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精霊の器 - missing fate -  作者: 荻野まっちゃ
第二章  ギルド【白い鷲】
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Tale.5  若葉色の二人

 マルーンで迎える二日目の朝。

 今朝は昨日のような朝から神経を磨り減らすこともなく平和に過ぎていった。

 シモンたちにラルフからの依頼を引き受けたことを伝え、

 その結果一週間ほどはポストイに滞在することが決まった。

 そうこうしているうちに太陽は空高くまで昇り、

 ホテルの近くの市からは活気のある声が聞こえ始めた。

 自分たちの部屋でその声を耳に聞きながら、エフィはテーブルに置かれていた一口サイズの

 サンドイッチを一つ口に運んだ。

 新鮮な野菜とハムの風味をじっくり味わった後に飲み込み、さて、と話を切り出す。


「まずは情報を集めないとね。一番人が多いとこだし市でやりたいけど、

 あそこで聞き込みなんてしたら全員体力切れで倒れる気がするから、この案は却下するね」

「って言っても、エフィ姉が今初めて言ったことじゃんそれ」

「細かいところを一々つっこまないのー」


 不満そうな顔でフィリスがサンドイッチに手を伸ばす。

 それを見たウェインが、苦笑しながら牛乳を一口飲んだ。

 今この部屋にいるのはエフィとウェイン、そしてフィリスとモーゼ君の4人。

 作戦会議のような形ではあるが、実質真面目に考えているのはモーゼ君くらいのものである。

 エフィとフィリスは女らしからぬ力で敵を吹っ飛ばす荒々しいタイプであり、

 比較的大人しい方に見えるウェインも、内に秘める絶大な魔力をもって

 辺りを滅し尽くす勢いで戦うスタイルだからだ。

 考えて戦うことを元からしないのだから、作戦会議なんてものが必要であるはずがない。

 おそらく他の3人も同じようなことは考えているだろうなと思いながら、

 エフィは再びサンドイッチに手を伸ばした。


「ま、変わったことがなかったかだけ聞けたらいいって思ってる。

 散歩も兼ねて市の周辺で聞き込みして、ある程度情報が集まったらここに帰ってくる。

 そんなかんじでいいよね」

「そうですね。それ以外にするべきこともあまりありませんし」

「俺が偵察に行くっていうのもあるけど?」

「本番に向けて体力残しときたいし、万が一女王(ティターニア)に遭遇したらどうするのさ、それ」


 ウェインは再び苦笑し、それは勘弁してくれ、と呟いた。


「んじゃ、さっそく行く?」

「うん。腹ごしらえもすんだことだしね」


 エフィが椅子から立ち上がると同時に、

 残っていた最後のサンドイッチをフィリスが口に放り込んだ。

 ウェインも牛乳を一気に飲み干すが、気道に入ったらしく少しむせている。

 それを見て少々呆れつつ、エフィは腰のベルトに愛剣を挿した。

 部屋の鍵を握り、ドアを手前に開けた、その時。


「あっ…」

「…あれ?」


 お互いに頓狂な声を出し、エフィと、

 今まさにエフィたちの部屋のドアを叩こうとしていたらしいルルは、その場に固まった。


「あ、ルルじゃん!どしたのー?」


 エフィの後ろからひょっこりと顔を出したフィリスがにぱっと笑う。

 対するルルは、少し慌てたように。


「えと、ウェインさんとお話できたらなって思って来たんですけど、

 今から出かけられるんですよね。…その、また今度来ます」

「あ、待って待って!」


 踵を返そうとするルルをエフィは引き止めた。

 振り返った彼女を見、一度ウェインに視線を滑らせる。

 彼女がウェインと話したいのは、おそらく自分たちの前では言いづらいことだろう。

 なら今できることは、その話の場を設けてやることだ。


「今から聞き込みに行くとこなんだ。よかったら君も協力してくれない?

 ウェインと君、私とフィリスとモーゼ君の二手に分かれたら効率も良くなるしさ」


 ルルの表情がぱっと明るくなる。


「ありがとうございます!」

「いいのいいの。ギブアンドテイクってやつだよ」


 部屋の戸締りをしつつ、エフィは笑った。

 助っ人を一人加えた一行は、意気揚々とホテルから出発した。




                    ◇




 ホテルを出てからすぐに二手に分かれた後、ウェインとルルは海岸線の遊歩道を歩いていた。

 すれ違う人々に聞き込みをして回るが、有力な情報はこれといって得られていない。

 半ば諦めつつ、ウェインは正面から歩いてきた男性に声をかけた。


「すいません。

 今ドゥ-べ島の火山が停止していることについて、何か知りませんか?」

「すまねぇが、モンスターがわんさか沸いてきたってこと以外は知らんなぁ…」

「そうですか…。ありがとうございました」

「や、ちょっと待ってくれ」


 礼を言って立ち去ろうとしたが、ウェインは男性の声に引き止められた。

 振り返ると、男性は目を細め、真剣な眼差しでウェインを射抜いていた。


「見たところ、あんたは【白い鷲(ホワイトイーグル)】ものだろう。

 それならもしかしたら知っているかもしれないが…。

 あの島はサラマンダーのコロニーなんだ。

 そんなところに、モンスター共が湧くはずがねぇんだよ」

「確かにそうですね…。ご協力ありがとうございます」

「いや、こっちこそろくに役に立てなくて悪いな」


 男性は申し訳なさそうな笑みを浮かべて頭をかいた。

 彼と別れた後、ウェインとルルは遊歩道を歩き、芝生の広がった小さな広場に辿り着いた。

 それまでウェインの一歩後ろを歩いていたルルは、

 途端に駆け出し、芝生の上で兎のように跳ねまわった。


「ここ、私のお気に入りの場所なんです!潮風が気持ちいいでしょ?」

「そうだね。聞き込みはこれくらいで切り上げて、ちょっと休憩しようか」


 芝生の上に座っていたルルの隣に腰を下ろし、しばらく海を眺める。

 この海岸は西に向いているため、

 水平線の彼方にカーディアとラシオニアの大地が揺らめいているのが見えた。

 大地も海も風も、四年前までは知らなかったものばかりだった。

 実験上不必要だと考えられたのか、ウェインは幼少期の記憶をほぼ完全に消されていた。

 残っていたのは、両親はもういないという、記憶と呼べるのかも曖昧なものだけ。

 そして、あんな辛い時期の記憶を今も持って生きているのは、大陸で自分だけだと思っていた。

 なのに、彼女は現れた。

 黒く長い髪の先に、自分と同じ色を揺らして。


「…ルル」


 意を決して、呼びかける。

 対する彼女は不思議そうな顔をすることもなく、ただ真っ直ぐな瞳でウェインを振り返った。

 その桔梗色を見つめ返し、ゆっくりと、はっきりと、言葉を紡ぐ。


「君は、以前シルフを喰ったことがあるね?」


 寂しげに微笑み、ルルはこくりと頷いた。

 自分の髪を指先で弄びながら、彼女は語り始める。


「もう六年前になります、私があそこにいたのは。

 血の臭いがこびりついたあの場所で、私も精霊を喰いました。

 けど、私の魔力を収める器は小さすぎて、すぐに拒絶反応が出たんです。

 そのまま森に捨てられたんですけど、比較的傷が浅くて、逃げることができたんです。

 逃げて、カーディアの町の外れに倒れていたのをマスターが助けてくれたんです」

「それじゃあ、魔力は…?」

「ほとんど持ってません。だから…」


 ルルが不意に立ち上がり、両手を広げた。

 今まで正面から吹いていた風が、ほんの数秒、二人の後ろから吹きぬけた。

 ルルは再び腰を下ろすと、ウェインに向けて微笑んだ。


「今みたいに、そよ風を起こせる程度です。もちろん、魔法も使えません」

「…そっか、よかった」


 自分のように、化け物のような力は持っていなかった。

 安堵のため息が自然に零れ出る。


「実は私、あの場所でウェインさんを見たことあるんですよ」

「…え?」


 思わず上ずった声を出すと、ルルはにこりと笑ってから海に視線を向けた。


「今と変わらない若葉色の髪と菫色の目。

 あんな場所だったけど、素直に綺麗だなって思ってました。

 …それはシルフの、精霊の力の象徴だけど…。私は好きですよ、その色」


 潮風が二人の髪を揺らす。

 この色を好きだと言う人間は少なかった。

 彼女の言うとおり、精霊を象徴する色だから。過剰な力を示す色、だから。

 それを綺麗だと言ってくれたことが、ただ単純に嬉しかった。

 右目を手で押さえつつ、ウェインは淡く微笑んだ。


「…ありがとう」


 そうして決心する。

 化け物のようなこの力を全力で振るうことにはまだ抵抗があるが、

 ラルフからの依頼には正面から挑み、完遂してみせよう。


「ルル」

「何ですか?」


 上目遣いに振り向くルルに、ウェインは力強く笑った。


「俺は行くよ。ドゥーべ島に」

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