その二十八 宋江、捕われるのこと
「ようやくお前とこうやって面と向かって話ができるようになったってわけだ。まあ、お前なんかと顔つき会わせてても面白くもなんともないけどな」
ヘラヘラと河清はゆるそうに笑う。だが、その目だけは全く笑っておらず、宋江の事を鋭く見ていた。
「……撃たないの?」
「ほしいのは残念ながらお前の命じゃねえんだ。……ここでお前を殺しておかないのは色々とまずい気もするが……それとこれとは別でね」
「じゃあ……」
「投降しろ」
「………」
宋江は即答できず沈黙した。断ると言えば当然そのつがえた矢が自分か花栄か、あるいはその両方を撃ち抜く。少なくとも、今の宋江にそれをどうにかする方法はない。かといって投降したらしたで無事で済むとも思えなかった。
「五つ数える。指一本でも動かしたら撃つ。数え終わっても撃つ。五、四、三……」
「わかった。投降する。その代わり、花栄さんは見逃してくれるんだよね」
少し考えてたが、選択肢は無かった。断ると言って、仮に何らかの形で矢を反らしたところでどうなるというのだろう。けが人を抱えたこちらでは逃げられる術は無かった。
「その女の事か? 嫌だね……と言いたいところだが、まあなんだ、こっちの拘束具も限りがあってな……おい」
と河清はいつの間にか近づいてきていた一人の兵士に目配せする。視線だけで辺りをうかがうが、どうやらこの場に居るのは河清とこの兵士のたった二人だけらしかった。もっとも、だからといってどうにかできるとは到底思わない。
その兵士は宋江に恐る恐ると近づきながらも、彼の両手・両足に枷を嵌めていく。矢を向けられたままで抵抗しようも無く、宋江はそっと花栄の体をその場に横たえると抵抗せず、従った。
「……それにしても、近づいてくるの、全然気づかなかったよ」
黙っていることがなんとなく苦痛で宋江はそう河清に話しかける。
「そりゃそうさ。近づいてきたんじゃなくて、待ち伏せてたんだからな」
「……いつから?」
「お前さんがあの馬鹿でかい木から飛んだ直後からさ。まさかなにもせずぽかんと見送ってるとでも思ったかい」
つまり、自分たちが大わらわでなんとか不時着し、その後、なんやかんやとやっている間にこの男はたった一人の部下を連れてここで待ち伏せしていた、ということらしい。
「まあ、実際、ここを誰が通るか。そもそも通るかなんてのは賭けだったけどな。普段から真面目に仕事してるといざって時に運が向くってもんだ」
自慢げなその台詞をどこか自嘲気味に河清は語る。
一方、もう一人の兵士は宋江に枷を完全に嵌めると、その縄の先を遠くに居た馬の鞍につなげた。
「連れてけ」
未だ、弓をこちらに向けたままの河清が視線をこちらに向けたまま、そう命ずる。
それに答えて兵士は軽く馬に鞭をあてた。馬が数歩進み、それに吊られて宋江も歩こうとして、拘束具のせいで足を動かせず、無様に倒れた。
「よし、よし」
「………」
そんな自分の様子を見て、満足そうに笑う河清が無性に憎かったが、今の状態では視線を相手へ向けることすらままならない。
「そう、こう……?」
「おおっと動くなよ。こいつの命が惜しかったらな」
声のした方を振り向く。花栄がうすぼんやりと目を開いていた。そして目を数回、瞬かせると、バネ仕掛けのように起き上がった。
「宋江!」
「動くな!!」
鋭い河清の一言が再び飛ぶ。花栄の動きが止まるのが見えた。
「……ちょうどいい。お前、帰ってこいつの仲間に伝えな。日暮れまで待つってよ。俺の欲しいものはわかってるはずだ。欲しいものをちゃんと持って来れたらこいつを返す。持って来なかったら没収だ。わかるな?」
「花栄さん! 無視して!」
「行け!」
その一言は己の部下に行ったものだったのだろう。宋江がそれ以上、何か言うよりも早く、尋常で無い勢いで宋江の体は花栄から遠ざかっていった。
「あのさあのさ、いい加減立ち直りなって、ほら」
と索超は楊志に声をかけるが彼女は船の席の上で腰を下ろしたままだった。
「………」
「公孫勝や公孫勝や、阮小二さんなら気にしてないって言ってるじゃん。ねえ」
「そうじゃな。どっちかというとおぬしに呼び捨てにされとることのほうが気になる」
「ほらほらほらほら、ああ言ってるじゃん」
「こやつ、後半部分をさらっと無視しよったな……」
「わかってるわよ。でも、あなたと違って私には時間が必要なのよ。失敗から立ち直る時間が」
ようやく楊志は言葉を口にする。彼女が気にしているらしいのは船が岸を離れてしばらく、公孫勝や阮小二とずっと船の行き先について口論……というより彼女がつっかかっていたことだった。
「まあ、その、ね……説明する暇も無かったから勘違いするのも仕方ないよ、うん」
と雷横が楊志を慰めるように言う。
現在、船は岸から大分離れた場所でゆっくりと上流に向かって進んでいる。敵兵の動きはここから見えるが、彼らはたまにむなしく矢を撃ってくるばかりでたいしたことはしてこない。というより陸上からは手の出しようがない。
「でも魯智深さんもあなたたちにそんな話をしてたなら、私たちにも話しておいてくれて良いのにね」
と少し離れた場所から秦明が口をとがらせている。その傍らでは黄信が、居心地悪そうにしながらも、秦明によって包帯を巻き直させられていた。怪我が治りきってなかったところを無理に動いたせいか、傷口からまた血が噴き出してしまったらしい。もっともあまりうまくいってないようだったが。
魯智深は楊志達が戻ったら船を出すようにと黄信達に指示していた。それに応じるかどうかはさておき、一つ確実なのは魯智深はあの船のあった場所に戻ってくる可能性は低い、ということである。何せ魯智深はそこにはもう船が無いと思っているのだから。
「それを知らなかったとしても、あの状況見たら船を出すのは間違いでも何でも無いでしょうに、私ったら……」
「ま、まあまあ、そんなに過去のご自分を責めないでくださいな……」
自己否定を続ける楊志に操船で忙しいはずの阮小二までもがそんなふうに言い出した。彼女が楊志に詰め寄られていた一番の被害者、と言って良いのだが。
「……そうね。うん、ごめんなさい。もう落ち込むのは終わりにするわ」
「………」
そう言って顔を上げる楊志の事を索超はぱちくりと眺めた。
「何よ」
「いやいやいやいや、楊志本当に変わったなって思って。前は自分の失敗とかそういうのかたくなに認めなかった割に落ち込んだら結構長いこと塞ぎ込んでたのに、と思って……」
「今のも結構長く落ち込んでたように見えたけど?」
と雷横は小首をかしげて言う。
「前は前は、こんなもんじゃなかったよ、それこそ三日くらいずっと暗い顔してて……あの宋江って人のおかげ?」
「か、かか、関係ないでしょ、そこは! 今は落ち込んでる場合じゃ無いって思い出しただけ!」
「むきになって否定しなくてもいいのに、皆知ってるんだし」
「秦明は黙ってて! ……もう、それで今は上流に向かってるんだっけ?」
「ええ。魯智深さんなら多分、あの敵の援軍の船を狙いに行くと思いますから」
話題を無理矢理変えようとする楊志の問いに阮小二は丁寧に答えた。
「でも、不思議ね。私たちが船を出したんなら、むしろ、敵も船を出して追ってきそうなものだけど……」
「それは、阮小二殿と阮小五殿のおかげかと」
秦明の呟きに黄信がそう答える。自分の名前が出るなどと予期してなかったのか、阮小二と阮小五はきょとんとした表情を浮かべた。
「そうなの?」
「敵がたった一人抱えていた気功使いを始末して頂きましたから。正直、自分もあの部隊の指揮官の立場なら、阮小二殿程の気功の使い手相手に水上戦を仕掛けようとは思いません」
「あ、あの-……黄信さん、そんなことを言われるのはなんだかとても居心地が悪いのですけど……」
「なんじゃ、阮小二。おぬし意外と恥ずかしがりやじゃの。こういう時は胸を張って誇って良いのだぞ。ほれほれ」
顔を微妙に赤くする阮小二に公孫勝が揶揄するように言う。が、阮小二はまだましな方で阮小五など照れ隠しのためか、完全にそっぽを向いていた。
「と、とにかくですね! 魯智深さん達はあの船の近くに来ると思いますから、もう少し近づくとしましょう。まだ、矢の届く範囲では無いでしょうし!」
「ふむ……そうじゃな。ああ、ちなみに、先ほど黄信と雷横には説明したが……わしはもう今日いっぱいは気功を使えぬでな、戦力に数えんといてくれ。もっとも、今日はもう、そうそう戦う機会などなかろうが」
「気功を使えないってどういう意味? 全くって事じゃ無いでしょ?」
不思議に思って楊志は聞き返した。気功を使うことによって疲労やあるいは最悪気絶などはすることはあるし、それよりも手前で気功の力が弱まるということは誰にでもある。が、公孫勝の言うのはそう言うのとは、違うようだった。
「嫌、本当に全く使えぬ。そういう代償を負ったのでな」
「なんだか、わからないけど……まあ、そういうなら期待しないでおくわ」
楊志は納得していないようだったが、対照的に割り切りが早いのか、秦明はあっさりと納得したようだった。
「ところでところで、まだここに来ていないのって誰なの?」
「えっと、朱仝に宋江に、林冲さんと花栄さんと魯智深さんかな? 全部で五人」
索超が雷横に尋ねると彼女はすらすらと名前を出してくる。
「皆無事だと良いんだけどね……特に宋江と朱仝はもう体力的にもだいぶきつそうだったし……何より、あの燃えた木の上から……大丈夫かな」
いつも快活な事の多い雷横がさすがに顔を曇らせる。
「何も宋江は丸腰で飛び降りたわけでは無い。妙な凧を作っていて……まあとにかく奴なりに勝算があるようじゃったし、大丈夫じゃろ……と思いたいがの……」
雷横を元気づけようとしたのか、公孫勝が口を開く。が、彼女もしゃべっている内に不安になったのか、段々と声が小さくなっていく。
と、そこでやにわに、轟音辺りに響いた。何事かとみれば、岸に近い崖ががらがらと音を立てて崩れているのが目に入る。ちょうど、先ほど船にやって来た部隊と上流で船の近くに居る部隊の中間地点の辺りだった
「魯智深ね! あれは!」
楊志がすぐさま、そう判断を下した。それを聞いて、公孫勝が叫ぶ。
「船を近づけるぞ! 一瞬だけ寄って回収したら、すぐまた離れる! 良いな!」
「皆さん! 何でも良いから、近くにあるものに掴まってください!」
阮小二がそういった次の瞬間、船はいきなり、急加速し、風が切って進んでいく。
雷横が風の中、微かに目を開けると見覚えのある黒髪の女性が目に入る。朱仝だった。
「朱仝、無事みたい! 良かった!」
「他の皆もいるのかしら!?」
「砂埃でひどくてあんまり見えない! ああもう、魯智深たら! ちょっと派手にやりすぎよ!」
そんなやりとりが船上で交わされる中、索超がひときわ大きな声を上げる。
「朱仝さん、朱仝さん!! こっちだよ!!」
その声に朱仝はすぐに気づいたようで、こちらに向かって走ってくる。その後ろに林冲と魯智深が続くのが見えた。そしてその後ろに何百名もの兵士が追いかけているのも。
「皆さん! 派手に揺れますっからね!!」
阮小二が言った直後、宣言通りに船が暴れ馬のように跳ねる。跳ね飛ばされそうになるのを必死にこらえていると船はやがて停止した。
「お早く!」
「散!」
阮小二が声をかけると同時、楊志が水を氷柱状に凍らせて三人の背後にいる敵兵に飛ばした。その機を逃さずまず朱仝が、次いで魯智深、最後に林冲が、船に素早く乗りこんでくる。
「全員乗りこんだわよ!」
「宋江くんと花栄は!?」
「来てないのか!?」
秦明の問いに林冲が目を見開く。だがそれについて誰かが何かを言う前に魯智深の言葉を受けていた、阮小二が叫んだ。
「船、出します!!」
そして直後に、再びものすごい勢いで船が岸から離れる。
「朱仝、良かった!! 無事だったんだね!」
「ええ、おかげさまで……ところで、宋江さんと花栄さんはまだ来てらっしゃいませんの?」
「……あたしたちも思ったより早めに来れたから、追い越しちゃったのかしら」
「……いや待て。河清は……あの男は追っ手の中にいたか……?」
林冲のその自問のような問いに、船内が一瞬不気味な静けさに包まれる。
「まさか……後方に居るから見えてないだけかと思ってましたけど……」
「阮小二殿、船を元々居た場所に! 速く! 宋江たちはそこを目指していたはずだ!!」
「は、はい!!」
林冲のこれまでない切羽詰まった声に阮小二は慌てて、船を再び動かし始めた。
(あたしのせいだ……)
ぎりっと血が滲むほどの強さで奥歯をかむ。口元に流れてきた血を花栄は乱暴に払った。油断していたのだ、自分は。そう花栄は自分に刻みつけるように言い聞かせる。
拳を地面に一度だけ振り下ろしてから、顔をあげる。既に宋江を連れた兵士もあの薄気味悪い河清とか言う男も視界にはいない。俺が無事に戻らなかったらあんまり楽しくないことになるよ、等と憎らしいことを言ったあの男を花栄は黙って見送るしか無かったのだ。
空を見上げる。河清の言った夕暮れまではあと四刻(二時間)ほどはある。それまでに河清の望むもの、おそらく朱仝達の身柄を引き連れれば、宋江を解放すると言うのだろうが……。
(冗談じゃ無い)
花栄にそんなことを伝える気はさらさら無かった。伝えればみんなは応じようと言うだろうが、それは宋江の最も嫌う展開だろう。だからこそ、去り際に宋江もああ言ったのだ。
(宋江はあたしが助ける)
既に矢は尽きており、自分の武器と言えば短剣が一つ。だが、だからといって、退く気は毛頭無かった。自分の過ちは自分で拭う。それが花栄の自分に課した戒めだった。
成功すればよし、失敗したとしても河清は自分以外に伝言役を託すだろうから、これ以上悪くなることは無い。河清の欲しいものは宋江の命では無いのだから。
宋江達の向かった方向に走り出そうとして、止まる。河清は自分の足音を耳にしている可能性が頭をよぎったからだ。足音を消すことは不可能では無いが、この場で突然花栄の足音が消えれば向こうは不審に思うだろう。
(いや……)
だが、花栄にはそれをごまかす方法など思いつかなかった。それに、自分の事を不審に思ったところで、河清には取引を待つしか無い。取引の前に宋江を殺せば、ろくな結末が待ってない事は彼にだってわかっているのだから。
ジャーンジャーンと遠くで銅鑼の音がした。聞き覚えのある調子。これは後退の合図だ。その銅鑼の音に自分の足音を紛れ込ませるようにして、花栄は河清と宋江の向かった先に向かって走り出した。
船が岸に到着すると先ほど、先ほど自分たちと一戦を交えた部隊がまだそこに残っていた。まさか自分たちが戻ってくるとは思わなかったのか、兵士達は皆、ぎょっとした様子でこちらを見て固まっている。
「どけぇ!!」
鬼気迫る顔で船から飛び出した林冲が敵兵を数人まとめて蹴飛ばすとその勢いのまま脇目も降らず走って行く。恐ろしいほどに無言の秦明が後に続いた。
「気持ちはわかるけどちょっとは落ち着きなさいって、ああもう!」
「待ってよ! 私も行く!」
次いで魯智深と楊志が飛び降りる。
「朱仝、寝て無くて良いの?」
「冗談言わないで。這ってでも行くわよ」
「またんか、おぬしら、何人行くつもりじゃ!」
さすがに耐えかねたのか公孫勝が声を上げるがそれを無視して六人は走って行く。敵の大半は目を白黒させて林冲と秦明がこじ開けた穴を走っていく面々を見送っている。あまりに予想外なのと何より実力差から抵抗すらままならないのだろう。
(つーか、全員無茶苦茶元気になってるじゃねーか)
阮小五は思わず、心中でツッコミを入れる。林冲はともかく、楊志や秦明、朱仝はここにたどり着いたときは息も絶え絶えだったし、魯智深や雷横も万全な状態では無かった、はずである。
「さすがにさすがに、あの人たちだけ行かせるのはちょっと不安だし」
「最悪、そちらだけで脱出すると助かります」
とそれに続いて索超と黄信までが出て行く。
「……俺たち以外全員降りちまったぞ!」
そして、阮小五の言うとおり、船には公孫勝と阮小二と阮小五の三人だけが取り残される。
「ええい。しかたない、阮小二、船を沖合に出せ!」
「よ、よろしいので!?」
「ぼさっとしとらんと早く!」
敵兵は未だ、突然のことに対応できず、船に寄ってくる気配は無かったが、いつまでもそんな状態のままとは思えない。阮小二はやむなく船を後退させた。
「にしても、宋江のやつ……助けに来のに最後の最後で足引っ張ってんじゃねーよ。これで全員捕まったらどう言い訳すんだ……」
「小五。そういう言い方はやめなさい。まだ何もわかっては無いのだから」
「宋江もそうじゃが、頭に血が登るのが皆速すぎるじゃろ。軍人というのはみんなああなのか? 昔はそうでもなかったはずじゃが……」
呆れきったように公孫勝が呟く。
「……ん?」
「どうしたの、小五」
不意に阮小五が出した怪訝そうな声に阮小二が声をかける。
「いや……多分、見間違いだ。なんか向こうの山の方で大きな影が見えたんだけど……」
一瞬、人のように見えたがおそらくは鳥か何かだったのだろうと、阮小五はそれ以上考えることは無かった。
覚醒して最初に思ったのは人の体というのは存外丈夫にできてるものだ、ということだった。全速力の馬に引きずられて、手首がちぎれるのでは無いかとおもっていたが、どうやらそういうことは無かったらしい。そして、次に声が聞こえた。
「ん? 騎兵だな。馬に乗ってるって事はそれなりに偉いんだろ。いや、そうでもねえか?」
どうやらその声は自分に向けられたものではないらしいと判明し、宋江の意識はまた落ちかけた。だが、頭のどこかがそれを引き留める。その声の主の姿は見えない。ややあって、自分がどうやら地面にうつ伏せに寝ているらしいと悟る。見えないわけだ。
「お、おま……え……」
別の方向から震えの混じった声がする。どういう事態なのかはっきりしない。そしてその直後にいくつかの打撃音が聞こえた。
「でだ……俺が聞きたいのは……ん? ちっ、しまった。気絶してやがる」
その謎の声の主がこちらに近づいてくるのが足音でわかった。そして、自分のつながれてる縄がぐいっと無理矢理引っ張り上げられる。
「いだだだだっ!」
すりむいた手がつながれた縄を無造作にひっぱりあげられて、宋江はその激痛に思わず声を上げた。そして、その痛みによって、意識を強制的に覚醒させられ、目を見開く。焦点の合わないぼんやりした輪郭が目の前に広がる。
「……宋江じゃねえか。お前なんでこんなとこにいるんだ?」
その声がまるで魔法のように宋江の視界をクリアにする。それでも宋江が目を数回瞬かせたのはその目の前の人物の出現があまりにも突然で、脳が情報を処理するのに時間がかかったからだ。そして、幻で無いと確認するために、さらにまた目を何度かパチパチと見開きする。
「……晁蓋?」