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5話


貴音の体操服が盗まれた。


校内全体が震撼するほどの大事件が、昼休みに起きてしまった。


一体誰が盗んだのか、何のために?

目的なんかどうせ下衆な変態が気色の悪い事をする為に決まっている。


貴音は大丈夫だろうか。

隣のクラスだが、様子を見に行こうかな。


廊下は野次馬で大混雑、カオス状態になっている。

陰キャの俺は野次馬をかき分ける勇気なんてなく、野次馬の後ろに着いていき無駄にひょろ長い背をさらに背伸びして貴音の様子を見に行った。


こんなに廊下がカオスになっているのに、俺が通ると周りが少し避け簡易的なモーセの海割りみたいな感覚になる。

そんなに童貞が伝染るのが嫌か?

いいか?童貞はな、伝染らないんだよ馬鹿どもめ!




一糸乱れぬ絹のような黒髪が腰の辺りで綺麗に切りそろえられた超絶完璧美少女は今日も孤高を貫いている。

全く彼女の精神力の強さには脱帽するばかりだ。

下衆な変態に体操服を盗まれたというのに、焦ったり慌てることなく綺麗な指先を顎に当てながら何かを考えている。


名探偵タカネにでもなって犯人探しをするのだろうか。

ふむ、探偵服を着る貴音も悪くないな、今すぐドンキで買ってこようか。


仮にも幼なじみのピンチにも関わらず呑気でいられるのは、高嶺の花ファンクラブのやつらがなんとかするだろと思っているからだ。


後ろの方からひょこひょこ貴音を見ているとパチリ、とその零れそうなほどの大きな瞳がこちらを向いた。

そしてそのままこちらへ歩いてくる。

まるで貴音だけスローモーションになったかのように、彼女から目を離せないでいると


「丈、体操服貸して」


鈴を転がすような澄み切った声で貴音は確かにそう言った。


なぜ俺!?童貞が伝染るぞ!?

慌てふためく俺を、貴音は真っ直ぐ見上げる。


そもそもサイズが違いすぎる。

貴音は女子の中では背が高い方だが、それでも俺とは20cm弱ほど身長差がある。


貴音はきっと、普段から可哀想だと哀れんでいた陰キャの俺に幼なじみのよしみでぼっち挽回のチャンスをくれているんだろう。


いいさ、乗ってやろうではないか。

これでぼっち挽回できなかったらお前が友達に戻ってくれよ。



教室に戻り、自分のロッカーからどう見ても貴音には多すぎるであろうサイズの体操服を取り出し渡す。


え、臭いとか言われたら普通にこの場で16歳の青年が咽び泣くことになるけど大丈夫かな。

貴音が体操服を受け取ると、次の授業までの時間が無いのか少し急いで教室に戻った。


危惧していた匂いについてなんの言及もないみたいだ、よかった。

危うく16歳陰キャ非モテ童貞が人目も憚ることなくギャン泣きするところだった。


安堵していると、貴音が振り返ってこちらを睨んでいた。


え、なになに怖い。

美人が睨むと迫力が凄いから怖いんだよ、なにやっぱり臭かった?ごめんね?

貴音知ってる?童貞って伝染らないんだって!安心して!

と心の中で半べそかきながら自分が童貞であることを謝っていると


「ぁりがと」


とあまりにも小さな声だが、絶対に聞き間違えることのない貴音の声が聞こえた。


あの貴音がこの俺に感謝をするなんて。

あの、いつも俺のことを死にかけの芋虫とでも言うように見上げる貴音がこんな陰キャの体操服に感謝なんて、律儀なやつだ。


そんなに困っていたなら別なクラスの女子にでも借りれば良かったのに。

貴音は男子からの人気だけでなく女子からの人気も絶大らしい。

噂だと高嶺の花ファンクラブの創設者は女子だという情報もある。



貴音は成績優秀のくせに案外馬鹿だな、俺なんかに高校生活挽回のチャンスをくれたところでほら、周りは面白いものをみたとでも言うようにこちらを遠巻きに嘲笑しながらヒソヒソ話している。


「私だったら絶対無理……」


どこからかそういう声が聞こえた。

そうかよ、無理で悪かったな。




多くの悪意に触れたせいか、教室に戻りたくなく保健室に向かった。

今日もゲームをしていてろくに眠っていないし、午後は惰眠を貪ろう。




保健室の扉をあけると、そこには加賀宮がいた。

というか女とキスをしていた。


最悪だ。

こいつの女癖の悪さには心底辟易とする。


「ちょっ、那瑠……!」


焦った女の声が聞こえる。

相手は誰だろうか、先輩か?


「やべー……ってなんだ新藤かよ。あぶねー良かった」


「病気持ちが俺に話しかけるな、性病が伝染る」


「おまえ!妙に生々しい嘘つくなよ!俺は病気になったことは一度たりともない、徹底してるんでな!」


知らねえよ。

加賀宮は慌てて訂正する。

俺に対してというよりおそらく、相手の女を気にしての訂正だろうな。

しかも相手はよく見ると、新任の保健室の先生じゃないか。


「この事は極秘で頼むな新藤。まあ、話せる友達なんていないか」


事実ではあるがこの下衆に馬鹿にされると腹立たしい。


「友達はいないが生憎家族仲は良い方でな。うっかり家族には話しちゃうかもな」


「そ、それが一番マズイって。謝るからそう怒るなよ、ほら口止め料」


慌てて加賀宮は謝りついでに口止め料と言ってヒラリと万札を渡してきた。


こんな汚らわしい金、別に欲しくは無い。

が、コイツと俺との関係が金銭のやり取りでしか成立していないことに妙な心地良さを感じ、素直に受け取る。

勝手に保健室のベッドを占領していると、加賀宮たちはどこかへ出て行った。



開け放たれた窓から体育の授業中である学生達の声が聞こえる。

掛け声や音から察するに、陸上競技のハードルだろうか、いや走り高跳っぽいな。

ザッ、ザッ、タン、とステップを踏み走り高飛びするその音がリズム的で、俺は無事惰眠を貪ることに成功した


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