Log 003 先読み(未完成)
――知らない天井だ。ここは......医務室?
「目ぇ、覚めはりましたか? おはようさん」
――あれ? 日本語か?
「無理したらあきまへんよぉ?」
「だ......れ?」
「ん? うちどすか? クーラ・コンフォルトどすえ」
声の主は、和服?によく似た服を身にまとった、尖った耳が目を引く茶っぽい灰色の髪の女性だ。
「ここ、カーレット家で専属治癒士させてもろてる、ただの260歳のエルフさんや。よろしゅう頼んますな~!」
「ここは?」
「ここぉ? カーレット家の医務室どすよぉ」
「あ……そうか。俺、MPが切れて……?」
「そう! そうなんやわ! アル君、あんたアホちゃうか!? そんな無理して!」
「あの……さっきから思ってたんですけど、京都弁……?」
「ん? きょうと……べん? なんのこと言わはってますのん?」
「京都弁、という言葉はこの世界にはないのか……」
古都、京都。2145年の現代ではとても貴重な建造物が立ち並ぶ、美しい場所……とされていた。
『大阪弁』、『京都弁』含む関西弁は、現地人の過疎化などの影響により、俗に言う『エセ関西弁』というようなものしかなくなっていた。
訛りが強く、言い回しの複雑さが色濃く残る『京都弁』に至っては、ほとんど話者がいなくなる事態に。でも、こんなところで『京都弁』に近い訛りが聞けるとは……!
「ちょいちょい! 話ぃ、逸らさんといてください!」
「MPはなぁ、時間置いたら自然に回復しまっけど、枯渇したら命に関わるんやわ! もっと気ぃ付けて使うてもらわんとみんな悲しなります!」
「ここにはな、アル君のこと心配してくれはる人がぎょうさん居てはるっちゅうこと、忘れたらあきまへん。……わかってくれはりましたか?」
「もう、うちにこない当たり前なことの心配なんてさせんといてくださいよ……」
訛りが強すぎてよく分からなかったが、『無理するな』、『みんな心配してる』っていうのは伝わってきたな。
「アリスはんはもう呼んでありますさかい、もうすぐ来るはずやで......」
「毎日お部屋行って様子は見させてもらうさかい、くれぐれも、無理せんようにしてぇな?」
「......え? 毎日......部屋に? 冗談ですか?」
「冗談やなんて、そんなんちゃうで。うちはごく真面目や」
「アルト様ぁっ!? いますよね?」
バァンッ!!と音を立てて扉が開け放たれた。この声は......アリスか。
「アルト様......! 心配したんですよぉ......!」
アリスが抱き着こうとするが、クーラがそれを片手で遮って止めた。
「アリスはん。いくらアンタがアル君直属のメイドだからとはいえ、アル君が患者っちゅうことはここにいる限りはうちに従ってもらうでぇ? 『郷に入っては郷に従え』っちゅう言葉があるやろ、あれや。」
「ごうにいっては......? なんですかそれ?」
――ん? なんで日本のことわざがこの世界に存在するんだ?
「簡単に言うと、『その場所に入ったらそこのルールを守るのが礼儀』って意味だな」
そう言うと、クーラさんがかなり驚いたような顔をした。
「アル君、こんな難しい言葉もわかるんかいな! 博識やなぁ、見直したで!」
――なんだか、クーラさんの訛った喋り方を聞いてるとすごい落ち着くな。
「ところでアル君! ひとつ、聞きたいことがあるんやけど、ええやろか?」
「アリスはん、ちぃとばかし席外してもらうで」
「へ? まぁわかりました......」
クーラさんはアリスが医務室から立ち去るのを見届け、俺に視線を戻した。
「さて、本題や。......アル君。やっぱアンタ、日本人やろ?」
「......は?」
「隠さんでもええよ? アル君の口から『京都』っちゅう懐かしい言葉が出た時から、なんや怪しい思うてましたけどなぁ、『郷に入っては』の意味を寸分違わんと理解しとったことで、確信に変わりましたわ。」
「安心しぃ、うちは敵やないよ。同郷のよしみっちゅうやつやね。まぁ、これからも仲良くしようや。な、アル君?」
「あ? え? ......へ?」
やっぱりクーラさんは日本出身?しかも京都弁ネイティブ......最高じゃないか。
「あれ、嫌やった?」
嫌なわけがないだろう。むしろ最高だ。
「いや全然! むしろ、日本人、しかも京都人がこんなところにいて、超嬉しいですよ!」
「ならよかったわぁ~。うちと二人で話すときは、日本語で頼んますな!」
――あれ、クーラさん、女神か?
「へ? どうしたん? 顔になんかついとる?」
「いやいや、なにも付いてないですよ!」
「じゃあどないしたん!? そないジロジロ見られたら恥ずかしおすわ......」
クーラさんは頬を紅潮させていた。
「いや......ちょっと......すみません、感動しちゃっただけで......」
「あれ、目から汗が......」
視界が涙で滲む。そう言った途端、クーラさんの顔に笑顔が浮かんだ。
「ふふっ、涙の言い訳は昔から変わらんのどすね......」
「アルト様ぁーーっ! まだですかー!?」
アリスの声だ。
「あっ......と、ちょいと話しすぎたみたいやねぇ」
クーラさんが立ち上がり、扉に手をかけようとすると、バァンッ!!と扉が開き、クーラさんにぶち当たった。
「ふげっ!?」
「クーラさん!? 大丈夫ですか!?」
「あれ? クーラ様はどこにいったんですか?」
アリス、鈍感すぎないか......?
「っつぅ~......うちはここよぉ~」
クーラさんが鼻を手で押さえながら壁と扉の間から出てきた。
「まったく、アリスはんは加減っちゅうもんを知らんのかいな......」
「私、クーラ様になにかしちゃいましたか!? 本当に申し訳ないです!」
「ほんまにアリスはんは......本当に人間なんか疑わしいわ......」




