*下級三隊
「何しに来た」
「これはこれは。手厳しいな」
ずい……と前に出て睨みを利かせたナナンに男の1人が薄笑いで応える。そして別の男がナナンを見下ろし鼻で笑った。
「これがかつての仲間とはね……随分と醜くなったものだ」
「外見にしか興味の無いお前さんがたにはわからぬよ」
「今日はお前に用があって来たのではない」
最後の1人がそう言うと初めに口を開いた男が白銀に目を向けた。その足を彼の前まで進めて瞳をじっと見つめる。
「!」
戸惑う白銀を無視しじっくりと見定めたあと口の端をつり上げた。
「なるほど。確かに美しい。あの方に目元がよく似ておる」
そのあとに二人目の男が薄笑いを浮かべて発する。
「しかし残念かな。人間の血が半分、入っているためその美しさも半減している」
「!」
半ば馬鹿にするような口調に白銀はムッとした。
「あんたら何なんだよ」
「お前たちに用は無い! 去れ、権天使ども!」
「えっ!?」
語気荒く放ったナナンの言葉にディランたちは3人の男を凝視した。
「お前に用はなくともこちらにはあるのだ」
3人の中で一際、存在感を放っている男はナナンを一瞥し白銀に向き直る。
「シルヴェスタ。父を助けたくはないか」
良く通る声で問いかけた。
「! 何?」
そのあとに少しくぐもった声の男は説明を加える。
「お前が天に戻る。というなら父なる神はお前の父であるセラフィムを解放しよう。とおっしゃられたのだ」
それに激しく反論したのはナナンだ。
「お前たちはそうやって……っ! シルヴィは神に渡さぬ! 決して!」
「決めるのは貴様ではない。彼自身だ」
笑って言い白銀に手を示す。
「親父を……?」
「悪い話ではないだろう?」
白銀の感情を見透かすようにその不思議な色の瞳を細める。
「天に戻れば人の血も失せさらに美しくなるだろう」
別の男が白銀を見てささやく。
「戻る戻ると……シルヴィは元々、人界の者じゃ!」
「少し……考えさせてくれ」
白銀は目を伏せて言った。
「いいだろう。決心した時はいつでも呼ぶがいい」
1人がそう言うと他の男2人はそのあとに続いて部屋から出て行った。
「シルヴィ。奴らの言葉を真に受けるんじゃないぞ」
ナナンは言い聞かせるように白銀に厳しい目を向けた。
「権天使って何?」
「今それを質問するのか……」
ディランの質問にリャムカは呆れて溜息混じりに見つめる。
「……あやつらは第七階級のプリンシパリティーズと言って下級三隊の1つじゃ。人間にもっともよく似ている階級の1つ」
「なるほど、だから彼らが白銀の交渉に来た訳ですか」
ナナンの説明にリャムカは納得した。
「でも、なんだってシルヴィを天国に?」
ディランは首をかしげた。
「ルシファーの位階に就いたセラフィムの子である事に関係しておるのじゃろう。あの位階は美しい天使が座する階級じゃからな。神は美しいものが好きなのじゃ」
「へえ……」
それにディランは白銀をマジマジと見つめた。
まあ……確かに綺麗だとは思うけど……眉をひそめるディランにナナンは付け加える。
「今はまだ人間の血が濃いためはっきりとした性別が見て取れるが。力を最大限に発揮出来ればその姿はわしらには目視は難しいじゃろう」
「! そうなの?」
ディランの声にナナンは頷く。
「うむ。天使はこの次元よりも高い次元の存在じゃ。3次元のわしらとは細胞の振動数が異なりとても高い。じゃからわしらの目には……」
「ちょっ……ま、待って。細胞の振動数……?」
ディランは訳のわからない話になってきて目を丸くした。
「そうじゃよ。細胞は振動しておるのじゃ。細胞のみならずこの世にあるありとあらゆるものは振動しておるのじゃ」
「ふ、ふ~ん……」
だめだ……聞いても解らない。
「とにかく……天使は高次元の存在だから俺たちにはハッキリ見えないって事だよね?」
「うむ」
「……」
白銀は間の抜けた彼らの会話に目にも留めず考え込んでいた。
「シルヴィ。変な事は考えるな」
「!」
ハッとしてナナンを見つめる。
「でも……俺がいなくなれば奴らもルシフェル=サタンを復活させようなんて気は起きない」
「馬鹿者! 誰かが犠牲になってそれで良し。なんてあるはずが無いじゃろうが!」
「それは私も同感だ。お前がいなくなって我々がさっぱりするとでも思っているのか」
リャムカが両腕を組んで言い放った。
「お前……親父さんに会ってみたいんだろう」
「!」
ディランの言葉にナナンたちは白銀を見やった。
「……」
白銀は視線を外して少し苦い表情を浮かべる。
まだ見ぬ父親──一体どんな人物なのだろう? 人間を愛したというだけで罰を受けイバラの牢獄に永久に閉じこめられた父。
自分が天界に行くだけでそこから解放されるなら……
「それこそ馬鹿者じゃ。そんな事をして彼が喜ぶとでも思っているのか。そんな事をすればまたお前のために罪を重ねるだけじゃ」
「! 罪を重ねる?」
「今度は本当に神に叛くかもしれん」
その言葉に白銀は眉をひそめた。
「なんのために私に『後を頼む』と彼が言ったと思うのだ。全てはお前のためだ」
ナナンは白銀の両手を握りしめ必死に言い聞かせた。昔の言葉遣いに戻っている事にも気付かずに……
「お前はお前の道を進むこと。それが彼のもっとも望む事だ」
「……」
白銀はナナンの深い瞳を見つめる。
「わあっ!? びっくりした!」
突然、通信が入った事を知らせる音でディランが声を上げた。
「……?」
白銀が見た画面には見慣れない男が映っている。
<やあ、初めまして白銀>
落ち着いた声。しかしその顔はニヤリと下品な笑みを浮かべていた。
「誰だ」
怪訝な表情で見つめる白銀。
<さて、言いたい事はすぐに解ると思うが>
「? ……!?」
画面をじっと見つめていた白銀だが何かに気がついて画面の男をギロリと睨み付けた。
「キサマ……」
<早く来たまえ。ああ、私の名前はアルシオ>
黒髪に黄色い目。見た処、地球人らしい男はにっこりと笑って通信を切った。何も映さなくなった画面を睨み付け横の壁を強く殴る。
「シルヴィ?」
そんな白銀を見てディランはいぶかしげに近寄った。
「行くぞ」
険しい表情でコックピットに向かう。
「えっ!? ちょ、おいっ」
慌てて白銀のあとを追うディランに舌打ち混じりに応える。
「あいつ……オルセオニカにいる」
「! なんだって?」
「確か医療惑星じゃな。それがどうした?」
白銀とディランの後ろを付いていきながらナナンは訊ねた。
「シルヴィの母さんがいる星だよ」
「!?」
ナナンの顔が強ばる。
「サポート頼む」
乱暴にシートに腰掛け白銀はエンジンを起動させる。
「うん」
ディランが隣のシートに座った。
「なあじっちゃん、どうなってんの?」
展開の解らないエイルクがナナンに小さく問いかける。
ナナンはああ……と小さく発すると説明するためエイルクと再びリビングに向かった。リャムカはトレーニングルームに足を向ける。
自分に今、出来る事は体を鍛える事。そう決めてトレーニングを始めた。己に要求されるのは持っている力だとリャムカは知っているからだ。
船は急遽、医療惑星オルセオニカへ──