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精霊の器 - missing fate -  作者: 荻野まっちゃ
第二章  ギルド【白い鷲】
5/15

Tale.1  サイドテールと飼葉桶と

いきなり4年後に飛びます。登場人物も増えます。


 カーディア一の港町アダーラにあるギルド【白い鷲(ホワイトイーグル)】。

 時刻は午後3時。

 丁度おやつ時ということもあり、エフィはテーブルで大好物のモンブランを食べている。

 ギルドの中は数え切れないほどの足音と雑談の声で満たされている。

 だが、そんな音は一切エフィの耳には入っていなかった。

 モンブランを一人でじっくりと味わいながら食べるということは、

 エフィにとって数少ない至福の時だった。

 そこに、スルーできないほど甲高い声が響く。

 

「いたいた見つけた!エフィねぇー!」


 聞き覚えがありすぎるその声に、エフィはフォークをぴたりと止めた。

 ちらりと視線を上げると、自分に向かってパタパタと走ってくる、

 腰にグレネードガンを提げた小柄な少女が目に入った。

 その隣に、腰にレイピアを差し、飼葉桶を頭から被った奇妙な紳士。

 走ってくるのに合わせて、少女のサイドテールと紳士の飼葉桶の取っ手が揺れている。

 相変わらず初見の者には絶対に理解できないであろう組合わせである。

 視線をモンブランに戻して、もう一口。


「あ、無視したね!エフィ姉ってば!」


 気付けばモンブランもムースの部分はすっかりなくなり、タルトだけになっていた。

 今日のエフィの至福の時もまもなく終わりを迎えようとしている。

 憂鬱な気分を抱きつつ、さらに一口。


「エフィ姉エフィ姉エフィ姉エフィ姉エフィ姉!!」

「だーもうッ、聞こえてるってばフィリス!」


 耳元で名前を連呼され、エフィは音を立てて椅子から勢い良く立ち上がった。

 歯軋りしつつ相手を見るとサイドテールの少女―フィリスは、満足そうににまにまと笑っていた。

 その隣で、モーゼ君―別名バケツ紳士―が軽く一礼している。


「一人でモンブランなんてずるいよー」

「貰ってきたら?ケトラが持ってると思うけど」

「むー…。あ、そういえばウェインは?」


 タルトだけになっているエフィのモンブランを恨めしそうに凝視し、

 フィリスは思い出したように辺りを見回した。

 いつもは一緒のいるエフィの弟―血の繋がりはないが―がいないのは珍しいことだった。

 ウェインと一年も変わらずに【白い鷲(ホワイトイーグル)】に入ったフィリスは、彼のことをよく知っていた。

 人間不信になっていたために無愛想の塊のような少年だったのも、だ。


「依頼に行ってる。もうすぐ帰ってくるとは思うけどね」

「そっかー。ビルカ山脈のモンスター退治だったっけ?」

「うん。オルトロスの大群だってさ」


 そう言い、エフィはタルトを口に放り込んだ。

 タルトと、僅かに残っていたムースの部分の味が口の中に広がる。

 もすもすと口を動かしていると、ギルド内の騒々しい音に紛れて出入り扉が開く音がした。

 そのままこちらに向かってくる足音が二つ。


「またモンブラン食べてるの?姉さん」

「おかえりウェイン…て、腰にクインシーくっつけて何してんの」

「あー、これは…」

「シーは相変わらずウェイン大好きだねー!」


 背中に木刀を背負い、満面の笑みでウェインにくっついている少年は、

 クインシー=ディクロアイト。

 このギルドの一員だが、11歳のため討伐系依頼には赴くことができない。

 そのため、ウェインからモンスター討伐の話を聞くのが楽しみで、

 彼が依頼から帰ってくるといつもこの状況になるのだ。

 

「ウェイン兄ちゃんすごいんだよ!今日は一人でオルトロス50頭倒したってさ!」

「シー、増えてる増えてる。20頭くらいだよ」

「どの道すごい数相手にしたねぇ…」


 素直に感心しつつ、エフィは『一人で』という単語を頭の端に引っ掛けていた。

 本来このギルドでは、討伐系依頼に一人で赴くことは許されていない。

 単独での討伐は予想外の出来事が起こった場合に対処が遅れるからだ。

 そのほかにも挙げればキリがないほどリスクはあるのだが、

 ウェインはそれを一人で行ったという。

 理由は単純明快、彼の実力が飛び抜けすぎているからだ。

 そして、本人が誰かと一緒に依頼に赴くことを嫌っていることもある。

 望んで手に入れたものではない異形の力を他人の目に晒すことを恐れているのだ。

 マスターであるナルセスもその思いを酌み、彼が単独で依頼に赴くことを許可している。

 そしてウェインが最も恐れていること、

 それは自分の過去をクインシーに知られてしまうことである。

 人間不信だったウェインが自分から心を開いた初めての仲間であり親友の彼に、

 自分が大勢の精霊を犠牲にしてきたことを知られれば、彼が離れて行ってしまうのではないか。

 そのためウェインはクインシーに対して、

 自分はシルフの『精霊の器(セイクレッド)』使いだと嘘をついていた。


――ウェインの気持ちは分かるけど、嘘でどこまでもつかな…。


 テーブルの木目と睨み合い、一人で思案を巡らせても意味がない。

 小さく息を吐きつつウェインとクインシーに視線を戻し、エフィはぎょっと目を剥いた。

 あろうことか、クインシーがウェインの服の袖から覗いていた傷跡を凝視している。

 ウェインの体中に残る無数の傷跡は彼の過去に由来する。

 それについて何か言われれば、二人の絆は揺らいでしまうかもしれない。

 真っ先にそれに気付いていたらしいフィリスは自分に向けてしきりに目配せし、

 モーゼ君はあわあわとその場で右往左往している。

 しかし、当の本人であるウェインはまるで気付いていない。

 考え事をしているのか、ぼーっと何処かを見つめている。

 クインシーの注意をほかの物に向かせようとエフィが立ち上がると同時に、彼がが口を開いた。


「なぁ兄ちゃん、この傷跡なに?」

「えっ?」


 弾かれたようにウェインがクインシーを振り返り、瞬時にその顔が青ざめた。

 フィリスが「言っちゃったー!」と言いたげにその場に勢い良くしゃがみこみ、

 エフィはエフィで立ち上がった体勢のまま凍りついた。

 その場の室温が一気に氷点下まで下がったようになる。

 ただ一人、表情に?マークを浮かべて笑っているクインシーを除いて。

 この状況を打破できる話題を考えようとするが、頭がうまく回転しない。

 フィリスはしゃがんだまま地震が来た時のように頭を抱え込み、

 ウェインは万が一右目を見られないようにと空いていた右手で前髪を押さえた。

 2人の行動がクインシーにさらなる疑問を呼び、彼が再び口を開こうとした時だった。


「おーおー、みんなそろって固まってどうしたー?」


 陽気な口調で場に割り込んできたのは、エフィよりも少しだけ高くモーゼ君よりは低い、

 羽織に桜吹雪を舞わせた緋色の髪の少年だった。

 その姿を見た瞬間、エフィは。


――アンセル、ナイス割り込み!


 ぐっと親指を立て、満面の笑みでアンセルを迎えた。

 状況を全く分かっていないアンセルは滅多に見ることのないエフィの表情を見て

 半歩下がった。おそらく、服の下には鳥肌がびっしりとたっているのだろう。

 無理もない。二人は顔を合わせるごとに口喧嘩が勃発することで有名なほどなのだから。

 何はともあれフィリスはふらふらと立ち上がり、ウェインは大きく安堵のため息をついた。


「何してたのかは知らねぇけど、お前らに依頼だぜ」

「へー、誰から?」

「海賊船船長のシモンの親父」

「「「…」」」


 その名前を聞いた瞬間、クインシーとモーゼ君を除いた3人は半目になった。

 

「シモンの親父って誰?」


 クインシーがウェインを見上げながら質問する。

 話題が先程までのそれから完全にそれたことに胸をなでおろしながら、

 ウェインは彼の問いに答える。


アダーラ(このまち)の貿易船の船長の一人だよ。すごく頼もしい人なんだ」

「へぇ~」

「シモンさんの船には筋肉ムキムキの人ばっかりが集まってくるから、

 いつの間にか『海賊船』なんてあだ名が付いたんだよね!」

「で、依頼の内容は?」


 椅子の座り直しつつエフィが言うと、

 アンセルは手に持っていた紙切れをひらひらと振って見せた。


「海賊退治の手伝いだとよ。

 エフィとウェインに、あと二人くらいきてほしいってさ。

 ってなわけで、今回は俺も一緒に行ってやるよ!」

「え、やだ」


 ポーズを決めてまで言い切ったアンセルの言葉をエフィはばっさりと切り落とした。

 アンセルがふらふらとその場にへたり込む。

 それを見たクインシーがウェインの傍を離れ彼の元へ向かい、

 慰めるのかと思いきや、面白そうに彼の頭を突いている。

 

「私とウェインに加えて二人って言ったら、フィリスとモーゼ君しかいないじゃん。

 むしろ、アンセル連れてったら連携取りにくい。てかあと一人どうすんの?」

「フルぼっこだねエフィ姉!」


 フィリスが楽しそうに笑う。

 その隣でモーゼ君はアンセルを心配するように飼葉桶を被った顔を向けている。

 エフィは椅子から立ち上がり、腰に挿したフランベルジュの柄に手を置いた。


「さて…。行こうか、海賊退治!」

エ「いきなり4歳も年取っちゃったね」

ウ「まぁいいんじゃない?」

エ「そうかなぁ。

  あ、忘れないうちに作者からの伝言をば。

  この小説の設定を独立した小説として書いてくそうだよ!」

ウ「そうなるだろうと思った。

  後書きのとこだけで説明できる量じゃないし」

エ「というわけなのでよろしくね~」



〔用語解説〕


 フランベルジュ…炎のように波打った刃が特徴の長剣。

         殺傷力が高い。


 レイピア…突き刺すための剣。軽量だが剛性が低い。


 グレネードガン…導火線を持った小型の休憩爆弾を弾丸として射出。

         大口径で銃身は短い。

         射程は30~50m。

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