*白銀-はくぎん-
「ああ。約2000年ほど前の管制室らしい」
ディランの言葉を聞きながら周りを見渡し調べ始める。確かにどこを押しても小さなレバーを倒しても何の音もしない。
聞こえるのは外の風と踏みしめるガラスの破片や剥がれた床のタイルと崩れた壁のなれの果てくらいだ。
「それじゃ始めるか」
銀髪の青年は右手首を掴みウォーミングアップするように動かした後、両手を機械の上に乗せて集中し始めた。
「……」
その光景を固唾をのんで依頼主は見守る。
バチッ! と激しい火花が散った瞬間、起動音が部屋に響いた。
「やった!」
「ふう……」
一息ついて愚痴をこぼす。
「まったく。こんな事は政府でやれよ」
「出来なかったからおまえに頼んだんじゃねぇか」
白銀はその言葉に呆れて溜息をついた。
「連邦政府ともあろう処が民間に頼むほど人手不足か?」
「うるせーな……人手は十分に足りてるんだよ。質だ質。お前が特別なの」
「そうか?」
とぼけたように言うと依頼主(友人)は深い溜息を吐く。
「シルヴィ」
「なんだよディラン」
「呪い師とか止めて、まっとうに生きたら?」
「……おまえにだけは言われたくない」
「なんだよ、政府に勤める事がまっとうじゃないってのか?」
「職業より生き方」
くっくっと喉の奥で笑う。
「てめ……っ!」
「それより、ちゃんと金払えよ」
「金? 当たり前だろ。一応政府からの正式依頼なんだから」
「それならOKだ」
「おまえ程のストライダーならどこもほっとかないと思うけどなぁ」
「俺はフリーが性に合ってるの」
宇宙歴3052年──人類は小さな惑星から宇宙に飛び出し、その居住範囲を広げていた。
数え切れない星系を旅し、そこに住まう者たちとの交流・戦闘を繰り返し現在に至っている。
その間に人類は特殊な能力を解明し活用する術を学んだ。その中に電子機器を狂わせる能力がある。彼らの事を『ストライダー』と呼ぶ。
青年の名はシルヴェスタ・アークサルド。かなり優秀なストライダーである。緑の瞳に白銀の髪は腰まであり、髪の左横にアメジストの髪飾りをしている。
友人の名はディラン・ウォレストマン。人類の統合組織『銀河連邦』に所属している、しがないヒラだ。赤茶色の髪と青い瞳。可愛い顔立ちをしている。
彼らがしていた事は、『遺跡発掘』。人類が宇宙に飛び出した頃のデータを収集している。
2000年以上も前の電子機器は古すぎて調べるのに一苦労なのだ。まず、上手く起動してくれない。そういう時はストライダーの出番なのである。
周囲に影響を与える事が出来る能力は起動の仕方が解らなくともその能力で起動させてしまえばいい訳だ。
「さてと動いた事だし。上司に報告だ」
「んじゃあ金は俺の口座に振り込んどけよ」
「解った解った」
上司に電話をするディランに背を向けて別れの挨拶をする。
「……」
その光景を一瞥しシルヴェスタは苦笑いした。
2人きりで来た、という事は……
「腕試しだな」
何人もの政府のストライダーが来て起動出来なかったシロモノだが、調べた結果はさほど重要な情報があるとは思えないコンピュータだったのだろう。
普通なら下っ端と1民間人の2人だけで遺跡の発掘を任せるはずがない。
ディランは「上司に発掘を任された!」と上機嫌だったがそんなに簡単な事ではないはずだ。
「俺の能力を信用してないのか、俺自身を信用してないのか」
自分の宇宙船に乗り込むと伸びをしたあとエンジンを始動させた。
居住を諦め無人となった惑星に政府が欲しい情報など無いのだろう。植民地として利用しようとしたため、かろうじて酸素は存在するが……
「結局、何も育たなかった」
おそらくそういった処だろう。勝手に納得して彼はこの惑星を後にした。
しばらく宇宙で彷徨っていると通信が入る。
「チッ」
折角散歩してたのに。と喉の奥で舌打ちした。
「ケインか」
<白銀、依頼だ>
この名前は好きじゃない。一体誰が付けたんだか……通り名となってしまっているため、もう消しようがない。
「場所は?」
<イエロートラック・キャット。名前はナナン・セリオル>
「砂漠とジャングルの惑星か……」
<ああ、それのジャングル側。メルローズ港に行ってくれ、そこで待っているらしい>
白銀は眉間にしわを寄せてモニター向こうの仲介者に話しかけた。白銀の仲介者は同じ地球人だ。その方が仕事のやりとりがスムーズである。
「仕事の内容は?」
<モンスター退治>
「……なんの」
<それは会ったときに話すってさ。お前にしか出来ないらしいぞ>
白銀は頭を抱える。何を倒すか解らないのに受けたのか……
「で、いくらなんだ?」
<100万>
「100万クレジット? たったの?」
倒す対象が解らないのに100万? 呆れる俺にそいつはニヤリとした。
<前金でな。残りは倒したあと200万>
「合計300か……仕方ない」
白銀は惑星イエロートラック・キャットに進路を向けた。
ストライダーがモンスター退治? 聞くとかなり怪しい話だが本来の彼の仕事はストライダーではない。彼の数ある能力の内の1つに過ぎないのだ。
人類が宇宙へ飛び出した時、地球から出たのは何も人類だけじゃない。
『地球に住んでいた固有種たち』
ほとんどの人間の目には見えない種も一緒に宇宙に飛び出した。
それは幻想の中だけの存在たち……彼らは人類と共に外へ、そしてあちこちに広がり増えて時にはそこにすでにいた種と交わり、元々地球にいた幻獣たちも今や『外来種』として宇宙中に拡がった。
こんな時代でも占いや呪いは廃れず占い師や除霊師、霊能者に俺のような呪い師が数多く存在する。もちろん白銀の呪い師は表の顔。
武器関係にも詳しいためクリーチャーやエイリアンなんかも引き受ける事がある。幽霊・化け物なんでも来いだ。
モンスター退治。というからには依頼主もその手の能力があると見た。
『惑星イエロートラック・キャット』
恒星の関係で惑星の半分は乾期が多く半分は雨期が多い。
白銀は目の前に広がるうっそうと生い茂る木々を見つめた。彼はここが好きなのだ。多くの『マナ』を湛えた大地。そこに立っているだけで気分が落ち着く。
そうして周りがジャングルに囲まれたメルローズ港に降りた。船から出るとそれらしい姿は見えない。
「? まだ来てないのか?」
その時──別の船が白銀の船の近くに降りてきた。依頼主か? そう思ったのだが、船体にペイントされた赤い翼と剣のマークに眉をひそめる。
「……おいおい」
エンジンを切った船から人影が降りて来た。明らかに白銀に向かってくる。かなりの金髪美女だ。
女は白銀を確認するとおもむろに話しかけた。
「久しぶりね。シルヴィ」
「ライナ……1ヶ月振りか。偶然だなぁ」
「ホントにそう思ってる?」
意味深に語るこの口ぶり。嫌な予感……白銀は慎重に間合いを計った。
「単刀直入に言うわ。あなた『メナス・オリオール』に入らない?」
「冗談だろ? いい噂の無い組織じゃないか」
「当たり前でしょ、名前からして良い事してると思う?」
「で、それがどうした?」
女は白銀に右手を差し出し傲慢な態度で言い放った。
「あなたの力が欲しいんですって。来てもらうわよ」
やっぱりか! 瞬間、襲ってくる光の矢を避ける。
「……」
白銀は破壊された地面を一瞥し苦笑いを浮かべて女を見つめた。
「それがつい1ヶ月前までつき合ってた元彼氏に対する態度かね」
「もう1ヶ月も前よ。フられた腹いせだと思ってくれていいわよ? あなたをつれていけば私はもっと高い地位が貰えるの。いいでしょ」
『羨ましいだろう』という風に発言するが羨ましい訳が無い。
つれていかれる本人はどうなるんだ。
「おまえ……その組織に入ったのか」
「何か文句でもある?」
白銀は溜息混じりに薄笑いを返した。
「まったく……俺のつき合う女はこんなのばっかだな」
仕方ない、こんなヤクザな仕事をしているんだ。そんな女がすり寄ってくる事はよくある。確か前の女もそうだった……と嫌な過去を思い出す。
「大人しくしなさい。あなた程の『エナジー・ブレイン』なら元恋人の私も鼻が高いわ」
「やってる事が凶暴だぜ」
向かってくる光の矢を避け続けるのは無理だ。こいつの力は知っている。だが……
「どうしたの? 女だからってナメてるのかしら」
「俺はおまえほど割り切っちゃいないんでね。記憶をそうそう帳消しには出来ないのさ」
「だったら素直に捕まって頂戴。あなたが必要なのよ」