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精霊の器 - missing fate -  作者: 荻野まっちゃ
第二章  ギルド【白い鷲】
6/15

Tale.2  戦いの舞台はアイム海

「ちょっと姉さん」


 意気揚々とギルドから出た直後、エフィは覇気のない弟の声に後ろを振り返った。

 フィリスも同じように振り返る中、ウェインはげんなりとした様子でため息とつく。


「俺、仕事から帰ってきたばっかりなんだけど」

「あー…そうだったね」

「殺す気?」

「いや?全然。てか疲れてないでしょ。それにシモンさん直々の依頼な訳だし…」

「直々って言ったって、目的が見え透いてるじゃないか」

「まーまー二人とも!いざとなったらあたしもモーゼ君もいるし!」


 終わる気配の無い二人の会話に、半ば無理矢理フィリスが割り込んだ。

 にこにこと愛想のいい笑顔を浮かべるフィリスにウェインは再び息を吐く。

 

「しょうがないな…」

「やたー!」

「私達に合わせて船のクルーの方々もいらっしゃるでしょうし、大丈夫でしょう」

「そうだねー」


 へらりと笑いつつ、エフィはモーゼ君に視線を移す。

 初めて見た時には飛び上がって驚いたが、今では見慣れた飼葉桶だ。

 フィリスが小さかった頃からの関係らしい二人のコンビネーションは、

 そこいらのペアとは比べ物にならない。

 

「そだ、シモンさんにちゃんと説明するの?モーゼ君のこと」

「そだねー。毎回めんどくさいんだけど…」

「私の種族上、仕方ありませんね」

「初めて見た時、姉さんびっくりして倒れたよね」

「余計なことは言わんでいい!」


 自分の昔の恥ずかしい話を掘り返されそうになり、エフィは喚いた。





              ◇




 

 しばらく歩き続けた後に、いくつもの貿易船が並ぶ港へ到着した。

 普段はギルドの窓から眺める程度の景色が目の前にある。

 同じような巨体が整然と並ぶ中、エフィは目的の船を探した。

 港をくるりと見回すと、さほど時間もかからずそれは見つかった。

 船の前に大柄な男が腕を組んで仁王立ちしている。

 つり上がった眉に切れ長の目。顔の中央に横一文字に走った傷跡。特徴的な顎鬚。

 服は着ずに胸にさらしを巻き、その上から碇の紋章のついたジャケットを羽織っている。

 深緑のズボンにブーツというラフな格好だ。

 エフィに気付いたようで、その人物はにかっと笑いながら片手を挙げた。


「おうエフィ!ウェイン!こっちだこっち!」

「はいはーい!今行くよー!」


 ぱたぱたと走りだすと、その後ろにウェインたちも続く。

 

「シモンさん久しぶりー!」

「おう、お前も元気そうでなによりだ!」


 勢いをつけてその胸元に飛び込むと、ごつごつとした胸板と腕でしっかりと受け止められる。

 何ヶ月ぶりかの再開を喜んだ後、エフィはすとんと地面に降ろされた。

 

「そっちの二人は初めてだな。俺はシモン=キャメル。こいつの船長をやってる」


 後ろ手に自分の貿易船を指差し、シモンはにかっと笑う。

 一歩下がって後ろにいたウェインたちと横一列に並ぶ。

 それと同時に、フィリスが勢い良く挙手した。


「あたし、フィリス=イエローオーカです!【白い鷲(ホワイトイーグル)】のメンバーで、エフィ姉の後輩です!

 で、こっちはモーゼ君!あたしのちっちゃい頃の恩人!」

「ほう、エフィの後輩か。お前に似て騒がしいな」

「元気がいいって言ってあげてほしいな、そこは」


 まぁ騒がしいことに変わりは無いのだが。

 隣をちらりと一瞥すると、ウェインも困ったような笑みを浮かべていた。


「ところで、お前は何でバケツなんか被っているんだ?」

「バケツじゃありません飼葉桶です。…生憎、こんなナリでして」


 モーゼ君が自分の飼葉桶に手を掛ける。

 何の躊躇もなく外されたそれの中には、本来あるべきものが丸ごと欠落していた。

 彼の首から上は、何も無いただの虚空だった。

 腕を組んでいたシモンが目を点にし、呆けたように口が半開きになった。


「…俺の目がおかしくなっちまったのか?」

「そうじゃないよー」

「私、デュラハンなんです」


 飼葉桶を被り直しつつモーゼ君が説明する。

 デュラハンは首から上が無いモンスターである。

 フィリスは小さい頃ケイネの森に迷い込んだところを彼に助けられ、

 それ以降行動を共にするようになったのだという。

 しかし活気盛んなこの町を首無し状態でほっつき歩くわけにもいかず、

 とりあえず飼葉桶を被ってみたらぴったりだったので、今に至るらしい。

 また日光が得意ではない種族なので、

 日中でも行動を可能にするためのペンダントも身につけている。

 それにしてもさすがに唐突過ぎたか、とシモンの様子を窺ってみる。

 すると、


「デュラハンか、こりゃあ驚いた!それなら今日は楽勝だな!」


 要らぬ心配だったようである。

 元々シモン=キャメルという人物は細かいことは気にしない大雑把な男である。

 貿易船の船長がそれでいいのかと思わないでもないが、

 エフィはそれが彼の個性だと思っている。


「それで、今回は海賊退治でしたよね?」


 脇道に逸れかかっていた話題をウェインが本来のものに促す。

 そうだった、とエフィ自身も相槌を打った。

 

「そんなに強いの?ってか、どこに出没するの?」

「場所はアイム海のポストイ方面だ。強さは…そうだな。他の貿易船が手こずる程度には強い」

「中々やり手、ということですか」


 人間が考えを巡らせる時に顎に手をやるように、モーゼ君が飼葉桶の縁を手でいじる。

 フィリスは「へぇ~」と緊張感の無い声を出し、ウェインは静かに目を細めた。

 他の貿易船が手こずる程度、ということは、

 シモンの船のクルー達だけでも勝つ見込みはあるのだろう。

 彼の船は外見だけでなく、腕っ節もそこらの船とは段違いに強いからだ。

 だがそこに、ウェインだけならまだしもエフィ、そして更に2人の人員を要求した。

 珍しく用心深くなったのか、はたまた他の目的があるのか。

 どちらなのかは容易に想像できたが、言葉にはしないことにした。


「モンスターの時みたいに、ぱぱっと蹴散らせばいいよね」

「あぁ。ただし、負傷者はできるだけ少なくしてくれよ。相手は人間なんだからな」

「相変わらず人間には優しいですね」


 ウェインが微笑むと、シモンはがははっと笑った。


「これでも、この町の船の船長だからな」





                    ◇





 港から出航して数十分。天気は雲一つ無いアイム海らしい空である。

 アダーラの町並みは水平線上に僅かに揺らめくばかりで、

 南にはラシオニア、南東にはポストイと島国の影が見える。

 アイム海は珊瑚礁で有名な海域だ。波も穏やかで天気が急変することも少ない。

 運が悪ければセイレーンに遭遇することもあるが、

 カーディア・ラシオニア以西、シーサーペントやクラーケンが度々出没する

 ストミラ海に比べれば、航海には安全な海域である。

 その分、貿易船を狙った海賊行為はアイム海に集中する。

 今回も大方そのひとつだろう。

 いつでも戦えるように心の準備はしておきつつも、

 エフィは何を考えるでもなく水平線を見つめていた。

 フィリスは珍しい魚や時々水面からジャンプするイルカにはしゃぎ、

 モーゼ君はまるで彼女の両親のようにそれを見守っている。

 ウェインはマストの上に付けられた見張り台に上り、

 クルーの一人であるスコットと海賊船の影を探していた。


「中々来ないねぇ…」


 思わず小さく呟いた声は、どうやら舵を取っていたシモンの耳にも届いたらしい。

 エフィを振り返り、なだめるように言う。


「そうふてくされんでも奴らは現れるさ。しかも、挨拶代わりに砲弾ぶちこんでくるらしいぞ」

「そりゃあまた、豪勢な歓迎だね」

「気は引き締めておけよ。今この瞬間に来てもおかしくないんだからな」

「りょーかい…」


 やっぱりまだ待つのか、と思ったその時。

 ドンッ という鈍い音がエフィの耳朶を打った。数瞬遅れて、彼女の頭上から風が吹き荒れる。

 反射的にエフィが抜剣した数秒後、さほど離れていない海面に水飛沫が上がった。


「…不意打ちは防げた。上々の滑り出しだね」


 見上げると、自ら巻き起こした風に髪を翻すウェインが見えた。

 シモンが忠告した通りの砲撃による不意打ち。

 それをウェインが力任せに風で叩き落としたのだ。

 4年前と比べれば逞しくなったものである。


「来ます!」


 マストの上からウェインが叫ぶ。

 それと同時にその隣にいたスコットが大きく息を吸い、ほら貝を吹き鳴らした。

 重く響く音色の後、甲板を走る男がもう一人。

 クライドという名の寡黙なクルーが砲台に手を掛ける。

 舵を他のクルーに任せ、シモンが使い慣らしたトライデントを握りこんだ。


「前方、敵船確認!例の奴らだ、返り討ちにしてやれ!」

「おぉ!」


 船長の言葉に、全員が吼える。

 エフィは船の前方に現れたもう一隻を凝視した。

 白い帆が張られたこの船と違う、真っ黒に塗りつぶされた帆。

 甲板をうろつく人影はおそらくあちらのクルーだろう。

 人数はさほど多くは見えない。ざっと数えておよそ20人。

 船自体も中々大きく、剣を振るうのに周りを気にしなくてよさそうだ。

 相手はこちらに向かって真っ直ぐに迫ってくる。互いの距離はすぐに縮まった。

 2隻がすれ違ったその瞬間、エフィは相手の船に勢いをつけて飛び移った。





                  ◇





 エフィが敵船に飛び移ったのを見たウェインは、

 腰に付けたポシェットから直径10cmほどの小さめのチャクラムを取り出した。

 彼女に続いてフィリスとモーゼ君が飛び込んでいく。

 それを視界に捉えつつ、チャクラムを右手と左手それぞれに3つずつ構える。

 ここからなら敵船全てを見渡せる。援護攻撃にはもってこいの場所だ。

 エフィに向かっていこうとする男の一人に狙いを定める。

 風を起こし、それでチャクラムを飛ばそうとしたその時、


「ウェイン、お前は見学しとけ!」


 甲板からのシモンの声に、ウェインは危うく見張り台から落ちそうになった。

 そうなったとしても下に叩きつけられるようなことはないのだが、論点はそこではない。

 何とか体勢を整えて一息つきシモンに聞き返そうとしたが、

 彼は既に敵船に乗り込んで行った後だった。


「船長の言うとおり、ここでゆっくりしてろって」


 椅子に座って足を組み、ほら貝を弄びつつスコットが言う。

 彼はウェインより年上で、記憶が確かなら24歳のはずだ。

 とてもそうには見えない子供っぽさが行動からにじみ出ている。

 そんな彼をちらりと見、ウェインは呆れて嘆息した。


「暢気ですね…」

「しょうがないだろ。俺が行ったら見張りがいなくなる。

 エフィや船長たちがあっちに乗り込んでるし砲弾でマストへし折るわけにも行かねぇから、

 今回はクライドだって暇なんだぜ?見てみろよ、あの面」


 スコットがちょいちょいと指差した方を見下ろしてみると、

 砲台に手を掛けたままじっと敵船を見つめるクライドを見つける。

 確かに暇そうだ。敵船のマストを真っ先にへし折るのは彼の役目なのだが、

 今回は戦況上そうもいかない。

 そういった考えが顔に出ている気がする。

 暫くして、ウェインは敵船に視線を移した。

 戦い続けているエフィやフィリスたちが目に入る。

 エフィは剣の腹で海賊達の顔面を殴り飛ばし、

 フィリスとモーゼ君は背中を合わせ、それぞれに銃を構えている。

 シモンもトライデントに相手の剣を引っ掛け次々と弾き飛ばしていく。

 相手に『精霊の器(セイクレッド)』使いがいた時は別だが、

 自分が加勢しなくともエフィ達だけで勝機は十分にあるはずだ。

 考えすぎかもそれないが、無理にそうすれば最悪の場合形勢が逆転するかもしれない。

 そう思ったウェインはチャクラムをポシェットに収納し、

 スコットの隣の空いた椅子に腰を下ろした。


「ようこそ暇人。チェスでもするか?」

「しません。あっちの見学してます」


 冷たく突っぱねたウェインに、スコットが「真面目だねぇ」と冷やかした。

 ウェインは再び敵船に目を向ける。

 半分以上はすでに甲板の上でのびていて、残りは10人もいない。

 おそらくあと10分も経たずに方が付くだろう。

 その時、一人の敵がモーゼ君の下から手にしていたカットラスを振り上げた。

 瞬間、近くにいたエフィが勢い良くモーゼ君から視線を逸らす。


『で、でたぁーーーーーーー!!!』


 腰を抜かした男がこちらまではっきりと聞こえてくるほどの悲鳴を上げた。

 ウェインは思わず耳を両手で塞いだが、隣のスコットは腹を抱えてげらげら笑っている。

 飼葉桶を弾き飛ばされたモーゼ君が慌ててそれを拾い上げる。

 銃を片手にしっかりと被り直し、再度構える。

 それをエフィが肩越しにちらりと窺い、彼女も剣を構え直した。

 彼女が目を逸らしたのはほかでもなく、怖いものが苦手だからだ。

 と言っても薄暗い路地や光の届かないような場所が怖いわけではないらしい。

 幽霊のような実態の無いものや、死者のような格好をした者が駄目らしい。

 モンスターの中ではアンデッドなどもっての他だ。

 モーゼ君に関しては飼葉桶を被っていれば大丈夫なようだが、

 先程のような首なしの状態は4年経っても耐性ができていないようだ。

 港で平気そうだったのはおそらく強がりか何かだろう。


『モーゼ君のことお化けみたいに扱わないでよね!』


 フィリスが叫ぶと同時に、「お化け」という単語に反応したエフィの肩がびくりと揺れる。

 いい加減そこをどうにかしてもらいたいものだ。

 なにはともあれ、最後まで安心して見学していられそうだ。





                    ◇





 カットラスを片手に迫ってくる相手の船長らしき男を真っ直ぐに見据え、

 エフィは愛剣フランベルジュの柄を両手で強く握りしめる。

 ついでに、斬ってしまわないように手首を使って剣の腹を相手に向けた。


「あんたでぇ…」


 自分の体の右側に大きく引き、遠心力を利用して男に向かって剣を振り切った。


「ラストぉッ!!」


 剣の腹で顔面を横から強打された男は歯を数本宙に飛ばし、そのまま甲板に倒れ伏した。

 握られていたカットラスが軽い音を立てて男の手から滑り落ちる。

 辺りを見回して戦闘が終わったことを確認したエフィは、一度深呼吸した後に剣を鞘に収めた。


「エフィ姉お疲れー!」

「快勝でしたね」


 二人に頷き返し、エフィはシモンの船の見張り台を見上げた。

 手すりに手を置いてこちらを眺めていたウェインが、

 エフィの視線に気付いてひらひらと手を振る。


「ウェイン今回は暇人だったんだー」


 同じようにぶんぶんと手を振りながらフィリスが言う。

 みたいだね、と相槌を打つと、こちらに向かってくる足音が一つ。


「あいつには違う仕事をしてもらうからな」

「あ、やっぱり」


 予想通りか。ただの海賊相手に人数が多かったわけである。

 モーゼ君も察したらしく、飼葉桶の取っ手をからからと鳴らした。

 ただ一人理由を理解できていないらしいフィリスが、

 自分とシモンを交互に見つめ、辺りに疑問符を撒き散らす。


「え、どゆこと?」

「ほら、今日は天気いいでしょ?」

「うん。あたしの銃も調子良かったし」

「つまり、風が無いでしょう?戦艦ならともかく、この船帆船ですし」

「…」


 ようやく察したらしいフィリスは、見張り台にいるウェインを哀れみの目で見上げた。

 そしてそこに、シモンが最後のダメ押し。


「今日は海賊退治のついでにポストイまで送ってもらうつもりだったからな!

 てことで、よろしく頼むぜウェイン!!」

『そういうことだろうと思いました!!』


 両手をメガホンのように使って言った彼に、ウェインが叫び返した。

 太陽は西に傾き、空は夕焼けに染まり始める頃。

 ウェイン=ヘリオトロープ、アイム海の中心で不満を叫ぶ。

〔用語解説〕


 ◇武器


  チャクラム…薄く幅のある金属製の輪で、外側に刃が付いている。

        射程は40~50mほど。直径10~30cm。


  トライデント…三叉の槍。

         突き刺すだけでなく相手の攻撃を受け止めることもできる。


  カットラス…幅広でやや短めの刀身。

        刃は重厚で激しい斬撃を繰り返しても壊れにくかった。


 ◇モンスター


  デュラハン…首なしモンスター。

        死を目前にした人間の前に現れる。

        死を宣告するだけでなく、魂を刈り取ることもある。


  セイレーン…上半身が女性、下半身が鳥の海の怪物。

        美しい歌声で航海中の人を惑わせ、遭難、難破させる。


  シーサーペント…海に生息する巨大な海蛇。全長は100mほど。

          体は細長く、海草のようなたてがみを持つ。


  クラーケン…巨大なイカ。

        縄張り意識が強く、踏み入ってきた人間を襲う。


  アンデッド…死者でも生者でもない者。弱点は太陽の光など。

        夜間に行動し、墓地に出現することが多い。

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