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精霊の器 - missing fate -  作者: 荻野まっちゃ
第二章  ギルド【白い鷲】
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Tale.8  精霊の閃光

 愛剣に体を真っ二つに切られたスケルトンがまた一体、地面に倒れ付す。

 後ろから迫っていたもう一体を振り向きざまに切り伏せ、そのまま勢いに乗って回転切り。

 今のは少し無謀なやり方だったかな、とエフィは心中で自嘲する。

 既にエフィの周りには動かなくなったスケルトンの骨の山が築かれていた。

 そろそろ足の踏み場が無くなりそうなほどだ。

 戦法的にも精神的にも、あまり踏みたくはないのだが。


「‘空気砲(エアーバレット)’!」


 上空からウェインの魔法による大量の空気弾が飛び、骨の山がさらに高さを増す。

 相変わらずの馬鹿魔力、と小さく呟き、敵をまた一体を切り倒した。

 少し離れた所では、フィリスとモーゼ君も背中合わせで戦っている。

 骨の山で見えないが、エディストリアも内なる魔力をもって敵を葬っているのだろう。

 一見すればこちらが圧倒的に有利に見える。

 けど、とエフィは考える。


―可笑しい。スケルトンの数が減らない。

 倒した奴が復活してる訳じゃない。どこかから湧いてるのか?


 辺りを見回すが、骨の山が邪魔でろくに見えない。

 襲い掛かってくる敵を切り伏せつつ、


「ウェイン!どこかに変な奴いない!?

 一体だけ他と違う格好してるとか、何か不自然なのとか!」


 言われ、ウェインは上空から戦場をざっと見回す。

 眼下に広がるのはエフィたちがいる足の踏み場も無いほどの骨の山。

 彼女か言った通り、そこから少し離れた場所に不自然なスケルトンがいた。

 他のスケルトンはエフィたちに襲い掛かっているのに、

 そいつだけは岩に座り、じっと戦場を見つめている。

 異質だ。

 エフィに声を飛ばすのを後回しにし、狙いを定める。


「‘疾風の大鎌(ウインドシアー)’!!」


 圧縮された空気の鎌が、スケルトンの体を正確にぶった切った。

 がしゃん、と骨がその場に崩れ落ちる。

 小さく笑み、エフィに声を飛ばそうとした、その時。

 耳をつんざかんばかりの咆哮が骨の戦場を貫いた。




                    ◇




 咆哮に数瞬遅れて、フィリスの鋭い悲鳴が上がる。

 エフィの視界の端で骨と砂埃が舞い上がった。

 反射的にそちらを向くが、骨の山が再びエフィの視界を遮る。

 小さく舌打ちし、エフィは上空の弟を振り仰いだ。


「ウェイン!」


 自分の意図を理解してくれたらしく、ウェインがこくりと頷く。

 上空で目を閉じた彼を中心に暴風が吹き荒れる。

 エフィが地面に剣を突き刺しかがんだ直後、

 骨の山ががしゃがしゃと大きな音を立てて吹き飛ばされた。

 視界が開けたのを見て、エフィは素早く立ち上がる。

 そして、その視界に先程の咆哮の正体が映った。

 青い肌、鋭い牙が生えた口、獅子の顔、鉤爪を持つ足、大蛇の尾。

 キマイラだ!

 低く唸っている獣の視線の先には、フィリスとモーゼ君がいる。

 フィリスは頭から血を流しており、

 モーゼ君が彼女を庇うように抱きながら剣を構えている。

 フィリスに意識はあるようだが、表情は苦しそうに歪んでいる。

 それでも果敢に立ち向かおうとする彼女を、モーゼ君が押しとどめる。

 考えるより先に、エフィは二人に向かって駆け出した。

 青肌のキマイラが体勢を低くする。飛び掛るつもりだろうか。

 間に合え、と祈るように呟きつつ、エフィは走った。

 だが、ぎりぎりのところで間に合わない。

 キマイラは両足をバネのように使い、フィリスとモーゼ君に飛び掛る。

 剣を投げるか、と考えた瞬間、


「‘空気斬撃(エアースライサー)!!’」

「“陽炎の矢(ヒートへイズアロー)”!」


 空気の刃と赤い陽炎を纏った矢がキマイラに襲い掛かる。

 相手がひるんだ合間に、エフィはフィリスとモーゼ君の前に躍り出た。


「ぅおらッ!!」

「呆けるな人間!」


 剣を振り回してキマイラを牽制すると、エディストリアの鋭い声が飛んだ。

 彼女の言葉に頷き、剣を構えなおす。


「ごめんエフィ姉…ちょっと油断した…」

「大人しくしときな。無理するとコロッと逝っちゃうよ」

「は、縁起の悪いこと…けほん。言わないでよ」

「モーゼ君、フィリス連れて離れてて」

「了解です」


 強がって笑うフィリスを抱え、モーゼ君が戦線を離脱するのを横目で見送る。

 目の前のキマイラはすでにエフィを敵と認識している。

 低く唸り、こちらの隙を窺っている。


―まともに戦って勝てる見込みはあまりない。

 私が動きを止めて、ウェインに叩いてもらうのが無難かな。


 考え、キマイラに向かって強く地面を蹴る。

 一瞬で間合いを詰め、剣を袈裟懸けに振り切る。

 一度、二度と剣を振り、三度目の斬撃。

 しかし四度目のそれは、鈍い金属音と共にキマイラの牙で止められた。

 踏ん張って剣を引き抜こうとするが、獣の力に比べれば人間など非力なものだ。

 それなりに筋力は付けているつもりだったが、

 鋭い牙にがっちりと挟み込まれた剣はまったく動かない。

 それどころか、びきん、という嫌な音がエフィの耳に届いた。

 まさか、と愛剣を凝視する。

 長年連れ添ってきた剣には、大きな亀裂が走っていた。

 柄から手を離そうとした瞬間、キマイラの牙がエフィの剣を噛み砕いた。

 息をつく暇も無く、キマイラが顎門あぎとを大きく開けた。

 血のように真っ赤な舌と銀色の牙。

 そこに愛剣の金属片が散らばっているのを見て、エフィは思わず息を止める。

 自分の体が引き裂かれるのを想像し顔が強張る。

 キマイラの牙が閉じられるのがやけにゆっくり見えると思ったら、

 次の瞬間、エフィの視界に移るものはがらりと変わっていた。

 青。その中に白いものがちらほら。

 それが空だと気付くのに数瞬、

 ウェインの風に吹き飛ばされて仰向けに倒れたのだと理解するのにはさらに数秒かかった。


「姉さんは下がってて!」


 ウェインの鋭い声が飛ぶ。

 エフィが体を起こすと、キマイラに向かって急降下するウェインが見えた。

 その右手に、空気が収束している。


「‘空気斬撃(エアースライサー)’!!」


 空気の刃が再びキマイラを襲う。

 前の一撃よりも巨大な刃だったが、相手はそれを鉤爪で弾き返した。

 それた魔法は地面に直撃し砂埃を巻き上げる。

 空中で呆然とするウェインに、怒気を孕んだ声と魔力の収束音が飛ぶ。


「そこをどけ、精霊喰い!」


 エフィが声をした方を向くと、

 そこにはキマイラに杖を向けたエディストリアが立っていた。

 杖は発光しており、徐々にその強さを増している。

 きぃぃぃ、と金属同士が擦れるような音がエフィの耳を刺す。

 光と音に気付いたキマイラがエディストリアに体を向ける。

 獅子の顔に杖を向け、彼女の冷徹な声が響いた。


「“精霊の閃光(シルフィレイ)”!」


 装飾の施された杖から真っ白な光が発射される。

 ウェインが寸でのところで離れた瞬間、光がキマイラを貫通した。

 ギルドにある照明よりも遥かに明るい光に体を照らされながら、

 エフィは改めて女王(ティターニア)の力に驚愕していた。

 この魔法は、先程の“陽炎の矢(ヒートへイズアロー)”とは性質がまったく違う。

 これは、魔力そのものをレーザーのように発射している。

 人間が『精霊の器(セイクレッド)』を使った場合、

 魔力は自然物質を変形、もしくは変質させることに使われる。

 『精霊の器(セイクレッド)』内の魔力量が少ないからだ。

 しかし、彼女は精霊の女王だ。内に有する魔力の桁が違う。

 だからこそ魔力そのものを撃つという人間からすれば馬鹿げた魔法を使うことができる。

 さすがは女王、と言ったところか。

 やがて光が収まり、キマイラが崩れ落ちる音と共に肉が焦げた臭いが広がる。

 思わず鼻を手で覆う。肉料理は好きだが、この臭いはいただけない。


「…終わったよね?」


 エディストリアに尋ねると、冷たくそっぽを向かれた。

 どうやたウェインだけでなく、自分もそれなりに嫌われているらしい。

 しょうがないので、自分で調べることにする。

 視線を正面に戻すと、エフィから10mほど離れたところに丸焦げのキマイラが倒れていた。

 ぴくりとも動かない様子からして、絶命していると判断していいだろう。

 手で鼻を覆ったまま安堵のため息をつく。

 そこに、足音が一つ。


「姉さん、怪我は?」

「フィリスよりはまし」

「はは、誰のおかげだと思ってるんだ」


 黒い笑顔を浮かべる弟を適当にあしらう。

 冗談を言い合えるのはお互い五体満足な証拠だ。

 内心ほっとしつつ、エフィは倒れたキマイラに再び視線を向けた。

 投げ出された四肢の近くに、見慣れた物が転がっていた。

 近づいてしゃがみ、手に取ってみると、それは愛剣の柄だった。

 目の前のキマイラによって噛み砕かれた刃は、10cmも残っていなかった。

 数分前は戦うのに必死で何も思わなかったが、改めて見るとちくりと胸が痛んだ。

 このフランベルジュは、剣の師匠であるアーヴィンがエフィに初めて与えてくれた剣だ。

 最初のころは腰に挿すと地面についてしまい、仕方なく背負っていた。

 ちゃんと挿せるようになったのはここ数年のことだったし、

 歴戦の剣士たちのような格好ができることが嬉しかった。

 初めて討伐依頼に赴いた時も、ウェインに出会った時も、この剣は一緒だった。

 それが一瞬で粉々に砕かれてしまった。

 これでは修復の仕様も無い。新しい相棒を探す必要があるだろう。

 無理にでも修復したい気持ちもあったが、もうどうしようもない。

 軽くなった柄を握り、長年の相棒に黙祷を捧げる。

 しばらくして、瞼を上げる。

 これ以上引きずってもいい事は何も無い。剣に対しても失礼だ。

 立ち上がり、鞘に柄を戻す。

 落ちそうになったので手持ちの紐で軽く縛った。

 お疲れ様、と小さく声をかける。

 ふと気が付くと、エディストリアがウェインに向けて歩を進めていた。

 ウェインも気付いたらしく、少し顔が強張っている。

 戦闘前の彼女の剣幕を思い出し、エフィも二人のところに駆け出した。


「貴様、何故精霊魔法を使わない?それほどの力を持っておいて」

「…」


 ウェインの顔が曇る。

 エフィが近寄り声をかけようとしたが、その前にウェインは口を開く。


「全ての魔力を使える訳じゃないんです。化け物であることは自覚してますけど…」

「誤魔化すな。そうだとしても使えるだろう」


 ウェインが押し黙る。

 沈黙が広がる中、エフィは段々とその空気に耐えられなくなってきた。

 やはり自分には、ギルドのような騒がしい所のほうが性に合う。

 そう考えていると、ウェインの自嘲的な笑い声が聞こえた。


「…形くらいは、人間でいたいんです。人間っていう形に、縋っていたいんです。

 精霊魔法を使うことは俺にとって、人間であることを否定する行為なんです」


 今度はエディストリアが口を閉ざす。

 彼女の杖を持つ力が強くなった時は一瞬焦ったが、それが発光しだすようなことはなかった。

 ふぅ、と彼女が小さく息を吐く。

 かぶりを振り、エフィとウェインに視線を合わせる。


「戦いは終わった。この島もやがて息を吹き返すだろう。焼かれる前に帰ることだ」


 長い金髪を翻し、エディストリアは何処かへと行ってしまった。

 その背中を見送り、エフィは隣のウェインを見やる。

 若干泣きそうにも見えるが、たぶん大丈夫だろう。

 辺りを見回し、敵がいないことを再確認する。

 避難していたフィリスとモーゼ君もそろそろ戻ってくる頃だ。

 エディストリアの言うとおり、火山が噴火する前にマルーンに帰ろう。

 ホテルに帰って、傷の手当をして、ラルフに報告しに行って。

 しっかり体を休めたら、また市に繰り出すのもいい。

 シモンの船に乗って【白い鷲(ホワイトイーグル)】に帰ったら、

 今日のことをアンセルやクインシーに話してやろう。

 アーヴィンには砕かれた相棒のことを話して、新しい相棒のことも考えよう。

 エフィとウェインは、フィリスとモーゼ君と合流するために

 上陸した辺りを目指して歩き始めた。

〔用語解説〕


 ◇モンスター


  キマイラ…複数の獣が合わさった姿の怪物。


 ◇その他


  サラマンダー…火を司る四大精霊のうちのひとつ。

           炎の中でも燃えないとされる。


 ◇魔法


  空気砲(エアーバレット)…そのまんま。

        空気の弾を放つ。シルフの人間魔法の一種。


  空気斬撃(エアースライサー)…空気の刃を放つ。

         シルフの人間魔法。


  疾風の大鎌(ウインドシアー)…空気の刃で敵を挟み切る。

          ある意味‘空気斬撃’の上位変換。

          人間魔法の一種。


  陽炎の矢(ヒートへイズアロー)…炎を纏った矢を作り出す。

         精霊魔法の一種。


  精霊の閃光(シルフィレイ)…魔力そのものを打ち出す魔法。

          他の魔法と比べると異質。

          威力自体はかなり高い。

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