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 決して狭くはない、寧ろ広々とした執務室の中は、大急ぎで暖めたとはいえ冷たい空気が足元に残っている。

「ありがとう」と言って僕の置いたお茶のカップを手にとる祭宮に頭を下げた。

 頭を下げる時にチラっと横目で見ると、姫はにこにこしていて機嫌が良さそうだ。

 腹が立つことに、祭宮が来ると姫はいつも楽しそうだ。

 こんなに寒くって、姫のお体には負担にならないはずもないのに。

 どうしてそんなに楽しげなんだろう。ムカつくな。

 二人のところから離れた壁際で、深く溜息をついた。どうせ、僕の存在なんて意識の片隅にもないだろうから、気付かれやしない。

 溜息をついた後は、いつものように気配を消すように呼吸さえも深く押し殺した。

 おっと、いけない。お嬢の為にガウンを用意しなきゃ。


 どうせ見ているわけもないけれど、姫と祭宮に頭を下げて、隣の小部屋の戸に手を掛けた。

 小部屋はお茶を用意したりするための水場兼、神官控え室って感じ。

 執務室には来客時(といっても、ここに入れる客は祭宮だけだけど)には、僕と執事しか入れない。あとは有事に備えて、ここで待機する神官が十数人。あと今日は姫の主治医もいる。

 今日の待ち神官の中にイヤーな顔が見えたから、そっちには顔を向けずに、姫付きの女官に声を掛けた。

 元は王宮で姫に仕えていたっていう、曰く付きで神殿入りした女官で、多分僕よりも年下のはず。

 「さっきのガウン、あったまった?」

 「ほらよ」

 女官に話しかけたのに、司書が目の前にガウンを差し出してきた。

 なるべく顔を合わせないようにして受け取ると、ボソっと頭一つ上にある司書の口から嫌味が落ちてくる。

 「エラソー」

 ムカついたけれど、ここで言い合いをしてもしかたないから、無視して聞こえないふりをした。

 受け取ったガウンにはご丁寧に温石が添えられていて、温まった衣が冷えないように配慮されている。

 こんなきめ細かい気配りとは対照的にいるような奴なんだけれど。気持ち悪っ。

 「なんだよ」

 「別にっ。ありがとう」

 一応お礼の言葉を言って、もうめんどくさいから執務室に戻ろうとすると、後ろから心配そうな声が掛かる。

 「神官長様のお加減はいかがでしょうか」

 「今のところは大丈夫そうですよ」

 顔色は悪いけれど、楽しそうに話していたから。


 急にこんな雪の日に祭宮がこなかったら、姫は絶対に今頃ベッドの中だったはず。本当はまだその位具合が悪いんだ。

 なのに突然、何の先触れも無しに来るから。事前に連絡があれば、断る事だって出来たって言うのに。

 大体、何の伺いも立てずに、たかが新年の挨拶になんかに来るなんて、神殿を侮っているんじゃないのか?

 格上の存在である水竜の神殿に来るって言うのに、礼儀も知らないんだろうか。いくら先代から代替わりして、まだ年若いからといって許されるような事じゃないぞ。

 何でもいつでも、王家を受け入れるとでも思っているのだろうか。

 付け上がりだ。

 水竜の神殿を軽く見ていると、いつかしっぺ返しにあうんだからな。

 この国は水竜のもので、代理で国を預かるだけのくせに偉そうに。こっちを下に見ているから、そのような非礼が出来るんだ。

 こうやって侮られるのも、お嬢の威厳が足りないから。そうに決まっている。

 姫が巫女だった時には、こんな事はなかったのに。

 諸々の怒りがこみ上げてきたけれど、それはとりあえずしまっておく。今は姫付きの神官として、本当は嫌だけれど、祭宮に無礼の無いように対応するのが僕の役目だから。


 渡されたガウンを持って、元の部屋に戻ると、お嬢が来るまでの間、僕はまた壁の一部になる。

 姫と祭宮はいつものように笑いあいながら話をしている。

 僕の耳は聞こえないことになっているから、二人の会話は右の耳から左の耳へと素通りしていく。

 正直なところ、王宮の誰々がみたいな話だから、覚えられないし興味も無い。

 詳しくは知らないけれど、会話から推測する限り二人は赤ん坊の頃からの知り合いらしいので、共通の友人は山のようにいるだろうし、その近況報告だけでも話すことには事欠かなそうだ。

 誰々が婚約したとかっていう話を聞き流していると、姫がコンコンと小さく咳をしたので、目をそちらに向ける。

 「大丈夫ですか?」

 大丈夫はわけないだろ。姫はあなたが来る前までは臥せっていたんだから。ついでに昨日は熱が高くて、食事も取れてません。

 「ええ。ちょっとむせただけですわ」

 「そうですか。それなら良いのですが、ご無理をなさらないで下さい」

 おい! アホ王子。社交辞令だ、社交辞令。

 こんな雪の中、雪かきわけてわざわざ来るだけでも十二分に、事の大変さをわかっていない能天気なアホだと思うのに、姫の間近にいながら体調の悪さにも気付かないなんて、間抜けのアホとしか言いようがない。

 大体、姫に無理させてんの、あなたですから。その位気付いて下さい。

 「それより、ウィズラール殿下はご結婚なさらないの?」

 さりげなく姫が話題を変える。

 さすが姫! そのさりげない心遣い切り替えし、お見事です。しかもそんなアホ王子にまで気をつかって。

 「ええ。婚約者に逃げられましたから」

 そうだよな。そうだよな。こんな奴じゃ逃げたくもなるよな。うん、うん。

 思わず頷いてしまったけれど、気付かれてはいないだろう。

 姫はおほほっと笑い声をあげる。

 「あら、逃げたなんて人聞きの悪い。わたくしは逃げたわけではありませんわ。水竜様に呼ばれましたのよ」


 ん?


 え?


 は?


 どういうことだ。姫と祭宮が婚約者? そんなの聞いてねーぞ。


 初めて聞く話に僕の耳は集音器状態になって、顔ごとそっちに向きそうになったのを何とか堪えて、目線だけ姫の方に向ける。

 姫はニコニコ笑っていて、対照的に祭宮は苦笑いを浮かべている。

 祭宮が姫の婚約者ってことは、近い将来王都に戻るって事?

 え、でもそうしたら誰が神官長になるんだ。先代と姫の二人しか、今存命の王族出身の巫女経験者はいないのに。

 先代がもう一度神官長になるとか。

 いやいや、でももうかなりのご高齢で責務を果たされるには体力的にも厳しいだろう。

 実際それを理由に姫と神官長を交代したわけだし。

 どうなっちゃうんだ、神殿は。

 神官長なんて所詮は飾りで、実際の最高責任者が長老だから、別にいなくてもいいんだろうけれど。いや、でも、そういうわけにもいかないよな。

 神官長ってのは水竜の神殿の表の顔な訳だし。

 うーん。


 「わたくしはもう王宮に戻るつもりはありませんわ。どうぞ他の方をお探しになって下さいませ、殿下」

 にっこりと微笑む姫に、僕は心の中で胸をなでおろした。

 よかった。本当によかった。

 神殿どうこうっていうのもあるけれど、それ以上に姫がいなくならないって事がよかった。

 「あなたがそのおつもりなのは、重々承知しておりますよ。ただ未だに婚約者であることには変わりないですから」

 「おほほほほ。それを縁談をお断りになる口実になさっていらっしゃるのでしょう」

 「そんなことはありませんよ。あはははは」


 何が楽しいんだ、アホ王子。

 お前、今ふられたんだぞ。同情なんかはしてやらないけれどさ。

 わからない。さっぱりわからない。

 そんなに楽しい内容だったか、今のって。

 姫も一緒に笑っているし、何なんだ、一体。上流階級の笑いのツボってやつが僕にはさっぱりわからないぞ。


 おっと、いかんいかん。僕の耳は聞こえないんだ。僕は壁なんだ。

 ついつい眉間によった皺をのばして、目線も真っ直ぐ、姫たちのほうを向かないように方向修正して、二人の笑い声を聞き流すようにした。

 姫は戻るつもりがないけれど、祭宮は婚約解消する気が無いってことか。

 まあ本音を見せない二人だ。

 祭宮が内心、姫の事をどう思っているかは僕には到底わかるはずもない。

 ただ一時期、水竜様に咎められる前まで、足しげくここに通っていたことから推測すると、まあそれなりの好意はあると見ていいかもしれない。

 お嬢とはあんまり話している姿を見ないし、会話も業務連絡みたいなことばっかりだし。

 巫女に会いに来ているっていうよりも、姫に会いに来ているっていう雰囲気はないわけでもないし。

 ま、アホ王子がどう思っていようが、姫が王都に戻るつもりがない限りは関係ないけれどね。

 僕は姫が神殿にいらして、ずっとお仕えできればそれで満足なんだ。

 残念だったね、諦めてください。

 勝手に僕の中では、祭宮が失恋した事になった。

 どう考えても今の感じからすると、そうだろうしね。

 これからは届かぬ恋をする、哀れな王子って思うことにしてやろう。

 そうすれば、姫の具合が悪い時に突然来ても、少しは腹が立たないかもしれないしね。



 僕が妄想していると、扉を叩く音がして姫と祭宮がピタリと口を閉ざす。

 おっ。祭宮の顔がデレデレから引き締まったぞ。

 恋愛モードからお仕事モード全開か。

 心の中で注釈を付けつつ、扉が開くのを待つと、うっすらと雪を積もらせてお嬢が入ってくる。

 あーあ。唇が紫色になってる。巫女の服ってペラペラだもんな、こんな日は寒くてしょうがないだろうな。

 巫女付きの執事に暖めたガウンを手渡して一歩下がる。

 お嬢が祭宮に会釈をし外套を脱ぎ、間髪いれずに執事がすっとお嬢の肩にガウンをかける。

 さすが、無駄な動作が一つもない。

 「ありがとう」というお嬢に一礼をし、執事に目配せして僕は自分の低位置に戻り、また壁になる。

 執事は小部屋に消え、お嬢のお茶と姫と祭宮のお茶のおかわりを用意しにいった。


 ほんわかムードは、まるで外の空気をお嬢が一緒に運んできたみたいに、ひんやりとした緊張感に様変わりしている。

 お嬢って、良くも悪くも真面目だよな。

 だから見ていて痛々しいなって思う時もある。

 お嬢一派の司書なんかは、僕がお嬢のことを悪く思っているように勘違いしているみたいだけれど、決してそんなことはない。

 ただ、姫と比べると劣るなって思っているだけで。

 姫が言うみたいに、もっと肩の力を抜けばいいのに。

 この張り詰めた空気を作り出しているのが自分だって事、きっと気付いていないんだろうな。

 いつも型どおり。教えられたとおりの挨拶をして、紫色の唇で無理して微笑んで。

 そういうの見て、なんか、こう、背伸びしてるのかなって思うよ。

 そりゃそうだよな。元々こういう立場になるように育てられているわけじゃないんだし、しょうがないよな。

 このある種の生真面目さは執事にも通じるところがあると思う。そっか、似たもの主従なんだな、きっと。


 ぼーっと会話を聞き流して壁になっていると、執事がお茶を運んで行き、また横を通って小部屋に消えていく。

 何でだ? と思ったら、手にお嬢の外套を持っていた。さっき僕が持っていた温石と一緒に。

 いつ退出するかわからなにお嬢の為に、そうやって待っているのか。

 左側に立つ執事に目を向けたけれど、奴は置物に変身していて、全く何を考えているのかわからない。

 こいつを見ていると、本当に四角四面で面白みの無い奴だなって思う。

 多分、お互いがこんな立場になかったら、一生口聞いてないタイプかもしれない。

 確か僕と同時期に神殿に入ってきたんだと思うんだけれど、昔からこんな感じだし、羽目をはずすとかってこともなかったな。

 どっちかっていうと一人で黙々と作業をしているって感じで。それが先輩には嫌味に見えて、色々言われてた時期もあったけれど。

 そんなのどこ吹く風だから、鉄仮面なわけだし。

 誰かと群れる事はしない。だけれど、誰とも話をしないわけでもない。

 孤独感を漂わせているわけでもなく飄々として、まるで揺らぐ事のない大木みたいな奴だ。

 おっさんくさい、年寄りっぽい、とも言うけれどね。

 神官なら誰もがなりたいと思っている「巫女付き」に選ばれた時も、長老の前で「わかりました」って一言で済ませていたし。

 本当に鉄仮面っていい異名だよな。

 僕なんて嬉しくて嬉しくて小躍りしたいくらいだったのにな。

 巫女と水竜様をお守りするのが水竜の神殿の役目で、その中でもたった一人にしか許されない、一番近くで巫女をお守りできる「巫女付き」の栄誉。

 そして巫女付きを経験したものだけがなれる、水竜の神殿の真のトップである「長老」への道が開けたのに。

 執事はそういう欲はないんだろうか。

 まあ、今の長老が先代の神官長様付きの神官であったことを考えると、執事が長老になるなんてことはないだろうけれどね。

 僕とこの先王家出身の巫女付きになる誰かだけが、その極みに登れるんだ。

 そう考えると、僕ってすごくない?

 姫が表の顔になって、僕が実権を握って。

 そんな日が来たら、嫌味言ってくる奴もいなくなりそうだな。

 今だけだ、僕が色々他の奴に言われるのも。

 そのうちみんなが僕にかしずくんだ。



 にやけるのを必死で堪えて、顔を執事のように無表情に戻そうとしていると、姫の笑い声が耳に入ってくる。

 おっと、めずらしい。お嬢がいる時に笑い声をあげるなんて。

 一体どんな話をしていたんだ。

 こういう時、耳が一回り大きくなったような気がしてくる。

 「そんな戯言ではなく、本題は何かしら? 祭宮さま」

 あれ、笑っていたはずなのに、姫が神官長モードになっている。

 一瞬の間をおいた後に聞こえてきた祭宮の声も、祭宮モードだ。

 「ええ、ご神託を頂戴したくて参りました」

 ご神託?

 ああ、なんだ。やっぱりちゃんと理由があったのか。

 何の理由もなく、新年の挨拶なんてうそ臭いとは思っていたよ、うん。それが本当なら本気で頭のゆるいアホ王子だと思ってやったけれどさ。

 「ご神託を?」

 僕の疑問はお嬢が聞いてくれた。

 「ええ。国王陛下ならびに皇太子殿下から、ぜひご神託をとの事です」

 「陛下だけではなく、皇太子殿下からもというのは珍しいですね。どういったことでしょうか」

 珍しいも何も、初めてじゃないか、こんなの。

 「皇太子殿下の即位の時期を。また水竜様にご承認頂けるかどうかをお伺いに参りました」

 国王の即位を水竜様が決める。

 そんなことって今まであったんだろうか。

 元々国王と水竜様は相容れない存在なわけで、水竜の力はこの国の大地には及ぶけれど、人には及ばないはず。

 それに水竜様にとって、国王が誰であろうとご自身には何ら影響をもたらすわけではないから、関係ないはずだ。

 ただ、僕は一度も新王即位の時を神官として経験してないから、実際は慣例としてそういうことを行っているのかもしれない。

 それにしたって、ちゃんと伺いを立ててくるなんて、神殿を侮っていたわけじゃないんだな。よしよし。

 でもそういうお伺いを立てる気配りをする前に、神殿に来る時には事前に必ず連絡くらいよこして欲しいもんだ。



 「祭宮様。大事な事を陛下も殿下も、そして祭宮様もお忘れになっていらっしゃいます」

 目が覚めるような透き通った、直接心に染み込んでくるようなお嬢の声。

 お嬢の声がそんな風に聞こえる時は、ご神託を言っているときだ。

 この時は、水竜様の存在を強く感じるし、お嬢はやっぱり巫女様なんだなって思う。

 自然と頭が下がる。

 お嬢のことを巫女としてイマイチだなって思っている僕でさえ、ひれ伏したいような気持ちになる。

 お嬢を包む水竜様の気配が僕を圧倒し、深く目礼した。

 そしてゆっくりと巫女様の次の言葉を待った。

 「水竜は王家の方々が行う『まつりごと』には一切干渉いたしません。お忘れではないですわよね、祭宮様」

 「しかし、それはご神託とは言えないのでは。それでは、私をこちらに参らせた陛下や皇太子殿下のお心にお応えすることが出来ません」

 「二度は申しません。また、水竜はそのご神託を曲げる事はございません」

 ピシャリと言い放つ巫女様の言葉は、祭宮でさえ反論を許さない強さがある。

 本当にいつものおどおどしているお嬢とは別人だ。

 あからさまな祭宮の溜息も、全く気にする素振りもなく顔色も変えない。何も言おうともしない。

 イライラした感じで足を踏み鳴らしているのは祭宮だな。

 出自のわりに、しつけがなってないな。

 水竜の巫女様の御前だって言うのに。

 先の祭宮は穏やかで物静かで礼儀をわきまえた方だったのに。


 「巫女。そうおっしゃらずに、もう一度水竜様に聴いて差し上げたら?」

 意外な人の意外な言葉に、バッと顔を上げて、姫たちのほうを見る。

 え、何でそんな事を。

 今、巫女様はご神託を言ったのに。

 いや、確かに正確には祭宮の聞きたいことへの返答はしてないかもしれない。

 でも姫だって感じ取っているはずじゃないのか、お嬢じゃなくて巫女様の言葉だって。

 こんな僕ですら肌で感じてわかるのに、姫がおかわりにならないはずがない。

 いや、わかっているんだ。

 水竜様のお言葉だってことは。

 だって、姫が落ちつかなそうに祭宮とお嬢の二人の顔を交互で見て、かつて巫女だった時のように奥殿が見える方へ何かを訴え掛けるようにしている。

 --水竜様はわたくしに絶対嘘なんて言わないわ。

 唐突に、昔巫女だった頃に姫が嬉しそうに言ったことを思い出した。


 「いいえ。二度はありません。そうおっしゃるのは、私を、そして水竜を疑っていらっしゃるという事でしょうか」

 とても挑戦的とも取れるお嬢の言葉に、姫の顔が紅潮する。

 図星? 怒り?

 「わたくし、そんなつもりで申し上げたのではありませんわ。巫女はわたくしがどれだけ水竜様をお慕いしているかお分かりにならないから、そんな事が言えるのだわ」

 「では今の言はどういった意味だったのでしょうか」

 撥ね退けるようなお嬢の言葉に、ぐっと姫が言葉に詰まった。

 「神官長様は水竜の言葉を信じている。しかし巫女である私の言葉は信じられない、そうおっしゃりたいのですか?」




 僕はもしかしたら、今初めてお嬢の内面に触れたのかもしれない。

 こんな緊迫した場面で何考えてるんだろって自分でも思うけれど、でも今のお嬢の顔見たら、何か、ゴメンって感じになる。

 上手く言葉にならないけれど、でも、なんだろ、うん。ただのバカだとか思っててごめんなさい。

 今まで一生懸命に真面目にやってたの、僕は知っているから。

 僕はちゃんと、お嬢の言った事が水竜様のお言葉だって知っているから。

 だからそんなに絶望しないで。

 姫第一の僕だけれど、震える肩を大丈夫ですよって、そばに行って叩いてあげたい気持ちでいっぱいだ。

 確かにダメだなって言いたいときもあるよ。だけど、ちゃんと巫女様として信じているから。どうかそんな顔をしないで。


 姫も黙ってちゃダメだよ。

 このままじゃお嬢が誤解するよ。

 別に本当にお嬢の言った事を信じてないわけじゃないんでしょ。ちゃんと認めてるんでしょ。

 こらっ。祭宮。

 お前も黙ってないで、なんとかフォローしろっての。

 それになんでお前までそんな風に顔を歪めてうなだれてるんだよ。

 原因作ったの、お前だ、お前。

 僕は壁でいるしか出来ないから、お嬢を慰める言葉も、姫を取り繕う言葉も、祭宮を叱咤する言葉も、全部ぐちゃぐちゃに腹の中に混ぜ込んでいるしか出来なくて、歯がゆくてしかたがない。

 ちっくしょう。

 このままじゃいけないって、わかってんのに。

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