と公孫勝が疑問の声を上げる。
「この村の一番の物知りだよ。いろいろ知ってるからきっといい知恵を貸してくれると思う」
「ほう、そんな方がおられるのか。なんじゃ、晁蓋殿も人が悪い。そんな方がおるなら早よう、言うてくれればよいのに」
「うん。ここでこの四人で考えてるよりもそのほうがいいよ。ね、晁蓋」
しかし、同意を求めて晁蓋の顔を見ると彼はえらく難しそうな顔をしていた。
「え? どうしたの? だめ?」
「だってあいつ一応、科挙に向かって勉強している人間だろ。協力しねえと思うぜ」
その答えに宋江は顔をひきつらせた。
「ちょ、晁蓋が自分の楽しみを目の前にして他の人の事情を気にしてる!?」
「おいてめぇ、そりゃどういう意味だ」
晁蓋はばんと机の上を叩いた。壊れたりしないところを見るとそれなりに手加減して叩いたのだろう。
「あのな、俺だって一応、今回のことは真剣に捉えてるんだからな。俺は別に一人もんだし、捕まったって覚悟はできてるが呉用は違う。だからこれから結婚する丁礼達にも声はかけねえ」
むすっとして座りながら晁蓋はそう言ってきた。
「あの、僕も別に覚悟できてないんですけど……」
「うっせーな。お前は聞いちまったのが運の尽きだと思え。俺だってこんな話と知ってたら席を外させたよ」
「まあ、とりあえず、その呉用殿にも声をかけようではないか。よしんば賛同してくれなかったとしても黙っててもらえばいい話じゃからの」
軽い言い争いを始めた宋江と晁蓋の間に公孫勝が割って入った。
「ところで呉用ってもう帰ってきてるのか?」
「あ、そういえば科挙の準備とかで一昨日から鄆城の町に行くっていってたね」
「まあ、宋江、とりあえずちょっと呼んできてくれ」
「うん、わかった」
宋江はうなずくと、すぐに呉用の家に向かった。ひょっとしたら呉用ならあの三人を止めてくれるかもしれないと一縷の望みを抱きながら。




