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精霊の器 - missing fate -  作者: 荻野まっちゃ
第二章  ギルド【白い鷲】
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Tale.6  出陣前夜

 エフィたち3人は、市場で買った食べ物をつまみつつ、その周辺をうろうろしていた。

 ホテルを出発してからしばらく聞き込みをしたものの、役に立ちそうな情報はたったのふたつ。

 一つは、ドゥーべ島はサラマンダーの住む島だから、

 モンスター共が湧いて出るはずがないということ。

 もう一つは、近頃モンスターの動きが可笑しいということ。

 ウェイン達とさほど変わらない結果だろうなと想像しながら、

 エフィは抱えていた袋からバナナを一本取り出し、皮をむいてかぶりついた。


「あっちの二人、何話してるんだろうねー!」


 楽しそうにフィリスが笑う。

 片手に食べかけのフランクフルトを持ち、口の周りには食べかすを付けている。


「もしかしてぇー、恋バナとか!」

「あいつに限ってそれはないでしょ」

「んなバッサリ言わなくても…」


 にしっと意地の悪い笑みを浮かべたフィリスは、

 容赦ないエフィの返しに口の端を引きつらせた。

 歩を進めながら、エフィはバナナをもう一口かじる。


「わざわざ『ウェインと』って言ったんだ。私たちの前じゃ言いにくいことってことでしょ。

 そうしたら、内容は限定されてくる」

「うー、だから恋バナかなーって…。ほら、エフィ姉って結構ブラコンだし?」

「否定はしないけどもっとほかにあるでしょーが」

「…否定しないんだ」


 バナナの最後の一口が終わる。

 甘味が強くてとても美味しかった。カーディアのものにも負けず劣らずだ。

 ホテルに帰ったらウェインにも分けてあげよう。

 ふむ、とモーゼ君が思考を巡らせる仕草をする。


「つまり、ウェインの過去に関すること、ということですね」

「さっすがモーゼ君。フィリスとは訳が違うね」

「えっ、えっ!? 何でそうなったの!?」

「フィリスは気付かなかった?」


 状況が飲み込めていないフィリスに、エフィは諭すように言う。


ルル(あの子)の髪の毛の先、若葉色だったでしょ」

「…そう言えば、そうだったような…」

「若葉色は、ウェインの髪の色と一緒でしょ。さらに言えばシルフ、つまり精霊の色なんだよ」

「ってことは…」

「そういうこと。

 髪の毛の一部分だけが違う色に染まるなんてことは普通有り得ないんだから、

 過去に何らかの事情で変色したって考えるほうが自然だ。

 その事情っていうのが、ウェインと同じってことだね」


 納得したらしいフィリスは、しばらく呆然としながらエフィの隣を歩いていた。

 たった少しの情報で限定してしまったが、おそらく間違いないだろう。

 エフィ自身、ウェイン以外の『被験者』に出会ったのは初めてだった。

 ルルの髪を見ると同時に、あぁそうなんだと悟り、そうして思った。

 どうしてウェインだったんだろう、と。

 血は繋がっていない。姓だって違う。

 けれどたった4年で、彼はエフィにとって本当の弟のような存在になっていた。

 実際、そうだったらどんなにいいだろうと何度も考えた。

 だからこそ、どうして彼があの研究の唯一の『成功例』だったのかと考えた。

 研究所を出て、エフィと暮らすようになり、ウェインは少しずつ語っていた。

 精霊を喰った日々のこと、死んでいく他の人のこと。

 逃げたかったけれど、逃げられなかったあの場所のこと。

 血と欲望と怨嗟が渦巻く中で過ごした、8年間のこと。

 その記憶は今でも強くウェインを束縛している。

 朝起きると、彼の枕に僅かに濡れた跡が残っているのをエフィは何度も見ている。


――ウェインじゃなければよかったのに。


 そう思って、すぐに頭を振った。自分の思考を戒めた。

 そんなことを思ってはならない。

 自分たちの幸せのために他人を陥れるなど、一人の人間としてあってはならない。


「ちょっとエフィ姉!」


 びしっ、と音を立ててエフィの思考は停止した。

 同時に足も凍ったように止まり、

 いつの間にか抱きしめていた紙袋からバナナが数本飛び出して地面に落ちた。

 慌ててしゃがみこんでバナナを拾い集める。


「ごめんごめん、ぼーっとしてた」

「ぼーっとっていうか…。ここにすっごい皺よってたよ」


 自分の眉間を指差し、フィリスはふくれっ面になる。

 エフィと同じようにしゃがみ込んでいたモーゼ君が、

 落ちていたバナナの最後の一本を拾って差し出した。


「これで全部ですね」

「ありがとー。これしきの煩悩に心を乱すとは、ワタシモマダマダデスネー!」

「うわーエフィ姉が壊れたー」


 緊張感の欠片もない声でフィリスが笑う。

 ただし、その笑みは貼り付けたような白けたものだったが。


「これ以上歩き回っても時間の無駄にしかならないでしょうし、

 そろそろホテルに戻りましょうか」

「そうだね。早めに切り上げて明日に備えよう」


 エフィは買い物袋を抱きなおし、徐々に紅に染まり始める太陽の光に目を細めた。

 



                   ◇




 エフィたちがホテルに帰ってきて暫く経ったころ、

 表情に若干疲労の色を漂わせたウェインが帰ってきた。

 その後4人揃って夕食を迎え、食後のデザートをついばみつつ結果を報告し合った。


「やっぱり、同じような内容の情報しか聞けなかったね」


 小さく嘆息し、エフィはガラスの皿に盛られたフルーツから苺を摘み口に放り込んだ。

 集まった情報は予想通りほぼ同じもので、しかもたったの二つ。

 深読みすればそれだけ異常で例外的な事態だと取れなくもないが、何分情報が少なすぎる。

 フィリスがコップに注いだジュースを一気に仰ぐ。

 空になったそれをテーブルにとん、と置き、眉間に皺を寄せた。


「モンスターの種類もアンデッドとしか聞けてないし、対処の仕様が無いよねぇ」

「そうですね。

 アンデッド対策の武装なんてしてませんし、する用の金銭も持ち合わせていません」


 むう、とエフィは唸った。

 やはり『アンデッド』の響きだけで少し鳥肌が立つ。

 克服したいとは思うのだが、怖いんだから仕方が無い。

 

「武装してなくても、俺たち4人ならたぶん力尽でどうにかなるよ。

 最悪でも、倒れるの覚悟で俺が殲滅する」

「大丈夫なの、それ」


 大真面目な顔で言うウェインに、エフィは心配になって尋ねた。

 実際、彼が魔力の使い過ぎで倒れたのはこの4年で何度もある。

 まして今回は精霊たちを島の隅に追いやったモンスター共が相手だ。

 その情報から推測すればかなりの数がいるだろうし、

 それらすべてを殲滅するとなれば魔力消費も莫大なものになる。

 ウェイン曰く「使える魔力を使い過ぎて倒れただけで、全体の魔力が無くなりかけた訳じゃない」

 そうだが、それでも心配なものは心配だった。

 エフィの心の内を知ってか知らずか、ウェインは自分の姉に向けて微笑んだ。


「大丈夫さ。死にはしないし、死ぬつもりも無いから」


 自信有り気な表情を見て、エフィは内心ため息をついた。

 駄目だ。もう自分の意思は曲げないぞ、こいつ。


「…分かった。ただし、無茶しすぎるようなら殴るからね」

「…了解」


 目を細めて凄むと、ウェインは顔を引きつらせつつも頷いた。

 これだけ釘を刺しておけば倒れるほどの無茶はしないだろう。

 

「んじゃ、出発は明日の朝でいいよね」

「もちろん!ぱぱっとやっちゃおう!」

女王(ティターニア)に遭遇しないといいですね」

「…決心鈍るから言わないでくれ、それ…」


 モーゼ君の言葉を聞いた途端に青くなるウェインに、エフィは苦笑した。

 少し暑くなってきた。夜になったし、外の気温も下がった頃だろう。

 そう思い窓を開けると、予想通り涼しい風が部屋の中に吹き込んできた。

 窓枠に手を置いて月を眺めていると、エフィは不意に何かの声を聞いた気がした。

 もう一度耳を澄ましたが、暫く経っても何も聞こえない。


「エフィ姉、どうしたの?」

「…ん、何でもない」


 犬でも吠えたのかもしれない。

 人口も多い町だから、動物を飼っている人も少なくないだろう。

 エフィが窓から離れた後、風の音と間違えそうな何かの声が、

 月光の照らすマルーンの町並みを一度だけ、静かに駆け抜けていった。

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