*ライナ
白銀はライナを確認してディランに目を向けず問いかけた。
「ディラン、どういう事だ」
「え? 何が?」
白銀とナナンは男たちのその手に刻まれている紋章を見逃さなかった。それを見た2人の目が厳しくなる。
男の1人が白銀を見て口の端を少しつり上げた。
「お前が白銀だな」
「だったらどうだっていうんだ」
「一緒に来てもらうぞ」と、もう1人の細身の男が言った。
「嫌だと言っても無理矢理連れて行くつもりだろ」
白銀はそう言うとライナをギロリと睨み付けた。
「自分が何をしているか解っているのか?」
「抵抗しないで素直について来て頂戴な。あなたをつれて行けば報酬をはずむんですって。いいでしょ」
「馬鹿な事を!」
吐き捨てるように言った白銀に男たちはゆっくりと歩み寄る。リャムカは老人の前に出て守るように身構えた。
「こりゃ! お前はシルヴィを加勢せんかい」
「私はお師さまを守ります」
「な、何? 何が起こってんの……?」
状況の解らないディランはどうしていいか解らず右往左往した。
そうして突然──闘いが始まる。ガタイの良い男が白銀に向かって何かを投げる動作をした。
「!」
嫌な予感のした白銀がとっさにそれを避けると壁に何かが突き刺さるような激しい音が響いた。
「……」
白銀は息を呑む。三つ叉に別れた矢が金属の壁に突き刺さっていた。
「なっ何アレ!?」
「こりゃヤバイ……奴は物質化能力を持っとるのか」
「があぁ!?」
投げられる矢を避ける白銀に今度は別の何かが襲いかかった。体がしびれる。
「ぐっ……」
光が走っってきた先を見ると細身の男の手から光る稲妻が発せられていた。そしてもう1人の男も白銀に向かってくる。
「リャムカ! 白銀を助けるのじゃ。でないと破門にするぞ」
「うっ!? お師さま……」
老人の厳しい瞳にリャムカはため息をつく。
「!」
白銀に向かっていく男の前にリャムカが立ちはだかった。
「貴様の相手は私だ。いつでもかかってこい」
決してひるむことの無い屈強な肉体と精神のリャムカに男は少したじろぐ。老人はディランに近づき彼を守るような体勢をとった。
「ディラン、お前さんにはこれから起こる事をすぐには理解出来んじゃろう」
「一体、何がどうなってんだ?」
矢と稲妻の攻撃を白銀はなんとかかわしていた。イラついた男が矢を投げる仕草を白銀に見せつける。
「!」
その途端──白銀は動きを止めた。その仕草はライナに向けられていたからだ。男の前にいるライナは気付いていない。
そして男はニヤリと口の端を吊り上げ矢を放った。
「ぐぁう!?」
矢に気付き避けようとしたが一歩遅く右腕を貫いた矢はそのまま白銀を壁に縫いつける。
「!!」
「シルヴィ!」
ナナンは体から血の気が引くのを憶えた。
「ぐうっ……」
「手間かけさせやがって」
縫いつけられた白銀に男は近づく。
「ちょ、ちょっと待ってよ。やり過ぎなんじゃないの?」
さすがにライナは白銀と男たちの間に入って意見した。
「邪魔だ、どけ」
「彼を捕まえろと言われたけどこれはやり過ぎよ。彼の力が必要なんでしょ? 怪我をさせてしまったらロクに動け……」
「確かに必要とはしているが別に五体満足じゃなくてもかまわん」
「! どういう事?」
「ライナ……俺を殺せ」
「! シルヴィ何を言って……」
「そいつらの手にある紋章は『奴』を崇拝しているサタニストたちのものだ」
白銀は矢に貫かれている苦しみで息が荒くなる。
「サ、サタニストって何?」
状況のよく解らないディランがナナンに尋ねた。
「悪魔を崇拝している者の事じゃよ。やはりこれは罠だったか。おかしいとは思ったんじゃ。この星の調査はすでに数十年前に終わっているハズじゃからな」
「えっ!? どういう事? 知ってたならなんで教えてくれなかったの」
「別の遺跡が発見されたのかと思っておったんじゃ」
地球人と共に宇宙に飛び出した地球の全ては銀河系全土に拡がり。今や悪魔という存在すら他の星の人間にも敵意や崇拝される対象となっている。
「こいつの父親は『あの方』がかつて座していた地位にいる者。同じ血を持つこいつを生け贄に捧げれば『あの方』の封印は解かれるのだ!」
恍惚とした表情で男は天を仰ぐ。偉大な事を成し遂げるのだと言わんばかりの演説振りだ。
「奴をこの世に出してはいけない。解ったら俺を殺せ。そこからならそいつより先に俺を殺せる」
「……」
痛みで苦しむ白銀を見て男たちに目を移す。
そして──ライナは男たちに戦闘態勢をとった。
「!? ライナ! やめろ!」
「怪我人は大人しくしてなさい」
険しい目を男たちに向けて構えながら縫いつけられている白銀に発する。
「ライナ! くそっ誰かライナを止めてくれ」
自分を壁に縫いつけた矢を必死で外そうとする白銀だがその矢はびくともしない。
「ライナ! 止めるんだ!」
痛みもあふれ出す血も構わずに白銀はライナを止めようともがく。いくら彼女が強いといっても白銀を捕らえるために遣わされたエナジー・ブレインだ。
それを2人も相手になど出来るはずがない。
「ディラン! 爺さん……頼む。ライナを止めてくれ」
白銀の必死の言葉にディランは前に出る。それをナナンが制止した。
「わしが行く。お前さんは危険じゃ」
そう言ってナナンがライナの元に行こうとした刹那──白銀の目に矢で胸を貫かれたライナが床に倒れ込む姿が映った。
「ライナァー!」
伸ばす手はライナには届かない。
「犬死にだったな」
倒れ込むライナに男がそう言って鼻で笑った。
「!?」
瞬間、ゾワリ……とするような気配が背筋に走る。
ただならぬ気配の先には白銀……ザワザワと銀色の髪がうねり、つり上がった目が男を睨み付ける。
あれだけ必死に抜こうとした矢がすっぽりと抜けてボロボロと崩れ落ちた。
「なんかヤバイ!」そう思った男たちは扉に向かって走り出す。
それを追おうとした白銀を「追わなくてよい! もういいんじゃ。力を抑えろ」とナナンが制止した。
「……」
白銀はゆっくりと倒れているライナを腕に抱きしめた。
「……っ」
息も絶え絶えのライナは白銀にニコリと笑いかける。
「よかっ……た。犬死にじゃなくて」
「ああ、お前のおかげで助かったよ」
必死に声を絞り出す。震える体を必死に抑えライナに微笑んだ。
「……」
白銀はナナンを見た。しかし彼は頭を横に振り、助からない事を示す。
「俺の力でも……」
「おぬしの力は目覚めたばかり。まだ人を助けられる程の力は出せない」
少しずつ冷たくなっていくライナの体。白銀はどうにも出来ない自分に苛立った。白銀の頬にそっとライナが手を伸ばす。
「別れた女に涙を流すもんじゃないわ」
「ライナ……」
やめてくれ、ケンカ別れとかそんなんじゃない。お互い理解したうえでの別れだ。
「ラ──」
ぽとり、と手が落ちて一気にぬくもりが失われていく。見開かれた目に生気は無くナナンが静かにそのまぶたを閉じてやった。
白銀は数秒、呆然としたがライナの亡骸を強く抱きしめ体を震わせる。
「う……あああああああー!」
「怒っているかね?」
「ん? エナジー・ブレインの事かい?」
「ン……まあ」
ディランの操縦で惑星ガースノリティから離れた船は何も無い宙域で停止していた。
白銀はコックピットで1人、宙を見つめながら何も考えられない様子だ。考えられないというよりも思考を止めているようにも見える。
ディランとナナンはリビングルームでコーヒーを傾けていた。リャムカはトレーニングルームを勝手に使っている。
背もたれに体を預けディランは柔らかい笑顔で応えた。
「あいつね……あんなきつそうに見えるけど、周りの人間の事を大事にしてるんだ。俺に本当のコト言えば、俺が危険な目に遭うかもしれないって思ってたのかもしれない」
あいつはいつもそうだった。とディランはぼそりとつぶやく。
「……シルヴィは良い友達を持ったな」
「!?」
ディランが何か言おうとした時──船内に警報が鳴り響いた!