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サイドチャプター 3,5
東京の郊外にある一軒家で、私は育った。
いわゆる中流家庭。
少なくとも、表向きはそう見えていたと思う。
でも、私は知っている。
私たちの生活は、常に貧困の縁に立っていた。
家はあった。
けれど、毎月の生活費を賄うために、家族全員が必死に働かなければならなかった。
父も母も、本来ならもう引退していてもおかしくない年齢だ。
それでも、今も働き続けている。
日本には年金制度がある。
高齢になれば、国から支給されるお金もある。
けれど——
それだけで、安心して暮らしていけるほど、現実は甘くない。
年金だけでは足りない。
だから働く。
体がきつくても、疲れていても。
その姿を、私は子どもの頃からずっと見てきた。
正直に言えば、
心の奥では、私はもう覚悟している。
きっと私は、死ぬまで働くのだろう、と。
この国で、普通に生きるということは、
働き続けることと、ほとんど同義なのだから。
それでも——
もっと奥深いところでは、別の気持ちも確かに存在している。
自由に生きたい。
静かに、穏やかに。
できることなら、幸せだと感じられる人生を送りたい。
そんな願いが、まだ消えずに残っている。
……でも。
その「でも」の先に続く言葉を、
私はまだ、うまく見つけられずにいる。




