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精霊の器 - missing fate -  作者: 荻野まっちゃ
第二章  ギルド【白い鷲】
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Tale.7  劫火との邂逅

 鋭く尖った岩が点在する海を掻い潜り、一隻の小船がドゥーべ島へ向かっていく。

 漕ぐのを【珊瑚の槍(コーラルジャベリン)】の屈強な男に任せ、エフィは目の前の火山島を睨みつけていた。

 あと少しで上陸できるほどに接近しているにも関わらず、島は冷え切っている。

 やはり、少しでも早くモンスターを退治しなければいけない。

 ここからはモンスターの姿は確認できないが、上陸したらすぐに臨戦態勢を取るべきだろう。

 島の海岸が近づく。


「嬢ちゃん、ここらへんでいいかい?」

「うん。ここまでありがとう」

「なんのなんの。俺たちの代わりに来てもらってるんだ、これくらいはしないとな」


 日に焼けた顔に愛想の良い笑顔を浮かべた男は、

 エフィたちが島に降りた後、軽く敬礼してマルーンに戻っていった。

 それを見送り、エフィは一度辺りを見回した。


「ラルフさんの話じゃ、精霊たちが島の端に追いやられたんだよね」

「そうでしたね。それで火山活動が停止してしまったと」

「逆に言えば、モンスターたちは島の中心付近にいる。そういうことだね?」


 ウェインに頷き、エフィは肩に手を添えて腕をぐるぐると回した。


「その通り。さ、ここからは敵さんのホームグラウンドだ。気ぃ引き締めて行くよ!」

「ラジャー!」


 エフィの言ったことをまるで理解していなさそうな、

 遠足に行く子供のような笑みを浮かべてフィリスが拳を空に向けて突き出した。




                   ◇




 ドゥーべ島はそれほど広くない。

 数時間あれば、島の端から端まで歩くことができるだろう。

 いつでも抜けるように左手を剣の鞘に添えつつ、エフィは黙々と歩を進める。

 その後ろにウェイン、フィリス、モーゼ君が順に続く。

 今のところ敵の気配はしない。

 だが、油断はできない。巧妙に気配を消し、こちらの隙を狙っているだけかもしれない。


――結構歩いたし、そろそろ来てもおかしくないんだけど…


 考えつつ、前を見つめる。

 徐々に傾斜もきつくなってきた。これ以上登るのはやめておいたほうがいいかもしれない。


「ここらへんで登るのはやめよう。

 戦闘中に転げ落ちましたーなんて、洒落になんないし」


 振り返り言うと、後ろの3人が無言で頷く。

 その時、普通の人間なら失神しそうな程の殺気がエフィ達を襲った。

 エフィは反射的に抜剣し、数瞬遅れてフィリスが銃を構え、モーゼ君がレイピアを抜く。

 ウェインもエフィの一歩後ろで風を巻き起こしたが、何故かすぐに治めてしまう。

 驚いて声を上げようとしたが、その前に殺気の主が現れた。


「…何故、貴様がここにいる…!」


 4人の前に現れたのは、鮮やかな紅緋色の衣に身を包んだ金髪の女性だった。

 右手には、背丈と同じほどもある装飾が施された杖が握られている。

 エフィは変わらず剣を構えていたが、やがて気づいた。

 この殺気は、自分やフィリス、モーゼ君には向けられていない。

 振り返ると、ウェインが俯いて唇を噛んでいた。


「精霊喰い、ウェイン=ヘリオトロープ!!」




                     ◇




 鋭い絶叫と同時に杖がウェインに向けられる。

 それが赤く発光しだすのを見た瞬間、エフィは咄嗟にウェインの前に躍り出た。


「ちょっと待った!」

「…!」


 驚いたように目を見開き、女性の杖がだらりと下ろされる。

 だが、その発光は収まっておらず、鋭い眼光がエフィを射抜いている。


「邪魔だ、人間。私はお前の後ろの者に用がある」

「失礼。アナタが私に用無しでも、私にはあるんだよ」


 ウェインを庇うように立ち、毅然とした口調で相手と対峙する。

 彼女の正体を、エフィは見抜いていた。

 今のドゥーべ島に、自分達以外の人間がいるとは到底思えない。


「アナタ、サラマンダーの女王(ティターニア)だね?」


 尋ねると、相手は不敵に笑う。渇いた笑いが漏れていた。


「そうだ。私の名はエディストリア、サラマンダーの長だ。

 だが、それがどうした?それ以外用が無いのなら、そこをどいてもらおう」

「だから待った待った。精霊って意外と短気なのかなぁ」


 はたから見れば肝の据わった物言いに見えるだろうが、

 エフィの内心は冷や汗をかきまくっていた。

 ドゥーべ島に行くということは、こうなる事も予想できていた。

 そこにウェインを無理矢理連れて来たのだ。多少の責任は負わないといけない。

 だが、ここまでの殺気を向けられるとは思わなかった。

 自分が少しでも正解の道を踏み外せば、相手は即座にウェインを殺しに来るだろう。

 どうにかしてそれは避けなければ。


「どうしてそこまでウェインを殺そうとするのさ?

 ウェインが喰ったのはシルフで、サラマンダーじゃない」


 冷たい汗がエフィの頬を伝い、地面に落ちる。

 少しの間を置き、エディストリアの杖の光が収まる。

 ついで、彼女が静かに口を開いた。


「シルフの女王(ティターニア)、グランシャミオンは私の友だ。

 数百年に及ぶ仲だ。お互い2代目ということもあって、交流も深かった…」


 杖を持った手をだらりと下げ、シルフの女王は語る。

 淡々と綴られる言葉にエフィは黙って耳を傾けた。


「だが、10年ほど前からグランシャミオンの顔を曇らせる事が起き始めた。

 同胞が人間に捕らえられ、喰われていく。

 それも人間の私利私欲の為だというではないか。

 …許せなかった。

 人間ごとき…、一人では何も成せないような低俗な者どもごときが!

 我が盟友を傷つけたことが!」


 不意に、エフィの服の裾が引かれる。

 振り返ると、真っ青な顔をしたウェインが目に入った。

 彼女の話はウェインの古傷を既に十分すぎるほど抉っている。

 これ以上は耐えられないかもしれない。耳塞いどきな、と小声で耳打ちする。

 小さく頷きその場にうずくまるウェインに、フィリスとモーゼ君が駆け寄る。

 その様子を冷めた目でエディストリアが見つめる。

 エフィはウェインを二人に任せ、彼女を見つめ返した。


「…今度は我が同胞たちも喰うつもりか。

 だが、そうはそうはさせん。その前に私が貴様を殺してやる!」

「待った!」


 杖を振りかざすエディストリアに、エフィは大きく両手を広げた。

 相手はエフィに貫くような視線を容赦なく向ける。

 そこをどけ、と細められた瞳が言っている。

 だが、エフィも引くつもりはなかった。


「取引しようよ、女王(ティターニア)様。アナタに不利なことは言わないからさ」

「…取引、だと?」


 怪訝な顔をするエディストリア。

 先ほどよりは殺気を抑えているものの、杖は未だにエフィに向けられている。


「そ。私達は今、【珊瑚の槍(コーラルジャベリン)】からの依頼でこの島に来てるんだ。

 内容は、この島に蔓延ってるモンスターの討伐。

 それが済んだら、私達はすぐにこの島を離れると約束するよ。

 そこで提案がある。

 さすがのアナタでも、数の暴力には勝てないでしょう。

 だがら、お互い協力して戦わない?

 利害は一致してるし、これだけの戦力ならモンスターの殲滅も容易いはずだ。

 …どう?悪くはないと思うんだけど」

「…私に、貴様を信じろというのか?我が仇敵を背に庇う貴様を?」

「そうだ。信じられないならそれでもいい。目的が達成された後に、私の首を飛ばせばいい」


 一か八かの賭けだった。

 ここで本当にエフィの首が飛んでも可笑しくない。

 いや、エフィどころかここにいる全員の首が飛ぶかもしれない。

 唇を横一文字に引き結び、エフィはエディストリアの次の言葉を待った。

 張り詰めた空気が一瞬を永遠に感じさせる。

 やがてそれを終わらせたのは、エディストリアの失笑だった。


「…くくっ。はは。サラマンダーの女王(ティターニア)である私にここまで言った人間は初めてだ。

 いいだろう。その取引、応じてやる。

 だが忘れるな。私はその精霊喰いに背を預けるつもりは一切無い」


 エフィが返事をしようとしたのと、がしゃがしゃという不穏な音が響いたのは同時だった。

 反射的に音のした方向を向くと、大きな岩の陰から、

 または地面から沸くように、骸骨姿のモンスターがわらわらと姿を現す。

 エフィが抜剣し、エディストリアが杖を構え、フィリスがグレネードガンを腰から引き抜き、

 モーゼ君が立ち上がるウェインに手を貸す。


「ウェイン、行ける?」

「…うん、大丈夫」


 剣を構えたまま肩越しに尋ねる。

 顔はまだ少し青ざめているものの、その瞳には戦う意志が宿っていた。

 ウェインに向けて小さく頷き、前を向きなおす。

 骸骨姿の敵―スケルトンは数を増やし、エフィたちを取り囲もうとしている。

 だが、どれだけの数だろうと負けるつもりは無かった。

 否、負ける気がしなかった。

 いつもなら尻込みしているはずのアンデッド相手に、エフィは剣を向ける。


「かかってこいよアンデッドども!」


 一声叫び、エフィはモンスターの群れに向かって力強く一歩踏み込んだ。

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