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精霊の器 - missing fate -  作者: 荻野まっちゃ
第二章  ギルド【白い鷲】
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Tale.4  珊瑚の槍のギルド

 【珊瑚の槍(コーラルジャベリン)】の少女に先導され、エフィたちは高台を目指していた。

 マルーンの町並みと比べると無骨な印象を受けるギルドを見上げつつ砂利の坂道を登る。


「もうすぐですよ」


 先を歩く少女が振り返り、にこりと笑った。

 会話を続けるわけでもなく、そのまま彼女は顔を前に戻す。

 暇だな、とエフィは思った。

 歩く以外にすることもないし、高台から見る町並みにも慣れてしまった。

 最初こそ綺麗だ素敵だと騒いだものだったが、見慣れるとつまらなくなる。

 エフィの一歩後ろを歩くフィリスは、未だに好奇心旺盛な瞳で辺りをきょろきょろとしている。

 そのうち小石にでも躓きそうだ。…まぁモーゼ君もいることだし大丈夫だろう。

 ふと、エフィは隣の弟にいつもとは違う気配を感じた。

 顔を窺ってみるが、見た目に変わった様子はない。


(…?気にしすぎかな)


 考えることをやめ前を向きなおそうとしたその時、エフィは気がついた。

 ウェインが黙々と歩を進める中、時折何かを凝視していることを。

 よくよく観察すると、彼の視線の先にはあの少女がいた。

 いや、詳しくは彼女の髪の毛かもしれない。

 彼女の黒いポニーテールの先は、ほんのわずかに、ウェインと同じ若葉色をしていた。




                 

                    ◇





 坂道を登りきると、【珊瑚の槍(コーラルジャベリン)】はもう目の前だった。

 海洋生物の骨で装飾された大きなドアを先導していた少女が押し開ける。

 手招きされるままに中に入ると、

 天井から吊るされた巨大な骨―おそらく鯨だろう―がエフィたちを出迎えた。

 見上げると骨だけの鯨と目が合った気がして、エフィは思わず半歩下がった。

 つくづく、【白い鷲(ホワイトイーグル)】のメンバーでよかったと思う。

 ギルドに帰る度にこんなものに出迎えられていては自分の心臓がもたない。

 辺りを見渡せば、依頼表を張ったボードやカウンターなど、

 【白い鷲(ホワイトイーグル)】と似たようなところもたくさんあった。

 多くのギルドメンバーががやがやと騒いでいる中、

 カウンターの椅子に座っていた初老の女性に少女が駆け寄った。


「マスター、お連れしました」

「御苦労だった、ルル。休んでいなさい」


 少女はそのままどこかに走り去り、椅子から立ち上がった女性がエフィたちに歩み寄った。

 檜皮ひわだの髪に藤色の瞳。珊瑚の装飾が施された服を身にまとっている。

 杖をついているが、腰は全く曲がっていない。エフィにはただの飾りにしか見えなかった。

 皺が刻まれた顔は厳格そうに見えたが、相手はエフィたちに向かって破顔した。


「よく来たな。ワシは【珊瑚の槍(コーラルジャベリン)】のギルドマスター、ラルフ=エピドートじゃ」

「初めまして、【白い鷲(ホワイトイーグル)】のエフィ=バーントシェンナです」

「同じく、ウェイン=ヘリオトロープです」

「フィリス=イエローオーカです!」

「デュラハンのモーゼと申します」


 エフィたちの自己紹介をにこやかに聞いていたラルフは、

 最後のモーゼ君の言葉に目を丸くした。

 ほう、と小さく呟き、まじまじと彼を見つめる。


「ナルセスから話を聞いたことはあったが、まさか本当だったとはな」


 ラルフの言葉に苦笑し、エフィはところで、と話を切り出した。


「さっきの子に言われて来たんですけど、私達に協力してほしいことって何なんですか?」

「おお、そうじゃった。危うく忘れるところじゃよ」


 照れ隠しのように頭をかいた後、ラルフはさっと笑みを消した。

 鋭い眼光を放つ瞳に、エフィは気を引き締めた。

 唇を引き結び、ラルフの次の言葉を待つ。


「ドゥーべ島は知っているな?ポストイ唯一の火山島じゃ。

 サラマンダーのコロニーでもある島なのじゃが、

 近頃突然モンスター共が大量に蔓延るようになってな。

 サラマンダーもその数に押され、島の隅に追いやられておるようなのじゃ」


 ふう、とラルフは小さく息を吐いた。

 大陸随一の精神力を持つ『精霊の器(セイクレッド)』使いと言われる彼女にため息をつかせるほど、

 ドゥーべ島の事態は深刻らしい。

 ごくり、と隣のフィリスが喉を鳴らす。


「ドゥーべ島の火山とサラマンダーは共生関係にある。

 モンスター共によって彼らが追いやられてしまった今、火山の活動が止まってしまったのじゃ」

「火山が噴火していなかったのは、そういうことだったんですね」


 ふむ、とモーゼ君が飼葉桶の縁に手をやる。

 自分達がやるべきことは理解した。

 蔓延っているモンスターを一掃してしまえば何とかなるだろう。

 だが、すこし疑問が残る。


「ドゥーべ島がサラマンダーのコロニーなら、

 モンスターが攻めてきた時点で返り討ちにできたんじゃないんですか?

 精霊魔法の一発や二発で、大概のモンスターは倒せるんじゃ?」

攻めてきたのなら(・・・・・・・・)、な」

「どういうことですか?」


 ラルフの謎めいた言い方にウェインが首をかしげる。

 

「奴らは攻めてきたのではない。火山から湧き出るように大量に現れたのじゃ。

 いくら強大な魔力を持つ精霊たちといえど、数の強さには勝てん。

 倒しても倒しても、奴らは火山から湧いてくる。

 本来ならワシらが赴くべきなのじゃが、生憎ワシらにはお前さんらのような機動力はない。

 しかし火山が死ねば、それに頼るところの多いポストイ自体の経済も危うくなるやもしれん」

「なるほどー、だからあたしたちに。で、暴れてるモンスターって何か分かります?」

「おお、いい忘れておったな。奴らはスケルトンやらグール…アンデッドの類じゃ」

「ええっ!?」


 フィリスに答えたラルフの口からアンデッドの単語が出た瞬間、

 エフィは自分自身の肩を抱いた。腕に自然に鳥肌が走る。

 ただのモンスター退治なら喜んで引き受けるが、アンデッドなら話が別だ。

 それに加え、ウェインもおそらく良い返事はしないはずだ。


「ラルフさん、サラマンダーのコロニーってことは、女王(ティターニア)も…?」

「ああ、いるはずじゃよ」


 やっぱり、という表情でウェインが苦笑いを浮かべる。

 その反応を横目に、エフィは心底申し訳なく思いながら話を切り出した。


「えーっと…。申し訳ないんですけど、今回は…」

「行く行く!その依頼引き受けます!」

「「えっ!?」」


 エフィとウェインが同時に頓狂な声を上げる。

 焦ったエフィはにこにこと笑っているフィリスの首根っこを捕まえ、強引に自分の方へ向かせた。


「(ちょっとフィリス!私がアンデッド苦手なのわかってるでしょ!?)」

「(俺も精霊とはあんまり関わりたくないんだって!)」

「ウェインが行きたくない理由は分かるけど、エフィ姉のは割とどうでもいいよね!」


 フィリスのもっともな言い分にエフィは唸った。


「…分かったよ。行けばいいでしょ行けば!」

「さっすがエフィ姉!かっこいいよ!」


 煽てられても怖いものは怖い。

 フランベルジュを無茶苦茶に振り回して、味方を切らないようにだけ注意しよう。

 そう考え、エフィはウェインを見た。

 まだ苦い顔をしているが、エフィが折れたことで諦めたらしい。

 弱々しい顔で大きくため息をつく。


「できるだけ頑張るよ…」

「やったー!」

「ただし!」


 勢い良く万歳したフィリスに釘を刺すようにウェインが視線を鋭くする。

 両手を上げた体勢のままフィリスが固まる。

 何か難題を吹っかけられるかも、と考えているのか、フィリスの顔は強張っていた。

 ウェインは疲れを表情に滲ませながら仁王立ちした。


「行く前に俺を休ませてくれ!」

「…そういえばそうだったね」


 これまたごもっともな言い分にエフィは苦笑した。

 このままドゥーべ島に赴けば、ウェインは3回連続の戦闘に突入するわけで。

 魔力はあっても体力・筋力からっきしの彼にとってはつらいことこの上ないわけで。

 休みたくなって当然のことである。

 お笑いのような一連を見ていたラルフは、声を上げて笑った。


「はっはっは、ワシとて今すぐ行けとは言わんよ。

 疲れているのなら休んでからでいい。早いにこしたことはないがな」

「ありがとうございます~」


 休めると分かったエフィは、気の抜けた礼を返した。




                     ◇




 軽い相談を終えた後、エフィたちはホテルに戻ることにした。

 明日は休みも兼ねてマルーンで軽く聞き込みをすることにして、

 人々から少しでも情報を集めるつもりだ。

 火山の噴火が止まっているのは人々も当然気づいているだろう。

 それなら、ドゥーべ島に関して何か聞けるかもしれない。


――聞き込みと休み半々くらいでいけたらいいかな。


 横目でウェインを窺いつつ、エフィは考えた。

 ラルフに挨拶をし、ギルドを出ようとした時。エフィは視線を感じて軽く振り返った。

 その先には、物陰からこちらを窺う黒髪のポニーテールの少女がいた。


――さっきの…。ルルって言ってたっけ。


 エフィに見られていることに気がついたのか、

 ルルは長い髪を翻してどこかへ駆けていってしまった。

 ここに来る時のウェインといい今の彼女といい、今一理由のわからない行動が目立つ。

 何かあるのかな、と考えつつ、エフィはギルドの門を押し開けた。

 太陽は西に傾き始めていて、空はわずかに茜色に染まっていた。

 徐々に電灯の光が灯りだす眼下の街を眺めた後、エフィはその視線をドゥーべ島へ滑らせた。

 少しずつ濃い茜色に染まっていく島は、やはり静まり返っていた。

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