標識は当てにするべからず
「おい宰相、テメェ今どこにいる」
『……わかりません』
城下町の賑わいを背に、小型通信機を耳に当てる。機械を通じて聞こえた声はいつもより覇気がない。
「言ったよな。俺から離れるなって。何回も言ったよな」
『七回です』
「いや、そんな細かいことはいいし」
『申し訳ありません』
ため息と共に空を仰げば、その空は橙色へと染まっていた。生憎、この通信機にはGPS機能なんてものはついていない。まだ開発途中の段階なのだ。
「とりあえず、俺が行くまでそこから一歩も動くな」
……では、なぜこうなったか説明しよう。
***
――時刻は勇者が魔王城を去ってすぐになる。
今日はいつもより勇者が早めに退出したため、幾分時間に余裕がある。昼食は外で適当に食べることにした。
「して、魔王さま。今日は何をお探しに?」
「考え中だ」
城の正門を出ると道はそのまま城下のメインストリートに繋がっている。周囲を警備している家臣たちに手を振りながら街へ下っていく。
「考え中ということは、何方かにプレゼントされるのですか?」
「……不本意だがな」
「不本意、つまり相手はあの勇者殿ですか?」
「お前、相変わらず嫌らしい聞き方するな」
「光栄です」
自分の一歩後ろを歩く宰相はさすがというべきか、足音がしない。……いや、普通主人と一緒の時は足音たてるよな?いつ後ろから刺されるかわからないんだけど。
「何だその目は」
「いえ、魔王さまもずいぶん丸くなられたと」
「お前はいつまでたっても丸くならないな」
「いえ、私もここ数年で体重が増えまして」
「丸くってそっち!?」
「冗談です」
……にこりともせず冗談だと宣うお前は全くおもしろくないよ。
たいして盛り上がることもなく、街にたどり着く。あの少しずれた勇者に何を与えるか何も思い浮かばないので、とりあえず街並みを一通り覗いていくことにした。
「ああそうだ。宰相」
「はい、何でしょう」
「お前絶対俺から離れるなよ」
「……承知しております」
このやり取りをあと六回繰り返した。それなのに、気づいた時には俺の後ろに宰相の姿はなかった。
「あンの、方向音痴が!!」
――そうして冒頭に戻るわけだ。
(誰にも弱点はある、なんて寛容な心は持ち合わせていない魔王です。)