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ルールは守りませう


「はい王手」

「なんだとっ!?」


 今日も律儀な勇者は10時きっかりに執務室にやってきた。して、早15分。

 テーブルの上には升目の書かれた紙と白い石からできた駒。なんちゃって将棋。


「たんま! たんま!」

「待ったは三回までって決めただろ」

「たんまは初めて使う!」

「……」


 いつからこうなったのか記憶があやふやである。

 まじまじと目の前の人物を見る。黙っていればそれはそれは素敵な王子サマ。いや、実際王子サマだけど。


 とりあえず、重要なのは目の前で頭を抱えている優男が勇者サマと崇められている存在で、対する自分が魔王と虐げられている存在である、ということ。対比かつ並列な関係。



 ――それがどーーーして、こう、将棋を、さしているのか! しかもめっちゃ弱い!



「おいテメェ挂馬は前に直進できないっつっただろーが。斜めだって」

「なんだと! いつルールを変えた!?」

「変えてねーよ」

「俺は聞いていない! 伝令ミスか?」

「おい話聞けよ」

「そもそもけうまとやらは馬なのだろう? ならば直進できて当然ではないか魔王よ。なんだ、この馬実は兎か?」

「めんどくせーなお前!」


 自分は何時までこのバカとつき合っていかねばならないのか。頭が禿げそうだ。もしくは色素が抜ける。


 ……ああ頭が痛い。 昨日は鬼ごっこに付き合わされて呼吸困難に陥りかけたし、一昨日はちゃんばらごっこ(リアル)で死にかけるし、その前は何で死にかけたんだっけなあー…。

 いや、相手は一応勇者だから道理には叶っているのか?


 なんやかんや記憶を掘り起こしているうちに痛み始めた頭に唸る。テーブル上のカップに手を伸ばして一口啜る。

 宰相の淹れるお茶はいつも温いくて甘い。そして宰相は甘党である。



「む、もうこんな時間か」

「あ?」


 このお茶を飲むといつも身体の緊張や疲れが抜ける。はりつめた糸が緩まる瞬間である。ただ、毎度少々甘すぎるのでばれないように後からお湯を足す。ばれるとさらに面倒なことになるのだ。


「今日は帰るの早いな」

「勇者とは忙しいものなのだよ」

「……お前が言える口か?」

「ほら、毎日律儀に魔王と戦っているではないか」


 毎日律儀に負けてくれているがな、とはさすがに言わなかった。たぶん悶絶するから。


「【Bientではまた】」


 そう言ってヤツは足早に去っていった。その背を追うようにして宰相も部屋を出ていく。うちの宰相は相手が敵であろうと最低限の礼儀は施す。大方、今も律儀に見送りに行ったのだろう。

 ……あの2人が話しているところなど見たことがないが。


 2人が退出して後、食べ滓で散らかったテーブルを片付けに使用人がやって来た。自分も片付けを手伝う。


「あら?」

「どうしたシーナ」

「いえ、ポットの中にカモミの葉が入っていたので」

「カモミの?」


 珍しいですね、宰相様かしら? とシーナは呟くと再び後片付けに取り組んだ。


 シーナの呟きを耳にし、手元のカップをじっと見つめる。少し冷めたその器の中からは僅かにだが薬草の香りがする。


 カモミというのはもとは大樹の名を指し、その葉には様々な活用法がある。例えば、カモミの葉を磨り潰し薬剤としての処方を施すと鎮静剤となる。また、カモミの葉を蒸して飲料として体内接種をすると血流を良くし、リラックス効果がもたらされる。特にこの蒸し方法は女性陣に人気で紅茶に混ぜることが多い。


「シーナ少し出てくる。家のことは任せた。」

「夜遊びにはまだ早いお時間ですが」

「なんでそうなる」

「あら、違うのですか?」

「俺、王様ですよね。何なのこの扱い」

「冗談です。いってらっしゃいませ」

「おう」


 この王座に就いてからいったい何年経ったか。王座に就く以前からあのいけ好かない宰相様と過ごしてきたのだ。それは嫌というくらい。

 ――だから断言できる。


「よお宰相様、見送りご苦労」

「勿体無き御言葉」

「城下に行く。準備しろ」

「畏まりました」


 カモミが育つには人の一生の倍以上の年月が必要である。さらに育つ条件はかなり厳しい。だからカモミの葉は高価でなかなか手に入りにくい。

 そして、我が宰相様はそんなマメな奴ではない。



「『けうま』じゃなくて『けいま』だし。いい加減覚えろよ」



(魔王に気遣う勇者ってどーなの、な毎日。)

2013/2/11 誤字修正


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