“生む”ということ
《登場人物》
I先生……幅広い年代の読者に支持されている女性作家、30歳。〆切なんて気にしない、マイペースな性格。
N君……出版社勤務で編集者の仕事をしている青年、25歳。I先生をデビュー当時から見守っている担当者だが、〆切直前に毎回振り回されている。
────△月×日、午前11時半。1人の青年が、一軒の古い民家を訪ねていた。
……ピンポーン
「先生ー。I先生ー」
青年はチャイムを鳴らしてみるが、全く家主の応答がない。というか出てくる様子がない。
「勝手に入りますよー」
青年は躊躇うことなく玄関を開け、あがり込む。奥のだだっ広い畳部屋に行くと、家主が大の字で爆睡していた。
「I先生ー」
「ん〜……むにゃむにゃ……」
「I先生!」
「うぅ〜……はッ!? 誰かと思えばN君じゃないか〜」
目が覚めたI先生は、驚くこともなく呑気に笑った。
しかも薄いシャツにパンツ1枚という女性らしからぬ格好。自分以外の客が来たら、どうするつもりだったのだろうか。
「笑ってる場合じゃないですよ。〆切が迫ってます、執筆して下さい」
「む〜……、私の創造意欲が高まったときにね〜」
「いつ意欲が高まるか? 今でしょ」
「あはは、N君は面白いことを言うよね〜。……はいはい、執筆再開しますよ、っと」
I先生はむくりと起き上がり、すぐそばの机に向かう。ペンを持ってカリカリと書き進めるI先生の姿が、N君は好きなのだ。
普段はぐうたらな冴えない女性が一心に何かに打ち込む……。そこにキュンときたのが「恋」なのだと気付いたのは、つい最近のことだったか。
「そういえば、I先生は結婚したいと思ったことあります? 他にも赤ちゃん欲しいな、とか」
「無いね」
「えっ……」
キッパリ答えたI先生に、思わず言葉が詰まる。そんなN君の反応が意外だったようでペンを止めて向き直るとポツポツと語りだした。
「生涯寄り添う相手を見つけることも、赤ん坊を授かることも、確かに世間一般では『幸せ』と呼ぶものだろう。しかし私はそれだけが『幸せ』だとは思わない。結婚なんかしなくたって、1人で『赤ん坊』を“生む”ことは可能だもの」
誇らしそうに話してくれるが、N君には言っている意味が分からなかった。
確かに結婚しなくても赤ん坊を作ることは可能だ。しかし、どちらにしろパートナーが必要。1人で、というのは物理的に不可能なはずだ。
「……I先生、よく分からないんですが」
「ん、そうか? ではもう少し簡単に説明しよう。……まず赤ん坊は母親の胎内で、ある程度育てなければいけない。さらに胎内の赤ん坊には栄養が必要で、母親は沢山の食事を摂取していく。そして充分に栄養を蓄えたとき、母親は赤ん坊を“生む”のだよ」
「そんなこと授業で習いました。僕が聞きたいのは……」
「まぁまぁ、人の話は最後まで聞くものさ。……これを私に置き換えると、まず頭の中で出版しようと思っている作品の構想を練っていく。さらに文章を書き込んでいき、読み返しては修正する。そして自分自身で納得する作品だと思ったときにN君に渡して、その作品は出版される。つまり……私にとっては作品が“赤ん坊”で、出版が“出産”ということだよ」
「もっと簡単に言ったら、『仕事が恋人』ってやつですよね」
「あはは、N君は話をまとめるのが上手いよね〜。……とにかく、私は今の状態でも『幸せだ』って思ってるよ」
自分の言いたいことを話し終えたI先生はお茶を飲みつつ執筆を再開する。
I先生は一般よりズレた考え方をしているけど、間違ったことは言っていない。生む=出産だと思い込んでいた身としては、衝撃だったけれど。
「N君、もうすぐで提出するから適当に待っててくれ」
「はい。……あ、庭でタバコ吸っても良いですか?」
「好きにしたまえよ」
庭の小さなスペースを借り、タバコに火をつける。
「I先生……鈍感だよな……」
ゆらゆらと空中を漂う煙を見つめながら、1人で呟く。
『焦らなくていい。きっと想いは届く』。今は、そう考えることにした。
END
『“生む”ということ』は如何だったでしょうか?
登場人物のイニシャルは、とある有名なキャラクターだったりします。
ちなみに、お題は『生み出す』でした。