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精霊の器 - missing fate -  作者: 荻野まっちゃ
第一章  ケイネの森
3/15

Tale.2  焼き煉瓦と風のデュエット

やっとこさ第2話です~。いやぁ、長かった(笑)

題名は後々変更するかもです。

 ケイネの森は深い。

 生い茂った樹木で昼間でも薄暗く、ましてや間もなく日暮れというこの時間帯では完全に闇だ。

 だがそれが幸いしてか目標の建造物は森に分け入ってからすぐに見つかった。

 森の中にコンクリートの塊という違和感を主張しすぎている上に、明かりまで点いている。

 エフィたちは2人一組でペアを作るとそれぞれ近くの茂みに身を隠した。

 

「不法侵入してくださいねって言ってるようなもんだよね…」


 ペアを組んだルシールにエフィがこそりと言うと、ルシールはショウズリに手を掛けつつ、


「どうせ、研究熱心すぎてそういうところに頭が行かない連中ばっかりなんでしょ」


 そう吐き捨て、眉間に皺を寄せた。続いて、手で鼻を覆う。

 

「にしても、相当えげつない研究をしてるみたいね。死臭がひどい」

「私も思った。鼻が曲がっちゃいそうだよ。さっさと終わらせて帰りたい」


 エフィが悪態をついた数秒後。ぱんっ、という軽い音が響いた。

 【白い鷲(ホワイトイーグル)】が誇る狙撃手、ルイザの発砲音だ。


「来た!」

「行くわよエフィ!」


 茂みから勢い良く飛び出し、エフィは肩からフランベルジュを手に取った。

 走り出してすぐ、ナルセスとグリフィスと合流する。


「俺の『精霊の器(セイクレッド)』で正面をぶち破る!突入したら後は関係者を拘束しにかかる!分かってるな!?」

「もっちろん!」


 入り口と思われる扉はもう目と鼻の先まで迫っている。

 ナルセスがクレセントアックスを振り上げた。

 それと同時に、クレセントアックスの刃にサラマンダーの紋章が浮かび上がる。


「灼熱の化身に命ずる…突き崩せ!ファイアッ!!」


 瞬間、辺り一帯を赤く染め上げるほどの炎がクレセントアックスから迸った。

 炎はまるで生き物のようにうねり、鎌首をもたげ、扉へ突進する。


 バゴァッ!!


 凄まじい爆発音と共に、瓦礫と火の粉が撒き散らされる。

 先程まであった扉は跡形も無く粉砕されていた。

 それを一歩後ろで見ていたエフィは爆音で鼓膜を吹き飛ばされそうになっていた。


「相変わらずの馬鹿力…」


 思わず呟くと、


「おらっ、行くぞエフィ!」


 後ろから来たグリフィスがエフィの背を平手で打った。

 我に返ったエフィは突き崩された壁の大穴から施設の内部に飛び込んだ。

 すぐに周りを見回すと、既にナルセスやルシールが研究員の拘束を始めていた。

 縄で締め上げられた白衣の男性や女性がそこら中に座り込んでいる。

 自分が加勢しなくとも、ナルセスたちで十分対応できるだろう。

 そう判断したエフィは小走りに足を進めた。


「エフィ、あまり一人で突っ込むなよ!」

「うん!」


 ナルセスに返事を返しつつ、エフィはさらに歩を進めた。

 コンクリートを固めただけのような無機質な廊下が続く。

 一見すれば、ただの研究施設のようだ。

 そう考えたその時、エフィを鼻腔を無視できないほどの臭いがかすめた。

 腐臭、死臭。そして、あまりにも濃すぎる鉄の臭い。

 耐え切れなくなり、エフィは鼻と口を手で覆いもう片方の手を壁についた。

 突入する前、ルシールと共に感じたものとは比較するまでもない。

 吐きそうになるを懸命に堪えながら、エフィは目だけを動かした。

 コンクリートの廊下が一箇所だけ右に曲がっている。

 壁に手をつきながら一歩一歩歩き、その場所にたどり着く。

 途端、先程までの臭いがさらに濃くなった。


「…うっ、げほ、げほっ」


 思わず床にへたり込んでしまった。じわじわと目尻が湿ってくる。

 それでも懸命に顔を上げると、目の前にはぽっかりと穴が開いていた。


「…地下への…階、段…?」


 統一感のあった廊下とは違う、どこか欠けたような階段。

 エフィはフランベルジュを杖のように使って立ち上がると、

 廊下の向こうにいるはずのナルセスたちに向けて叫んだ。


「マスター!地下への階段っぽいの見付けたから、降りてみる!」

「何!?」

「ちょっ、単独行動は駄目よエフィ!」

「大丈夫!」


 決心したエフィは、階段を駆け下りた。

 ひどくなる臭いに足を止めかけるが、それでも降りた。

 しばらく降りると、少し広めの部屋にたどり着いた。

 上の階とさほど変わらないコンクリートの壁と床。

 違っていたのは、無機質な金属でできた棒が並んでいたことと、

 赤黒い染みが数え切れないほど染み付いていたことだろう。

 …つまり、鉄格子と血の跡。

 その異常な風景の中に、小さな影が一つだけあった。


――…子供?


 ぼろぼろの布を羽織った子供。その格好が鮮やかな若葉色の髪とまるで釣り合っていない。

 呆然としていたエフィは、その子供が動いたことで我に返った。

 子供はゆっくりと振り返った。そして、その視線がエフィを捉える。

 

「…!」


 瞬間、エフィは戦慄した。

 子供の右目は透き通るような菫色の左目とは対照的に白く濁り、シルフの紋章が浮かんでいた。




                      ◇




 エフィが階段を下りていったのを見て、ナルセスは小さく舌打ちした。

 あの馬鹿、下にとんでもない化け物でもいたらどうするつもりだ。


「マスター、どうするの?」

「もう少しだけ関係者の掃除、ハリーたちと合流してからエフィのとこに向かう」


 ルシールに手短に伝えると、ナルセスは一人の男に自分の得物を突きつけた。

 研究員の重役と思われる男は自分の目の前で煌く刃に「ひっ」と声を漏らした。


「聞きたいことがある。ここで一体何をしていた?」

「そ、それは…」

「答えろ。俺は我慢するのが嫌いなんだ。早くしないとお前の首が飛ぶかもしれんぞ」


 有無を言わせない迫力を醸し出すナルセスに、男は苦々しげに口を開いた。


「…に、人間を『精霊の器(セイクレッド)』にする研究さ」

「何だと!?」


 ナルセスが思わず声を荒げると、


「普通思うだろう!?精霊に認めてもらうなんてまどろっこしい方法以外で、力を手に入れたいと!

 研究に使ったガキ共は喰った魔力に耐え切れずにばったばったと死んでいったさ。

 綺麗な血の噴水噴き上げてな!だが、一人だけ耐えたんだよ!

 50人ものシルフを喰いやがった!本物のバケモンだよあいつァ!」

「もういい黙れ!!」


 狂ったように喋りだした男に、ナルセスは殴りかかった。

 何年も前から続いていた子供たちの行方不明事件。その原因はここにあったのだ。


「お前たちは、そんな理由で子供たちを連れ去ったのか!

 残された家族がどんな思いで無事を祈っていたのかも知らずに!」

「やめろマスター!そいつ殴り殺す気か!?」


 グリフィスに後ろから羽交い絞めにされ、ナルセスは我に返った。

 男は地面に倒れ付したまま何も言わなくなっていた。

 呼吸する音は聞こえるから死んではいないだろう。

 

「マスター!」


 突然響いた声にナルセスとグリフィスが振り返ると、

 ハリーとクロード、アーヴィンがこちらに向かって走ってきていた。


「あっちは大方制圧したわ。後は…って、エフィは?」

「エフィなら下の階よ。階段見つけて、一人で降りてっちゃったの」

「あの馬鹿…!」


 アーヴィンが心配と怒りを含んだような声で呟いた。

 その時、不気味な笑い声が響いた。


「エフィ=バーントシェンナ…最高の役者様じゃないか…。

 …くくっ、あいつがあの赤髪のガキを殺せば、俺たちの勝ちだ…!

 なぁ、正義面したギルドマスターさんよぉ!」

「…!」

「マスター、先行くぞ!」

「エフィ嬢を危機から救い出すのである!」

「クロード、お前のその言葉が冗談になるのを祈るだけだな!」


 男の言葉を聞いた途端に走り出したアーヴィンたちの後をナルセスも追った。

 男の話から考えれば、エフィはおそらく生きた精霊の器と化した子供と鉢合わせている。

 シルフを喰ったというのなら、相当の戦闘能力を身に着けていても可笑しくはない。


――無事でいてくれよ、エフィ…!


 コンクリートの廊下を蹴るように走りながら、ナルセスはそう祈った。




                     ◇




 シルフの紋章に反応してフランベルジュを抜きそうになったエフィは、

 寸でのところでそれを押し留めた。

 一度深呼吸をすると、意を決してその子供に話しかけた。


「よかった、大丈夫?」


 瞬間、子供は怯えたように一歩後ずさった。

 エフィは不思議に思ったが、一歩前に進み、自分が出来る精一杯の優しい笑顔を作った。


「私、君を助けに来たんだ。もう大丈夫だよ」

「嘘をつくな!また俺を捕まえに来たくせに!」

「えっ?」


 捕まえる、という言葉にエフィは思わず声を漏らした。

 まるで話が読めない。分かるのは、自分が敵だと誤解されていることくらいだ。

 何とか誤解を解こうとエフィはさらに一歩歩を進め、


「違うよ!私は本当に君を――」

「!来るなッ!」


 吹くはずのない突風によって、壁に叩きつけられた。

 突然のことでまともに受け身も取れず、背と腰を中心に激痛が走った。

 痛みを堪えつつ前を見ると、風が子供を取り巻き、彼の右目の紋章が若葉色の光を放っていた。

 小さく唇を噛むと、


「無事かエフィ!」


 ばたばたと騒々しい音と共に、エフィの前にいくつもの影が躍り出た。


「マスター、みんな…けほっ、なんとか…」


 立ち上がり、真っ直ぐに子供を見つめる。

 ナルセスたちの前に出ると子供はエフィを睨みつけた。


「ほら、やっぱり捕まえに来たんだ!」

「違うってば!」


 エフィがもう一度近づこうとすると、再び風が吹き荒れた。

 しかも、その風に乗って瓦礫の破片も飛んでくる。

 

――仕方ない…!

 

 鞘からフランベルジュを抜き放ち、エフィは飛んでくる瓦礫を叩き落した。

 だが、瓦礫は次から次へと飛んでくる。

 何とか対応しつつ、エフィは子供に向けて叫んだ。


「私たち、君を捕まえに来たんじゃない!助けに来たんだ!」

「嘘だ!」

「嘘じゃない!」


 そう答えた瞬間、吹き荒れる風がさらにその強さを増した。

 吹き飛ばされそうになるのを堪え、剣を構える。


「だったらどうなんだよ!結局は俺のこと、化け物扱いするんだろ!?」


 エフィはっとした。

 相手をもう一度真っ直ぐに見つめる。

 怒り、恐怖、憎しみ、悲しみ、痛み。様々な感情が彼の表情を作っている。

 だがエフィは、その中にもう一つの感情を感じ取っていた。

 それは、失望。


――…そうか、そうだったんだ。


 確信したエフィは、静かに剣を収めた。

 その瞬間、


「危ない!」


 アーヴィンの叫びとほぼ同時に、エフィのこめかみを飛んできた瓦礫の一つが直撃した。

 エフィが思わず手をやると、べとりとした感触。

 

――…大丈夫だ。あの子に比べれば、このくらい。


 流れた血を手の甲で強引に拭い、エフィは子供に向かって歩き出した。

 エフィの血を見たことで呆然としていた子供は、思い出したように風を巻き起こした。


「く、来るな!」

「やだ!行く!」


 一歩、また一歩と確実に相手との距離を縮めていく。

 瓦礫は飛んでくるものの、それはエフィを避けているかのように一つもあたらない。

 そうして手を伸ばせば触れられるほど近くまで来たエフィは、

 自分の肩ほどまでしかない小柄なその体を、優しく抱きしめた。

 相手の体が強張るのを感じると、エフィは彼に語りかけた。


「辛かったよね、怖かったよね。でももう大丈夫だから。

 今からは私が一緒にいる。君を、守ってあげるから」


 抱きしめていた腕を緩め、子供と真っ直ぐに向き合う。

 その顔には、先程までの負の感情はもう見えない。

 エフィは一度にっこりと笑うと、何度も言った言葉を再び口にした。


「君を、助けに来たんだ」


 子供は驚いたように目を見開き、次の瞬間ぼろぼろとその瞳から涙を流した。

 しゃくりあげるように泣く子供に、エフィは貰い泣きしそうになるのを懸命に堪えた。


「ほら、子供はそんなに声を抑えてなくもんじゃないぞ。

 今まで溜まってたもの、この際全部流しちまえ!」


 振り返ると、クレセントアックスを担いだナルセスがすぐそこに立っていた。

 

「おおぅ、感動の場面である…っ」

「もらい泣きしないでよクロード…」


 号泣しているクロードをハリーが冷静に突っ込んだ。

 その光景に心を和ませていると、唐突に地面が揺れた。

 ずずず…という何かがずれるような音に続いて今度は大きな縦揺れ。

 

「きゃっ!」

「マスター、もしかして暴れすぎたかしら?」

「いや違う。大方、精霊たちの怒りを買ったんだろう」

「悠長に考えてる場合じゃねぇよ、崩れるぞ!」


 グリフィスの切羽詰った声に一同の顔がさっと強張る。

 そうしている間にも揺れは大きくなり、壁が崩落し始めている。


「エフィ、その子をしっかり守っとけよ!」

「うん!ルー姉、私の剣持って!この子背負えない!」

「分かったから早く早く!」

「急ぐのであるっ!」


 エフィは小柄な子供をしっかりと背負うと、ナルセスたちと共に階段を駆け上った。

 拘束されていた研究員たちはすでにランダルとルイザによって外に出されていたらしく、

 廊下やそれぞれの部屋には人の気配は一つも無い。

 そこでエフィは、前を走るナルセスに叫ぶように尋ねた。


「そうだマスター、ほかの子は!?この子以外の捕まってた子たちとかは…」

「大丈夫」


 答えたのはナルセスではなかった。

 ナルセスは一度気まずそうにエフィを振り返り、何も言わずに顔を戻した。

 エフィに背負われた子供は、研究所が崩落する音に掻き消されそうなほどか細い声で言った。


「生きてるのはたぶん俺だけ。

 シルフを喰ったほかのみんなは、精霊の魔力に耐え切れずに死んでいったから…」


 どこか他人事のように話す子供をエフィはちらりと振り返った。

 子供は唇を引き結び、筋肉など一切なさそうな細い腕と手でエフィの肩を掴んでいた。

 

「そっか…」


 それだけ返すと、エフィは真っ直ぐに前を見つめ直した。




                      ◇




「おうみんな!無事で何よりだ!」


 研究所を脱出すると、ランダルとルイザが笑顔でエフィたちを出迎えた。

 その後ろには大勢の白衣を着た男女が座り込んでいる。

 子供の言ったとおりその中に彼と同年代と思われる子供は一人も居なかった。


「無事っていうか…エフィは結構な怪我してるみたいだけど?」


 ルイザのその言葉にエフィの肩を掴む力が僅かに強くなった。

 彼女はそれに気付くと、左手だけで子供を支え右手の人差し指を唇にあて、


「(ルイザさん、しーっ!)」


 小声で言うと、ルイザはすまなさそうな笑みを浮かべて「ごめんね」とジェスチャーした。

 エフィはため息をつくと、背負っていた子供をゆっくりと地面に降ろした。

 それでもなお彼女の服を掴んだままでいる子供に、エフィは笑みを浮かべた。


「ここまで来ればもう大丈夫だよ。私もみんなもいるし!

 …あ、そだ。君、名前は何ていうの?私はエフィ=バーントシェンナっていうんだ」


 子供は、エフィを真っ直ぐに見ると小さな声で言った。


「…ウェイン。…ウェイン=ヘリオトロープ」

「ウェインかぁ、いい名前だね」


 そう言って笑うと若葉色の髪の子供―ウェインは、恥ずかしそうに下を向いてしまった。


「これからよろしくね、ウェイン」


 新暦682年――。夜空すら見えないケイネの森で、エフィとウェインは出会った。

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